マガジンのカバー画像

【小説】シクラメンと木のオジサン

5
【小説】シクラメンと木のオジサン 作:益永あずみ
運営しているクリエイター

記事一覧

【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.5

【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.5



私は走った。全速力で。
途中、心臓が破けるかと思った。
それでも足を止めず、家まで走った。

さっきよりも冷たくなったドアノブを捻り、バタンと家の中へ入る。

家の中は完全なる灰色の世界だ。
私の荒くてうるさい息の他に音はない。

ふと「フルーツサンド食べたかったな」と思う。
すると顔の筋肉がぐにゃりと歪んだ。

焼きそばの容器に雫が落ちてポタポタと音を立てる。

ミキちゃんのお母さんは「いつ

もっとみる
【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.4

【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.4

9

スーパーに入ると私は迷わずお惣菜売り場に直行し、500円で買える好きなものを探した。

黒毛アンガス牛丼430円。
煮物弁当430円。
大きな唐揚げ弁当430円。
天重うどんセット430円。
洋食プレート421円。
おこわ盛り合わせ322円。
ソース焼きそば309円。

どれも買えるけど、好きなものではない。
唯一食べてみたいと思うのはお寿司。
でも1番安いので521円。
500円では買えな

もっとみる
【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.3

【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.3

7

あれは晩御飯を食べていた時のことだった。
突然電話がかかってきて、ママは相手がわかるなり「いつもお世話になってます」と深々と頭を下げ、私の顔をチラリと見た。

そして「ええ」「ええ」と相槌を繰り返し、一度「すみません」と口にすると、その後何度も「すみません」と頭を下げた。

一体何があったのか。
相手は誰なのか。
私は箸を置いて電話が終わるのを待った。

電話の相手は担任の先生だった。

もっとみる
【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.2

【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.2

4

木のオジサンは通学路にある公園のベンチにいる。
朝はいない。
下校の時だけ。
毎日いる。

公園にはベンチが3つある。
オジサンがいるのは1番隅っこのベンチ。
そこは後ろに大きな木があるからいつも曇っている。
他の2つのベンチは陽が当たって気持ち良さそうなのに、オジサンがいるのは決まってその曇ったベンチ。
そこで、いつも同じ服を着て、じーっとだまーって座っている。

オジサンは本当に動かない

もっとみる
【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.1

【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.1



「ごめんね、お仕事終わったらすぐ帰ってくるからね」

ママは申し訳なさそうに私に500円玉をくれた。
これで好きな物買って食べてねって。
私は「うん、わかった」と元気よく返事をした。
するとママはにっこり微笑んだ。
私は「良かった」と思った。
ママはいつも大変そうだから。
事実、大変なんだと思う。
それは多分私のせい。

「ママ、モモカには将来うんと好きなことをやって欲しいの。だから少しだけ

もっとみる