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その灯りはピンク【ショートショート/冬ピリカグランプリ】

年末近いこの季節なら、出勤時刻の16時には間もなく夕闇のカーテンが下りてくる。
パート先は、県内では一番人気の地域密着型コンビニエンスストア。店内調理場で作ってすぐ並べる惣菜や弁当が、根強く支持されている。

バックヤードで着替えると、フライヤーとコンベクションオーブンの電源をオン。今日の製造数と種類を確認する。
商品は季節や天候から日毎に細かく算出され、指示される。調理場は朝昼夕の3交代制で、基本的にはそれぞれの担当が1人で仕切る。製造以外に洗浄や仕込みなど定時に終わらぬほどの仕事量だが、1人現場ならではの気楽さもあった。

「カツ丼できたてです。いかがですか」
調理場担当が声がけするのは、作りたての商品を自ら棚へ並べる時だけ。それでも頻繁に来店する客の顔はじきに覚えた。

そして今日も、そろそろあの子が来る時刻。
見た感じは中3くらいの男の子。
2日に1度の割合で20時頃に来店しては、スイーツ棚から1つ選んで買っていく。おそらくは塾の帰りか何かで、スイーツは帰宅後の小さな楽しみというところか。

だが、実を言うと先々週から彼を見かけない。勿論、殆どの時間は業務に追われているのだから、来客皆に注目してはいない。
ただあの子は、昔の息子にとてもよく似ていた。

でも結局、今晩も来なかった。
もしや塾をやめたのか。

全ての業務を終えて着替え、レジの夜間バイトに声をかけて店を出た。
冷たい風を顔に受けながら、裏に停めてある自転車を解錠し、点灯する。
光の先に、ちょうど店前に駐輪しようとする見覚えある顔が浮かぶ。

来た。
あの子だ。

以前より1時間以上遅い来店は、塾の時間帯が変わったせい?いやそもそも塾かどうかさえ本当はわからない。ただ彼が今もこの店に寄っていると知り、それが嬉しかった。

「あ、こんばんは」
彼が、小さく言った。周りには誰もいない。
え、私に?

「こんばんは」
驚きすぎて、その応えが精一杯。
ペダルを踏み込み、すぐにその場を走り去った。

いつもの道を飛ばしながら、頭の中で思いを巡らす。彼と自分の関係は、客と店員以外の何物でもなく、よく見る店員と認識して挨拶してくれたのだから、いらっしゃいませと言うべきだったか。だけど店外での対面だから、別にあれで良かったのか。
普段は店の制服を着て髪を結い、やや奥まった調理場にいる中年店員を、彼が認識してくれていた事実。他人からすれば、どうってことのないその事実に、心は激しく躍らされた。

家では子供達が巣立ち、美味しいとも美味しくないとも言わない夫との食卓は味気ない。晩酌をすると急に饒舌になる夫の話は、相槌だけを打っていれば続くのに、一言でも意見を挟めば途端に終わる。

この人生から降りたいと思うほど不幸ではないが、色に例えるなら、今はたぶん夕闇グレー。

そんな私に、あの彼のたった一言が灯したのは、まるで淡いピンクの灯り。
小さくても確かな支えになるその灯りを、そっと胸に抱いて帰った。


(1200字)


      ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻


以上、冬ピリカグランプリに参加させて頂きます。
今回もまた素敵な機会を与えて下さり、どうもありがとうございました。


(2022/1/15追記)
光栄にも「すまスパ賞」を頂きました。
どうもありがとうございました。

もしもサポートして頂けたなら、いつもより少し上質な粉を買い、いつもより少し上質で美味しいお菓子を焼いて、ここでご披露したいです🍰