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「もー限界!!これで終わりっ出てって、出てけ!」 至近距離で私は圭介を怒鳴りつけ、彼は顔を真っ赤に歪めて手を振り上げた。殴られる! ────次の瞬間、闇に包まれた。 「ひゃっ」 思わず変な声が出る。圭介も「……停電?」と呟いた。私達はそこにしばらく立ち尽くし、目が慣れるのを待った。私は窓にそろそろと近づき、外を覗き込んだ。街路灯も消えていて、辺りは真っ暗だ。遠くに見えるビル群は電気が付いている。黒い海に浮かぶお城みたい。圭介も窓の側に来た。 「この辺だけみたいだな。し
赤提灯 ― 先輩のことば ― 社会人になったばかりの頃、私は慕っていた人物がいた。それは、同じ職場の五歳年上の先輩である。 仕事のことにはめったに口出しはしないものの、暖かく見守ってくれた。仕事を離れても四月は花見、七月は海水浴、それに新年会・忘年会と率先して段取りをしてくれた。 それにも増して、社会人としての心構えを示唆してくれたりもした。 学生時代の窮屈な環境から解放されて、また多少ではあるが金銭的な余裕ができた私は、毎晩飲みに街へと繰り出した。 前述の先輩
今日は退院の日。 そろそろ帰る時間と思っていたら 急に娘の容体が変わった。 「救急車で総合病院へ。」 えっ?どういうこと? 「血液の値が…」 言ってる意味がよくわからない。 娘は1週間前に産まれたばかり。 今日退院して帰るはずだったのに。 そのまま入院、手術。 退院できたのは、一歳過ぎていただろうか。 マックのポテトが大好きで いたずら好きな娘は 人よりゆっくり育って その後も入退院を繰り返した。 娘は誰に似たのか 指が長く、爪がとても綺麗だった。 「誰に
「これが君の新しい心臓だよ」 医師が由奈に見せたのは手に乗る大きさのランタンだった。 ランタンは火を抱いて淡い明かりを発している。 「百均に売ってそうな見た目ですけど」 「でも同じ物が君の胸に入っているんだ。『死神』って落語知ってるかな。火は命で、消える前に交換する必要がある」 こんなものが心臓の代わりになるなんて、科学って不思議だよねえ。 と医師は首をかしげた。 中学生の由奈は落語の話も知らないからもっとハテナまみれだった。 体育の授業で倒れて、気付い
「テーブルランプがいいわよ。小ぶりなスタンド。きっと奥さんが喜ぶと思う。」 結婚祝いに何を贈ったらいいのか皆目検討がつかない僕は、まず妻に聞くことにしている。 センスの良い奥さまでいいですね、何度言われたことか。 「テーブルランプってさ、場所とらないか?置くところに困りはしないかね。」 「だから小さめのにするのよ。どんな部屋にも合う無難なもの。個性的なのじゃなくね。照明っていうよりは明かりとり。寝室に置けるようなのだといいなぁ。」 親と出かけるなんて面倒、休みの日くら
今日は愛してやまない妻の誕生日。 グルメ情報のツイートを見せられ、リクエストされた店に来た。 うわぁ。 す……すごい! ツイートの写真以上に圧巻な、フルーツミルフィーユの壁! おとぎ話の世界に入り込んだような気がする。 妻は目を輝かせ、嬉しそうにしている。 ふたりで一緒に、フルーツミルフィーユの壁をひとしきり眺めてから、席についた。 テーブルの上では、アートキャンドルの炎が揺れている。 妻は、うっとりと炎を見つめる。 私は、妻の姿にうっとりとする。 コース料理のメニュ
山奥に「幼子村」という小さな村があった。 十にも至らぬ子供達。病弱な母を看病している子、幼い兄弟達を面倒みる子、老人の目や耳になる子。長年この土地を蝕む流行病…動ける大人達は 永遠の命を火の鳥に追い求め、家族を残して旅に出たまま この村に戻って来る事はなかった。それでも笑顔を絶やすことなく微笑み続ける子供達。病む者に、弱き者に笑顔を与えられる事を知っていたから。 火の鳥を追い求める者に残された者達…ここはそんな子供達の居付く村。 とある凍えるような冬の夜。闇空に一筋の紅い
「月がきれいだね」君が言った僕はどういう意味で言っているのだろうとドキドキしながらなんて返したら良いのか迷った頭の中ではいろんな言葉がグルグルと回っているのに僕の口からはどうしても飛び出しては来てくれなかった月の冷ややかな明かりに照らされたまま僕は君の手に触れたがっている自分の手を上着のポケットの中でギュッと握りしめた 年末を迎えた浜辺は強く冷たい風が吹いていて 君が寒そうに自分の身体を抱いていたから 僕たちはバスに乗って帰ることにした タイミングよくやって来
彼女と喧嘩したのは数ヶ月ぶりだった。 原因はきっと些細な事だったんだと思う。 僕は角のコンビニを曲がりながら、おろしたばかりのコンバースの靴が水たまりに入らないよう注意を払いながら歩き続けた。 暮れの時期に僕は持ち物を新調する。 新しい年に相応しい自分になれるように。それは、僕なりの験かつぎなのだと思う。 そんな僕を見て彼女はいつも笑っていた。 いや、正確には見てはいない。 僕が話すことで彼女の世界に僕が現れる。 雨だれがポツポツと傘をノックしている。僕は目的地に
って思うこと、ない? あたしはあるよ。 例えば、山奥の温泉に行って、周りに目隠しとか何もないような露天風呂で満天の星空を見上げてるとき。 なんでか分かんないけど、お風呂に入って綺麗なものを見てるときが多いかな。 身体はぽかぽかに温まってて、顔には冷たい空気が当たって気持ちいい。 綺麗なものしか目に入んないし、シアワセ!って思う。 でもね、あたしバカだからうまく言えないんだけど、こういうときに変な気持ちになるんだよね。 このまま真っ裸で飛び降りてやろうかな、とか思っ
みなさん、12月25日は何の日でしょう。ご存知、クリスマスです。しかし、幼少期の私にとっては違う日でした。25日は+ドライバーの日でした。その日は、好きなドライバーを買って、今年最後に回したいネジを回す日でした。 私は、クリスマスの楽しみ方がわからない大人になってしまいました。24日の夜、仕事から帰ってテレビを見ながらソファに座ると寝ていました。目を覚ますと時刻は朝6時。 このままでは、今年もクリスマスを棒に振ってしまう、そう考えた私は おもむろに外に飛び出しました。
あるところに、女の子がいました。生まれた時から1人です。小さな、小さな部屋にいます。何年も前からいるのかそれとも昨日からいるのか分からなくなります。 眠っています……。深く、深く、まるでお母さんのお腹の中にいる時とおんなじ、背中をまるめてひとりっきりで外で何が起こっていても耳を塞いで気付かないふり。 トントン。小さな音がしました。「出ておいで、もう安心だよ」外は寒い冬なはず、きっと凍えてしまう。安心なんてない、絶対にない。女の子はまた耳を塞いで身体を硬くして眠ります
あなたは心の中に、灯りを持っています。それは小さいけれど、人の心をあたためることのできる灯りです。そしてこの灯りは、他の人に手渡すことができます。あなたはできるだけ多くの人に、灯りを手渡したいと思っています。 あなたが家からでかけるとき、ちょうど郵便屋さんがきていました。あなたは灯りを一つ郵便屋さんに手渡しました。郵便屋さんの心にも、灯りが灯りました。 あなたはバスにのります。バスを降りるとき運転手さんに灯りを手渡しました。運転手さんは驚きましたが、運転手さんの心にも、灯り
年末近いこの季節なら、出勤時刻の16時には間もなく夕闇のカーテンが下りてくる。 パート先は、県内では一番人気の地域密着型コンビニエンスストア。店内調理場で作ってすぐ並べる惣菜や弁当が、根強く支持されている。 バックヤードで着替えると、フライヤーとコンベクションオーブンの電源をオン。今日の製造数と種類を確認する。 商品は季節や天候から日毎に細かく算出され、指示される。調理場は朝昼夕の3交代制で、基本的にはそれぞれの担当が1人で仕切る。製造以外に洗浄や仕込みなど定時に終わらぬほ