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数奇な運命を歩んだ、幸運な才能。『エリック・ホッファー自伝』


エリック・ホッファー(1902-1983)は、アメリカの社会哲学者で、もと港湾労働者。NYのブロンクスにドイツ系移民の子として生まれ、7歳のときに失明し、15歳のときに突然視力が回復。そのため、正規の学校教育を一切受けていません。

エリックは、18歳で天涯孤独となった後、ロサンゼルスに渡り、さまざまな職を転々とします。28歳のとき自殺未遂を機に季節労働者となり、10年間カリフォルニア州各地を渡り歩きました。

1941年から67年まで、サンフランシスコで港湾労働者として働きながら、51年に最初の著作『大衆運動』を発表し、その後、著作活動に入ることになります。これらの成果によって、1964年から72年まで、カリフォルニア大学バークレー校で政治学を講じたそうです。

このエリックさんの略歴だけ読んでも、なんだか映画みたいですが、本文はもっとおもしろいです。短編小説集みたいな部分もある、不思議な自伝です。とても文章が上手いのも印象的です。

エリックさんは7歳のときに失明したけれど、失明以前、自宅にあったドイツ系の父親の本棚の英語とドイツ語を読めたそうです。で、いきなり目が見えるようになっても、また見えなくなるかもしれないというので、むさぼるように本を読んだとか。

図書館にこもってひたすら読んだり、父親が18歳で死ぬまで「子供部屋で過ごした」という表現は、働いていないということで、つまり、今で言う引きこもりです。

その後、なんとかアルバイトにありつき、本を読みます。そして、本を読んで暮らすためにアルバイトをします。そんな生活を28歳まで続け、そして28歳から、季節労働者として、自分で考え、勉強する人生を再出発しました。

『自伝』を読む限り、エリックさんは、人アタリはやわらかいけれど、とても繊細で神経質で、自分の意見を譲らない不器用な人。知り合いのだんなさんに似ています。とても能力があるけれど、それを型にはまった社会(特に日本のような)中で生かすのが難しい人に見えます。

もし自分の息子が30歳前後で人生に迷っていたら、この本を薦めようと思います。でも、思春期の男の子にこの本は絶対「」だと思います。『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーじゃないけれど、「偉人の伝記を子供に読ませるなんて、人格破綻者になれといっているようなもの」だから。

ただし、『自伝』が出てから20年。日本は少子化で、大学の先生がどんどん減らされて、せっかく研究して博士号をとっても、大学に就職できない人、大学に就職できても研究の時間も予算もない先生が増えている状況下で、在野で研究を続けていくためのハウツーにエリック・ホッファーの名前が冠されているのは興味深いです。

私は、『自伝』では、以下の文章が一番好きです。

自己欺瞞なくして希望はないが、勇気は理性的で、あるがままにものを見る。希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い。希望に胸をふくらませて困難なことにとりかかるのはたやすいが、それをやり遂げるには勇気がいる。闘いに勝ち、大陸を耕し、国を建設するには、勇気が必要だ。絶望的な状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の存在になるのである。


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