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文化工作だった映画や小説やまんがやアニメ。『大東亜共栄圏のクールジャパン』大塚英志


第二次世界大戦のときに、映画や小説が「文化工作」――作品としての価値よりも、「宣伝」としての役割を重視され、作家や監督たちもそんな時流にのって作品をつくったということは、これまでも散々言われてきたし、専門書もたくさん出ています。

でも、マンガやアニメといったサブカルチャーまで含めて、しかもプロの作家だけではなくて、たくさんのアマチュアも参加して、東南アジアや朝鮮半島、「満州」、中国向けにメディアミックスが展開されたという話を、たくさんの資料を使ってまとめたのがこの本。

アニメやマンガのカットやポスター、新聞・雑誌の内容の一部まで、写真がたくさん収録されているので(新書なのでサイズはちょっと小さいですが)、それだけでもすごいし、わかりやすいです。

そして、戦争中の「文化工作」に関わった官僚や文壇の大御所たちの発言、手紙のやりとりなんかも時系列にまとめられています。例えば、1941年の芥川賞に選ばれた「長江デルタ」という小説は、選定会議で佐藤春夫や室生犀星を始めとする選考委員が、文学作品としての価値が低いと評価していたのに横光利一が「政治的」に評価し、「文化工作」の作品としてふさわしいとほのめかすと、委員たちは前言を翻して受賞してしまう過程は、なんだか目に見えるようです。

戦争中、日本人に協力した中国人が暗殺された事例は少なくないようです。日本が中国で宣伝のための映画を制作するとき、日本の会社が関わっていることを隠さないといけませんでしたが、それでもバレて暗殺された中国人がいました。そうすると、今度は「日本のために暗殺された中国人」を宣伝に利用して、雑誌記事で宣伝するだけではなく、暗殺事件をモデルに「長江デルタ」という小説を書いたり、映画「上海の月」を制作したり。

私は、戦前の映画や小説には詳しくないのですが、作者の大塚先生の着眼点のおもしろいところは、これまでの研究が主に戦争中の文学や映画の「文化工作」がそれぞれ個別に研究されていたものを、メディアミックスだったとまとめなおした部分なのかなと思いながら読みました。

ただ、戦争中の「文化工作」と、現在の日本政府がやっている「クールジャパン」を一直線で結びつけるのは、少し違和感があります。というのも、「クールジャパン」の予算で政府からお金を獲得しても、それが現場の作家や映画監督、俳優、アーティストの海外展開には生かされず、広告代理店や一部の大きな芸能プロダクションにお金が偏って、アジア各地での「クールジャパン」は箱物的な失敗ばかりで赤字垂れ流しなど、いい話を聞かないので。

もちろん、戦前のメディアミックスでも、本気で日本の戦争の「正しさ」を宣伝するためというよりは、映画界や文壇なんかの権力争いに「文化工作」を利用してのし上がろうとした人とか、ライバルを蹴落とした人たちも多かったと聞きますし、そういう人たちは戦争に負けたら手のひらを返して、自分のやってきたことを隠したり、黙ったりしたようです。

この本を褒めているのは、だいたい戦争中の歴史に興味のある人たちのようです。でも、できれば現在進行形でクールジャパンに批判があるのに、匂わせることしか言えない現場の作家さんやアーティストさんたちに感想をきいてみたいです。

あとは全くの余談ですが。
戦争中に女スパイとして有名だった鄭蘋如の写真として掲載されているものが、間違ってを鄭蘋如モデルにした小説の映画『ラスト、コーション』の女優湯唯の写真になってしまっています。なぜ?


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