【夢怪談】これから伸ばします


――――夢を見た。

 見知らぬ古い木造住宅の一軒家の玄関をあけると、真っ直ぐ伸びている廊下に人が立っていた。

それは見た事もないグレーのスーツを着た男で、きちんと身なりは整っており、スーツは汚れひとつなく綺麗なものだ。

 それはこちらに背を向けて立っており、顔はわからない。私は何の気無しに玄関扉を開けたものだから非常に驚いた。

男はといえば、急に玄関を開いて人が入ってこようとしたにも関わらず一切振り向かないどころか身じろぎもせず、ずっとそこに立ち続けている。

 こちらが勝手に開けた玄関ではあるが、直立不動の不審な男に声をかける事も何もできず、男が振り向くか、何かしらの行動を起こすのを待つことにした。

 ――暫くして男が急に、天井に手を伸ばした。

視線をやれば、天井からは一本の黒い縄が垂れ下がっている。
男はそれに手を伸ばし、それをゆっくりと手繰り寄せはじめた。

 ――する、する。

 手繰り寄せれば手繰り寄せただけ、するすると天井から縄が伸びてくる。

――する、する、する、り。

 男は長く長く縄を手繰り寄せ、手元でぐるぐると巻き取り、頷いた。

そうして徐に、縄の先をくるりくるりと首に回し、余って弛んだ縄を床に放り投げた。

「……これからぁ……のばします……のばしましす……これからのばします……」

 ぼそぼそと低い声で男がそう言った。
それと同時に、床に投げられた縄がするすると音を立てて、引き延ばしたリールが巻き戻るようにゆっくりと天井へと巻き戻り始めた。

するするすると目の前で縄が天井に戻って男の首が緩やかに締まりはじめた。
「ぐぅ」と男の息の詰まる音がした。

「…これからのばします…く、こっ、これ、から」 

“ぎし、ぎし、ぎぃ、ぎぃ、”と
縄が軋む音が、辺りに響いている。

ゆっくりと吊られてゆく首に反して、不思議な事に男の足は浮かず地面を踏み締めている。
その代わり、縄に引き上げられてゆっくりと首が伸びはじめた。

「こっ、こここれぇぇ、からぁぁあっ、あ、」

後ろから見ていてもわかるほど、縄が食い込んだうなじは赤黒く変色を始めてすでに拳一つ分は伸びている。

みるみるうちに首は伸びていった。
拳一つ分から二つ分、30cm、40cm、まだ伸びる。
鬱血して赤黒く変色した首とその上の、血がたまり膨張した頭。顔は、見えない。

身体は、足は、しっかりと地についている。

 首に巻かれた縄は容赦なく力任せに男の首を引っ張り、引き伸ばしてゆく。もう、首は1m以上も伸びただろうか。

「こ、こ、か、ぁ、お、お、あ、あ!」

“キュ、キュ、キュ、”

何かが捻れるような音。
骨の軋む音。
関節か、どこか骨と骨の接続部が外れた音。

“パキ!”

「ご、ご、が、あ"、あ"、げぇ」

 男は言葉にならない呻きをあげた。
皮膚が引っ張られてメリメリと嫌な音を立て、急速に首が天井へ向かって伸ばされてゆく。

“ゴッ!!!!”
天井にとうとう頭がぶつかった。
と同時に、縄が千切れたのか男の身体がその場で崩れ落ちる。

 天井近くまで伸びた首は、頭は、身体が崩れた後に
遅れて、しなって、ゆっくりと、玄関前にいたこちらに向かって落ちてきた。

今まで見えなかった顔が、こちらを向いて転がった。
鬱血して赤黒くなった長く伸びすぎた首、異様に膨れた頭、舌が唇からはみ出し人相はもうわからない。

 足元にあるその頭、その見開かれて飛び出した目と視線がかち合った。

 突如、それは全身を痙攣させはじめた。

喉を詰まらせ吐瀉物が食道で滞留しているのか、ゴボゴボと排水溝から水が湧き上がってくるような音をさせながらゲラゲラと笑いはじめた。

口からはみ出した長い舌が
のたうって床で踊っている。

「のびた のびたよぉ のびた !」
男は家に響き渡るほどの大笑いをした。

両耳に直に流れ込むような哄笑に、はっと目が覚めた。
まだ、笑い声が耳に残っている。

――――そういう、夢を見た。

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