生の定義

 生まれるという言葉の定義が自我を持ち得た瞬間であるなら、僕が生まれたのは現在より遥か昔、今となっては気が遠くなるほど前の話になる。ただ身体も小さく手足も細ければ、この狭い場所から抜け出すことも侭ならない。それが僕の生まれ持つ性質であり、それは兄弟と呼ぶべきものもまた同様だった。僕らはみな同じなのだろうと思う。ここは暗くて狭いが、頭上が覆われている分、雨を浴びずに済むのがいいところでもある。ただ正面よりもやや下、地面はそれなりに見えていて、時折地に足をついて歩くものたちの姿が映るのだ。僕はそんな彼らが羨ましくて、仕方がなかった。身動きも取れないし、話題も限られているから兄弟とはしょっちゅう僕らが彼らと同じ種族だったなら、何をしようかなと話す。とはいっても僕より兄弟の方が見える景色が広いだけで、知らないことばかりだから、想像さえも大して膨らまないのが悲しい点だったが。悲しいといえば彼らにとって僕らは食糧にもならないので、無視されるのは悲しかった。彼らとは違い過ぎて、もしかしたら同じ生物として認識されていないのかもしれなかった。
 やがて僕らは多くの時間を寝て過ごすようになって、兄弟も起きていれば些細だが景色の変化について語り合って、眠っていれば相手が起きた時の為に、話題を探して眠るということを繰り返した。相変わらずこちらを見て興味を示すようなものはない。——もしかしたら眠っている間に、という可能性も無きにしも非ずだが、千年経っても無視されるなら多分この先も変わらない。そう考えて僕は夢見るのも諦めた。その代わりに色々なことを考えた。徐々に形作られて出来た身体は、何の為にあるのだろうか。永遠に居続けられることに何の意味があるのだろうか。いっそ消えたいと願ってもそうする手段はない。生まれなければよかったのにと、そう思った矢先のことだ。僕の眼前に、自分の意思で動くことの出来る生き物の手が伸ばされたのは。


「わーい、見つけた!」

 と大声で叫ぶ息子が、振り返り手を振る。俺が側まで行き、しゃがんで花崗岩の隙間を覗き込むと光輝くものが見えた。よく見つけたなと頭を撫でてやれば嬉しそうに笑って綺麗だねと言う。光り物が好きなのは老若男女共通か。何ならカラスとかもな。しかし自由研究に鉱石の採掘を選んだのは正解だったな。いい思い出になりそうだと安堵しつつ、俺はこの体験ツアーの担当者へと声をかけた。

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