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秋ピリカグランプリ応募作品

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2024年・秋ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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記事一覧

【ショートショート】 ワタシたちが生きるように

「何でも言って」と彼女が笑って、 「じゃあ、金木犀の匂いを包んで」 と、彼がリクエストを出しました。 白紙のワタシを一枚剥がして、彼女がこっそり何かを塗り付けます。そして、折りたたまれたワタシは彼女のポケットに入りました。 こんばんは。ワタシは原稿用紙です。 表紙に目があって、十二ぺージ目に心があります。 天のりから剥がされても、一枚一枚、意識を共有できます。なんだかプラナリアみたいでしょう? もう何年も、彼女のクローゼットに住んでいました。 「誰にも共感されない小説を書く

物語『継承』(テーマ・紙)

『継承』  紀元前二世紀頃、中国で発明されたという「紙」は西暦105年頃の蔡倫(さいりん)という役人の改良で現代に近い紙になったと言われている。  人類の最大の発明は、火と言語と車輪とも言われているが、伝達と記録の手段になった紙の発明は、少なくても21世紀までの主役の1つだったと言えるだろう。  日本には七世紀頃に紙の作り方が伝わり、仏教の普及と写経が盛んになることによって紙の製造も盛んになったと言われている。    今は令和の時代になったが、ある田舎では伝統の写経用の和

【秋ピリカ】わたしを束ねないでください。

ちいさな紙の束をたばねる。 ちいさな会社のちいさな資料だ。 失くしてしまったとして誰も困らないような そんなささやかな紙の束だ。 はじっこを出来るだけあわせて、ばらばらにならないようにカキンとやる。 紙がすこし分厚い時。 あの指にかかる微かなステープラーの圧力の中には、みえないぐらいの罪悪感が潜んでいる気がする。 紙を束ねているのにいつからかじぶんを束ねているように思ってしまう。 紙谷栞は、名の如くもはや紙なのだ。 名も知れぬ紙だから平気で誰かに束ねられてしまう。 佐伯

読み切り「紙と感情」/秋ピリカ2024

 魔法の紙が失くなっていた。あれが無くなれば、魔法少女をしている私は無力になってしまう。  駅のホームで、私は焦っていた。  目の前、線路の向こうで、魔物がおばあさんを食べようとしている。早く止めなくてはいけないけど、そんな余裕はない。  電車を待っている他の人はみんな無関心だ。スマホに目をやるばかり。  魔法の紙はどこに行ったのか。普段なら鞄の中からさっと取り出して、呪文を書いて変身して救えるのに。  最大のピンチだった。 「どいて。今はペーパーレスの時代よ」  後ろ

ビリビリの愛をくしゃくしゃに込めて【#秋ピリカ応募作品】

私が3秒、目を離した隙に。 くしゃくしゃに丸まったソレを、翔が飲み込んだ。 「あ、だめ!」 私は叫び、翔の小さな口から、なんとかソレを吐き出させた。 オエッ! 翔が吐き出したのは、美しい虹色の紙だった。本来はもっと美しかっただろうソレは、涎と、さっき食べたバナナが入り混じって、薄黒く汚れていた。 「華!」 私は彼女をすぐさま呼びつけた。 「コレ!華でしょ!?」 華はリビングの隅で、また折り紙を引き裂いていた。さまざまな紙を引き裂き、おもちゃ箱にため込むのが彼女

恋の跡は薄紙に刻んで

 この一年で彼に注ぎ込んだお金は二百万円。白い紙の山に息を吹きかけると、薄い紙片はひらひらと散らばる。スナイデルにフレイアイディー。スリーにディオール。グッチにシャネル、とどめはエルメス。  買って買って買いまくった一年間。ブランド品を片っ端から買ったのは、ホストでもメン地下でもない、普通の会社員である彼の隣に立つ自信を得るためだ。  なのにいま、私は自宅で呆然とレシートの山を見つめている。十万、二十万以上のレシートなんてざらだけど、目を眇めると全部同じに見える。ファミマ

【短編小説】スクエア・スピリッツ #秋ピリカ お題「紙」 1200字

「蒼、別になんてことない。ただのお使いのお願いだ」  薫が器用に風船を折っている。元々の紙は3センチ四方だった。それが立体に膨れ上がり目の前に山と積もれば、なんてことないの範疇は既に超えている。元々手先は器用だった。その僅かに震える指先を折りたたんだ紙の上に何度も往復させて折り目をつける。性格が現れたように立方体は四角四面だ。  押し詰まった空気から逃げ出すように窓に手をかければ強い風が吹き込み、はくはくとようやく息をつく。まるで水面に浮かぶ酸欠の金魚のようだ。 「ああ。飛ん

罪なる紙 秋ピリカ応募作

はるか昔の時代、免罪符と呼ばれるものが存在したらしい。人々は何も記されていない純白の紙に意味を見出し、自らの罪をそれと同じ状態にするためにそれを求めた。 そんな免罪符と、今手元にある紙はある意味対極に位置すると言える。何故ならこの紙は存在そのものが罪なのだから。 俺は手のひらサイズの小さな紙を、自分の指で撫でる。直に伝わってくるザラザラとした感触はどう考えても粗悪品のそれだ。しかし、バーチャルではなく確かに実在するこの紙は俺にとって何より大切だった。 今の時代、富裕層以外の人

我ら紙の子団 【秋ピリカ】

ある日曜日の公園。 今日もまたおじいさんの紙芝居が始まりました。 観客はいつもほんの数人だけ。 それでもおじいさんは毎週必ずやってきては楽しそうに紙芝居をします。 紙芝居を終え家に帰ると、おいじさんは決まってこう言います。 「みんな、お疲れさま」 すると突然、紙芝居から小さな影がわらわらと出てきました。 彼らはおじいさんを陰で支えている紙芝居劇団「紙の子団」です。 周囲を驚かせないよう外ではいつもこうして紙の中に隠れています。 「みんな今日も最高だったよ、ありがとう。

こころを漉くもの 【秋ピリカ応募】

「なぁ、石塚さんとこの孫娘が帰って来ちょるの、知っとる?」  背後から不意に自分の苗字が聞こえてきて、倫子は思わず体に力が入った。 「そりゃみんな知っとるいね。じい様の紙漉きを手伝うんじゃろ?」  初老の女性が二人、買った物をエコバッグに詰めながら話している。その「みんな知っとる紙漉きを手伝っている孫娘」がすぐ近くにいるとも知らずに。  レジの近くにいた倫子は、二人に気づかれないようそっとスーパーマーケットを出た。祖父の軽トラに乗り込み、エンジンをかける。  この町に来てから

掌編小説/最後のおしゃべり

 二人は公園のベンチに座り、老人が話し終えるまで、もうひとりの老人は黙っていた。  二人は帽子をかぶり、厚手のコートを羽織っていた。帽子もコートも仕立てがよく、買った当初は高級品だったのかもしれないが、いまではくたびれ、ところどころに虫喰いの跡があった。 「それにしても」ともうひとりの老人が言った。「人ひとりの人生ともなれば、すごい量だな」  ダンボールのなかには、さまざまな紙の束が積み重なっていた。黄色く変色したノートや便箋、原稿用紙だけでもひろげた掌の小指から親指までの厚

感想文はマカセーテ

 夏休みの宿題で一番苦手なのは「読書感想文」だ。  難しい漢字が出て来る度にページをめくる手は止められ、わざわざネット検索をしなくてはいけないし、登場人物たちの気持ちとか全然読み取れないし。  だから僕は工学博士である父さんに頼み込んで、去年作ってもらった文章読み書き専用のロボット『ヨミカキマカセーテ』にやらせようと久しぶりにスイッチをオンにした。 ──ガタッガタッ、ピー  よし!起動した! 『コンニチハ、ゴシュジンサマ!アー、ドクショガシタイ、ドクショガシタイ!』  こ

2237年の平和な軽犯罪 #秋ピリカ応募

 西暦2222年に勃発した第三次世界大戦は、五年間にわたり人間社会に未曾有の破壊をもたらした。  生き残った人々はその反省として全ての国境を廃止し、新たに「全世界政府」を発足させた。全世界政府による人類の統治が始まってから十年が過ぎた。 「おはよう。珍しく遅い朝ね」 「おはよう。さっき『知識DB』の更新があったんだ」 「あら、そうだったの。私は二時間後の予定だわ」  話しているのは四十代くらいの夫婦だ。  全世界政府の「知識DB」――全人類の脳に直接インストールされている

「白紙の上でピルエット」ヒスイの秋ピリカ参加作

最強の独裁者に気に入られる方法を、知ってるか? 独裁者を徹底的に研究し、分析し、同じマインドを手に入れ、そいつになりきることだ。そして『第2の独裁者』になる。 といってもニセモノだから、統治するのは帝国じゃない。 小さな小さな帝国。つまり「家族」だ。 おやじは俺を虐待した。 ののしり、蹴とばし、ぶん殴った。おやじにはかなわない。背後に、この国の独裁者がついているんだから。 おやじは独裁者お気に入りの科学者だった。 おかかえ科学者だから、おやじの知性は世界平和に向かわない。