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【小説】鏡のない王国

どんな人間でも必ず暇つぶしになる道具がある。

何かわかる?

鏡だよ。

少し前に、常に混雑していて「待ち時間が長い!」とクレーム出まくりの女子トイレがあった。でも解決は簡単だった。通路に鏡を設置したんだ。それだけ。それだけで誰も文句を言わなくなった。待ち時間は長いままなのに。
待つ間、みんな鏡に夢中になったのさ。

女性だけじゃない、男だってそうさ。みんな鏡が大好き。いや、鏡が好きなんじゃない。みんな自分自身が大好きなんだ。大好きな自分と必ず会える鏡を、覗かずにはいられない。

そうして自分を見てうっとりする。美人でなくたってそう。君も言わないだけで心当たりあるだろう?

鏡は自己愛を増長する。鏡を覗くほどに自分のことが好きになる。まるで黒魔術みたいに。

そうやって膨らんだ自己愛は暴走して、人を否定せずにはいられなくなる。それが争いを生む。

すべては鏡が悪いんだ。


……そんなに引くなよ。
これは俺の考えじゃなくて、昔、ある小さな国の王様が抱いた信念だ。

その王様は、「鏡さえなくなれば争いは消える」と信じた。自分の顔を見なければ、誰もがもっと謙虚に生きられるはずだ、と本気で思ったんだ。

だから王様は、王国中の鏡を処分させた。すべての家に兵士を送り、片っ端から鏡を奪った。鏡だけじゃなく、ガラスや花瓶、顔が映り込むものには薄紙を貼り付けられた。川や池には、覗き込んで顔が見えないよう蓮の葉が敷き詰められた。

それでも顔が映る場所すべてを消すことはできない。だから刑法を造った。何かに映った自分の顔を見た人間は、両目を抉られるという罰だ。

これをみんな心底恐れた。自分の顔を見ようとする奴は、国中ひとりもいなくなった。

そうして、鏡のない王国が生まれた。


その国がどうなったと思う?王様の目論みは当たったのか?

結論を話すと、目論みは”半分”当たった。

というのも、争いはなくなったんだ。でもそれはみんなが謙虚になったからじゃない。逆さ。みんな、もっと傲慢になった。そして傲慢になりすぎた結果、争いがなくなった。

……分からない、といった顔をしてるね。

王様は、人が持つ「自己愛」をみくびっていた。鏡がなくても自己愛は育つ。それどころか、鏡で自分の顔を確認できないからこそ、想像する自分像はより美しくなっていく。

孔雀は争うことがないらしい。
それは「自分が一番美しい」とすべての孔雀が信じて疑わないからだ。自分のことを心底信じていれば、人に証明する必要もないし、人を蹴落として優越感を得る必要もない。

その国の民は、孔雀になったんだ。

誰もが自分を信じた。そして自分以外のすべてを見下した。だけど他人に見下されようが、誰もそんなこと気にしない。自分を信じていたから。


その国が最後どうなったか?

隣国の立場になって考えてみな。こんなに滅ぼすのが簡単な国があるか?

隣国は、この国に大量の鏡を撒いた。それだけ。

さあ、何が起こったんだろうね。


(1,195字)

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