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実はご本人には似てないらしい。映画『呉清源 極みの棋譜』日本・中国、2006年。


呉清源という囲碁の棋士を知った頃、彼をモデルにした映画化の話を知りました。主演が大好きなチャン・チェン(張震)ということで、ものすごく期待したし、クランクインしてからも、クランクアップしてからも待ち続けて長かったです。

監督は田壮壮ということで、万人受けする映画じゃなさそうなことは予想していたけど、それでも楽しみでした。日本公開前の中華圏のニュースでは、どうやら酷評っぽいらいしことも情報としては入ってきていたけれど。

そして、公開初日。期待に胸膨らませつつ、でも過剰に期待しないように静かに見ました。日本が舞台で、張震やシルビア・チャン、そして日本人の実力派俳優たちの演技がよかったし、何より監督がロケにこだわったというだけあって、昭和の日本に作り物っぽさが全然なかった。映像もきれいで、久しぶりに「ちゃんとした映画」を見た感じ。

でも、私が満足できたのは、原作の呉清源自伝を読み漁って物語の背景をしっかり理解していたからで、多分、一般の観客には何の話がどう進んでいるのかわからないんじゃないかと思う。説明がないので、わかりにくそうなのが、とても残念。

田監督は「今の時代だからこそ、精神的なものの大事さ」を伝えたかったとあちこちのインタビューで答えているけれど、この映画を見た予備知識のない人が、そのメッセージを受け取れるかというと疑問。棋士の自伝的映画なのだから、やはり醍醐味は対局なんじゃないかと思うけれど、そんなシーンも多くなかった。以下、ワダエミ氏のインタビュー(パンフより抜粋)

台本上の最初のシーンは、お父さんが病気になって、三兄弟にそれぞれプレゼントするというものでした。……そのシーンでシルビア・チャンの演技は本当にすばらしかったんですけど、全部カットされていて驚きました。一代記ものですから、どこをカットするかというのは難しい問題だと思いますけど、呉清源さんが日本に来る前のシーンはほとんど削られていました。それと呉清源さんが70代を迎えた頃のシーンもカットされてしまいました。本物の棋士の方たちにも出ていただいたんですけどね。
 この映画に関しては、田壮壮監督にしてやられたという感じなんですね(笑)。必要なものをとにかく全部撮っていたので、それがつながってくるものと思っていたら、ほとんどカットされているんですから。……
 (囲碁の対局シーンももっと撮影されていたのかという質問に対して)
 そうですね。呉清源さん自身が昭和何年のこの対局はこうだったと全部教えてくださって、撮影の時は、秘書の方が基盤係として碁石を並べてくれました。一手一手打っているのを俯瞰でとらえたシーンもあって、ものすごく時間をかけて撮影したんですけどね。撮影には、一千万とか数百万の碁盤が集まっていたんですけど、私はその碁盤で張震と空いた時間に五目並べをしていました(笑)。

私が呉清源の自伝を読む限り、張震の演技はイメージぴったり。田壮壮監督も呉清源の自伝を読んで映画化することを思いついたというくらいなので、自伝の文章からくる彼の呉清源イメージもこの映画の通りなんだと思う。

でも、中華圏の新聞に「張震の演技に呉清源本人がOK出したのはやさしさからだと、彼を知るファンは思っている」という記事があって、それはつまり「本人に似てない」ってことで。ずっと呉清源の対局を見てきた中山典之氏も、「張震だけ似てない」という意味のことを婉曲に言っていた。顔立ちではなく、性格とか行動が似ていないらしい。このあたりが、自伝的映画でしかも本人まだ存命という場合の難しさかも。監督が表現したいものと、本人のギャップ。そのあたりを監督が考えた末の大量シーンカット&「内面重視」なのかな。

後日、田監督のインタビューをみると、やはりこんな風に答えていました。

結局、わたしは内面にこだわって、できるだけ彼の精神世界を描きだそうとしたんです。内面を描くのであって、決して歴史の事実や時空間を再現するものではありません。
邦題:呉清源 極みの棋譜(呉清源)
監督: 田壮壮
主演: チャン・チェン(張震)、シルビア・チャン、榎本明ほか
衣装デザイン: ワダ・エミ
製作:日本・中国(2006年)104分

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