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『パリのすてきなおじさん』を読んで。

最近、この本を読みました。
その名も『パリのすてきなおじさん』
(文と絵: 金井真紀、案内: 広岡裕児)

普段わたしはほとんど本を読まないのですが、せっかくの誕生日プレゼントということもあって手を付けたら止まらなくなり、あっというまに読了。

内容は、やさしい文章でとても読みやすく、それでいて深い、人間哲学のインタビュー集と言ったらいいのでしょうか。とにかく著者がパリで出会った“すてきなおじさん”がたくさん紹介されています。


これを誕生日にプレゼントされたとき、フランスのパリに住んでいるイケてるおじさんたちのライフスタイルを知って「ハルさんもオシャレなおじさんになってね」というメッセージなのかな、と勝手に思っていたのですが。

なかなかどうして。
おじさんの経済的・物質的・外見的なゆとりある豊かさというより、生き様についての尊いメッセージを強く感じる本でした。


たとえば難民支援団体の事務局長という62歳のおじさん。難民問題の葛藤が垣間見える「世界は救えない。ただ、ひとりの人に向き合うだけ。わたしたちにはそれしかできない。でもそれが大事なんだと思っています」というくだり。

若輩者ながらも、個人的にとても共感する言葉のひとつでした。

わが家「ギルドハウス十日町」では延べ8,800人の訪問を受け入れ、たくさんのひとたちと共同生活を営んできました。わたしがそんな家をやっているのは、すべてのひとを救いたいなどと大それたことを考えているわけではなく、あくまで自分本位に「死ぬまで楽しく暮らす」ため。

とはいえ、自分らしくいられる今の日常がほかの誰かの価値にもなればという思いもあるし、そこに生きがいを感じています。

世界を救おうとはさすがにおこがましくて声を大にして言えないけれど、何かを求めて勇気ある一歩を踏み出して目の前にやってきた冒険者ひとり一人にできるだけ向き合い、何かしらの価値を感じてもらえたらうれしいです。

願わくば、わが家を巣立った冒険者が、またどこかで別の誰かに、すてきなご縁と恩送りを紡いでいってくれたら。そんなふうに身近で小さな社会が少しずつでいいからつながっていき、少なくとも仲間たちの生きる世界が幸せなものになっていったらと思います。


それにしても“おじさん”というと、ともすれば「うるさいオッサンだなあ」って思われて距離を置かれてしまったり、ひょっとして「老害」だなんて呼ばれたりするかもですけど。

わたしの若かりし学生時代や新社会人だった頃、同期や家族以上に良くも悪くもいろんな刺激をくれたのは人生の先輩であるおじさんと呼ばれる方々だったような気がします。


そういえば「ソーシャルな隠居」という生き方になって、今日でちょうど6年。あと4ヶ月で満50歳を迎えます。ともに暮らすのは年下ばかり。ときにはわたしの半分以下しか生きていない若者たちといっしょに暮らすことのある、今の生活。いろいろ鍛えられそうです。鍛えられるのはもちろんわたし、ですが。

そして、そんな暮らしのなかで “すてきなおじさん” と自他共に認めてもらえるように。いつかそうなってみたいものです。

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