片思いの相手は教室に来ない
まだスマホも持っていない頃の、淡いけど消えない恋だった。
中学校3年間の、片思いの話。
中学1年生のとき、席替えで彼が斜め前の席になって、初めて話した。
私の名前を呼び捨てで呼んで、声をかけてくれたっけ。
あの頃は男子も女子も、互いに名前を呼び捨てで呼ぶことが普通だったから、それ自体は何もおかしくない。
だけど、耳に届いた私の名前にすごくどきっとした。他の男子に呼ばれてもどうってことなかったのに。
一目惚れならぬ、一耳惚れか。
内向的な私は、彼のことが気になっても自分からは話しかけられなかった。彼が話しかけてくれてちょっと話せただけで一日ハッピーだった。たとえそれが、教科書のページ数を聞かれるだけであっても。
彼もまた、口数が少ないので、距離を縮めるのにはすごく時間がかかった。でも、近くの席で「ちょこっと話す」を繰り返したら、冗談とか言い合えるようになってきた。そして彼の笑うと細くなる目が大好きになった。
彼は、サッカー部だった。練習しているところをちらっと見ながら帰ったり、少しでも視界に入りたくてわざと近くの駐輪場で友達と長話をしたりした。
しかし、中学2年生の春、クラス替えで彼とは違うクラスになってしまった。
もともと彼と近くの席じゃなきゃ話せないような私は、もう諦めようと思った。
でも、思いは簡単に断ち切る事なんてできなかった。しかも、小学校の時にけんかして絶交を言い渡された(元)友達が彼のことを好きだと聞いて、彼を取られたくない、あの子には負けたくないと思ってしまった。
それなのに結局、彼と友達が発展することはなく、私も彼のことは遠目に見てるだけという超がつくほどの消極っぷりを発揮した。
3年生に進級した。なんと彼と私は同じクラスだった。
「久しぶり!ずっと話したかったんだ。」って言いたかったし、何度も脳内シミュレーションだけはしたけど言えなかった。
でも、彼は変わらず話しかけてくれて、1年生の頃みたいに冗談を言い合って笑い合える関係に戻れたのが嬉しかった。告白を考えたがこの関係が壊れる方がもっと嫌で、気持ちを隠して押し込めていた。
しかし、夏休み明けから徐々に、彼は学校を休みがちになっていった。最初は体調不良だと先生から聞いていて、心配だったけど風邪だろうから、早く戻ってくるといいなくらいに思っていた。でも、何日も来ないことが続いてこれは「学校に行きたくない」もしくは「行けない」のだと思った。先生は、彼の家庭にどうしてもつらいことがあって、それで彼は学校を休んでいるのだと話してくれた。
一度長く休んでしまうと戻ってくるのはなかなか心のハードルが高い。卒業も近づく冬の初め頃、先生が保健室登校をする彼に向けて、クラスのみんなで手紙を書こうと言った。
1人1枚カードにメッセージを書くのだけれど、私はこういう手紙を書いたことがなかった。どう書けばいいのか、相手を傷つけはしないか非常に悩んだ。でも、卒業までにもう一度会って話したい、笑った顔が見たいと強く思った。こんな気持ちさえすごく自分勝手なものだとは思ったけど、こちらから相手に何かを伝えられる手段がこの手紙の他にはなかった。
「元気?一発芸、できたから見に来てね。待ってるよ。」
前に、彼に一発芸をしてと言われたとき、私は披露できるものがなくて「何かできるようにしとく!」と約束したのだった。楽しみと言って彼が笑ってくれたのを私は忘れられなかった。
これが私の精一杯。先生に提出した時も顔が熱かった。彼が私の一発芸を見たいと思って学校に来てくれたらどれほど嬉しかっただろう。もし、学校に来てくれたら今度こそ直接思いを伝えるつもりだった。
だけど、彼はその後クラスに来ることはなかった。卒業式の日は体育館の2階から見ていたと先生が話してくれた。
彼とはそれっきり。LINEも知らないし、街で会うことも無い。
時間が経てば彼のことを思い出すことも減り、もうさすがに彼を好きな気持ちはない。今日は、ふとこのときのことを思い出したから、noteに書いてみることにした。
この3年間の彼への片思いは、自信を持って好きだったと言える今のところ最後の恋だ。大学生になった今は、恋愛への優先順位が高くなくて、好きな人も気になる人もいない。
あの時の気持ちは嘘ではなかった、ただまっすぐに、本気で好きだったと言える経験が自分にもあること、これは忘れないでいたい。