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夏ピリカグランプリ応募作品(全138作品)

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2022年・夏ピリカグランプリ応募作品マガジンです。 (募集締め切りましたので、作品順序をマガジン収録順へと変更いたしました)
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#ショートストーリー

【SS】鏡の国の亜里沙(840文字)

物心がついたときから、私は鏡の国の住人だった。 私は亜里沙の写し鏡。 現実世界の亜里沙が笑えばそれに合わせて笑い、怒っていれば顔を顰めてみせた。彼女の姿を映すこと。これが私の生まれた意味だ。 幼い時から彼女を見守ってきたからか、私は彼女が愛おしくて仕方がない。笑顔が可愛い亜里沙。彼女が笑えば私も嬉しい。 でも、中学校に入った頃から亜里沙はあまり笑わなくなった。朝学校に行く前に、亜里沙は鏡の前でため息をつく。私も慌ててため息をつく。 「綺麗になりたいな......」

映し鏡【ショートショート】#夏ピリカ応募作品

「…なんだ?」 乗っていたエレベーターが突然停止した。 「クソッ、ふざけんな!」 非常ボタンを押しても何も反応が無い。 その日、海老原正男は派遣アルバイトで、ビル警備の夜間勤務中だった。 警備と言っても23時には全ての階の従業員が退勤し、仕事と言えば清掃業者の受け入れくらいだ。後は寝てたって怒られやしない。 それなのに、今夜に限ってこの仕打ちだ。薄暗い個室に一人。生憎なことに携帯の電波も届かない。外と繋がりは今、ゼロだ。 「なんなんだ、くそったれ!」 腹が立って後ろ

廃屋の鏡(夏ピリカ応募作)

昔は立派な邸宅であった事が、容易に想像できるその廃屋は、流れゆく時の中を漂う。かつての面影は敷地面積の広さからも思いを馳せる事が出来る。 今はただ、危険を伝える看板と厳重な金網等に囲れた孤独な佇まい。 100年も前の建物と思われるこの廃屋は、富豪の城。そう呼ばれていた、華やかで美しく優雅な邸宅であった過去を覚えているのだろうか。 この廃屋には、嘘か誠か一つの不思議が伝わっている。 大勢の召使いに傅かれて住んでいたのは三人の娘と、その両親。 三人の娘、皆美しく人目を引い

【ショートショート】スマートミラー【#夏ピリカ応募】

低い鼻、一重の瞼、メリハリのない身体。容姿へのコンプレックスから、自己肯定感が低かった由香を変えたのはスマートミラーだった。2万円で買った最初のスマートミラーは、アルミ製台座に直径20cmの丸型AIモニターが付いた卓上型。音声認識による鏡像加工機能が搭載されている。 「瞼を二重に」 「鼻を0.5cm高く」 「少しだけ色白に」 鏡像加工を微調整しながら、正面を向いたり、少し横を向いたり、頬を膨らませたり、表情を作った。 (かわいいじゃん 私) 鏡像とのにらめっこで満

猫のミラー 【夏ピリカ】

愛嬌はないけど、好きだよ あんたのこと。 * 「やだよ。猫、苦手だし。預かるなんて無理」 「しょうがないでしょ頼まれたんだから。それに一日だけだし何とかなるでしょ」 昔から母の自分勝手な所が嫌いだ。 私の気持ちなんていつもお構いなし。 「今日の昼には連れてくるって。あんたよろしくね。どうせ家にいるんでしょ?お母さん今日ちょっと用あるから」 「あとあんた、髪ぼさぼさ。鏡見てみなさい」 その言葉だけは無視した。 自分で引き受けておいて母は本当に出かけて行った。 直後

【小説】オッサン

第74回オッサン選手権でグランプリを獲った小和田さんと日帰り旅行に行く事になった。 小和田さんと初めて出会ったのは、第69回オッサン選手権の時だった。初めての大会で、オロオロしていた俺に声をかけてくれたのが小和田さんだ。声をかけたのは、昔飼っていたミドリガメに似ていたからだとか。 オッサン選手権の出場条件は、35歳から59歳の男性である事。加齢臭部門、ダジャレ部門、おしぼり部門、バーコード部門、哀愁部門と、5つの部門に分かれて審査が行われる。なかでも加齢臭部門は審査が厳し

刺したのは私【ショートショート/夏ピリカグランプリ】

ただの気のせいだなんて、どうしたって思えない。 バス停からずっと誰かに後を尾けられている気がしてならない。 こちらが少し速く進めば足音もそれに続き、緩めるとそれに倣う。思い切って止まり、後ろを振り返る勇気などあるはずもなく、かと言って急に猛ダッシュでもしようものなら、それをきっかけに最悪の事態にならないとも限らない。 少し遠回りにはなるけれど、これはもうあそこを通るしかないと思い立つ。 そもそもあの場所は、本当はあまり好きではない。人と人がぎりぎりすれ違えるくらいの狭いトン

コピーする鏡

 その鏡が人を映すだけではなく、中の人が外に出てこられる、すなわち人をコピーできる、という事実は高校生の猪口を大いに驚かせた。  滅多に人が出入りしない美術室倉庫。その奥にホコリをかぶっていた等身大の鏡。普段そこに鏡があることすら意識してなかった。だから、いざ部屋を出ようとした時、自分そっくりのコピーが中から出てきて自分に正対した時は驚愕した。猪口はしばらくそこで茫然とし、その「彼」も自分と同じように話し、声までそっくりであることを知り、自分の代役になるお願いをした。何のこと

視線の先|#夏ピリカ応募

 山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。  一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席のクラスメイトに「彼女はいつも手鏡を見てるのか」と訊くと、バツが悪そうに「分からな

ユア・ミロワール【夏ピリカ応募作】

――喉元に刃物を突き付けられた彼は怯えたように私を見る。 それだけで気分爽快だった。 今日も遅く帰ってきた夫は、あの女の香りを漂わせていた。 何も聞かず上着を拾い、ハンガーにかける。 結婚10年の記念日にと奮発した肉の脂が、皿の上で白く固まっていた。 「遅かったのね」 散々待たされた挙句に 「誰のおかげで飯が食えてるんだ」のひと言。 このご馳走を見ても何も気づかないのだなと呆れる。 夫に女の影が見えたのはいつだったろうか。 義母が急に倒れ、緊急事態なので会社に電話をす

オシャレな自己嫌悪【夏ピリカ応募作】

せっかくの休みの日なのにダラダラしてしまう私に、ピンクのレースワンピースを着せてあげた。すかさず快活で行動的な私が冴えない私の顔を覗き、「可愛いね」と言って、手を引きスキップをした。 自分が悪いと分かっていながら他人のせいにしてしまう私に、ダークブラウンのレザージャケットを羽織らせてあげた。まもなく素直に謝ることのできる私が震える私の肩を抱き、「かっこいい」と言って、向かい合いツイストを踊った。 変えられぬ過去を後悔しては繰り返し涙を流す私に、ラメの入ったネイルをしてあげ

鏡の向こうに

《19世紀末、大英帝国》 真夜中に鏡を見ると将来の伴侶が映るという迷信がある。そんなたわいない夢を見ていた幼い頃が私にもあった。 ◆ 今夜、夫は出張先から戻らない。 夕食を終えた私は、代りに使用人からの報告を受けた。 昼間屋敷を訪れていた客人の忘れ物に気付かなかった愚か者を叱責した後、ひとり自室へ戻る。 ◆ 忘れ物というのは、1冊の本だった。 『鏡の国のアリス』。 かつて私の家庭教師だった人が書いたおとぎ話だ。 19歳のときに初版の特装本を贈られたが、一読してそれ