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いつ読みかえしても切ない和歌と恋のものがたり。『うた恋い。』杉田圭


小さい頃から大好きだった『百人一首』。母親が、1つ1つの和歌の背景を教えてくれたから、とてもロマンチックなものだと子供心にときめいていました。高校生になって、織田正吉さんの『絢爛たる暗号』という本にハマりましたが、大学生になって田辺聖子さんの解説を読むと、「この本はフィクションとして『百人一首』を楽しむもの」=「歴史的に正確じゃない部分がたくさんあります」だったことに、少しショックを受けたりして。

なので、大人になって読んだ杉田圭さんの『うた恋い。』の衝撃度といったら!!! もう、どう表現したらいいんでしょうか。ビジュアルやストーリー性が加わると、『百人一首』は現代でも、切なくて、華やかで、豊かな世界によみがえるんだと感動しました。

誰もが知る、色男の代名詞、在原業平の華やかな恋愛遍歴と切ない恋。藤原義孝の恋と、藤原道隆との友情。紫式部と藤子の友情の切なさ。藤原道雅と当子内親王の報われない恋。そして、藤原定家式子内親王の歌でしか交わせない恋心。全部、伝えられる物語をもとにしたフィクションなんだけど、それがギャグをはさみつつも、華麗に表現されています。

現代には、政略結婚とか親のすすめるお見合いが、あまり身近でなくなったけれど、いつの時代もスキな人と結ばれることは大変。そして、がんばった人が報われるとも限らない。両思いなのに身分違いで結ばれないとか、身分によって制限される才能とか。いつの時代にも通じるテーマです。

玉のをよ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身も焦がれつつ

式子内親王のセリフはとても切ない。だからこそ、『百人一首』の藤原定家の歌が心に迫ってきます。高校の古典の授業で、さらっと習う内容の百倍くらいの濃密さで。

1巻の末尾で、『百人一首』を完成させた藤原定家が、宇都宮頼綱に言うセリフがいいです。

ほら、生きてるとヤなこといっぱいあるじゃない。世の中、せちがらくって、君も哀しくなるでしょ。そういう時さ、自分を支えてくれるのは、家族であり、友人であり、「人」なのだけど、それと同じくらい、僕は「和歌」にも助けられる。

和歌は、まるで生きているみたいに、いつも僕に寄り添ってくれた。僕は、その生命がたえるように、伝えていきたいんだ。そして、僕たちが今ここに先人の和歌を残したように、僕たちが死んでも、誰かがまたこれを伝えていってくれたらいい。それを、後世の人々が見て、僕たちが感じたのと同じ気持ちを抱いてくれたら、それはきっと、素晴らしいことだ。

2巻は、小野小町僧正遍昭がメインの恋愛物語。好きな人と結婚して家にいるか、自分の力を試すために更衣として出仕するか。この物語の背景を知ると、2人の和歌はことさら響いてくるし、仕事か恋愛か、という問題はいつの時代も変わらず切ない物語になるのですね。

花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせし間に
あまつ風 雲のかよい路 ふきとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ

そして、ここに在原業平文屋康秀がからんでくる面白さ。小町と業平と康秀の友情、なんともいえないおもしろみがあって、すきです。

そして、3巻は待ちに待った清少納言藤原行成がメインのお話。父の藤原義孝と息子の行成、定子とその母貴子のビジュアルが近いのも、血縁関係がよくわかっていいです。藤原公任との友情もいい。清少納言側も、兄の悲恋、再婚相手の藤原実方のすばらしいプレイボーイっぷり、定子さまとの空気感も完璧です。

かくとだに えはやいぶきの さしも草 さしもしらじな 燃ゆる思ひを
夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の関はゆるさじ
滝の音は たえて久しく なりぬれど 名こそ流れて なお聞こえけれ

定子亡き後、章子のところに再就職しないかと誘う藤原行成に、楽しいことだけ、定子のすばらしさだけ書いた『枕草子』のためには、定子のかつてのライバルのところに再就職なんかできないと断る清少納言。昔の楽しかった頃に戻りたい、とつぶやく藤原行成に言う、清少納言の言葉が最高です。

私も楽しかったわ、行成様。だから進みましょうね。楽しかった想い出は戻りたいと今を嘆くためのものではなくて、前向きに、今を頑張るためにあるのよ。昔を思い出すたび悲しくなったりしないように、私たち、強くまっすぐ生きて、きっと豊かな人生をおくりましょうね。

ラスト、4巻は紀貫之がメイン。あとは小野篁や阿倍仲麻呂も出てきます。私が一番好きなのは、藤原満子と壬生忠岑のカップル。切ないのですが、ため息がでます。

ありあけの つれなく見えし 別れより あかつきばかり うきものはなし

アニメ化もされていて、かなり原作に忠実でいい感じです。娘が小学生になったばかりのときは、アニメがあって助かりました。番外編『うた変。』もあります。こちらは読み手を選ぶかもしれませんが、私はそれなりに好きです。



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