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ラストエンペラーの物語。『溥儀』入江 曜子


人生で3度皇帝になった溥儀(ふぎ)。そして、人生の後半は「一般人民」として生きることを強いられたラストエンペラー。彼は1906年に生まれて、数え3才(実年齢は2才)で、満州族がたてた清朝という大帝国の皇帝に即位した最後の人になりました。親戚の西太后の命令で、彼女が死ぬ1日前の決定だったそうです。

溥儀が8才のときに辛亥革命が起こって退位させられますが、その後も溥儀は紫禁城(故宮)に大勢の家臣とともに住み続けることを許されます。自分の知らないところで皇帝にされて、やめさせられた溥儀。そして、革命後も一度は担ぎ出されて皇帝なりますが、当然長続きしません。

第一次世界大戦が終わり、孫文の中国国民党が中国統一をめざす頃になると、溥儀は紫禁城を追い出されます。そして、孫文の死後、後継者の蒋介石は南京に新しい政府をつくります。もう、中華民国に溥儀の居場所はなくなり、溥儀は日本を頼って満州へ行きます。日本が戦争に負けると、溥儀は自分を被害者だと主張して嘘もいい、東京裁判で保身をはかったそうです。

本書の作者入江さんは、ノンフィクション作家。溥儀の家庭教師だったジョンストン の『紫禁城の黄昏』を翻訳した人の1人で、これはあの有名な映画『ラストエンペラー』の原作のような本です。その後、溥儀の皇后だった婉容(えんよう)や側室だった李玉琴の本を描いた入江さんは、4半世紀の取材を経て、溥儀についてのこの本をまとめたそうです。

ちょっと肩に力が入っているような描写も少なくないのですが、披露される溥儀とその関係者たちの1つ1つのエピソードは、やはりとても深くて面白いです。

例えば、中華人民共和国の建国後、溥儀は皇帝から「一般人民になった」人物として、社会主義中国のすばらしさを宣伝する道具にされます。溥儀を利用した毛沢東は、「溥儀は小心、権力に媚びる、死ぬことを恐がる」「だから「改造」は可能であったと語った」とか。

それでいて、皇帝意識の抜けない溥儀を不満に思ったり、外国からの賓客がくると冗談ながらも彼に服従を強いつつ、「あくまで彼は「皇帝」です」と含みのある発言を繰り返したとか。ねちっこくていやな毛沢東全開エピソードです。

溥儀は、小さい頃、母親や家族から引き離され、皇帝として扱われたのでしつけをされませんでした。わがまま放題に育てられたせいで、自分のことすら自分でできない、ゆがめられた人生を歩まされました。その結果、彼は、権力に弱く、強いものに媚びるしか生きる術を持ちません。

溥儀は、満州でソ連軍に逮捕された後、中華人民共和国の戦犯収容所で再教育を受けつつ、『わが半生』を書いたとされています。この本も映画『ラストエンペラー』の原作に使われていますが、入江さんによれば、『わが半生』は、ゴーストライター李文達たちのとんでもない苦労と努力の結晶だったとか。

ほかにも、満州国にかかわった日本人や中国人の満州国官僚たちの戦後の話、そして彼らを再教育した戦犯収容所の人々の苦労話もすごいです。なのに、苦労しても日本人たちには感謝されないどころか、文化大革命では迫害された悲劇。これも映画『ラストエンペラー』に出てきます。

溥儀は『ラストエンペラー』の映画ほどいい人物ではないし、結局いつも苦労させられるのは下々の正直で良心的な人たちというのが辛いです。国家建設のための仕事とはいえ、溥儀と彼を利用する政治工作に関わらされたすべての人たちに同情します。

この本で書かれている溥儀と彼を取り巻く人間関係は本当に生々しくて、おもしろいですが、映画『ラストエンペラー』を見た人も知らない人も、映画とあわせて見る(読む)ことをおすすめしたいです。



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