『理想の酒』『理想の蒸留器』とは?南大東島生まれのラムを巡る技術者同士のディープな対話【対談:その2】
沖縄本島から東に約350kmの場所に浮かぶ南大東島。
地元で採れるサトウキビにこだわったラム酒を製造する「グレイスラム」を舞台に、酒づくりと発電用バルブの開発でともに約半世紀のキャリアを持つベテラン同士が酒づくりの「心臓部」となる蒸留器をテーマに語り合った。
予定時間を超える白熱ぶりとなった対談の後半となる今回は、「理想のラム」「理想の蒸留器」について問いながら繰り広げていく。
実際にラムを嗜みながらの対談は、モノづくりの世界で苛まれやすい「生産性」と「こだわり」との狭間で生じる葛藤など、エキスパート同士ならではの話題が深く広がっていった。
▼前回の内容はこちら。
《現状》「理想の蒸留器」に求められる条件
【田中】
ここまで話を聞いていると、酒づくりをしている方からの生身の話は、普段机の上で考えている印象と随分違いますね。玉那覇さんにとって、今の蒸留器はラムづくりの理想形といえますか?
【玉那覇】
いや、もっといいモノがあるんでしょうけど。もう少しいい香りが出せるものが理想的ですが、なかなかそこまでの蒸留器は出ていないですね。
【田中】
いい香りのものを作ろうとすると、蒸留器にはどんな条件が必要ですか?
【玉那覇】
密封性ですね。蒸留器の中に香りが残ると、それだけ商品の香りに影響が出てきますね。
【田中】
いまの蒸留器の構造でも十分に密封できているんじゃないですか?
【玉那覇】
いや、100%ではないですね。蒸留後、商品として出す際に香りが溶け込んでいない部分がどこかであると思います。蒸留器の開発自体、やっている所が少ないので構造として立型か横型かの選択肢しか無い状況です。
《課題》「生産性」と「こだわり」の狭間にある葛藤
【田中】
最近では新たにラムを作るメーカーも見かけますが、やはり香りや甘みを出すために横型の蒸留器を選ぶことが主流になりつつあるんですか?
【玉那覇】
いや、もともと酒蔵で使っていた蒸留器をそのまま使う形で立型のところが多いですね。例えば、「今年からラムを作るので新しい蒸留器を入れようか」といったところは少ないと思います。表面上は銅に見えても、内部にステンレスや鉄を使っている蒸留器も見かけます。
【田中】
コストにこだわって質を落とすと、お客さんが離れることにもなりますよね。その点、先日訪ねた長崎県の五島列島の五島つばき蒸溜所さんが印象的でした。彼らは、原料のコストは考えずとにかく「これが最高だ」と思えるモノを作ろうとこだわっていました。その時、ランニングコストのことを聞くと、「ランニングコストって何ですか?」と言われる位です。
【玉那覇】
これまでの酒づくりを完全に度外視した考え方ですね。
【田中】
企業に居ると、どうしてもランニングコストのことを考えてしまうし、周りからも言われてしまいますよね。五島つばき蒸溜所さんは「そうしたものは自分たちの理想とする酒づくりではない」と考えて今のやり方に至ったみたいです。
《理想》移ろう月日の中で変わらない味を追い求める歩み
【田中】
ラムは世界中で流通していますが、今の潮流はどんな風になっていると思いますか?
【玉那覇】
基本的に変わっていないと思いますが、貯蔵年数が長いものが増えていますね。9割方がダークラム(長期間樽で熟成させた褐色のラム)で、無味無臭な状態の酒に樽の特色を生かしたラムがほとんどです。
【田中】
先日、「CORCOR」を飲んだ時に感じたのは甘みだったんですよね。あれも、蒸留の過程で出た自然な甘みによるものですか?
【玉那覇】
そうですね。甘すぎてもラムとして美味しくないですが、我々としてはまだ甘みや香りが薄いと感じる部分もあります。
【田中】
原料そのものの品質が安定していないとダメだということも言えますね。
【玉那覇】
仕入れ先が100%信用できるかも大事になります。
【田中】
素人目線になりますが、味や香りを決める上で口にした時に誰もが同じ印象を感じられるモノは作れるものでしょうか?
【玉那覇】
それは十人十色で違います。ある程度の基準はありますが、「今年のモノは原料の質が悪かったから思った通りにならない」といったこともあります。
【田中】
「基準を決める」というのは?
【玉那覇】
私自身の感覚になります。舌先に残っている記憶に従い、毎年味見をしていいか悪いかを決めています。できるだけ年ごとの変化がないようにしていますが、若干の違いはやはりあります。自分たちで今年のモノはいいと思っていてもお客さんには美味しくないと言われることもあるので、結局、いいか悪いかの判断は自分たちで決められないですね。
【田中】
消費者はどうしても欲張るところがありますよね。
【玉那覇】
100人居れば100人味覚が違うし、1000人居ればその分だけ違うので。最初から1000人が納得するようなものが出来てしまえば、我々がやることが無くなってしまいます(笑)
【田中】
確かにそうかもしれません。
【玉那覇】
10人飲んで6~7人がOKで残りが「いや、まだまだ」と言うから、その人たちに対してどんなものがいいのかと毎年試行錯誤をしながら作り続けてきました。これからもその流れは変わらないですね。
【田中】
味、香りを極めるには、変わり続ける部分と変わらない部分の双方を追い求めなければならないわけですね。改めて今日は貴重な時間をありがとうございました。
《さらに次回へ》話題は事業を生み出す苦しみと楽しさに続く
2人の技術者による対談は、玄人同士にしか生み出せないディープな雰囲気で進んでいった。
長年作り続けてきたラムの裏側には、目に見えない手間暇と自然の恵み、作り手ならではの感覚が三位一体となって月日を重ねながら熟成することで生み出されている。
そんな背景を知った上でラムを飲むと、これまでとはまた違った味を楽しめるのかもしれない。
では、「メイド・イン・南大東」のラムが生み出されるまでにはどんな紆余曲折があったのか。
次回は対談メンバーを入れ替え、事業サイドの観点から紐解いていく。
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