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XRISMで探る超大質量ブラックホールと銀河の共進化

イントロダクション


銀河とは、1000億個以上もの恒星からなる、宇宙の基本要素です。近傍宇宙において、ほぼ全ての銀河の中心に太陽の10万~100億倍もの質量をもつ超大質量ブラックホール(SuperMassive Black Hole, SMBH)が存在し、その質量が銀河バルジ(銀河中心部の膨らんだ構造)にある星の総質量とよい相関を持つことがわかっています(下記の図1)。

図1: 近傍宇宙におけるブラックホールと銀河バルジの質量の相関

この観測事実は、銀河とブラックホールがお互いに密接に影響を与えて共に進化してきたこと(共進化)を強く示唆しています。

つまり、銀河より10 桁も小さなサイズのSMBHが、宇宙の進化に大きな影響を与えているキープレイヤーと言えそうです。銀河とブラックホールがどのようにお互いに影響を及ぼし合いつつ共進化したのか、そのメカニズムを明らかにすることは、現代天文学に残された大きな課題です。

共進化を理解するために鍵となる現象が、活動銀河核(Active Galactic Nuclei, AGN)です。

周辺ガスがSMBHに落ち込むと、その莫大な重力エネルギーが解放されて超高温になります。その結果、銀河中心核が電波からガンマ線にわたる広い波長帯で明るく輝きます。同時にSMBHは、ガスを吸い込むことで質量を獲得します。つまりAGNとは、まさにSMBHが成長する現場です。

図2: AGNの構造の模式図。(Urry & Padovani 1995から改変)

図2にAGNの模式図を示します。

中心のSMBHの周囲を、降着円盤が取り囲み、さらにその周囲を「トーラス」と呼ばれる冷たいガスが取り巻いていると考えられています。SMBHの近傍には、10 億度に達する超高温のコロナがあり、それが周りから入ってきた光子を散乱することで連続X線を放射します。

XRISMによるAGNのサイエンス(1): AGNフィーディング


共進化問題の大きな謎が、母銀河のガスがどのようにしてSMBHまで運ばれるのかいう問題です。これを、SMBHに餌を与えることに見立て、AGNフィーディングと言います。

AGNトーラスは、母銀河とSMBHをつなぐ位置にあり、SMBHへの供給されるガスの溜池と考えられますが、その成因はよくわかっていません。また、トーラスでは激しい星形成がおきているとも考えられています。トーラスの構造やその内部のガスの運動を調べ、その起源を明らかにすることは、共進化の過程を理解するために不可欠です。

中心核から出たX線がトーラスなどの周辺物質に入射し、その中の原子やイオンにぶつかると、そこから決まったエネルギーのX線(輝線)が発生します。
図3に、トーラスを横方向から見ているAGN「マルカリアン 3」のXRISMによる観測シミュレーションを示します。

図3:セイファート2型銀河「マルカリアン3」のXRISM による模擬エネルギースペクトル。
鉄原子からの輝線はおもにトーラスから放射される。
一方、低エネルギー側の輝線群はおもにトーラスの内側にある高温ガスから放射される。
Reynolds et al. (2014)より。

静止した物質から放射される輝線のエネルギーは元素ごとに決まっています。一方、放射する物体が動いていると、ドップラー効果により、観測されるエネルギーがずれます。光は音と同じく「波」の性質をもつため、動いている救急車の音と同様に、放射体が観測者に向かって近づいているとエネルギー(周波数)が高く、遠ざかっているとエネルギーが低く見えます。

この原理を利用して、輝線のエネルギーを精密に測定することで、周囲のガスの動きを知ることができます。X線を用いた診断では、他の波長と異なり、広い温度範囲の物質のほぼ全てを見ることができます。

XRISM搭載マイクロカロリメータは、ガスの運動をこれまでの10倍の精度で調べることが可能で、トーラス内のガスの分布、トーラスからSMBHに向かってガスが流れていく様子、その一部が戻ってくる様子を捉えることができます。これにより、AGNフィーディングの理解が飛躍的に進むと期待できます。

XRISMによるAGNのサイエンス(2): AGNフィードバック

共進化を理解するもう一つの鍵が、AGNフィードバックとよばれる現象です。

AGNは、強い電磁波を放射するだけでなく、ジェットやウインドといった噴出流(アウトフロー)を生成します。SMBH成長の最終段階にあるAGNから放出されるアウトフローが、周りのガスを温めたり押し退けたりすることで、星形成を抑止すると考えられています。その結果、銀河とブラックホールの質量によい相関ができるのかもしれません。
しかし、これらアウトフローの物理的起源や生成される条件、本当に母銀河に影響を与えるだけのエネルギーを放出しているのかなど、まだ多くの謎が残されています。

AGNから放射されるウインドが、中心部の連続X線源と観測者の間に存在すると、ウインド中のイオンが、特定のエネルギーのX線だけを吸収します。その結果、観測されるエネルギースペクトル(エネルギー分布)に「へこみ」の構造(吸収線)が見られることになります。

観測された吸収線のエネルギーと本来のエネルギーとのずれを測ることで、ドップラー効果によりウインドの速度が分かり、「へこみ」の深さをはかることでウインドの物質量が分かります。これらから、ウインドが単位時間に外に運んでいるエネルギー量も推定できます。

XRISM搭載マイクロカロリメータは、その優れた分光能力により、AGNウインドによる吸収線をこれまでになく精密に観測することができます(図4)。

図4: 電波銀河「3C 111」の「すざく」によるエネルギースペクトル(左)と
XRISMによる模擬エネルギースペクトル(右)。
鉄イオンによる吸収線がXRISMでよりはっきりと見える。Kaastra et al. (2014)より。

このようにして、ウインドのエネルギー流出量が正確に求まり、これらが本当に母銀河に影響を及ぼしているかについて、決着をつけられると期待できます。

(執筆:上田 佳宏)

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