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最も危険な台湾と尖閣 準備なき危機管理では戦えない|【特集】押し寄せる中国の脅威 危機は海からやってくる[Part4]

「中国の攻撃は2027年よりも前に起こる可能性がある」──。アキリーノ米太平洋艦隊司令官(当時)は今年3月、台湾有事への危機感をこう表現した。狭い海を隔てて押し寄せる中国の脅威。情勢は緊迫する一方だ。この状況に正面から向き合わなければ、日本は戦後、経験したことのないような「危機」に直面することになるだろう。今、求められる必要な「備え」を徹底検証する。
※年号、肩書、年齢は掲載当時のもの

急速に台頭してきた中国が日本の海にかつてないほどの緊張感をもたらしている。迫りくる有事への「備え」について危機管理のプロたちに語ってもらった。
(聞き手、構成・編集部 大城慶吾、野川隆輝)

編集部(以下、──) 近年、中国公船(中国政府に属する船舶)の尖閣諸島周辺海域での動きが活発だ。最前線で対峙する海上保安庁の現状は?

秋本 中国公船を接続水域(編集部注・領海の外側に広がった24海里までの水域)内で確認した日数と延べ隻数は、2018年に159日・615隻、19年に282日・1097隻、20年に333日・1161隻と、この3年間で激増している。

秋本茂雄 Shigeo Akimoto
元海上保安監
公益財団法人海上保安協会理事長。1957年生まれ。海上保安大学校卒業後、海上保安庁に入庁。尖閣諸島を管轄する第11管区海上保安本部長や海上保安監などを歴任。2017年に退官。 (WATARU SATO)

 昨年、同海域内で確認された中国公船のうち、約6割は、2000㌧級以上の大型船だ。また、領海内で操業する日本漁船を中国公船が執拗に追いかける事態が頻発しており、操業を止めるまで近くで〝圧迫〟を続ける状態も見られる。10月には最長で57時間39分連続して居座ったこともあった。

 数年前までは、3隻もしくは4隻の船が一団でやってきて、常に行動を共にしていたが、近年は2隻ずつに分かれて活動したり、海上が荒天となって現場を離脱するときには3000㌧級以上の大型船1隻だけを残してその他の小さな船は現場を離れたりする動きが見られる。それだけ臨機応変な対応ができるようになっており、指揮命令系統も複雑に機能させることができるようになっているのだと思う。

──対応にあたる際の難しさとは。

秋本 まず明らかにしたいことは、中国公船が領海に侵入する行為自体が「国際法違反」だということ。日本はもっと、このことを国際社会に訴える必要がある。そうした中で海保は、国際法に則り、決して熱くならず、「冷静かつ毅然とした対応」をとっている。相手の隻数以上の巡視船を現場に配備し、マンツーマンの対応が基本だ。中国公船が領海に侵入した際には、無線や電光掲示板での警告、必要に応じて進路規制を行う。日本漁船に接近した場合には、両者の間に巡視船を入れて漁船の安全を確保する。こういった対応を日夜繰り返しており、24時間365日、常に体制を整えている。

 中国公船を警備する際、2隻が並走するが、相手がいつ進路を変えるか分からない状況下で、不測の事態や衝突が起こらないように巡視船を操り、相手の船を監視する必要がある。例えるなら「〝針の先端〟で突き合うような状態」である。現場海域は台風が来襲し、大時化になることもある。そうした中でも巡視船は現場に残り、領土・領海を守っている。乗組員の体力的・精神的負担は想像を絶するものがある。

──海保と海上自衛隊の連携も重要になる。海保と海自の任務の棲み分けや協力体制はどうなっているのか。

武居 海保は海上保安庁法第25条(編集部注・この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。以下、25条)の規定により、軍隊機能を有しない法執行機関であり、防衛行動はできない。防衛行動を担うのが海上自衛隊である。

武居智久 Tomohisa Takei
元海上幕僚長
三波工業特別顧問。1957年生まれ。防衛大学校を卒業後、海上自衛隊に入隊。米国海軍大学指揮課程卒。2014年に第32代海上幕僚長に就任。16年に退官。17年、米国海軍大学教授兼米国海軍作戦部長特別インターナショナルフェロー。(WATARU SATO)

 敗戦により日本では海上保安や救難業務を扱う政府組織が消滅した。その後、日本周辺海域で漁船の拿捕や朝鮮半島からの密入国・密輸入など不法行為が頻発したため、日本は自ら海洋秩序を維持することが期待されるようになった。当時、海保を創設しようとした米国に対し、英国やソ連が「海軍の復活」を危惧して強く反対した。海保は軍隊組織として構成された米国の沿岸警備隊をモデルとしたが、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の意向により「非軍隊」でなければならず、こうした経緯から25条が生まれた。

 以後、海保はこれをアイデンティティとして法執行に純化してきた。一方で海自も前身の海上警備隊の創設以来、防衛行動を重視してきたことで、長い間互いに連携を疎かにしてきた。

 しかし、1999年の能登半島沖不審船事件や2009年から現在も続いているソマリア沖アデン湾での海賊対処活動を受け、実質的かつ長期的に協力しなければならない状況が発生した。さらに平和安全法制の整備等により緊密な連絡体制や情報共有など、具体的な協力関係が強化されている。今年4月にも若狭湾で共同訓練を実施しており、部隊間の相互運用性は高まっている。両者の連携は、現行法制度の下では歴史的にも〝最良の状態〟だ。

──中国海警局や中国海軍の能力をどう捉えているか。

武居 中国はこの十数年間で急速に軍事力の増強や近代化が進んだ。09年に中国海軍の練習艦「鄭和」が広島県の呉市と江田島市に寄港した際、海自の訓練用短艇の細部まで写真撮影したり、メジャーで大きさを計測したりする姿が見られた。ところが、現在は中国の基準で最新鋭の艦艇や航空機を造り、外洋海軍にまで発展した。当時、我々と価値観を共有させるように日米が協力して関与したが、期待に反して〝モンスター海軍〟に育ってしまった。

兼原 12年、中国公船による尖閣諸島周辺への主権侵害行動が恒常化した。国際的には非常識な話だが、警察力を使った事実上の侵略である。背景には当時の民主党政権の迷走による日米関係の急速な冷え込みや東日本大震災による国内の混乱などもあり、中国に侮られたのだろう。日米関係が悪化すれば、中国の行動はより〝大胆〟になる。中国は常に〝日米分断〟を狙っている。米中関係が良いときは……

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