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宿題を負担に感じるとフィンランドに宿題がないことに希望を持つが残念…フィンランドも宿題がある

「あー、今日まだ宿題終わってないけど
 やりたくないー。
 宿題なんてなくなればいいのに!」

ゲームでかんしゃくを起こしていた
彼が床に転がりながら
ダルそうにそう言った


「そうだねー。なんで宿題ってあるんだろうね?」

すると想像を超える答えが帰ってきた

「やりたくないめんどくさいことも
 頑張ってやる練習だから。
 あと、今日学校でやったことを覚えるために
 復習するとよくわかるようになるから」




え?

きみゲームで勝てなくて
泣き叫んでた子よね?

「それ、先生が言ったの?」

「違う、先生は宿題やる理由とか言わないよ」

なぜこんな考えが出たのだろう

おそらく、日々の先生の話や
学童の先生、家族など
この子の周りにいる人の
話しを聞いて自分で考えたようだ

だから
「なんで宿題なんかあるんだよー!」
と、グズグズ言いながらも

結局宿題をやり遂げる

きっと彼は宿題をやる意味が
自分なりに納得できているからなのだろう

確定申告がめんどくさくて
「やりたくないー
 なんでやらなきゃいけないの?」
と思っていた私にグサッと刺さった

そうだ、大人になっても
やりたくない面倒くさいことは
いくらでもある

なるほど。宿題はその練習なのか!

フィンランドの宿題事情

”フィンランドの学校って宿題がないんですよね?”

フィンランド教育系のワークショップを
開催すると参加者の方に
そう聞かれることがある

どこから生まれたウワサなのかは
わからないが
フィンランド=宿題がない
というイメージを持つ人が多いのだ

もし本当に宿題がないとしたら

「なんで宿題なんてあるんだー」
と、宿題が嫌でめんどくさくて
でもやらなきゃいけない子どもも

「ゲームばっかしてないで
 宿題してから遊びなさい!」
と、子どもが宿題をしないことに
頭を悩ませる保護者にとっても

宿題を出す側の先生たちも
負担が減って

きっとパラダイスのように見えるだろう

だけど実際に
フィンランドの学校は宿題が

”ある”

私がホストファミリーの家に住んでいた時
10歳の子どもがリビングで
宿題する姿は日常だったし

15歳の子も自室でやっていた

20代のフィンランド人の友人に
学生の頃、宿題があったか聞いてみたら
やはりあったという


もし仮に宿題がなくなったとしたら
最初はパラダイスだろう

でも、宿題がなくなって
学校から帰ってきて
すぐに外へ遊びに行ったり
ゲームやYouTubeばかり見ている
子どもを見ていると

「ちゃんと学習量は足りてるのか?」
「遊んでばかりになるから宿題出してほしい」
と大人としては心配になってしまうかもしれない

実はフィンランドの国営放送yleの調査によると
フィンランドの保護者も
同じことを思っているらしい

なぜならフィンランドの宿題は
先生によって量にばらつきがあり
宿題を全然出さない先生が担任になると
保護者としてはこうした心配が生まれるそうだ

だから宿題が

”ない”

ということもあるし
ないならないで別の心配が生まれる

たくさん宿題を出す先生になっても
宿題が終わらないことで
親子ともにストレスを感じやすいので
MAX15分で終わる簡単な宿題が
出されることが推奨されている

簡単な内容なので
授業中に終わらせてくる
子どももいるので
宿題が”ない”
になることもあるようだ



そもそも子どもたちの生活スタイルが変わった

この宿題をテーマに記事を書きながら
自分の子ども時代と
今の子どもたちは生活スタイルが
変わったことことに気づいた

自分の子ども時代は
学校から帰ってくると母親が家にいて
宿題をしてから友達と遊びにいく

そんな生活の子が多かった

でも今の子どもたちは
共働き家庭も多いし
学校が終わってから
学童などに行って
さらに習い事など
学校が終わってからも
忙しい子どもが増えている

保護者も仕事が終わってから
息つく間もなく家事に追われ
ゆっくり宿題を見てあげる
時間を作るのが難しい


「夕食ができるまで
 YouTube見てないで
 宿題やっちゃいなさい!」

と思ったりするのだが

子どもも子どもで
朝からずっとフル活動してきて
家に帰ってきたら
ちょっと休憩したいのだ

とはいえ
夕食の後に宿題をやるかと思えば
やっぱり食後はのんびりしたいし
そんなことをしてたら
お風呂の時間になって
「まだ宿題やらないの?!
 いつやるの?!」
お風呂の後にやるって言っても
もう寝る時間も近い

イライラする大人
  VS
やらなきゃいけないと分かっているけど
やりたくない子ども

もし日々こんな戦いをしていて
ご家庭があれば
きっと全国に仲間は多い
みんなで一緒に頑張ろう

特に低学年のうちは
5 分で終わるような簡単な宿題を
ランドセルから出すまでに
一体何分、何時間かかるのやら…

それに付き合う労力を考えたら

いっそこんな簡単な宿題なら
必要ないんじゃないか?

そう思う保護者もいるだろう

でも、音読は担任の先生が
1人ずつ授業中に聞いてあげることは
できないので
やはり家庭でのサポートは必要だし
漢字ドリルも
他の言語に比べて私たちは
覚えることがはるかに多い

だから他国と比較するには
ちょっと状況が違う

算数などは基礎が理解できていないと
この先中学、高校になっても
ずっとつまずく事になる

なくてもいい量の宿題でも
家でやることで
子どもがどこまで理解しているか
把握できるし
フィンランドでは
確認テスト的な意味で宿題を出している
先生も多いようだ


宿題がなぜあるのか


それは出す側の先生の考えもあるし
大人が考える理由
子どもの考える理由

それぞれきっと理由があるのだろう

もし、宿題を負担に感じているのなら
「とにかくやりなさい」
だけでなく
どんなところに負担を感じているのか
話してみるのもいいかもしれない

子どもには子どもの理由があるし
大人も外で働いてきて疲れている

宿題以外のところにも
理由が隠れているかもしれない


私は宿題をやる意味として
やらなきゃいけないことを頑張ってやる練習

という彼の言葉が響いた

なぜなら
3月中に記事を書こう書こう
と思って、もう月末も近くなった
やらなきゃ、やらなきゃと思って
ほぼ1ヶ月も先延ばしにした

私はもっと宿題をしないといけないようだ


yakko


参考:
https://yle.fi/a/3-12121510
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsira/4/0/4_0201/_article/-char/ja/




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