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掌編(1~10枚程度)

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掌編をまとめています。
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記事一覧

【掌編】死者を殺す

 中学校が取り壊される、と友人が連絡してきた。俺たちが通っていた中学校だ。取り壊される前に中を見に行こうという話が持ちあがっているらしい。
 拒否しようと思った。中学校にはいい思い出がない。それは友人も同じはずだが、四十歳になる節目の年に取り壊されるのは何かの縁だと言われた。
 縁。にわかに、胸のむかつきをおぼえた。スマホを持つ手が汗ばんでくる。行くなという声と、行かなければならないという声が、頭

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【掌編】安っぽい

【掌編】安っぽい

 深夜番組があまり好きではない。低予算であることが見え見えで、“安っぽさ”がぬぐえないところが、みていられない。
 俺は仕事柄、夜中に帰ってくることが多い。出社時間も退社時間もおそいという、世間一般とは時間が少しずれた生活を送っている。よくみるTV番組といえば、昼ごろのニュースか、深夜番組だと決まっている。
 ワンルームのせまい部屋に腰をおろし、TVをつけた。テーブルにはコンビニで買ったカップ酒と

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【掌編】僕はいつまで恵まれているのか

【掌編】僕はいつまで恵まれているのか

 空を見ると、たくさんの宇宙船が飛び立っていく姿が見えた。安井裕彦(やすい・ひろひこ)は立ちどまり、じっと船を見つめた。
「裕彦、早く来なさい」母が車の前で呼びかけた。
 今日は裕彦の十歳の誕生日で、高級レストランでお祝いをしたところであった。
 両親に祝ってもらい、プレゼントをもらい、おいしい料理を食べ……それが「普通」の生活なのだと、裕彦は一週間前まで、信じて疑わなかった。
 車のウィンドウか

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【掌編】わたし

【掌編】わたし

 眠れないとき、安藤さつきは起きることにしている。それがたとえ夜中の一時で、学校に行かなければならない日だとしてもだ。
 さつきは県内の高校に通う女子生徒である。電車で一時間もかかる高校へ通うには、六時には起きなければならない。
 眠らずとも、横になっていれば疲れはとれる。しかし、さつきにはそれができなかった。自分の中でうずく、いつもの「アレ」を解消しないと、眠れないどころか、授業に身が入らないこ

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【掌編】想いを伝えるもの

【掌編】想いを伝えるもの

 恋をした。
 はっきりと意識したのは、中学二年生になってからだ。
 相手は、同級生の霧島明子。肩口までの短い髪。ふっくらとした頬。きれいな瞳。そのすべてが僕を魅了した。
 外見だけで好きになったように思われるかもしれないが、それはただのきっかけだ。友達が多いことや、明るい性格であること、優しい心根の持ち主であることなども、好きという気持ちを後押ししてくれた。
 仲よくなるのに時間はかからなかった

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【掌編】それってセクハラじゃないかな

【掌編】それってセクハラじゃないかな

 平田雅美は定食のトンカツをつつきながら、
「それってセクハラじゃないかな」と言った。
 その言葉に、私ははっとなった。考えたこともなかった、とつぶやくと、
「いや普通にあるって。どこでも。あまり表沙汰になってないだけで」と、雅美は言った。
 雅美は私の同僚だ。私が異動になったので部署はちがうが、いつも会社の近くの大衆食堂でいっしょに昼食を取っている。
 健啖家の雅美は、いつもこってりとしたものを

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【掌編】夢みたいなこと

【掌編】夢みたいなこと

 それは、突然やってきた。
 俺が恋人の加奈子と、オープンカフェで他愛のない話をしていると、テーブルが小刻みに揺れはじめた。
 日本人の本能か、俺たちだけでなく、周囲の会話も一瞬とまる。
 続いて、突き上げるような震動が来た。間違いない、地震だ。
「ひっ!」加奈子が短い悲鳴をあげた。女性は「きゃーっ!」という悲鳴をあげるイメージがあるが、本当におそろしいことが起こったときは、声もほとんど出ないよう

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【掌編】『夢』の保証

【掌編】『夢』の保証

 最近、正則の様子がおかしい。SNSでやりとりをしながら、俺は思った。
 これまではどんなくだらない話でも必ず返事をしてくれたし、ときおり、家族や仕事の話もしてくれた。それが、既読スルーだけでなく、メールを送っても返事がない状態が続いていた。
 田中正則は、小学生のころからの友人である。昔から頭がよく、容姿も秀でていたため、女子にもてた。性格も明るく、俺がつまらないことで落ちこんでいても、粘り強く

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【掌編】狭まる世界、旅立った〈彼〉

【掌編】狭まる世界、旅立った〈彼〉

 それは、なにげない口振りで投下された、爆弾級の発言だった。
『実はコロナウイルスにかかってさ』
 パソコンのボイスチャットで〈彼〉は、さらりと言ってのけた。一瞬、僕はヘッドセットの故障を疑った。
 それじゃあ、と言って回線を切ろうとしたので、「待て待て!」と僕は大慌てで叫んだ。
「コロナ? コロナって何だよ!?」
『何って例のウイルスだよ。こっちに来てから具合が悪くて、調べたら陽性反応が出てさ』

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【掌編】“優”うつ

【掌編】“優”うつ

 「最近、『ゆううつ』なんです」
 患者の一言に、医師は顔をあげた。問診票には、二十八歳の男性と書かれている。
 職業は会社員だが、本人の話を聞いていると、日本人なら誰もが知る大企業に勤め、しかもすでに部長にまで昇進していることがわかった。
 若々しく、身体もがっしりとしていて、健康そのものに見える。病気の方が逃げだしてしまいそうだ。
 そんな彼が、「ゆううつだ」と言って、自分を……心療内科の医師

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【掌編】ちょっとしたことだけれど

【掌編】ちょっとしたことだけれど

 よっこいしょ、とおっさんのような声を出しながら、僕はベンチに腰かけた。実際、疲れているのだからしょうがない。
 松葉杖を置き、背負っていたリュックをおろす。先日、バイクの事故で左足を痛めてしまった。骨折はしていないが、念のためにということで医者から松葉杖を持たされた。
 それでも、ひとり暮らしの身では、足が治るまで家にこもっているわけにもいかない。昔使ったリュックを引っ張り出し、足の痛みを我慢し

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【掌編】スマートな町

【掌編】スマートな町

 電車がとまる少し前、左耳にはめているイヤリング型の端末が反応した。
『もうすぐ××駅、目的地です。ネットワークにつなげますか』
「うん、頼む」阿川浩一は小声で指示を出した。
 車内を見ると、「オッケー」「お願い」「たのんます」といった同じような声が聞こえてくる。みんな、形はちがえど耳に小さな端末をつけている。
 電車がとまると、『××町のネットワークに接続しました。スマートフォンとの連動も問題あ

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【掌編】ハンディキャップ

【掌編】ハンディキャップ

 なつかしいなあ、と不動裕也はつぶやいた。
 裕也たちは、十年近く前に通っていた中学校の教室にいた。
 廃校が決まり、取り壊されることになったため、その前に中を見たいと役所にかけあったのだ。意外にも役所が柔軟に対応してくれたため、裕也たちはすんなりとなつかしの学び舎に入ることができた。
「たしか二年のとき、俺たち三人が初めて同じクラスになったんだっけ」裕也が言った。
「そういやそうだったな」同級生

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【掌編】24歳の母と24歳の息子

【掌編】24歳の母と24歳の息子

 私が彼……野上良一君に案内された場所は、墓地だった。ここに彼のお母さんである春子さんが眠っている。
「母さん、久しぶり」良一君はさびしそうにいった。
 良一君とその家族は、二十四年前……良一君が生まれた年に水害にあった。春子さんは水に呑まれ、行方不明である。だから、このお墓に春子さんの遺骨はない。
 良一君は生まれてすぐ、お母さんとはなればなれになった。だから、抱かれた記憶もない。それが悲しいと

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