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『キッチン』で初めてのばななさん

ずっとずーっと前からお名前は知っているし、作品も読みたいと思っているけれど、どういうわけかまだ一度も読んだことのない作家さん。私にとってそんな方々のうちのひとりが、何を隠そうこの吉本ばななさんでした。

90年代のセンター試験(今は共通テストですね)国語で『TSUGUMI』が使われた!なんとイマドキな!というのが当時衝撃的なニュースとなっていたのがうろ覚えなので、たぶんその辺りでこの方の存在を知ったような気もします。ばなな?すごいペンネームだなーって。
ちなみに。吉本ばななさんご本人がその試験問題を解いてみたら、正解できなかった(!)という、現代文の受験者にとっては何とも勉強意欲が削がれるような肩透かしを喰らうような逸話もあるそうで…笑。

以前に読んだこちらの洋書(但し読んだのは和訳本)でもごく自然に登場したということは、超メジャーな日本の作家として英訳本もガシガシ売っているはずです。

そんな世界のバナナ・ヨシモトさん、読もう読もうと思っていたのになぜか今になりました。でも、こういう時の巡り合わせって、何なんでしょうね。「時が来た!!」みたいな気合いも使命感も無く、ただただ、何となく。あんなに読んでいなかったのに、なぜかふと、読む日がやって来た感じです。
そして古本屋さんで何気なく手に取ったのは、名前だけ知っていたこちら。

『キッチン』- 著者:吉本ばななさん

私これをよくやりますが、今回も見事に、タイトルと著者名しか知らない状態で読み始めましたよ。ああ楽しい。


思考と情景描写のイリュージョン

何ともさっぱりとした、なのに丁寧な筆致。基本的に主人公の視点で進められる、小説らしい小説だなあと思いながら読んでいると、、、会話文じゃないところでも主人公の気持ちが溢れて、突然ですます調が混ざったり、つぶやきや心の声が出てきたり。

人物や風景や情景の描写と、人物の気持ちとが、良い感じにミックスされていて、とても独特な表現だなと感じました。こういう文章、嫌いじゃない。むしろ好き。こんな有名な方の本だし、初版なんてもう36年前(!)だそうだし、世間の人たちにはもうすっかり馴染みのある書き方なのかも知れません。

でも、私にとってはこういう表現はとても新鮮だったし、主人公をより身近に感じるようになりました。

ノスタルジーの宝庫

何せ80年代後半の本ですから。昭和な言葉や物がたくさん出て来ては、もうそれだけでジーンとしてしまう。例えばどんなって…受話器のコード。ワープロ。ファミコン。令和生まれにはどうやったらこの懐かしさを伝えられるのだろうか。(←いや、そもそもまだ令和生まれは6歳)

待ち合わせは、当たり前のように電話でただ時間と場所を決めるだけ。本作中では特に待ちぼうけのエピソードは出て来なかったけれど、すっかりこの頃のワードに染まった私の頭は、スマホなんてない頃に一気にタイムスリップ。

ひとたび家を出てしまえば、相手に何かトラブルがあって遅れようが、来れなかろうが、もう連絡手段が無いのだから、待つ。ただひたすら待つ。もちろんずっと同じ場所で。「やっぱりちょっと寒いからあのお店入ってるねー!」とちょっとLINEして移動、なんてことも出来ないのでね。

今からしたら大変不便だったけれど、特にものすごく久しぶりの人や、大好きな人に会いたい時、待ち合わせて無事に会えることの喜びが、何だろう、今よりさらにずっと大きくて、より愛おしかった、かも知れない。(いや、もう確実に会える方がいいけど…笑)

おっと、また話が逸れて来た。ごめんなさい。

生きることと、そうでないこと、それも含めて生きること

『キッチン』は、実は短編集だったことも今回初めて知りました。しかも、吉本ばななさんのデビュー作だったことも。やはり世界30カ国以上で売られている大ベストセラーであることも。この文書を書きながら初めてちゃんと知るという。

短編は『キッチン』とその続編、そしてもう一つ別のお話が収載されていましたが、いずれでも何というか”圧倒的な喪失”と、その後の心の動きを、丁寧に丁寧に、途中苦しくなるぐらい細やかに描写されていました。

辛い。しんどい。そんな言葉で名前を付けるのじゃ全然何の足しにもならないぐらいの喪失体験をしたことのある人には、どのお話もいかにグッと来ただろうか、と思います。

物語自体は淡々としているようで、淡白なようで、でも決して冷たいのではなく、どこかじんわりくる優しさとか強さとかが仕込まれています。ほんわり包み込むだけじゃない、ゴリゴリ励ますわけでもない、でも何だか、この物語に出逢えたことは、やはり良かったな、と思いました。

おまけ

今回また小さなシンクロが起こりました。先日私、そんなにしょっちゅう食べるわけでもないお店のカツ丼を食べたんです。その翌日に本書を読みかけから読んでいたら、何と早々にカツ丼が出て来たじゃありませんか。

それも、かなり食レポに近い表現で、どう考えても無茶苦茶骨身に染みるぐらい美味しいであろう状況で。来た…文章飯テロ!前日のカツ丼も、たぶん本書のお店ほどのクオリティではなかっただろうけど、とても美味しかった。

というわけで思わずこのトップ画像を使わせて頂きました。深夜にnote開いた方がいらしたら、誠に申し訳ございません…笑。

こういうちょっとした偶然も、楽しいですね。

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