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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(43)君を信じて

Chapter43


『何だ、この⋯⋯屈辱的な展開は⋯⋯グハッ!!』

 ダンは口の中に残った最後の「目玉らしき生物」をぺっと吐き出し、見下ろすトムの顔を睨み上げた。彼の鋭い眼光は禍々しいオーラを放ちながらトムに襲いかかったが、ダンを取り囲んだ「異形の物体」がその攻撃を打ち消した。

「⋯⋯子供の頃から見続けた僕の悪夢は、この時のためだったんだ。僕のイメージしたもので、これを越える恐怖は今までにない。幾度となくお前の「眼力」には負けてきたけど、実はそれがヒントだったんだ。お前を封じるための「眼には目を」ってね」

『フ⋯⋯フフフ、フハハハ⋯⋯そうか、小僧⋯⋯わかったぞ、お前の正体が。なに、久しくつまらない日常を過ごしてきたのでな⋯⋯この俺を脅かす存在が、ちょうど欲しいと思っていたところだ。このダンのストーリーを盛り上げ、「新たな章」を開くのがお前の役目だ』

 トムは不気味なダンのペースにハマりかけていることを直感し、右手に握った金色の斧を咄嗟にレナのいる方へと放り投げた。

『お前はこのスーパーヒーロー「ロケットのダン」の悪役だった! この俺が望んだ、最大の敵としてのキャラクターがお前だったのだ!!』

「レナっ!! 金色の斧を振れ!! 君にはそれができる!! 過去を断ち切って、生き延びるんだっ!!」

『この俺より、少しでも優位に立ったと思ったか? 小僧⋯⋯いや、宿敵トムよ、まずはお前を始末することから始める。これは今、俺が決めた「設定」だ』

 トムの脳裏に誤算の文字が浮かんだものの、彼の表情は和らいでいた。優先順位の一番「レナを守ること」は既に果たされたと実感した。この後の展開はレナを信じることで確実な道が開け、これこそがトムにとっての「トゥルーエンド」だということを悟っていた。


『パラレル・ミラー』


 ダンの「宣言」はいとも容易く、トムの恐怖心を瞬時に塗り替えた。彼は身動きが取れないほど狭い空間に閉じ込められ、合わせ鏡のように無限に続く自身の姿を目の当たりにした。しかし、これは目に見える形で存在するものではなく、彼の「負の記憶」が増幅されて、一斉反射して襲い掛かるものだった。
 これらの記憶は精神を直接破壊するに十分な力を持っていた。トムは自分の内側に渦巻く無数の負の感情と記憶に直面し、それぞれの記憶の断片が彼の心をえぐり取るかのように痛みを与え続けた。

『貴様が巡ってきた並行世界での、この俺との戦いを見てみたかったがな。その世界で何度も俺に挑み、策を練ったつもりだろうが』


──ダンは眼を閉じた──


 トムの全身がガラスのように砕け散るその光景を目の当たりにし、呆然と立ち尽くすレナに向かって、ダンは冷酷に続けた。

『さて、娘よ⋯⋯繰り返すが、お前らとはどうも因縁めいたものを感じてならない。この俺の世界に、お前らのようなレアキャラが偶然入り込んでくるなど、どうにも腑に落ちない。まだ何か⋯⋯俺の知らない「秘密」を隠しているだろう?』

 消え去ったトムの方を向いたままのレナに近づきながら、ダンは続けた。

『お前らは、「鏡の世界」を知っているな?』

 ダンの不可解な質問に、レナは言われるままに頷いた。「疑わずに信じる」ということは、身に覚えのない記憶ですらも受け入れることだと素直に思った。

『そして、俺が一番知りたいのは⋯⋯その金色の斧の秘密をどこで知ったかという──』

 ダンは悦に入ってその言葉を紡いでいたが、自らの言葉に瞬時に反応し、眼前の光景に突如として違和感を覚えた。

『斧が⋯⋯ない? あの小僧は、確かに娘に向かって放り投げたはず⋯⋯』


──私がぬいぐるみを落としちゃったから、トムがそれを拾おうとして──


 『!!?』


 ダンは即座に振り向き、先ほど自分が創り出した大きな鏡が空を仰いで倒れている場所に目を向けた。彼は目を凝らし、不満気に呟いた。

『娘よ⋯⋯お前はまだ「演技中」だったのか。そしてあの幼子が手にしているあれは⋯⋯』

 雨雲を真下から映す大きな鏡の側には、光り輝くワンピースを着た幼い少女が「金色の斧」を片手で軽々と持って立っていた。



第42話     

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