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中国に返還される前の香港。『食べ物が語る香港史』平野久美子


中国との関係に揺れる香港。アヘン戦争当時、イギリスの政治家から「家一見建ちそうにもない不毛の島」とまで言われた岩だらけの村が、イギリスの植民地になり、貿易で繁栄し、第二次大戦中の数年は日本に占領されました。そして、冷戦時代は中国VSイギリス・アメリカの間で“竹のカーテン”として機能し、金融センターとしても国際都市としても繁栄しました。

冷戦の終結と1898年の天安門事件、1997年の中国への返還と、『一国二制度』の開始。50年は制度を変えないと約束したはずの中国政府の強引な香港への干渉は現在メディアで報道されているとおり。

本書は香港の中国返還の渦中で書かれた本で、香港の人々は戦争や植民地支配、政治的動乱、経済発展などをしたたかにくぐり抜け、独自の「飲食」を生み出した経緯を、おいしそうにシニカルに描いています。香港に詳しい著者ならではの、香港グルメと香港の歴史、文化、社会のガイドです。


イギリス人がやってくる前、香港”先住民”は海の民や客家(はっか)で、船上生活者の知恵から生まれた魚料理や客家の伝統料理を食べていました。イギリス人をはじめとした欧米人がやってきて商業が発達する、中華式宴会料理が発展します。西洋風の料理を提供するレストランやパブもできる一方で、港湾労働者のための屋台や売り歩きの食べ物の需要も伸びていきました。

20世紀に入ると、香港は第一次世界大戦や辛亥革命、その後くり返される労働争議などで、経済的にも政治的にも混乱が続きました。同時に、1911年に広州と香港を結ぶ鉄道が開通し、1928年には啓徳空港が開港。中国大陸との結びつきが飛躍的に高まり、特に上海との経済的文化的関係が深まっていきました。上海の映画、小説、流行歌、ファッションが人気を集め、アフタヌーンティー、ベイクドチョップライス、カスタードタルトなどがこの時期に定着していきます。

1937年に日中戦争が本格化し、1941年12月には香港が陥落します。”香港史上、最悪の日々”とまで言われた日本軍統治の間、食料や燃料の配給制、資産凍結、銀行封鎖、大陸への強制移住などによって苛酷な日々を送りつつも、「戦時菜」を考案し”苦中求楽”する様子は、『この世界の片隅に』のすずさんを思い出させます。

食べるのがやっとの第二次大戦後から60年代を経て、香港の1970-80年代の経済発展は贅沢な料理のメニューを生みだしました。そして、1989年の天安門事件を経て以降、世紀末の繁栄を象徴するかのような特徴あるメニューが香港のレストランを彩りました。

中華料理に関心がある人は、興味ある部分だけ読んでも楽しいし、香港と中国文化圏の歴史や文化に興味がある人には、じっくり読んでも楽しめます。タイトルと表紙はグルメガイドっぽいポップな感じだけれど、中身はかなり骨太な、深い味わい本。絶対オススメです。



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