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見せたくないモノを見えないようにする 

こちらの動画を見て、どのカップの中にモノがあるかをじっくり観察していただきたい。別に手品ではないのでちゃんと見ていれば100%当たるはず。時間のない人は1分15秒すぎくらいからみればいいと思う。

動画の中でネタバレしているが、ほとんどの人はここに出てくるアヒルの存在は見えなかっただろう(最初から知っていれば簡単にわかるのだが)。

元ネタは2004年にイグノーベル賞を受賞した有名な「見えないゴリラ実験」である。

アヒルにしてもゴリラにしても、ある一点に興味が集中しているとそれ以外の変化は見えなくなるというものであるが、この錯覚は実に古来から多くの場で活用されている。

手品のトリックもそのひとつだが、商売においても、政治においても同様の錯覚(不都合なことを見えなくする)が活用されている。


例えば、今、政治では裏金問題とか過激ダンスショーとかいろいろ話題になっているが…。

まあ、これ自体が問題であることは否定しないが、結局「問題だー!」とか大騒ぎする割には、結果は何も変わっていない。裏金問題でいえば、生贄的に少数の立件がされただけだし、裏金をせしめた議員は誰一人納税していない。

確定申告時期のこれなんか完成された「2コマ漫画」のようでもある。

この問題を無視していいというわけではないが、こんなことより実は政権(というより官僚)は「大騒ぎしてほしくない問題」があるので、結果的にいい目くらましになっている。

つまり、冒頭の動画でいえば、モノの入っているカップを目で追うことに集中させればさせるほど誰もアヒルのことなんか気にしないということだ。

アヒルとは、少子化対策の名の下に行われている社保料値上げなどの国民負担率アップなどの「増税」である。

もっとかみ砕いて言えば、児童手当の拡充などは「モノをいれたカップ」である。「これで子育て世帯のみなさんは助かりますよね」「少子化は国難ですから、子育て世帯以外の人もみんなで負担していきましょうね」といってそこに視点を集中させる。そして、その間に「アヒルという増税」をしれっと実現させていく。「決してダマテンではやっていませんよ。ほら、みんなの見ている前にあったでしょ」と確定していくための既成事実として使う。

そうやって国民負担率はじわじわあげられていく。

勘違いしないように言っておくが、国民負担率を未来永劫あげるなという非現実的な話をしているのではない。現実的に日本の人口ピラミッドは歪であり、極端に高齢人口の多い構造であるわけで、それなりに必要な社会保障費はある。そのための負担というものそれ自体を否定しない。

しかし、税制などの制度は社会の環境を決定づけるものであり、その環境次第で人々の消費は影響される。

前回の記事にも書いた通り、名目上の賃上げアップがあっても手取りが増えていないのでは話にならない。

手取りが増えなければ消費は絶対に増えない。少なくとも人口の多い中間層の消費が増えなければ、景気もよくならない。今まで30年間繰り返してきた悪循環から脱せない。

社会保障の枠組みを見直すのは当然なのだが、タイミングと順番を間違えると大きな失敗となる。消費が動かない現状ではまずここの駆動喚起が最優先であり、消費が動いてから負担の話をした方がいい。

「賃上げしましたよ、じゃあ社会保険料あげるね」って先にやられちゃうと、「あれ?全然手取り増えてないから何も買えない」となってしまう。

その「買えないもの」の最たるものが今や「結婚と出産」なのである。

子育て世帯も、児童手当拡充してもその分控除が減らされて「いってこい」なら意味ないとみんなが気付き始めている。「いってこい」ならまでしも、これから結婚や子育てを控えている独身の若者は取られる方が多くなる。それでも三菱商事や伊藤忠などの給料の高い企業に勤務する若者にとっては屁でもない負担なので、どんどん結婚していくが、その相手もまた経済同類婚で結婚後も共稼ぎを続けるから、世帯年収は2000万以上というパワーカップルとなり、東京港区や中央区などのタワマンに住むことができる。逆に言えば、そこまでにならないと結婚も出産もできないということてある。

中間層の若者は、「自分の手取りは増えないのになぜか世間の結婚可能年収だけが爆上がりして、もはや結婚は手の届かないフェラーリを買うようなものになっている」のだ。
見事なまでの少子化促進政策になっている。


長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。