一個食糧七日分
「あっ」
と間の抜けた声が出る。ココア入りのマグカップを手に、自室に戻ってきてすぐその変化が分かった。デスクの上に置いてある青と緑、灰色のマーブル模様に白い斑がついている球体。座ったとき丁度いい高さになるよう調節して浮かべている。その表面がチカチカと明滅しているのだ。僕はココアを零さない為に慎重に歩いてデスクの前まで行くとマグカップを置き、少し奥の方にあるそれを細心の注意を払って引き寄せた。もしも触ろうものなら、触れた箇所にもよるが形を損なう可能性が相当高い。一応はこれでも商売道具なのでなるべくなら避けたかった。
「どれどれ……」
幸いなことに直接触らなければ回転させても昼夜がひっくり返ったり、天地の境目が崩壊するなんて事態は起きない。見れば、灰色に覆われた部分、僕が作り出したものでは有り得ない高層建築が密集している辺りで、戦争が起きているようだった。それも同時多発的にだ。あーあ、と僕の口からはつい、溜め息が零れる。
これまで僕が手掛けた作品は、既に三桁の大台に乗っていた。一つ一つ番号を振っているのでそれは間違いない。しかし今回の造形は、個人的にはお気に入りの部類だったのだ。寒暖の変化で陸地がどれだけになるか、経験を踏まえて丁寧に理論を構築し、現実にも予想通りの状況となっていた。——人間という種が現れるまではの話だ。
生活に窮すればヒトは凶暴になる。一部の土地だけ豊穣にすれば資源を巡り争いが起きる。しかし全体が潤っても今度はヒト同士で奪い合って、結局は貧富の差が生まれて、不平等が他者を貶める火種になる。この球体——星自体の仕組みを変えようとも、所詮は遅いか早いかの違いでいつか人間は同じ種族で争い合うことになるわけだ。これが大問題だった。何せ観賞用の作品だというのに経年劣化する前に見目を損なってしまうのである。そして結果、クレームは売り手の僕に来る。実際は素材のバグなのにだ。星を破壊するヒトを修正しろ、それが出来ないなら、削除してくれ。そう繰り返しクレームを出したが、実現に至っていない。
しかし、これがバグではなく仕様なら、人が争うのは習性なのだ。短い生で何故と前は疑問に思ったが、逆に考えてみる。僕たちと違い限りがあるからこそ、自らの幸福に執着するのだろう。全く分からない感覚だが。
さてこの状態で買い手がつくだろうか。爆発し続ける星を前に僕は現実逃避してココアを啜った。
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