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【3クマ目】吾輩は白クマである〜恥の多い生涯を送って来ました。〜

人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、
めしを食べなければならぬ。ー 人間失格(太宰治)


僕の名はちゅんちゅん。
主人と一緒に暮らす白クマである。

今や誰しも【推し】が一つはあるものだ。

アイドルだったり、アニメ・漫画のキャラクターだったり
動物、スポーツ選手、その他身近の相手でも推しの対象となる。

日常に充実感を与え、辛い時は心の支えになり、
生きる希望にさえなる推し活ーー。
今の時代、推しは多ければ多いほどいいと言えるだろう。

僕の主人も、もれなく推しで支えられている。

呪術廻戦、進撃の巨人、ぼっち•ざ•ろっく、
愛読しているミステリー小説に出てくる刑事、
家の近くの多国籍料理の週替わりパエリア。
青春時代を共にしたアーティスト。

主人公達が着用しているTシャツを着てその映画を観に行ったり、
好きなアーティスト縛りの一人カラオケに足を運んだり
最近の目標はソロでコラボカフェに行く事らしい。
主人の推し活も充実している。

しかし、これは僕の持論だが
愛情表現という意味では恋愛と似ているかもしれない。と僕は考える。
愛し方を間違えると苦しみが伴う。 異論は認める。


主人の話。
あるゲームシリーズが待望の続編が発売されるに伴い、
あらゆるコラボイベントで主人の日常はお祭り騒ぎであった。

週末になれなば都内の公式ショップに足繁く通い、
メインキャラクターからモブキャラのフィギュアを買い揃え、
玩具菓子コラボ商品はロットで買った。
毎日毎日関連グッズが部屋を侵略していった。
主人の歓喜の叫びが響く。

作られた要素が1ミリも感じられない笑顔。
つられて僕も微笑んでしまうほどだ。

しかし、悪魔的イベントが幕を開ける。


それは一番くじ である。

主人の母親の性格上、
幼少期はくじなどの欲しいものが手に入らない可能性が高いものに
お金をかける事を良しとしなかった。

確かにその頃のくじといえば
大目玉の景品があり、その他はの景品は引き立てに過ぎない物ばかりだった。
そういった意味では母親は正しい判断を教えてくれたのだと思う。

しかし今は違う。まずハズレという概念が無い。
各賞、限定数などを絞っているが全てにおいてクオリティが高く、
日常にも使える景品が多い。
好きなものの全てを集めたい。
昨今の一番くじというのは
推し活の民の、推しに対する思いに火を付けさせるシステムとなっている。

しかし主人は、推しに対する愛の他に、
かなり厄介な導火線にも火をつけてしまうのである。


推しの一番くじが出る情報を見て、
すぐさま主人は有休の予定を立てる。
朝からコンビニ、おもちゃ売り場をハシゴする為である。

主人を雇ってる会社に伝えたい。
この時期の主人は推しの事で頭いっぱいだと。
仕事において成果を求めるなんて悪いが見当違いだ。
主人の白クマとして申し訳ない。

休む事で他の人に迷惑をかけていないか、
ちゃんとやるべき仕事を完了してから休んでいるだろうかと
そんな僕の心配をよそに朝から主人は出かけていった。

なんだか胸がざわつく。

主人は意外にも好きなものには一途で
【熱しやすく冷めにくい】タイプの人間なのだ。
それ故に推し対象は増える一方なのである。
多岐に渡り、推しがある充実した毎日で心の拠り所があるのは
主人を見守る僕からすれば安心要素である。

しかし、主人は失敗や痛い目を見て学ぶ人間では無い。
胸のざわつきの理由がすぐに分かった。


決めていたルートを経て、
昔の家で少女か、夜逃げの人間ばりに大荷物で帰ってきた。


またやってやがる。うちの主人。
大量に買い込んで来やがった。

いや、良いのだ。
今や推し活が経済を回していると言っても過言では無い。
だがしかし、
この人間は世界の経済を己の推し活で担っているとでも勘違いしてるのだろうか。

僕はある程度、懐事情を把握している。
とても底辺OLが買う量では無い。
きっとお店を巡っている途中で正気を失ったに違いない。
これで何度目だ。勘弁してくれ。

推し活のために軍資金を貯蓄しているなど、
無駄遣いしない努力などしているのなら分かる。
というより、それが推し活の本来の姿なのであろう。

それがどうだ。うちの主人と来たら、
大した収入が無い癖に、大金を推しに貢いでいるのだ。
そして決して危機感も持たず、生活の水準を下げようとかいう発想はないのだ。
貯蓄やお金のやり繰りという概念なんてきっと桃鉄止まりであろう。
一度スリの銀次に大金盗まれるといい。

案の定、目当てのものは出ずに大金を叩き
同じ景品を戦利品として持ち帰ってきた。
賞ごとに景品を並べる。

めまいがしてきた。
一回750円だから…いや考えるのやめよう。腹立ってきた。

前回、某ハンバーガーショップの子供向きのおもちゃ付きセットの時は
発売日前日に浴びるように飲み、
二日酔いでセット2つを食べ、全種類コンプリートするために
その後の食事も同じようにセットを頼み、
挙げ句の果てに腹を壊し、それをきっかけに胃腸炎になったのだから
愚の骨頂である。
もちろん会社には穴を空け他人に大迷惑な話で、
病院代は余計にかかり、その月の家計は火の車だった。

前回あれだけ反省したはずなのに、
本当に主人のどんぶり勘定にはほとほと呆れてくる。

心に潤いを与える推し活が反比例で懐が砂漠の如く枯渇していく。
皮肉にも愛情を注ぐほど自分の首を絞める。

それだからいつまでたっても大きめのトラックが通る度に
揺れる住居にしか住めないのだ。

また、もやしと納豆の生活が始まろうとしている。
どうか僕の好物のコロッケだけは死守しなければ。


充実した推し活というのは、
安定した衣・食・住、そして仕事があって成り立つものだ。
どれか一つでも欠けては得られない。

そして主人だっていつまでも若くない。
食事を疎かにしていたらいつかガタが来るものだし
将来の為にも食事とお金を大切にして欲しい。

提案って程でもないが、
今ある推しに愛情を注ぐのもいいが、
一番身近にいる【僕】を推しの対象にすればいい。
そうすればお金も時間も掛からない。
話も聞けるし、推しを独占だ。

まぁ、そんな事提案したところで
僕は古臭い白クマだと自覚しているので
推しの対象になれると思うほど驕っていないし、
僕自身、そこまでなりたいとも思わない。
でも毎日コロッケをいっぱい食べさせてくれるなら大歓迎だ。


少し財布の紐を締めても推しは逃げていかない。
主人にそう言い聞かせ、
また今回の様なことがあったら飛び蹴りしても止める所存だ。

一社会人として失格の烙印を押されない様に、
世話の焼ける主人を呆れながらも真っ当な人間に育成していく。

もしかしたら僕にとって【主人】が推しなのかもしれない。


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