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記事一覧
【掌編】僕はいつまで恵まれているのか
空を見ると、たくさんの宇宙船が飛び立っていく姿が見えた。安井裕彦(やすい・ひろひこ)は立ちどまり、じっと船を見つめた。
「裕彦、早く来なさい」母が車の前で呼びかけた。
今日は裕彦の十歳の誕生日で、高級レストランでお祝いをしたところであった。
両親に祝ってもらい、プレゼントをもらい、おいしい料理を食べ……それが「普通」の生活なのだと、裕彦は一週間前まで、信じて疑わなかった。
車のウィンドウか
【掌編】想いを伝えるもの
恋をした。
はっきりと意識したのは、中学二年生になってからだ。
相手は、同級生の霧島明子。肩口までの短い髪。ふっくらとした頬。きれいな瞳。そのすべてが僕を魅了した。
外見だけで好きになったように思われるかもしれないが、それはただのきっかけだ。友達が多いことや、明るい性格であること、優しい心根の持ち主であることなども、好きという気持ちを後押ししてくれた。
仲よくなるのに時間はかからなかった
【掌編】それってセクハラじゃないかな
平田雅美は定食のトンカツをつつきながら、
「それってセクハラじゃないかな」と言った。
その言葉に、私ははっとなった。考えたこともなかった、とつぶやくと、
「いや普通にあるって。どこでも。あまり表沙汰になってないだけで」と、雅美は言った。
雅美は私の同僚だ。私が異動になったので部署はちがうが、いつも会社の近くの大衆食堂でいっしょに昼食を取っている。
健啖家の雅美は、いつもこってりとしたものを
【掌編】夢みたいなこと
それは、突然やってきた。
俺が恋人の加奈子と、オープンカフェで他愛のない話をしていると、テーブルが小刻みに揺れはじめた。
日本人の本能か、俺たちだけでなく、周囲の会話も一瞬とまる。
続いて、突き上げるような震動が来た。間違いない、地震だ。
「ひっ!」加奈子が短い悲鳴をあげた。女性は「きゃーっ!」という悲鳴をあげるイメージがあるが、本当におそろしいことが起こったときは、声もほとんど出ないよう
【掌編】『夢』の保証
最近、正則の様子がおかしい。SNSでやりとりをしながら、俺は思った。
これまではどんなくだらない話でも必ず返事をしてくれたし、ときおり、家族や仕事の話もしてくれた。それが、既読スルーだけでなく、メールを送っても返事がない状態が続いていた。
田中正則は、小学生のころからの友人である。昔から頭がよく、容姿も秀でていたため、女子にもてた。性格も明るく、俺がつまらないことで落ちこんでいても、粘り強く
【掌編】狭まる世界、旅立った〈彼〉
それは、なにげない口振りで投下された、爆弾級の発言だった。
『実はコロナウイルスにかかってさ』
パソコンのボイスチャットで〈彼〉は、さらりと言ってのけた。一瞬、僕はヘッドセットの故障を疑った。
それじゃあ、と言って回線を切ろうとしたので、「待て待て!」と僕は大慌てで叫んだ。
「コロナ? コロナって何だよ!?」
『何って例のウイルスだよ。こっちに来てから具合が悪くて、調べたら陽性反応が出てさ』
【掌編】ちょっとしたことだけれど
よっこいしょ、とおっさんのような声を出しながら、僕はベンチに腰かけた。実際、疲れているのだからしょうがない。
松葉杖を置き、背負っていたリュックをおろす。先日、バイクの事故で左足を痛めてしまった。骨折はしていないが、念のためにということで医者から松葉杖を持たされた。
それでも、ひとり暮らしの身では、足が治るまで家にこもっているわけにもいかない。昔使ったリュックを引っ張り出し、足の痛みを我慢し
【掌編】スマートな町
電車がとまる少し前、左耳にはめているイヤリング型の端末が反応した。
『もうすぐ××駅、目的地です。ネットワークにつなげますか』
「うん、頼む」阿川浩一は小声で指示を出した。
車内を見ると、「オッケー」「お願い」「たのんます」といった同じような声が聞こえてくる。みんな、形はちがえど耳に小さな端末をつけている。
電車がとまると、『××町のネットワークに接続しました。スマートフォンとの連動も問題あ
【掌編】ハンディキャップ
なつかしいなあ、と不動裕也はつぶやいた。
裕也たちは、十年近く前に通っていた中学校の教室にいた。
廃校が決まり、取り壊されることになったため、その前に中を見たいと役所にかけあったのだ。意外にも役所が柔軟に対応してくれたため、裕也たちはすんなりとなつかしの学び舎に入ることができた。
「たしか二年のとき、俺たち三人が初めて同じクラスになったんだっけ」裕也が言った。
「そういやそうだったな」同級生
【掌編】24歳の母と24歳の息子
私が彼……野上良一君に案内された場所は、墓地だった。ここに彼のお母さんである春子さんが眠っている。
「母さん、久しぶり」良一君はさびしそうにいった。
良一君とその家族は、二十四年前……良一君が生まれた年に水害にあった。春子さんは水に呑まれ、行方不明である。だから、このお墓に春子さんの遺骨はない。
良一君は生まれてすぐ、お母さんとはなればなれになった。だから、抱かれた記憶もない。それが悲しいと