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熱海で聞いた「地方創生」「アート」「デジタル」の話

こんにちは、絵描き×PMのwakana(@wknmh)です。
少し時間が経ってしまいましたが、2023年12月に参加したPMoA(Project Management of Art)のイベントが大変面白かったので、レポートを書き残しておこうと思います。とても充実した会だったこともあり少し長めの記事になりますが、もしよろしければご覧ください。

ちなみに、主催のPMI日本支部WEBサイトにもイベント感想記事を寄稿しました。コンパクトに読みたい方はこちらがおすすめです。

イベント概要はこちら。


はじめに:「PMoA」とは

「PMoA」は「Project Management of Art」の略で、一般社団法人PMI日本支部創立25周年プロジェクトの一つとして2023年に始動した「アート×プロジェクトマネジメント」の可能性を探求する活動です。

アート・音楽などの文化芸術活動はプロジェクト活動の三要素である「独自性」「有期性」「不確実性」の特性を多く備えています。
〜 略 〜
PMI日本支部では、同分野におけるプロジェクトマネジメント実践事例の調査研究活動として「PMoA(Project Management of Arts)」事業を立ち上げ、上記のような課題の解消に貢献するためのナレッジの可視化と体系化に向けた活動の促進を目指します。

【創立25周年】PMoA関連イベントのご案内 より

ちなみにPMIとは世界最大のプロジェクトマネジメント協会で、2023年の「仕事・転職に役立つ資格1位」として注目を集めた資格「PMP®︎」などのプロジェクトマネジメント関連資格を認定している組織です。

学生時代からアートマネジメントの分野に関心があった自分は、「アートのプロジェクトマネジメント」領域の話をぜひ聞きたい!と、大きな期待を胸に熱海へと向かったのでした。

なぜ熱海でこのイベントが行われたか

PMoAイベントが行われた日程は、「日本最勢のアートフェスティバル」を掲げるアートプロジェクト「ATAMI ART GRANT 2023」の開催期間。こちらのプロジェクトがPMoAの趣旨に賛同しているということで、熱海の起雲閣を会場にこのイベントが催されたそうです。

主催団体project ATAMIさまのnoteはこちら。

会場の起雲閣。趣ある建物とお庭の風景。

登壇者のみなさま

  • 基調講演 中野 善壽氏【アート×地域創生】

  • アートプロジェクト事例紹介 冠 那菜奈氏【アート】

  • 法人スポンサー事例紹介 長谷部 旭陽氏【アート×デジタル】

ゲストとして登壇されたのは、フリーの経営者で東方文化支援財団代表理事などをされている中野善壽さん、ATAMI ART GRANTプログラムディレクターの冠那菜奈さん、NTTデータでデジタルアーカイブ事業「AMLAD®」を担当している長谷部旭陽さんの三名。

「地方創生」「アート」「デジタル」各領域に軸足を置く講演者の方々のお話は、とても興味深いものでした。

東京から100km圏内の魅力的な街、「熱海」の可能性

中野善壽さんは、寺田倉庫の経営改革なども手掛けられた「伝説の経営者」の異名を持つ方。最新テクノロジーを活⽤した持続可能なアート業界を作ることを目指し、東方文化支援財団で「WHITE CANVAS」という活動もされています。

そんな中野さんが語った熱海の魅力の一つが、東京から100km圏内にある街であるということ。さらに交通の便も良く、一時間に3本は新幹線が通り在来線もあるそう。一方で、その歴史からすでに観光地・避暑地として地位を築いている軽井沢は、新幹線の本数が一時間に1本のみで在来線は通っていない。そうした点を踏まえて、熱海には将来的な発展の可能性があると。

そのほかアカオの森での取り組みを例に施設や環境・空気感の良さにも触れながら、「アートと文化の薫り高い熱海の創成」を目指す取り組みについてお話をされました。
こうした取り組みを通じた地域創生はしっかりと計画してそうなったわけではなく、あくまで結果的なものであるとのこと。
意図的に狙った成果と、偶発的に生じた成果。その化学反応を受容できる柔軟性と懐の深さを持つことで生まれる新しい地域のあり方、ひいてはプロジェクトの発展があるのだなという気付きがありました。

また、「会社のために人がいるのではなく、人のために会社が必要」「儲けて貯めるのではなく、生産性を上げて一人一人の時間とお金を生み出すことを目指す」という中野さんの会社観やスタッフとの関係性についてのお話には、聞きながら何度も大きく頷いてしまいました。こうした価値観・考え方を持つ人は少なからずいらっしゃるけれども、それを机上の空論にせずしっかり実践できる実行力もまた経営者としての手腕なのだなと。

中野さんのお話は非常に多岐に渡り勉強になる点が多々あったのですが、テキストでまとめると大変なボリュームになりそうなので(かつ構想中のお話などはどこまで書いて良いのか判断しがたい部分もあるので)、この辺りで。

project ATAMI、そしてATAMI ART GRANT

続いて、この地域で展開されるproject ATAMIのお話をされたのは、ATAMI ART GRANTプログラムディレクターの冠那菜奈さん。

PROJECT ATAMIは、熱海の魅力をアートにより再発見し、
目に見える形にすることで、それを体験し
楽しんでいただくために生まれたプロジェクトです。
双方向の学び合い、
自発的な発見があるようなできごとをつくっていきます。
五感で感じるリアルな体験が、
記憶に残るようなプロジェクトになればと考えます。

project ATAMI公式サイト より

このプロジェクトの2本柱は、ATAMI ARTIST RESIDENCEとATAMI ART GRANTという取り組み。その中で重視しているのは、まずアーティストに熱海を肌で感じてもらうことなのだと。アーティストの募集はオープンに行い、初めて芸術祭に出展するような方々も歓迎しているそう。2023年のアーティスト参加実績は54組100名以上にのぼるということでした。

一般的には「フェスティバル」と呼ばれる芸術祭が多い中、あえて助成や支援といった意味の「グラント」という言葉を用いているATAMI ART GRANT。その意図は、この取り組みの目的をアーティストの制作活動支援に置いていることにあると。
そうしたアーティスト目線と同時に、アートを享受する側=アート目的に訪れた人々やそうではない観光客の皆さんが、熱海の魅力に惹かれたり、アートに触れるきっかけを提供するといった役割も果たしているようです。

その成果とも言えるのが、「3万人の熱海住民に対し、見込まれる来場者数は20万人」という数字。参加アーティストの間口の広さから、若いアーティストの友人やフォロワーなど20代の来場者が多いのも特徴のようです。そのポテンシャルの高さから、多くの企業や組織から協賛を受けていると。
個人的には、新たな試みであるNFTスタンプラリーにアート業界のスタートアップ企業・スタートバーン社が協力しているという点も興味深かったです。こうした地域芸術祭に新しい技術を持つスタートアップ企業が関わっていく構図は、今後も増えていくのかもしれません。

半径3km圏内の街中にあふれるアート

お話を伺っていて驚いたのが、半径3km圏内に40箇所以上の作品が展示されているという密集度。会場は神社やビル、地下通路、図書館、バー、そして地元のカフェなど多岐に渡ります。いわゆる地方の芸術祭は「広い土地をふんだんに使って対象エリア内をたくさん移動してもらう」というイメージのものが多い中、あえて絞り込んだエリアで深く展開していく切り口に面白さがありました。

セミナー後に芸術祭スタッフの方が引率して街中の作品群を案内してくださったのですが、本当に街の至るところに作品がある!と言って差し支えないほど。滞在期間の関係ですべてを回りきれなかったのは残念ですが、それでも充分に見応えのある作品を楽しむことができました。

街中の風景。左下にあるのは、ここに設置されている音声作品の解説ボード

あらゆる興味深い作品があった中で、個人的に最も印象に残ったのはアーティスト・みょうじなまえさんの作品群。少し怖い印象のものもあるけれども、場と作品の一体感が素晴らしかったです(特に、元遊郭の建物を舞台にしたインスタレーション作品)。
どの作家さんの作品も、自分の足で歩き、自分の目と肌で味わったからこそ(鑑賞者側も作家さんにとっても)「この場所で制作・展示する意味がある作品」だなと改めて感じられた体験でした。面白かった…。
一方で、空き家・空き店舗が展示会場として多く活用されている状況から、いわゆる「空き家問題」について意識せざるを得ない機会ともなりました。

ATAMI ART GRANTの展示作品や詳細は公式Instagram(@atamiartgrant)からどうぞ。

今後の展開

冠さんからは「2023年はコロナ明けで各地の芸術祭がたくさん出てきたこともあり、ある種『芸術祭』というもののフォーマットができつつある」と業界状況への言及もありました。そのうえで本プロジェクトでは、先々デジタル技術の活用も視野に入れた新しい取り組みも検討されているとのこと。
地域に根ざした「最勢」のアートフェスティバルだけに、どんな進化を遂げていくのかますます楽しみです。

デジタルアーカイブによる保存、その先にある活用

アートを取り巻く技術の中でも重要なものの1つが、デジタルアーカイブ。こちらについて語ってくださったのは、NTTデータでAMLAD事業を担当されている長谷部旭陽さん。

AMLAD®は、博物館・図書館・公文書館(各種MLA機関*1)や企業・団体が保有する画像、動画、音声などのあらゆるデジタルコンテンツを一元管理、利活用可能な形で資源化し、パソコンやタブレット、スマートフォンなどの様々なデバイスから簡単に検索・閲覧することを可能とします。
*1 Museum Library Archives

AMLAD公式サイト より

AMLADの事業では、未来に向けて貴重な資料を残しながら、世界中からそれらへのアクセスを可能な状態にすることを目指しているそう。
今回はバチカン教皇庁図書館とのプロジェクト「DigiVatLib」と、ASEAN統合デジタルアーカイブ「ACHDA」の事例をご紹介いただきました。

バチカン教皇庁図書館とのプロジェクト「DigiVatLib」

バチカン教皇庁図書館は世界最古の図書館の一つ。そこに所蔵されている8万点を超える手書き文献をはじめとしたあらゆる資料を、Web上から自由に検索できるというもの。カトリック関連の資料だけでなく、世界に存在する各種宗教に関する文献や、伊達政宗からバチカンへの手紙、当時の隠れキリシタンの名簿なども含まれていると。字面だけでもそれらの貴重さが見て取れます。

興味深かったのは、バチカンWeb3支援プロジェクトのお話。
SNSでバチカン図書館活動を支援(シェア)したユーザにNFTを発行し、そのNFTを保有することにより特別コンテンツを閲覧できるという取り組みを2023年2〜3月に行っていたそう。
「バチカンを支援してくれた人に何かを提供したい」という思いから生まれたプロジェクトということですが、個人的には過去の歴史的価値のある産物を現代から未来へ守り伝えていく取り組みの一つとして、大変面白いなと感じました。遠く離れた国にある大切なものを一般の日本人が支援できる。そしてその感謝の気持ちをコンテンツという形で返してくれる。それは素敵な仕組みだな…と。

ASEAN統合デジタルアーカイブ「ACHDA」

こちらはASEAN Cultural Heritage Digital Archiveの略で、東南アジア10カ国の美術館・博物館・図書館の資料を一箇所から見られるようにしよう、というプロジェクト。「ONE ASEAN」の思想のもと、ASEAN域外の方々にもASEAN各国の文化に触れる機会を提供することを目的に2018年に開始したとものとのこと。新型コロナウイルスの影響で進行が止まっている箇所もあるそうですが、ASEAN地域の結束の強化と域外の国へのアピールという大きな目的のもと進行している取り組みです。

いずれのプロジェクトも文化的意義の深い内容で、そこに日本の企業が携わっているという事実にも驚きがありました。
ただ、これほど国際的で大規模なプロジェクトを推進するということは、同時に言語・場所・時間・文化の違いといったいくつものハードルが進行上の課題として存在する。プロジェクトマネジメントに取り組む者としては、そうした点について想像力を働かせる必要があるなと。

長谷部さん自身のご経験も踏まえてお伝えいただいた、プロジェクトに取り組む際のポイントは以下の2点。

  • コミュニケーションがあり、その上でプロジェクトをやるのが大事
    (会いにいく>TV電話>電話>メール)

  • 定例MTGを待っていると何も進まない。雑談を交えたコミュニケーションを取りつつ何かあればすぐ連絡!というスタンス

仕事の話だけをしていると気楽に提案・相談し合えるような空気が生まれない、という辺りは国を跨いでも同じだそうで、海外プロジェクトの経験がない自分にとっては有益な学びとなりました。

デジタルアーカイブの形式は世界的にまだ規格化されていない

個人的に気になった点は、デジタルアーカイブ業界全体に関わるお話で「デジタルアーカイブの形式は世界的にまだ規格化されていない」という部分でした。今は世界各国・各エリアで開発・実践が進んでいる状況であり、国を跨いで横に繋げていく…という動きはまだないとのこと。これからもっと進んでいった先で国を跨いだ規格作りが進む可能性もある(EUやASEANなどの圏内ではすでに統合している)一方で、デジタルアーカイブしたものの維持できずにやめてしまうというケースも多々あるそうです。
価値あるものを残し伝えることはもちろん大事。それをどう活用し続けていくか?を考えて実行していくことが鍵になってくると。

キーワードは「持続」「継続」

「地方創生」「アート」「デジタル」の切り口からそれぞれのお話を拝聴しましたが、いずれも「持続」「継続」が大きなキーワードとなっている印象を受けました。

地方創生もアートプロジェクトも、そしてその両者の関係も、経済が回る(=一定の継続的なニーズがある)状態を作らなければ続かない。デジタルアーカイブの分野でも、その取り組みの価値は誰もが認めるものであったとしても、保存だけでなく継続的な活用を実現できなければ運用が終了してしまう。

誰もがなんとなく、あるいは確信を持って価値があるとわかっているもの・ことを守り継続していく。そのために必要なものの一つがビジネスの視点であり、それが適切なパワーバランスで活動に加わることによって経済的に自律した持続可能なモデルが成立しうる。今回のセミナーおよび熱海での事例を踏まえて、そうした視点を持つことができたように思います。

もう一つproject ATAMIについては、限られたエリアにエネルギーを集中させることによって生まれるアイデアや取り組みそのものが、地方創生活動およびアートプロジェクトとしての強い個性に繋がっていることの面白さも感じました。

こうした一定のリアルな場や空間を利用したアートプロジェクトが、その地域や土地と完全に切り離された状態で存在していくことは、おそらく難しいのだろうなと考えています。そうなると、これからリアルなアートプロジェクトと向き合う人々は、必然的に地域創生という領域にも関心を持つことを求められていくのではないかと。
アートイベントに足を運ぶ際には、「この場所で行う意味」にも思いを巡らせながら作品を楽しんでいきたいところ。

今後のPMoA活動も楽しみ

盛りだくさんの学びと楽しい経験を得られた今回のPMoAイベント。実は別の日程で対話型鑑賞ワークショップや親子で楽しむアート・アウトリーチ・イベントも開催されていました。
(今回は日程が合わず参加することが叶いませんでした…残念。)

こうした関連イベントやセミナーの開催はもちろん、今後PMoAで進められるであろう同分野の事例研究やナレッジの可視化・体系化等の活動がとても楽しみです。とても実りある時間を過ごすことができたこと、改めて講演者の皆さまならびに運営の皆さまに感謝いたします。

ここまでお読みくださった方、ありがとうございました。
今後もアート系のレポート記事は書いていきたいなと考えていますので、よろしければお楽しみに。

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