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#短編小説
ワンタップのスキでも
寝ぼけ眼で枕元に置いてある筈のスマートフォンを手繰り寄せようと、布団を這い出した腕で辺りを探す。狭い部屋だからすぐ見つかって、わたしは片手で掴むには大きいそれを布団の中まで引きずり込んだ。煌々と輝くディスプレイが眩しい。痛さに仏頂面になりつつ、わたしはロック画面に表示される通知に目を凝らした。そしてある文字を見た瞬間に一気に覚醒して、勢いよく跳ね起きる。このところ寒さに敗北しっぱなしだったけど、
もっとみる神様という名の虚像・黄
——馬鹿馬鹿しい。そう唾棄しかけてすんでのところで踏み留まる。曲がりなりにも上官の前だ、私はこの男のことを慕ってはいないが、失言は己の目的を妨げる原因になりかねない。口を噤んで、真剣に演説に聴き入る振りをする。それが一体いつまで続くかは気掛かりだった。部下の士気を上げて扇動する術を掌握している者であればそれもいいだろう。しかし、己が地位を誇示したいだけのこの男の言葉には何一つ重みが存在しない。む
もっとみる神様という名の虚像・青
——物心ついた頃、自分が人と違うんだということをおれは嫌というほどに思い知らされた。元から両親や兄弟や村人たちから優しくされた記憶はこれっぽっちもなかったが、少なくともこの家で暮らしてご飯を食べて生きる、それくらいの価値はあるんだとそう思い込んでいた。それが間違いだったと気付いたのは馬鹿なことに、父親からお前を生贄にすると言われた瞬間だった。頭の中が真っ白で「え?」とたった一音を呟き、そこからも
もっとみる神様という名の虚像・赤
——腹が熱い。最初に感じたのは熱の方だった。その数秒後には痛みが追いついてきて、視線を落とせばまだ成熟しきっていない小さな手がしとどに濡れて、灰のような白が赤く塗り潰される。そしてそれは雨のようにカーペットに染み込んでいくのだろう。実際に目の当たりにすることはないけども。耳鳴りに紛れつつ、微かに水音が響いている気がする。しかしもし錯覚なのだと誰かに諭されたなら、そうなのかもしれないと納得してしま
もっとみる死にたがりの死なない傭兵に愛を捧げる・裏
足早に去っていく背中を見送り、そっと嘆息する。別にベタベタと仲良くしたいわけではないのだが、ああも警戒心を露わにされると少なからず傷付くのが人情というものだろう。誰に見せるでもないが肩を竦めてみせ、あの背中を預けていた草むらに目をやる。頭上を仰げばそびえ立つ木からポカポカ木漏れ日が射して、唇の端を釣り上げた。地面に縫い付けられた人間という存在がいくら同族で殺し合おうが、空に浮かんだ太陽も月もまる
もっとみる死にたがりの死なない傭兵に愛を捧げる
吹きすさぶ冷たい風が髪と服とをはためかせる。ビュウビュウと鼓膜の奥にまで響く色は唸り声の——いや、まるで怨嗟の声のようだった。物言わぬ屍となった仲間たちの代わりに仇敵を一人でも多く倒せと叫ぶ。頬に付着した血は早くも乾き、手の甲で擦れば粉状になってそこにこびりついた。目より少し下の高さにある手を裏返す。手のひらはまだべっとり濡れていて赤い。血に塗れているのは顔や手だけでなく、元から黒色の生地なので
もっとみる異世界が実在すると証明された結果がこちら
蛙が潰れたような声ってきっとこんな感じなんだろうな、というグエッと醜い音が僕の口から漏れた。これが就寝中じゃなく昼寝の最中だったら絶対胃の中身をぶちまけてる。そう確信するほど上半身を激しく圧迫されて、夢から現実へ一気に引き戻された。いつも通り勝手に開けられたらしい窓から差し込む光が照らすのは、見慣れたという意識すらもないほど当たり前にある僕の部屋の天井——のその前、あんまりな方法で僕を叩き起こし
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