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(連載小説)気がつけば女子高生~わたしの学園日記㉞ 浴衣女子になりたい男の娘・後編1~

6月の土曜日、わたしはお気に入りのミントグリーンの浴衣を着ていつもより早く家を出た。

一度文庫に結んだ帯の上から更にレースの兵子帯を重ね結びにして、そして襟元にはレースの半襟を合わせた今日のこの浴衣姿は実は2年りんどう組の生徒全員お揃いのスタイルなのだ。

この初めてのゆかたまつりに向けてクラス全員がとても盛り上がっていたわたしたちはどうせ着るなら浴衣の色や柄はそれぞれまちまちだけど着方は統一しようと云う話になり、こんな感じで帯結びと襟のスタイルを決めたのだった。

そして今日はお祭りなので控えめにすると云う条件で特別にメイクが許されているのでわたしもこっそり目元にラメ入りのシャドーを入れ、今日のこのパステルカラーの浴衣に合わせてピンクのチークに明るめのオレンジ系のリップでまとめてみた。

昨日も遅くまで準備をしていたし、ここのところ中間試験や高校放送コンテストの県大会があって何かとお疲れモードなのだけどテンションは高く、張り切ってわたしは登校した。

一旦教室に荷物を置きに行くと早くも林ちゃんが「いやーおなかが空いたナー。」と言いながらとてもかわいらしい浴衣姿で登校してくる。

わたしが「林ちゃんおはよー。でもまだ朝なのにもうおなか空いたってどうしたの?。」と聞くと今日は早起きして寮生みんなで浴衣の着付けやメイクとか苦手な人の分も頑張って協力しながらやったから時間少なくて、朝ごはんいつもお代わりするのに今日はしてないんだよと言うのだった・・・・・。

そうしているうちに続々と2年りんどう組の教室も登校してきた浴衣姿の生徒たちで埋め尽くされてきた。どの子もみんな夏を先取りした感じのかわいくてそれでいて高校生らしい清楚なとっても素敵な浴衣姿で、いつもの袴姿もいいけど今日のこのみんなの浴衣姿も今の季節に合っていていいなと思った。

その後は簡単に朝のホームルームを済ませてそれぞれの持ち場へ移動となり、タピオカミルクティーのお店の方は林ちゃんやあゆみちゃんに任せて千尋ちゃんは本部、梨子ちゃんと弥生ちゃんはそれぞれの部活、わたしは女装子・LGBTさん向けの浴衣体験会場”虹のゆかた部屋”へと向かう。

この女装子・LGBTさん向けの浴衣体験には3階建ての武道棟のうち、いつもは合気道部が使っている3階部分を1フロアまるごとお借りさせてもらった。

今日の武道棟は1階は着物館と共に一般客の浴衣体験の仕度会場や着崩れなどに即対応する”ゆかたステーション”、2階は和装振興も目的なので格安で浴衣や着物を販売する”ゆかた・きもの大バザール”の会場として使われるのだが、3階にこの”虹のゆかた部屋”を置いたのはわざわざ来ないといけない3階にわざとすることで万が一一般客が間違ってくるのを防ぐ事や逆にこちらの利用者がよからぬ動きをしてもすぐ分かるようにするセキュリティやホームページで調べた各女装サロンがマンションの上の階にある事にヒントを得て3階でやる事はそれほど目立つ場所でもないからプライバシーの点でもいいのではと思いこの場所にした。

利用者は受付で手続きをしてオープンキャンパスの時と同様に各個人情報をアップデートして覚え込ませてあるチップが埋め込まれた交通系ICカード上の「入館証」を受け取り、校内に入るときはもちろん虹のゆかた部屋に入るときもセンサーにタッチしてもらうようにして、部屋の入退室や例の微弱に流れる電波を感じ取って女子更衣室や女子トイレに入ろうとするとアラームが鳴る仕組みを使って何かあった際の居場所をこっそりと特定できるようにして更にセキュリティには配慮したのだった。

中に入るとここの担当スタッフの生徒が既にありがたい事に何人か来て準備を進めてくれている。

会場の造りはこう言った場合には他の人と顔を合わせないようにするのが主流みたいだし、それに最初どうしても恥ずかしいだろうからと云う事でパーティ―ションやカーテンで仕切ってブースを10個作っていて、メイクや着付けはその個別のブースで行うようになっている。

人に女装した自分を見られると恥ずかしかったり抵抗がある利用者さんにはそのままずっとブース内に居てもらってもいいし、反対にこれならパス度が高いので大丈夫と思ったり、他の利用者さんやスタッフと交流するのは気にならない様ならブースから出てフロア内の談話スペースで他の利用者さんやわたしたちスタッフとおしゃべりとかしてもらったり、校内を浴衣姿で散策してまつりを楽しんでもらうのも自由にしてある。

メイクと着付けに関してはいつも秋のきものまつりでご無理を言ってお願いしている美容専門学校の学生さんに今回も半ばボランティアでお越しいただいたのとわたしも通っている美容室「ポプリ」から美容師の摂津さんにも来て頂いた。

浴衣の着付けならこの学校の2,3年生の生徒だと誰でも難なくこなせるけどメイクは普通に女性がするメイクを男性が女装する際にすると上手くパス度が上がらないみたいなのでメイクに関してはその辺りに長けた方をお願いして、着付けはわたしたち生徒のスタッフもお手伝いする事にしている。

そして今回のこの虹のゆかた部屋は担当スタッフ全員を新女子で揃えた。メイクをしてくださる方についても摂津さんはMTFトランスジェンダーだし、美容専門学校の学生さんも当校のOGで在学中は新女子だったり、高校は他の学校に通われていたMTFトランスジェンダーさんにお願いして女装子・LGBTさんの「はじめての浴衣体験」を気持ちの分かる人同士で対応したいと云う事でこれも無理を言ってそうさせてもらった。

あとせっかくの浴衣姿をきれいに画像に残してあげるべく、手作りではあるけど和柄の壁紙をバックに貼ったちょっとしたスタジオ的な撮影コーナーも作っていて、ここには写真が趣味の莉央子ちゃんが撮影係としてスタンバイしてくれることになっている。

そうこうしているうちに開場時間の9時半が近づき、待ちきれなくて早めに受付を済まされた利用者さんが会場に向かってますと校門にある総合受付から連絡が入ったのでスタッフ全員それぞれの持ち場に就き、受付にいた新女子に誘導されて第1陣の利用者さんがお越しになられた。

利用者さんは背の高い人もいればそうでない人もいるけど緊張しているのかおとなしそうな感じの人ばかりで、みんな恥ずかしいのと今の時点ではあまり他人に顔を見られたくないせいかうつむき加減で会場に入ってきた。

まずは虹のゆかた部屋入口の専用受付で入館証をカードリーダーにタッチしてもらってから再度申込内容と学生証などの証明書を確認させてもらい、カーテンで区切った先の各参加者さん用に用意してある専用ブースへご案内する。

専用ブースには顔や中が外からは見えないようにカーテンがしてあり、それぞれのブースで浴衣を着る準備の一環でフェイシャルペーパーでお顔を拭いたりお髭を再度あたってもらったり等のスキンケアをして頂き、その後きものスリップを着てもらってからメイクとヘアメイクに入る旨と今日のここでの過ごし方などの注意事項を説明した。

きものスリップを着た人からそれぞれメイクスタッフさんにお声がけしてもらってメイク開始になり、ここからは大体メイクとヘアメイク完了まで30分くらいは掛かるのと次の予約の方がお越しになるまではとりあえずわたしは待機となるので莉央子ちゃんにお留守番を頼んでクラスでやっている縁日エリアのタピオカミルクティーのお店の様子を見に行かせてもらう事にした。

縁日エリアは校庭の陸上用一周200mトラックを使ってだ円形にお店を配置している。しかしここの場所取りのくじ引きでわたしは校門から見て反対側のレーンの一番奥と云う場所を引いてしまい場所的にはあまりよくない立地があてがわれていた。

取り扱うのがタピオカミルクティーと云う商品的には魅力がある飲み物だけど場所がさほどよくないので果たして見込み通り売れるのか気になり、またその隣の同じくさほどでもない場所に放送部1年生の新女子3人組のいる1年あじさい組がやっている髪飾りや和雑貨の模擬店があり、入学したばかりで学校に慣れるのだけで大変な1年生が頑張ってお店を構えている事も気にしていたのでこの時間を利用して急いでわたしは縁日ゾーンに行ってみた。

行ってみると開場したばかりで地域の一般客の出足はまだこれからとは言え他の模擬店には既に結構な浴衣姿の人が詰めかけているのにタピオカミルクティーと和雑貨のお店には案の定場所のせいもあってかお客さんがそこまでなかなか回ってこないようだった。

模擬店自体はかき氷、わたあめ、金魚すくい、ヨーヨー釣りなど定番のお祭りには欠かせないお店もあり、縁日ゾーン自体は華やかでかわいらしい浴衣姿の優和学園の生徒に加え、格安で浴衣を着つけてもらった一般客も徐々に増え、お祭り自体は賑わっていてそれはそれで行事委員としてはうれしい事なのだけどせっかくのクラスで出している模擬店が流行ってないのはちょっとなんとも・・・・・。

お店の前に行ってみたら「タピオカ茶寮」と看板が出ていて、材料を仕入れた中華街のお店から借りてきた台湾風のインテリア小物も飾られているし、看板の下には「台湾人留学生がプロデュースしました!」と林ちゃんの似顔絵入りのPOPまで貼ってあってとってもいい感じで、となりの1年あじさい組の和雑貨のお店も「かわいいかんざしやさん」と文字そのもののかわいいらしい看板と手ごろな価格のかわいい和雑貨が並んでいてこちらも他のお店とは一味違ったいい感じを出しているのだが反対側のレーンのかき氷やソフトクリームのお店に比べて客足が少ない。

ただ林ちゃんは浴衣の上から「私が店長です」と書かれたたすきをかけて張り切って頑張ってくれている。聞くとこのたすきは手先の器用な弥生ちゃんが作ってくれたとかでちなみにここのお店の看板も弥生ちゃん主体で作ったのだとか。それにしてもわたしや千尋ちゃんが浴衣体験や全体のお世話に掛かりっきりで模擬店を手伝ってあげれてないのをみんなでフォローしてくれていてほんとありがたい。

今の時点では確かにお客さんはそれほどではないけど、まだ朝だしこれから気温が上がってきたりもっと地域の人とか一般客も増えたらこのタピオカミルクティーもきっと売れてくるから頑張ってと声を掛けてわたしは持ち場に戻った。

戻ってくるとちょうどメイクスタッフさんが参加者さんのうちの1名様がメイクとヘアメイクが終わってブースでお待ちですよと教えてくれたのでわたしはそのお待ちになっている参加者さんのいるブースに着付けのお手伝いに行く事にして、そうしている間に予約の次の女装子さんがお越しになられたのでメイクスタッフさんはそちらに行ってもらって着付けはわたしがさせていただく事になった。

「失礼します。メイクがお済みと伺いましたので浴衣の着付けをさせていただいても大丈夫ですか?。」とブースの外から声を掛けると「はい・・・・・どうぞ・・・・・」と恥ずかしそうな小さな声でお返事があったので中に入らせてもらう。

「えっ・・・・・かわいい・・・・・」

するとそこには今しがたメイクとヘアメイクを終えたばかりのとても初々しい感じの「少女」が恥ずかしそうに着付けを待っていた。

その「少女」は元々の色白できれいな肌を明るめの色のファンデーションで整え、お祭りらしく少しラメを入れつつパステルカラーを基調とした自然な感じのナチュラルなアイメイクに頬には初々しさとかわいらしさを兼ね備えたピンクのチークを乗せ、明るめの赤のリップに艶感のあるグロスを重ね塗りした唇のメイクでとてもパス度の高い女の子に変身していた。

髪もウィッグをアップに結ってトップにボリュームを持たせながら後れ毛を若干垂らしたスタイルでこれに何種類か髪飾りを付けてこれから浴衣を着てお祭りに出かけようとしている女の子感満載のヘアスタイルに仕上がっていた。

そして何よりその「少女」は鏡の中の女の子の顔になった自分をまるで信じられないと云った表情できょとんとしながら見つめている。

わたしはその「少女」に「あら、とてもかわいくなりましたね。じゃあ続いて浴衣を着付けさせていただきますね。」と声を掛け、着付けを始めた。

そしてさっそく予約の時に選んでいたパステル系の水色の地に薔薇などの柄のかわいらしい感じの浴衣に袖を通してもらい、帯を文庫に結んであげて組みひもの帯揚げをアクセントに組み合わせて着付けは完了した。

「はい、着付けできました!。とってもかわいくなりましたよ。じゃあ浴衣女子になった自分を鏡で見てみましょうか。」とわたしが言うと着付けの間はずっと恥ずかしそうにうつむいていたその「少女」がゆっくりと顔を上げて姿見を覗き込む。

「えっ!・・・・・これがぼ、僕、いえわ、わたし・・・・・。」初めて本格的なメイクを施され、髪をアップに結ったパステル系水色の浴衣姿のその「少女」はしばらくそう言うと姿見の中の自分を見てうっとりするように固まったままになった。

「浴衣をお召しになるのは初めてですか?。」と聞くわたしに「はい・・・・・浴衣を着るのもはじめてですし、時々自分で自己流のメイクはするんですけど、こんな風にきちんとメイクしてもらったのもはじめてなんです・・・・・。」とはにかみながら言う。

わたしもそう言えばはじめて中学3年の時に桜田先生にメイクと着付けをしてもらって女物の着物を着た時にその変身ぶりにびっくりしたようなうれしかったような気持ちになったよね、とその反応を見ながらはじめて自分が「着物女子」になった時の事を思い出していた。

それにしても確かこの利用者さんはお見えになられた時にわたしが受付して個別ブースにご案内したのだけど、B面(女装前の男性の時)はどちらかと言えばおとなしそうなどこにでもいる普通の男子高校生と云った感じで特に見た目が女の子らしいとか言う訳でもなかったのでその分とてもいい意味でのギャップがあるし、また女物の浴衣がはじめてにしてはとても似合っている。

既に何組かの利用者さんはメイク・ヘアメイク・着付けを終えてパーティ―ションで仕切られた奥の談話スペースにて楽しそうにおしゃべりを始めているようだったのでこの方にもそちらに移動されますかと聞くとまだ少し人前に出るのは恥ずかしいと言うのとメイクや着付け、またおしゃべりのお相手等のお世話係スタッフの手は足りているようでもあったのでしばらくわたしがマンツーマンでお相手をさせていただく事にした。

「そう言えばまだお名前伺ってませんでしたね。わたしは神原由衣と申します。どうぞよろしくお願いします。」と言うと「わたしの女の子の名前は”みどり子”です。こちらこそよろしくお願いします。」と名乗ってくれる。

「みどり子」さんは聞くとわたしと同じ高校2年生でここから数百キロ離れた他県で暮らし、地元の高校に「男子高校生」として通っている。

みどり子と云う名前の由来や意味は住んでいる地元が山がちなのと自分ではその山がちではあるけど緑の多い自然あふれる地元と色もグリーンが好きなので「みどり子」と云う名前にしたのだそうだ。

「ほんとは”みどり”だけでもよかったけど、”子”をつける事でより女の子らしい名前になるような気がして”みどり子”にしたんです。」とみどり子さんはまだ浴衣女子に変身したばかりで恥ずかしいのもあってかややうつむいてそう言う。

しかしみどり子さんは地元で人に言えない思いを抱えていた。それはみどり子さんは、いやみどり子さんも実は心と体の意識が違うMTFトランスジェンダーさんだと云う事だった。

みどり子さんが自分のその気持ちに感づいたのは中学生の頃だった。みどり子さんの地元では夏に全国でも有名なその地域で一番大きな花火大会が毎年行われる。

湖上から打ち上げられる大小の花火を見に湖の周辺に大勢の人が見物客であふれるこの花火大会は当然のようにみどり子さんも小さい頃から毎年のように出かけていた。

そして中学生になり、同じ学校で同じテニス部の男女で今年の花火大会を見に行こうと云う話になり当日みどり子さんは特に意識せずにジーンズにTシャツで待ち合わせ場所に行くとそこには普段制服や体操服姿しか見た事のない同級生の女子たちがかわいらしい浴衣を着て待ち合わせ場所に次々と現れてくるではないか。

どの子もとてもかわいらしく、そして色とりどりの浴衣を着て髪もアップにして更にうっすらだけどメイクもしておめかしして来ている女子たちを見てみどり子さんは思わずしげしげと眺めるように見惚れていた。

ただ見惚れるのはなにもみどり子さんだけではなくて他の同級生の男の子たちも同じように見惚れていたがみどり子さんは少し違っていて、それはただ単に見惚れるだけでなく「自分もあんな風におめかしして浴衣を着てみたい」と云う思いが心の中に湧き上がってきていたのだった。

そしてみどり子さんはその日見た華やかな花火にも心惹かれたけど、それ以上に同級生や周りの見物客の浴衣姿に心惹かれ、見れば見るほど女物の浴衣への想いが募っていた。

それから花火大会が終わった残りの夏休みの間もみどり子さんはずっとあの日のおめかしした浴衣女子たちの姿が忘れられなかったし、自分が浴衣女子になりたい気持ちが押さえられなかった。そして男の自分がどうしてこんなに女の子の恰好をしたくなるのか不思議でならなかったと同時に浴衣女子になった自分を想像すれば想像する程第2次性徴の始まった自分の身体の変化に違和感を感じはじめていた。

「あ、またヒゲ伸びてきてる・・・・・。」とか「もう・・・・・なんでこんなにそこら中の毛が濃くなるのかな・・・・・。」と嫌悪感を感じては逆にブラジャーをしないといけないから大変だろうけど胸が膨らんだ体の方がいいな・・・・・等と思うようにもなっていった。

そんな中通っている中学校でみどり子さんはLGBTについて教わる機会があった。LGBTについて教わる、と言っても今やどこの中学校でも専門的ではないにしろ普通にガイダンス的なものは教わる機会を設けているのだが、それを聞いてみどり子さんはもしかして自分はこのLGBTでは?・・・・・と気づいたのだった。

その後もみどり子さんの気持ちは変わる事なく、またより一層身体への違和感や浴衣のみならずスカートやワンピースなどの女性物の衣料全般をはじめメイク用品やアクセサリーと云った女性のファッション全体に興味を感じるようになっていて、ますます自分はMTFトランスジェンダーなのだと云う意識が強くなっていた。

聞かせていただいて「そうなんですね・・・・・。わざわざ勇気を出してお話しありがとうございます。」とわたしは言った。知らない今日初めてあったばかりの人に自分はLGBTだと言うのはいかにこの場所がプライバシーやLGBTに配慮している場所だと事前に分かっていたとしても相当勇気がいったと思われるし、一人で抱え込んで悩んでいるはずのみどり子さんの気持ちに寄り添ってあげたくなっていてわたしはみどり子さんにこう言った。

「でも大丈夫ですよ。今日ここの”虹のゆかた部屋”にいる人はスタッフも利用者さんも全員新女子かトランスジェンダーさんばかりですから。」

「えっ、そうなんですか?!。」

「はい、そうです。実はわたしはトランスジェンダーとは言えないかも知れないんですが、新女子としてこの学校に通っている実質的に”女子高生”なんですよ。」

「ほんとですか?。神原さんもだし、スタッフの生徒さんたちもみんなどこから見ても女子にしか見えませんよ。でも安心しました・・・・・。みんなわたしと同じ感じの人ばっかりで・・・・・。」

それからもしばらくの間わたしは狭いブース内ではあるけれどみどり子さんと色んなお話しをさせてもらっていた。わたしは自分が優和学園に来た経緯や新女子としての学園生活の中で着物をはじめ茶道や華道、踊りと云った日本文化に積極的に触れている事を話し、みどり子さんもみどり子さんで浴衣のみならず和服全般に興味があるので着物に関しての話題でも楽しく盛り上がってお話しする事ができ、そのうちわたしとみどり子さんは打ち解けて「由衣ちゃん」「みどり子ちゃん」と下の名前をちゃん付けで呼び合う様になり、話し方もよそよそしくない友達同士でするような言葉遣いで話すようになっていた。

そうしているとこの”虹のゆかた部屋”もずいぶんと賑やかになり、話し声があちこちから聞こえてきていた。

ブースのカーテンを開けて外を見るとどうやら予約の参加者全員のお仕度が終わり、みどり子ちゃんとわたしのようにブースの中で話したり過ごしている人も居れば、徐々に奥の談話スペースに移って会話したりその横の撮影コーナーで自撮りしたり莉央子ちゃんにかわいく変身した浴衣姿をポーズを決めながら写真や動画に撮ってもらっている人も居てそれぞれがそれぞれに浴衣女子になったひとときを楽しんでいる。

「みどり子ちゃんもよかったら談話スペースに行って他の子たちとお話ししてみない?。きっと楽しいよ!。」とわたしが言うとみどり子ちゃんはまだ少し恥ずかしいのか乗り気ではないみたいだったけど「大丈夫だよ。今の浴衣女子になったみどり子ちゃんはどこからみても女の子だし、もし心配だったらそこに座っているだけでもいいよ。わたしもいっしょに居てあげる。」とわたしが促すと「うん・・・・・ちょっとまだ恥ずかしいけど、みんなもおんなじTG(トランスジェンダー)、TV(トランベスタイト/異性装者)ばっかりなら大丈夫かも。」と言いながらブースを出て談話スペースに行ってくれた。

談話スペースではお仕度を済ませた浴衣女子になったばかりのティーンの子たちがテーブルを囲んで楽しそうに過ごしている。どの子もみんなかわいらしい色柄の浴衣に身を包み、結ってもらったアップヘアに髪飾りを付け、浴衣に合う清楚とかわいらしさを両立しているメイクを施され念願の浴衣女子になっている。

すると「あら、由衣ちゃんじゃない?。久しぶりー。」そう言って一人の浴衣女子が声を掛けてきたが誰だか分からないでいると「そうかー、いつもとは違って浴衣着て変身しちゃったから分かんないかな?ー。わたしティーンズレインボーで一緒した佳奈だよ。」とそのピンクの浴衣を着た子が言う。

佳奈ちゃんとはわたしにティーンズレインボーの会合の時に「優和学園の子っていつでも着物や浴衣が着られていいな」と言っていたMTFトランスジェンダーのあの子だ。

「えっ、佳奈ちゃんなの?。とっても浴衣似合ってて最初だれだか分かんなかったよー。だけど佳奈ちゃん今日はかわいいねー!!。」

「ありがとう・・・・・。念願の浴衣女子にやっとなれてわたしもとってもうれしいんだ・・・・・。それに莉央子ちゃんから聞いたんだけどこの”虹のゆかた部屋”って由衣ちゃんが企画してくれたんだって?。わたしたちの想いを汲んでこんな素晴らしい企画を本当にありがとう!。」

そう佳奈ちゃんは満面の笑顔でそう言ってくれ、周りにいる「浴衣女子」たちも同じような表情でうなづいて「ほんと願いがかなってよかった!」とか「念願の浴衣が着られて本当に本当にうれしい!」と言ってくれる。

そんなそんな、わたしだけでなく学校側の理解もあったしそれに他にも色んな方に協力してもらったからこの”虹のゆかた部屋”ができた訳で決してわたしだけの力ではないのだけどそれでもみんなのすてきな浴衣姿と満足そうな笑顔を見てわたしもなんだかうれしくなる。

そして話の輪にわたしやみどり子ちゃんも加わらせてもらい、浴衣女子たちみんなであれこれとおしゃべりを楽しませてもらった。いつもこっそりと女装をしている女装子さんの苦労話にMTFトランスジェンダーさんの悩み多き毎日の事や「女子」らしくスキンケアやメイク、それに洋服や衣装について等々日頃は自分がLGBTや女装子であることを隠している人ばかりが集まっているからその分会話が女子的な話題で余計に盛り上がったり共感できる事ばかりでいくらでも話が尽きず、みどり子ちゃんも最初は緊張したり遠慮があったのか黙って聞いていたけどそのうち一緒に会話するようになり楽しそうだった。

そうしているうちにあっと言う間にお昼になり、そのままわたしはみどり子ちゃんや参加者のみんなと部屋の中でごはんを頂いた。今日もわたしは「おにぎりルリちゃん」特製の学生向け日替わり弁当なのだけど、ここの参加者さんにも外に出なくていいように希望者には予めこの学生向け弁当が用意されていて、いつもかわいい感じの盛り付けのお弁当だけど今日は特別かわいらしい感じに仕上がっているこのお弁当をみどり子ちゃんといっしょに食べた。

食べ終えてわたしはみどり子ちゃんにせっかくだからお部屋から出てゆかたまつりを楽しんでみない?と提案してみた。既に佳奈ちゃんたちティーンズレインボーの子をはじめ他の参加者の子たちも「浴衣外出」をするべくお出かけしていてお部屋に居る子の方が少なくなっていた。

「えっ・・・・・このまま浴衣でお外に出るの?・・・・・なんだか恥ずかしいし男子だってバレないかな?・・・・・。」と心配そうなみどり子ちゃんだったが「大丈夫だよ。ほんとみどり子ちゃんは浴衣着て女の子らしくなってるし、パス度も全然大丈夫!。なんならわたしが一緒について行ってあげるよ。」とわたしが言うと「うん・・・・・ちょっと恥ずかしいんだけど由衣ちゃんがいっしょに居てくれるんだったらせっかくなんで外出してみようかな・・・・・。」とみどり子ちゃんは重い腰を上げ、「初めての和装外出」をすることになった。

(つづく)









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