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文章の書き方(辰濃和男:著)【ブックレビュー】

文章を書くとき。
自分の心の内をあけっぴろげにするような感覚になり、少し気恥ずかしい気持ちになるときがある。

日頃の生活のさまを文章に綴る。
その時その時に感じた、心のひだをつまびらかにし、言葉に表す。
自分の暮らしのよしなしごとから、自分のことを丸裸にして庭先に転がしてしまっているような感覚になる。

文章を書くには、その下準備が必要である、と痛感した。

本書は、『朝日新聞』のコラム「天声人語」の元筆者である、辰濃和男氏による

文章の書き方

出版社: 岩波新書
発売日: 1994/3/22(第一刷)


「文は心である」

冒頭から辰濃氏はこういう。

文章を人様に見せることは、己自身の心の営みをさらけだすことでもあります。

小さな準備ではそれ相応のものしか書けない。広い円を描き、下準備をする。そうすれば深く掘り下げることができる。

吉行淳之介氏は、この広い円を「地面の下の根」と表現する。
一度作品ができあがる、すると根の上にできた茎や花は取り払われ、また一からになる。まずは肥料をやっていい土をつくる。それが大切だという。

素材の発見

第一章では、先述した「広い円」、「現場」「無心」「意欲」「感覚」について説明している。
「現場」では、著者はこういう。

文章の生命は現場です。

現場でものを見る力、急所を見抜く力は、鍛錬によってさらに強くなるという。現場に行き、異質のものと出会い、驚き、心に焼き付ける。その記憶が深いほど文章はより力をつけ、読み手の心に届くのだろう。

「無心」では、「先入観を持たず、白紙で接すること」の大切さを問う。

現場に行く前に下準備はすれども、それに縛られない。準備は準備、本番は別、という。

「感覚」では、感覚を磨くことに加え、感覚の表現を磨くことについて説明している。

感覚を磨くには、心にゆとりを持つこと、反復、ほんものにふれることが大切だという。その次がさらに難しい。

さて、感じたことをどう表現するか、見たもの、聴いたもの、味わったもの、触ったもの、香ってきたもの、そういうものをどう表現したらいいのか、それを考えながらものを書くのはたのしみの一つでもあり、苦しみの一つでもあります。

文章を書くのは楽しい一方、生みの苦しみも伴う。

文章の基本

第二章では、「平明」「均衡」「遊び」「具体性」「品格」について説明している。

「平明」、わかりやすさは文章の基本だろう。わかりやすい文章を書くには、相手に伝えたいと思う心があってこそ。そして相手の立場に立つことが大切だ。

「均衡」では、著者は文章の均衡を考えるとき、この2つを考えるようにしているという。

①自分の後ろ姿を見る努力を劣らない。
②社会の後ろ姿を見る目を養う。

双方どちらかだけ、ではうまくいかない。日々、両方を見て、文章の肥やしにしていく必要がある。

「遊び」では、異質なものとの出会いを楽しむこと、そしてその出会いの一つの方法が「歩くこと」だという。

歩くことによって、私たちは体をやわらかくすることができます。同時に、歩くことによって、私たちは心をやわらかくすることができます。
心をやわらかくすることは、文章の質にも影響を与える、と私は思っています。

「品格」では、この一言に閉口した。気をつけねば…と今一度我に返る。

書きたいことがあって書くのではなくて、なにか読者をおもしろがらせるためにものを書こう、ここで笑いをとろう、といった意識が先走ると、文章が下品になる。

表現の工夫

第三章では、「整える」「正確」「新鮮」「選ぶ」「流れ」について説明している。

「整える」では気をつけたい6つのことについて説明している。

「正確」では、作家の永井龍男氏の引用文が心をついた。

「文章の目的は、うまいことにあるのではなく、「正確」な表現でなければならない。その人の思想、感情を出来るだけ正確に表現するのが文章の役目である」

著者は「正確な文章」について熱く語る。

正確に伝えたいものがある。それを伝えるには対象をどう見つめたらいいのか。どういう言葉を選んだらいいのか。言葉を選び、並べ、壊し、また選び、そういう営みを繰り返しながら、一歩でも、正確さに近づく。謙虚に、一歩一歩、近づくのです。

最近、文章を書くことに、大きな責任を伴うものだと痛感している。まさに、謙虚に、終わりなき旅路を歩んでいくことが、書くことだといえるのではなかろうか。

「新鮮」では、文章の嗅覚を鋭くすることの大切さを問う。次々にあらわれる常套句、気の利いた言い回し、それはいつか腐りはじめる。そんな言葉を使い回していてはいけない、鼻を利かせて世の中を見聞きする必要がある。

「選ぶ」では、文章の余分な部分をそぎ落とし、選ぶことが大切だという。それによって文章がつくられる、あらわせられるのだ。削ることにはもちろん痛みが伴うのだけれど、それを繰り返すことで、文章が引き締まってくる。

最後に著者のこの言葉で締めくくりたい。

何を選び、何を削るか、で格闘を続ける。そこに、文章を書くときのたのしさも、おぞましさも、高揚も、つらさもあります。何かを選び、何かを削る。そこには結局、あなた自身のものの見方、生き方、世の中についての見方が現れます。文は心なのです。

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