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夏ピリカグランプリ応募作品(全138作品)

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2022年・夏ピリカグランプリ応募作品マガジンです。 (募集締め切りましたので、作品順序をマガジン収録順へと変更いたしました)
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#掌編小説

【掌編】若輩アリス、新橋にて。

「飲みに行きましょう」と国見さんに誘われ、新橋に来ている。 対面の二人席。店内は僕ら同様、仕事帰りのサラリーマンで賑わっていた。 「では」 お通しと共に運ばれたビールジョッキを掲げ、国見さんが乾杯を促す。慌てて自分の分を持ち上げ、お疲れさまです、とそれを合わせた。 国見さんは、この春の異動先にいた古株だ。若輩者の僕なので、総括課長として部を切り盛りする彼から、何かにつけフォローを受けている。が、こうして飲みに誘われたのは、初めてのことだ。 「どうですか、最近は」

【かがみの私】

【かがみの私】カガガ丸|幸せみぃちゅけた 2022年6月22日22:43 エッセイですみません。 でもテーマ「かがみ」ということでどうしても書きたいがあふれてしまいました。 私の旧姓は「加賀」なんですが、下の名前が「み〇〇」なんです。それで大学生の時のあだ名が「かがみん」だったんです。ちょうどそんな名前のキャラクターが登場するアニメが流行った頃で友人がふざけて呼んでそれが広まった形です。 前置きが長くなっちゃいましたね。 みんなは「かがみん」って呼ぶんですけど、ちょ

「子供の瞳の輝きの由来」#夏ピリカ応募作

 鏡原は太古より鏡が捨てられた土地の名である。捨てられた鏡同士は繋がり、交接し、増殖した。  鏡の製法は大別すると三種類ある。硝酸銀を用いた化学反応により作る現行方式。青銅を研磨して銅鏡とした古代のやり方。生物の瞳と聖水と魔術により作られる錬鏡術と呼ばれる製法は、術師がいなくなったために廃れてしまった。  錬鏡術の失敗作の廃棄場所、それが鏡原の起源である。生物要素が強すぎて人の手に負えなくなった鏡が、映した者を取り込んでしまったり、自ら動き回って子孫を残したりするようにな

【掌編】『寝起き』

 保冷カプセルが開いた。旅立ってからきっかり十年が過ぎていた。置かれた状況を教えてくれる音声ガイドが自動的に再生される。マニュアル通りだ。 『ここは、星系探査船の中です。母星を出発してから十年が経ちました。これからあなたは……』  音声ガイドを止めた。何回か繰り返されたそれを漸く神経が通った右手を使って黙らせることが出来たのだ。 「ええ、わかっていますとも」  ”二十歳でこの船に乗り込んだから、今、三十になっている訳ね。” カエデの十年ぶりの呟きは、聞き耳を立てていた

マイナンバーミラー【掌編小説】

僕らに与えられた鏡の破片。 それは、長い時間をかけて川底で円磨された小石のように、歴史とアイデンティティを感じさせる。 円形や角がとれた多角形など同じものは一つとしてなく、ジグソーパズルのピースのように、それぞれ役割と繋がりをもつ。 鏡の破片(通称マイミラー)は、出生の届出と引き換えに交付されるのだが、実際には、ICチップ内蔵のマイナンバーミラーカードに情報が書き込まれ、現物は日本銀行の貸金庫に収納する。引き出しは自由だが、紛失や破損をしても再発行はできない。 マイナ

【掌編小説】化粧#夏ピリカ応募

(読了目安3分/約1,200字+α)  夕暮れの部屋の中、私は母の三面鏡の前に座る。  一度深呼吸をして、鏡をそっと開く。  覗き込んだ3枚の鏡には私の醜い顔が映し出され、さらに合わせ鏡の奥に数えきれない私が映し出される。  思わずぎゅっと目をつぶり、顔を背けた。  私は顔を背けたまま、2枚の鏡を思いっきり開く。そっと瞼を上げると1枚の鏡に、逃げるような姿勢の私が映っていた。  あの顔、ヤバいよね、病気かな、可哀そう、と陰で言われたのは中学の時。高校になってもそば

コピーする鏡

 その鏡が人を映すだけではなく、中の人が外に出てこられる、すなわち人をコピーできる、という事実は高校生の猪口を大いに驚かせた。  滅多に人が出入りしない美術室倉庫。その奥にホコリをかぶっていた等身大の鏡。普段そこに鏡があることすら意識してなかった。だから、いざ部屋を出ようとした時、自分そっくりのコピーが中から出てきて自分に正対した時は驚愕した。猪口はしばらくそこで茫然とし、その「彼」も自分と同じように話し、声までそっくりであることを知り、自分の代役になるお願いをした。何のこと

すてきなあの子|夏ピリカ

 肌の色が違う。目の大きさが違う。それを縁取るまつ毛の多さや長さが違う。鼻も唇も輪郭も、とにかく全部が違って、彼女はとても可愛くて、私はそうじゃなかった。  ゆきちゃんから誕生日プレゼントで貰った手鏡は、お姫様が使うみたいに可愛い形をした有名なデパコスブランドのものだった。 「加奈ちゃんに似合うと思って」  ゆきちゃんは可愛い顔でにっこりと笑った。私が喜ぶと信じて疑わない顔だった。ゆきちゃんの瞳はキラキラとして見えた。長くて黒い髪はさらさらのつやつやで、私はこの天然美少

夜に啼く【超短編小説#夏ピリカ応募】

 山深きに小さな村がありました。  村のはずれに湖がありまして、季節には赤い花が湖のほとりに咲き乱れ、水際の薄緑から、深まるに従い濁った青をへて濃紺に色が移るさまもうつくしい、しずかな鏡のようでした。  ただ、魚が棲んでおりません。  村人は湖を異界の入口だといって畏れ、近づくものはいませんでした。  ある話では、風のない新月の夜の決まった時刻に、湖面に黄泉のながめを映すといわれ、また、大きな蛇が千年前からずっと水底に棲んでいるともいわれていました。  村一番の大きな家

鏡の中のわたし

生活はとにかく荒んでいた。 仕事で精神は疲れ果て、一人で暮らす間借りは酒缶で足の踏み場さえなかった。 何のために生まれ、何のために金を得て、何のために金を使うのだろう。 自分を守るため?今更そんなことしたって、傷つけるものなんて存在しないのに。 「だって、社会の欠陥品なんだもん」 省かれて当然だ。 当たり前のことができない自分に、生きている価値なんてあるわけがない。自分で自分の値打ちを定めるとしたら当然の如くゼロを付ける。値段すら付けられない、どうしようもない欠陥品。自

【小説】鏡のない王国

どんな人間でも必ず暇つぶしになる道具がある。 何かわかる? 鏡だよ。 少し前に、常に混雑していて「待ち時間が長い!」とクレーム出まくりの女子トイレがあった。でも解決は簡単だった。通路に鏡を設置したんだ。それだけ。それだけで誰も文句を言わなくなった。待ち時間は長いままなのに。 待つ間、みんな鏡に夢中になったのさ。 女性だけじゃない、男だってそうさ。みんな鏡が大好き。いや、鏡が好きなんじゃない。みんな自分自身が大好きなんだ。大好きな自分と必ず会える鏡を、覗かずにはいられな

掌篇小説『ホテル・ミロアール』

二つの硝子ケース、それぞれに豪奢な刺繍耀くマネキンが。一方は燕尾服、一方はイヴニングドレス姿。燕尾服の釦が向って左側に嵌められている。二人を両脇におき、サーキュラー階段が天にのびゆく。 私は、鏡の世界にいて。 ロビー左側、誰もいないフロントを過ぎ、誰もいない大食堂へ。西寄りの陽をあび、いつしかテーブルにおかれた早めのランチを食べる。かわいたステーキ。 ロビー右側の誰もいないケーキの店からふたつ拝借し、天鵞絨の階段をのぼり。 フロントからぬすんだ鍵でドアを開ける。長い廊下

#157 22才の別れ #夏ピリカ応募

「玲はほんとにそれでいいのか?」 『いいわけないでしょ。ここで追いかけてくるでしょ、普通は‥‥』 樹は追って来なかった。 『樹のバカタレ』 ふたりの間ではよくありそうな一コマだったのだ。 玲の感情が極まると、その訴え方がわからなくなって外に飛び出す。 こんなこと何度もあったし、そのたびに樹に掴まれた腕を振りほどこうともがくのだ。そうやってジタバタすることで、怒りや諦めや、言葉にならない毒を振り落としていたのかもしれない。 樹に謝られて、懇願されて、玲はこどものようにかぶ