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耳の形であなたを探した(the cookie crumbles/BIGMAMA)

恋人の後ろ姿がとても好きだったから、なんだか思い出すのは後ろ姿ばかりな気もするのだけれど
あなたの好きだったところは、形容できない気持ちをくれる
その言葉や、出来事ばかりだったことを今でも思い出す。

まだ宙ぶらりんな気持ちにもなってない、日差しがやたら主張してくるGW前後の日
あなたが通う大学の図書館で建築と植物の図鑑を眺めてた。


「もうすぐ講義が終わります。
そのまま図書館に居てください、外は暑いので。
僕がそちらに行きます。」

そんなメールを確認して、私はまた図鑑に視線を落とした。
私が通う学校よりはるかに大きな図書館、貯蔵されている本の数も桁違いで
何時間でもここで過ごすことができた。
さすが国公立ですね、と前に話したら
世界の図書館を眺めてみたいですねえ、なんて的外れな返事が来たから
この人は私の話を聞いているのだろうかと教室の机に頬杖しながら愛想笑いをした。
それはまだマフラーが恋しい時期だった、とか。

学園祭の手伝いでこの大学に通うようになって数か月
私はまだ彼が纏うその掴めない空気に苦戦していたし、たぶん平行線のまま終わっていくんだろうなあと
ハクモクレンの記事を読みながら考えていたら
お待たせしました、と声が上から降ってきたので目線をあげると
彼が安藤忠雄の本を抱えて立っていた。

「図書館で待ち合わせをするのは大変ですね、みんな本に真剣でこちらを向いてくれないから、探すのが大変でした」
そうか、顔を上げてないし今日の服装やどの位置に座っているかも伝えてなかったから当たり前か、悪いことしたな。と一瞬で罪悪感に苛まれた。
「ごめんなさい、探すの大変だったでしょう?」
「いや、僕は耳の形で探してたんですぐ見つけましたよ。僕はあなたの耳の形好きなので、覚えてます。」

貴方との記憶で、1番といってもいいくらい覚えてることだから
たぶん、この瞬間から宙ぶらりんな関係は終わりに向かうことわかってたかもしれない。

「ねえ、耳の形で私のこと探した?」

機嫌がいいとよくそうやって聞いてた。
私の耳は小さくて、そんなに好きではないから余計に。
真夏になっても一緒に居ることを選んだ私たちは、何もかも正反対なことが楽しかった。
私は親に内緒でこっそり彼の大学まで定期を通して、時間が許す限り大きな図書館で待ってた。
私の代わりに建築の本や植物の図鑑を借りてくれて、彼の下宿先に戻り
PCで論文を書いてる足元でおとなしく本を読んでいた。
彼の足に背中を預けていたからレポートが進まなくなると足首を揺らす癖は
いつのまにか私にも移ってしまったし
考え事してる時に口をとがらせる癖が移っているのも、私は知っていたよ。

何もしていなかった、会話も少なくてお互いに
それくらい、何もしなくていい時間などなかった。
私たちには時間がなかった。専攻に行かない私はもうすぐ卒業で
彼は院生でもっと忙しくなるのも目に見えてる。
なんでもっと暇な大学生になれなかったんだろう。
なんでもっと普通の大学生みたいに騒がしくなれなかったんだろう。
外泊なんて許してもらえなかったあの時期
帰り道、一緒に夜を歩きながら考えてた。
その時感じてた夜の抜け道は、まだ見つからない。
サクレレモンが溶けてしまわないように、少し食べちゃおうよって
坂道を下りながら内緒話してたあの夜って、本当に実在した?

普通の大学生みたいに過ごせなかったのに、
結局最後は普通の大学生みたいな、あの頃は若かったねなんて言葉で片付けてしまいそうになる結末で
さよならを言われるために訪れた下宿先のアパートで、何も入っていない冷蔵庫の淵に涙を落としていた。
私が居なくなった途端に空っぽになった冷蔵庫の稼働音が、何故か今でも耳に残ってる。
あんなに空しい音が実在するだなんて知らなかった。
中身がない音は、できるだけ聞きたくなくていつも冷蔵庫を埋めてしまうのは、ここからきてるのかもしれないなんて
都合のいい後付けの言い訳だけれども。



「耳で探してたよ」

私がリズムを踏んで、図書館出口の階段を駆け下りる後ろ姿にかけたれた言葉が
私を強くしてくれてのも、きっと正解。

※この言葉と話たちはフィクションとノンフィクションです。
どこから何処までが誰と誰で私と君なのかは架空の場合もあります。
たぶん。※

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