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コロナと飲食店の3年続く闘い【前編】 「ピンチはチャンス」の本当の意味

「社長、これ……どうする?」

難しい顔で意見を求めてくる、弟の謙太。いつもの私たちなら、「何とかしよう!」「どうするか考えよう!」。そんな前向きな議論になります。でもこのときばかりは、すぐにはそんなふうになれませんでした。

「これは、相当大変なことになるかもしれないな……」

呆然としたまま、こんな返事しかできませんでした。

2020年3月、中国・武漢で発見されて瞬く間に広がった新型コロナウィルスが本格化。日本も緊急事態宣言が発令され、ロックダウンに入ると発表されたときのことでした。WithGreenもほかの飲食店と同様に休業要請を受け、4月〜5月まで全店舗を閉めるしかなくなりました。

WithGreenの当時の状況は、前年末に資金調達を終え、2020年はオフィスビル中心に4店舗の新規出店が決まっていました。「さぁ!いくぞ!」と、会社をあげて攻めようとしていたんです。それが、コロナによって阻まれてしまいました。

廃棄されてしまう野菜と、エッセンシャルワーカーをつなぐ

7都府県に緊急事態宣言が行われた翌日、4月8日から、当時8店舗あった店はすべて臨時休業。すべての従業員に、休業の連絡をしました。

私も弟も、やることはありません。

何をしようか? 事業計画をみっちり見直すことも考えました。

それも悪くないけれど、いまできることをしたい。ロックダウンによって保育園や学校の給食がストップしたことで、多くの農産物が出荷ができず行き場を失い、廃棄するしかなくなっている事情を知りました。何かアクションを取りたかった。

野菜が余っているならスーパーに持っていけばいいのでは? ということができるほど、農作物の流通は簡単な話ではありません。生産者にとっての納品先、WithGreenをはじめとした飲食店や学校の給食などが閉まると、出荷できない野菜がどんどん溜まってしまいます。出荷できないから生産者は売り上げも立たず、腐るのを待つだけ……。

一方で、ロックダウンをしていても、医療従事者の方をはじめ、現場の最前線で働いてくれている人たちがいます。

私たちのミッションは、農場と食べる人をつなぐこと

両者を応援したい想いから、廃棄される農産物を集め、加工してジュースにする『野菜を食べるジュース』に考え至りました。クラウドファンディングで支援金を募り、医療従事者やエッセンシャルワーカーに無償で届けるプロジェクトを立ち上げました。

コロナと戦う医師や病院に、4000個以上の「野菜を食べるジュース」を提供

4月〜7月は、このプロジェクトの進行で忙しく過ごしました。

営業再開するも、人が外に出ていない……!

全店舗の休業期間中、毎月1000万円近い赤字を出していました。当時のWithGreenの月商は、3000〜4000万円ほどです。ものすごく堪えるものでした。

ただ、1回目の緊急事態宣言が解除されればコロナも落ち着くといった見立てもあり、楽観していました。

ところが、ロックダウンが明けて6月になっても、収まるどころか東京では感染拡大の「第2波」の兆しが現れてきます。

人は、まったく外に出ていません。オフィスワーカーの多くは、そのままリモートワークに移行していました。私は有楽町のオフィスに定期的に出社していましたが、朝8時半の銀座駅ホームで見渡せる前後左右に私しかいないという、繁華街から人が消えた光景は目に焼きついています。

とはいえ、いつまでも臨時休業で耐えているわけにもいきません。5月から徐々に、店舗の営業を再開しました。お客さんの足が戻らない状態が、6月、7月、8月、9月……と続きました。

事業としての赤字を出し続けている不安から、「いつまで続くんだ?」という先の見えなさによるものへ、不安の種類が変わっていった気がします。

新規出店先は「オフィスビル内」という悲劇

2020年は、新規出店予定として4店舗がすでに決まっていました。コロナ到来で社会状況が変わったといえ、当然ながら、契約は無効にはなりません。

加えて厳しいのは、新規の出店先3店舗が「ビジネスエリアのオフィスビル内」であることでした。前年の2019年に、今後はサラダの需要が間違いなくあるオフィスビルに、集中的に出店していこう、と社内でも決めていたのです。オフィスワーカーが出社していない現実を前に、開店すれば事業赤字だとわかってはいても、止めるわけにはいきません。

毎月積み重なっていく赤字は、しんどいものでした。

コロナ中オフィスビルに出店して、2年半で閉店した竹芝店舗

キャッシュが尽きなければ生き残れる! ピンチの中にある種を探す

でも、自分たちは運がいい。
というのは、コロナ到来の直前に、シリーズAの株式での資金調達を終えていたこと。

さらに、コロナ融資、コロナ特例融資として銀行が保証協会づけで貸してくれました。このまま赤字が続いても、約3年は死なない。キャッシュが尽きなければ、会社は生き残れます。

私の中に蘇ってきたのは、「ピンチはチャンス」という原体験でした。

リーマン・ブラザーズに内定をもらった同じ年に、リーマンショックが起きました。もちろん、行く予定だった会社がなくなったので内定取り消しですが、でもこの破綻があったからこそ、逆境に強くなれたし、もがく中で素晴らしい道を見つけることができました。あの就職活動での経験は、そのピンチが大きいほど、それ以上のチャンスや機会の種が眠っている。そう教えてくれました。

実際、ニトリの似鳥昭雄さんや、ドン・キホーテの安田隆夫さん、ユニクロの柳井正さんら偉大な先輩創業者の著書で、彼らも大不況の直後に大きなチャンスをつかみ、ぐっと飛躍していることもわかりました。

会社を死なせないという意思も込めて、「このきつい状況に眠っている、チャンスの種を探し出す!」。そう考えるようになりました。

「ピンチはチャンス」の私の解釈は、ピンチの次にチャンスが待っている、ではありません。ピンチの中にチャンスの種が隠れている・眠っている。ピンチの中にこそ、大きくなりうるチャンスの種があるから必死で探す。そういうイメージです。

コロナ下を逆手に「出店を増やす」

この状況で、逆に出店を増やす!

出店攻勢へ、大きく舵を切ることにしました。攻めようと思えば、攻められる資金はありました。

ほとんどの飲食店が守りに入っているときだから、一等地となるテナントが借りやすい利点もありました。この状況で事業を拡大できたら、長い目でWithGreenを見たとき、他社よりも優位なポジションを築くことが可能です。出店を加速させる計画を立てました。

ただ、その出店先となる立地は大きく転換しました。オフィスビルから順次、人がより多目的に集まる駅のターミナルビルや商業施設へと切り替えています。

同時に、コロナ下でも従業員にはできるだけ安心して働いてもらいたく、コロナを理由に退職勧告などは一切しないと宣言しました。

トータル2億円近くの営業赤字。でもだからこそ、根本を見直す

資金が尽きなければ生き残れる。コロナ下2年めは、政府からのコロナ協力金にも助けられました。

会社が死ぬことはないとわかった2021年は、自分たちの根本を振り返りました。WithGreenのロゴ1つから、コンセプトや自社サイトまで自分たちが発信したいメッセージは伝わっているのか。デザインやマーケティングをイチから見直しました。

チーム編成は、より適材適所を意識しました。たとえば、店舗運営と商品開発の両方を担っていた副社長の謙太を、得意な商品開発により注力してもらうといったことです。

事業としての赤字は続いていて、結局2022年2月までマイナスは続きました。合計2億円近い営業赤字です。ある程度は、協力金や給付金で打ち消せましたが、オフィスビルの閉店費用などの影響も考えると、トータルでは完全にマイナスでした。

でも、「ピンチはチャンス」と舵を切ってからは不安はなかった。「耐えている」という意識も薄らいでいました。

やることが決まれば、不安はワクワクに反転できる

それは、やること・やるべきことが明確だったから

自分が無職の時期もそうでしたが、何も決まっていない、何もやっていない状況が一番しんどい。やることがはっきりと決まると、目の前の無い状況に怯えるのではなく、意識が先に向きます。

同じように、私と弟も「ここから攻めるぞ!」と決めてからは、毎月の赤字額は変わっていなくても、むしろ、未来に向かってワクワクできるようになっていました。

今回はここまで。後編では、コロナから3年を経たいま、飲食店に立ちはだかる別の壁について考えたいと思います。


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サラダボウル専門店 WithGreen/ウィズグリーン編集協力/コルクラボギルド(文・平山ゆりの、編集・頼母木俊輔)

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