「何者かになること」への圧力
「何者か」にずっとなりたかった。今もなりたい。ずっと何かにならないと、と生き急いで、でもこの焦りは私の生命にどうしても必要なものだとも思う。歩みを止めたら、ここで歩みを止めたら、私は死ぬ。誰かの記憶に残って、ハードディスクの私に死という終わりが来ても、誰かの中で生き続ける。そうじゃないといけない、そうじゃないと、私は私という容器に入って生を享受する意味がないと思う。誰かの琴線に触れて、誰かのことを救わなくとも、誰かが「あんな子いたな」と思いだしてくれればいい。そうやって100