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【ショートショート】バードキャッチング

 俺の目の前に卵が落ちてきた。
 空を見ると、旅客機が飛んでいる。

「ねぇ、きいてる?」

 先を歩いていた彼女が振り返る。その口調には明らかに苛立ちが含まれていた。今日の遊園地でのデート中、ずっとだが。

「あっ、ごめん。いきなり空から卵が降ってきてさ」

 ちょうど俺と彼女の間に落下し、ぐちゃぐちゃに潰れた卵を指さす。

「はぁ?」

 彼女は卵の存在を認めることなく歩きだした。卵なんてどうでもいいことらしい。
 そうかそうかと再び、空を見上げたときだった。上空に小さな点のようなものが光っている。すごい数だ。段々と点は大きくなる。あれは……卵?

「うわぁぁぁ!」

 突如、スコールのように降ってきた卵に驚いた俺は、とっさに頭をかばいながらうずくまる。地面に落ちた卵にはヒビが入り、殻が割れると中から何かが飛びだしてきた。

「ス、スズメ?」

 他の卵からも次々と鳥が孵っていった。信じがたい光景に鳥肌がとまらない。

『コケコッコォォォォォッ!』

 孵化した鳥たちはニワトリの鳴き声を合図に、園内へと散っていった。それは一瞬の出来事だった。

「ねぇ、急に大声ださないでよ!」

 すぐに彼女が駆けよってきた。周りの家族連れやカップル、遊園地の係員までが怪訝な視線を俺に向けている。
 まさか、誰にも見えていないのか? あの鳥の群れが……。

「この際だから、はっきり言うけどさ。今日のデート次第で、この先のことについてきちんと決めようと思っているんだよね」

 予想外の彼女の告白に、鳥の幻から現実へと引き戻された。

「それって、どういうこと?」

「それくらい自分で考えてよ。ごめん、少し一人にさせて」

 俺をその場に残して彼女は早足で歩きだすと、賑わう人波へと消えてしまった。すぐにでも追いかけるべきなのに、頭の中をさっき目にした鳥たちが飛び回って離れない。
 そのとき、掃除機を背負った清掃員らしき男が目の前を通り過ぎた。男は無線で会話をしている。

「現場である遊園地へと到着。想像以上の群れです。ただいまより警戒区域Aに指定し、迅速に鳥たちの捕獲にあたります」

「と、鳥?」

 そのワードは、俺の頭のモヤモヤとピヨピヨを消し去るための重要な手がかりのように思えた。

「その鳥って、空から降ってきた卵の?」

 俺の問いかけに、掃除機男が立ち止まる。

「アンタ、見えたのか?」

 掃除機男の鋭い視線に、黙ってうなずく。

「そうか。では、我々に協力してくれないか? 君にはその素質がある」

「警戒区域とか、その素質とか、全然状況が飲み込めてないんですけど……あの鳥たちは一体、何なんですか?」

 掃除機男は腕時計を確認し、早口で話しだした。

「手短に説明する。あの鳥たちは祟り鳥だ」

「渡り鳥じゃなくて、祟り鳥?」

「見た目は鳥だが、その正体は鳥の皮を被った怨念だ。人間の吐きだした悪い感情や社会の淀んだ空気が、風に運ばれ漂い固まり、卵状になる。そして、卵は雲の中にある鳥の巣に集まる。卵の状態のままならば害はないのだが、ごく稀に鳥の巣が天敵に脅かされると、卵が地上へと落ちてくることがある」

「あっ」

 あの旅客機が頭に浮かんだ。

「卵から孵った祟り鳥は人間に鳥憑とりつく。鳥憑かれるとその人に悪影響を及ぼし、命に関わることもある。我々は祟り鳥殲滅せんめつのために組織されたバードキャッチャーだ」

 嘘みたいな内容なのに、掃除機男の話しぶりからは一切の嘘を感じなかった。

「我々と一緒に祟り鳥の捕獲にあたってもらいたい。祟り鳥が見える人間はごく一部の選ばれた者のみ。日暮れまで時間がない。頼む、君の力を貸してくれ」

 彼女のことが気がかりではあったが、祟り鳥の姿を確認できるのは俺しかいない、という不思議な使命感も湧きあがっていた。

「どうすればいいですか?」

 掃除機男は俺の肩に手を置き、背負っていた掃除機を渡した。

「これで吸い込む」

 ただの家庭用の掃除機にしか見えないし、これで鳥を吸い込むのは少し気が引ける。

「本物の鳥じゃないから心配御無用。この掃除機で吸引浄化し、空気中に戻すのさ。こんな風にね」

 掃除機男は、近くの子供の肩に止まっていたシジュウカラを掃除機で吸い込んだ。すると、排気口から真っ白な羽毛が吐きだされる。素早くて無駄のない動きだった。

「まずは小鳥から慣れていくといい」

「すごい……。さっきの祟り鳥が、ずっとあの子に鳥憑いたままだったら、どうなっていたんですか?」

「あの鳥はシジュウマデ。四十歳まで不幸な人生を歩んでいただろうな。さぁ、どんどん捕まえるぞ!」

 掃除機男の話によると、俺たちは大きな鳥カゴの中にいるらしい。祟り鳥の逃亡を防ぐために、目には見えない特殊なカゴが遊園地を覆っているのだとか。
 俺は練習もかねて、捕獲しやすいというスズメやハトから狙いを定めた。双眼鏡で鳥を確認し、鳥憑かれた人にそっと近づき、速やかに浄化作業を行う。
 メリーゴーランドでは、回転する白馬にまたがる女性にカラスが鳥憑いていた。女性の指には美しい宝石の指輪がいくつも輝いている。白馬の上下する動きに合わせてゆっくりと近づき、カラスを浄化した。これで光り物への強い執着はなくなるだろう。
 水上コースターでは、恋人と揉めていた男性にカモメが鳥憑いていた。コースターに乗っている二人になかなか近づけなかったが、最後の滝つぼへの落下時に飛びたったところで、カモメを浄化した。ずぶ濡れにはなったが、これで二人の揉め事は無事に解消されたはずだ。

「だいぶ慣れてきたな。そろそろ、B級以上の大物も捕獲にいくぞ」

 コツをつかんできた俺は、掃除機男と一緒に遊園地のさらに奥へと踏みこむ。
 フライドチキン店では、高額請求をする店員と支払おうとしていた女性にサギとカモが鳥憑いていた。詐欺まがいの支払い寸前、キッチンから揚げたてのフライドチキンが大量に運ばれてきた。サギとカモがひるんだところを間一髪、まとめて浄化する。閑古鳥だったお店には、お客が群れをなして戻ってきた。
 ベンチで休んでいる女性に鳥憑いた鳥を浄化しようとしたときは、掃除機男に「手を出すな!」と注意された。

「コウノトリは保護対象だ」

 なるほど。そういう鳥もいるのか。
 ジェットコースター乗り場の列では、奥さんの言うことに反論する旦那さんに、ヒテイペンギンが鳥憑いていた。近づいて吸い込もうとするが、吹雪に耐えるようにびくとも動かない。どうしたものか、と考えているとコースターの列が進み、ペンギンもつられて行進しだした。その隙に浄化に成功すると、旦那さんは奥さんをとにかく肯定しだして、ひたすら平謝りをしていた。
 順調に祟り鳥の捕獲浄化を進めながらも、頭のどこかでは彼女のことを考えていた。
 観覧車に乗り込む彼女の姿を見つけたのは、ちょうどA級祟り鳥のダチョウに追いかけられているときだった。その背中には黒い影のようなものが。まさか……?

「よそ見するな! 鳥憑かれるぞ!」

 そうだった。ダチョウの蹴りを食らえばただじゃすまない。それに鳥憑かれでもしたら、俺はどこまでも走り続けてしまう。集中しろ。頭を使うんだ。
 行き止まりの場所へとおびき寄せると、俺は壁にぶつかる寸前に身をかわして、ダチョウの背中に飛び乗りまたがった。後ろからダチョウを目隠しするとやっと大人しくなって、ついに浄化に成功した。

「見事な機転だった。すごい才能だよ。これで園内の浄化は無事完了だ」

 掃除機男のその言葉を素直に喜べない自分がいる。
 さっき見かけた彼女が心配になった俺は、観覧車へと走った。
 ちょうど、彼女の乗ったゴンドラが地上に戻ってきたところだ。

「さっきはごめん。それで、あの……」

 気がつくと、俺の体は宙に浮いていた。
 何が起きた?
 まさか彼女に突き飛ばされたのか?

「もういいの……いつも優柔不断で……頼りなくて……もういいの」

 明らかに様子がおかしかった。彼女の背中から禍々しい漆黒の羽が広がる。学校の教科書でしか見たことのなかったその姿は、太古に絶滅した始祖鳥だった。

「これはまずいな……。まさか古代種まで孵っていたとは」

 駆けつけた掃除機男の顔にも焦りが見えた。

「古代種?」

「長い長い年月をかけて卵化した強い怨念の祟り鳥だ。S級の超大物だよ。鳥憑かれた人や周囲に完璧な破滅をもたらすといわれている」

 始祖鳥は俺たちを威嚇するように鳴き声を発した。きいたこともない不穏な鳴き声とその圧力に震えがとまらない。

「完璧な破滅とか……ふざけるなぁぁぁ!」

 俺が掃除機を構えて飛び込むと、一瞬でヘッドの部分が真っ二つにされた。始祖鳥の鋭い歯にかじられたのか。俺は再び、彼女に突き飛ばされた。なんて、デタラメな力だ。
 掃除機男に手を借り起き上がると、彼女は涙を流していた。不安や迷いを煮詰めたような悲しくてやりきれない表情。
 きっと俺のせいだなぁ……ごめんな。
 そう思った瞬間、一切の迷いや恐怖が消えた。
 俺は彼女に向かって走りだしていた。始祖鳥のクチバシが俺の腕をかすめた。
 かまわない。止まるな。前に進むんだ。
 彼女に突き飛ばされるよりも早く彼女を抱きしめる。
 暴れて振り払おうとする彼女を意地でも離さなかった。呼吸を整えて、俺は叫んだ。

「俺と結婚してくれぇぇぇ!」

 彼女の抵抗がおさまった。

「今だ! これを受けとれ!」

 掃除機男が小型の巣箱を投げてよこした。片手でキャッチする。

「その穴はタイムホールだ。ジュラ紀に繋がっている!」

 巣箱を彼女の背後にいる始祖鳥へと向ける。

「あっちで好きなだけ、羽を伸ばしな」

『グゥワッ、グゥワッ、ギェェェェェッ!』

 悲鳴のような甲高い鳴き声と漆黒の羽を残して、始祖鳥は巣穴へと吸い込まれていった。
 こうして祟り鳥との決着はついた。
 そして、俺と彼女の微妙だった関係にも。

 
 その後、俺は彼女と結婚した。
 今でも時々、バードキャッチャーとして任務にあたっている。
 結婚した俺たちの関係はとても良くなった。
 そういえば、最近、ひとつ気がついたことがある。
 幸せを感じる瞬間には、青い鳥がいつも俺たちのすぐそばにいるということに。もしかしたら、最初からいたのかもしれないが。
 もちろん、吸い込んだりはしない。
 青い鳥も彼女のことも、俺が愛護すると決めたのだから。


(了)


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

こちらのショートショートは、現在制作中のショートショート本
『SALT BUTTER's SHORT SHORT THEATRE』
に収録される作品です!


こちらのショートショート本。
来週5月21日(日)に開催されます
文学フリマ東京36で初出品いたします作品集です。

それって、どんな本なの?

当日にブースで見本誌も読むことはできますが、当日前に作品の雰囲気だけでも把握したいという方や、当日会場にこれないという方もいらっしゃると思うので(シンプルに作品を楽しんでもらえるだけでも嬉しいです!)、
こちらのnoteで一部作品を先行公開させていただこうと思いました!

(↓こちらの作品も先行公開作品です)


この文学フリマ東京36ですが、ぼくだけではなく、

【ベリショーズ関東支部】としてグループで参加させていただきます!

ブースは【M39・40】です(第一展示場)。

ベリショーズ関東支部

ベリショーズは30人以上の著者がテーマごとに作品を執筆し、定期的に発行している無料電子書籍です。
もうすぐ創刊号発行から5年が経とうとしていて、累計10000DLに届くところです(続けるってすごい)。

そんなベリショーズから今回の文学フリマ東京36には、そるとばたあのほかに、


椿あやかさん

たらはかにさん

そして、ベリショーズ編集長でもあるむうさん

の素敵な御三方とご一緒に参加させていただきます。
それぞれの著者さん、渾身の作品集を当日は販売いたします!

初出店となります文学フリマ東京36もいよいよもうすぐです。

緊張もありますが、自分たちが書いて、作った本を直接、読者の方に届けられる貴重な場なので、思いっきり楽しみたいと思います!
ほかのブースを回るのもとても楽しみです!

もし、ご来場予定のある方や、近くのブースにお立ち寄りになられる方、
どうかお気軽に【ベリショーズ関東支部】のブースへとお立ち寄りいただけたら幸いです!

文章や物語ならではの、エンターテインメントに挑戦しています! 読んだ方をとにかくワクワクさせる言葉や、表現を探しています!