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少子化対策は将来への「投資」 エビデンスに基づいた政策を|【WEDGE SPECIAL OPINION】「子育て支援」や「女性活躍」を〝理念〟や〝主観〟だけで語るな[PART1]

 今夏、第26回参議院選挙が行われた。各政党がマニフェスト(公約)を戦わせた〝熱〟も落ち着き、いよいよ本腰を入れて政策実現へと舵を切る。
 だが、ここでひとつの疑問が浮かぶ。選挙の度に、各政党がこぞって「子育て支援の拡充」や「女性活躍社会の実現」を訴えかけるが、世界の先進国の中で、これらの分野におけるわが国の歩みが遅いのはなぜだろうか。
 子育て支援を通じた出生率向上や、女性活躍推進を通じた多様性のある社会の実現は、将来の日本にとって大きな〝活力〟となる。今後注力すべきは、その①目的と②効果の精査である。
 ①について、政府の子育て支援・女性活躍推進の目的が、「当事者たちの支持を得ること」になってはいないだろうか。だが実は、それらを達成することは子育て世帯や女性自身のみならず、社会全体にとって大きな利点となる。確実な政策実現に向け、「なぜ国や社会に必要なのか」といった目的を、当事者のみならず国民全体に伝え、広く理解や支持を得る必要がある。
 ②に関し、特に子育て支援や女性活躍推進といった分野は身近なテーマであるがゆえに、誰もが専門家であり、とかく〝理念〟や〝主観〟で語られやすい。個人の経験から「(親は)(女性は)こうあるべき」といった理念や主観に縛られていては一向に歩みを進めることができないばかりか、「船頭多くして船山に上る」といった結果につながりかねない。
 そのような状況を打破するには、誰もが納得する「客観的な根拠(エビデンス)」に基づいた政策実現が不可欠である。国の政策に関し、「公約」をスタートとし「実現(導入)」をゴールとするのではなく、導入後の実行プロセスや効果検証を含め、確実かつ丁寧に進めていくべきだ。
 3年に1度の国政選挙を好機とし、改めて日本における子育て支援・女性活躍のあり方を考えてみよう。

日本はいまだコロナ禍で減少した出生数の回復傾向がみられない。少子化対策の量と質を充実させ、費用対効果の高い政策に着手すべきだ。

文・山口慎太郎(Shintaro Yamaguchi)
東京大学大学院経済学研究科 教授
1999年慶應義塾大学商学部卒業。2006年米ウィスコンシン大学マディソン校で経済学博士号を取得。加マクマスター大学准教授等を経て2019年より現職。『「家族の幸せ」の経済学』(光文社)で第41回サントリー学芸賞を受賞。


 少子化や虐待、貧困といった子どもに関する社会課題解決の〝司令塔〟としての役割が期待される「こども家庭庁」の設置法案が6月15日、衆参両院の可決をもって成立した。2023年4月1日に内閣府の外局として創設予定である。先般行われた第26回参議院選挙でも各政党がこぞって子育て支援策を打ち出したが、少子高齢化が加速する日本にとって少子化対策が喫緊の課題であることに異論はないはずだ。

 「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなるだろう」との発言がSNS上で話題となった米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が指摘したように、少子化対策はわが国にとって〝国家存亡をかけた命題〟といってもよい。では、目的がはっきりしているにもかかわらず、結果が伴わないのはなぜか。それは少子化対策や子ども・子育て支援といった分野が身近なテーマであるがゆえに、これまで多くの政治家や国民それぞれの「理念」や「主観(個人の経験)」で語られることが多く、国全体にとって真に有効な対策とは何なのか、といった核心の議論が煮詰められてこなかったためである。国内外を含め、多くの子育て支援策の効果検証を広く実施してきた筆者の立場から、今後の日本における少子化対策の方向性を示したい。

出生数の回復に向かう海外
減少傾向が止まらない日本

 対策を論じる前に、現状についてみてみよう。厚生労働省が6月3日に公表した最新の人口動態統計によれば、2021年度に生まれた子どもの数は81万1604人で、前年度から約3万人減少し、6年連続で過去最少を更新した。20年度以降、従来の下降トレンドが加速した要因に新型コロナウイルス拡大の影響があることは論を俟たないが、注目すべきは海外と比較した足元の動きである。

 日本以外の先進国では、出生数、出生率ともに減少期から一転、上昇する動きがみられるが、この動きはある程度事前に予想されていた。なぜなら20年以降の減少はコロナ禍の不安から婚姻や出産を一時的に見送ったことに起因するため、需要自体が喪失したわけではないからだ。いずれ頃合いを見計らった時期にその需要は回帰するだろうと考えられていた。ところが、他の先進国と比較して日本だけが出生数、出生率ともに回復の兆しがみられない。これはコロナ禍における海外渡航や経済活動の再開、そして身近なレベルでいえばマスク解除についても日本が遅れていることと関連しているように思う。筆者はコロナ禍で一時的に見送られた婚姻や出産が、日本国内の不安が定着・長期化することで復帰の時期を逸し、そのまま需要自体が喪失してしまうことを危惧している。

子育て支援は、社会全体に
どのような便益をもたらすか

 今後コロナ禍から脱却し、経済や従来生活の回復と歩調を合わせ、出産・子育て需要の背中を力強く後押しするために、われわれはどのような支援策を講じるべきであろうか。カギとなるのは、個人の主観に左右されない確かなエビデンスに基づく、少子化対策における「量」と「質」の充実である。

 「量」の充実とはつまり、子育て予算および給付規模の拡大である。17年の子ども・子育て支援に対する公的支出(対国内総生産〈GDP〉比)の国際比較では、経済協力開発機構(OECD)32カ国平均が2.34%に対し、日本は1.79%でわずか3分の2程度に過ぎず、トップのフランスと比べると半分以下だ。

 子育て支援に投じる予算を、国民1人当たりに対する「支出」と捉えてしまうと、今後の高齢人口増に伴う医療・介護費の増加に圧迫され、ますます先細ることになる。だが、出生数の増加は子育て世帯のみならず、将来にわたって社会全体に大きなベネフィットを生むことになる。労働生産人口が増えれば、全ての国民にとって不可欠な生活インフラの維持や、年金や医療・介護保険などの制度を支える担い手となる。また、いつの時代も新たな市場拡大、経済発展、技術革新を牽引するのは次世代の若者たちである。

 つまり、日本にとって少子化対策に予算を投じることは将来への「投資」と認識すべきである。国としてある程度の余裕がある時期にリターンが望める分野に予算を投じなければ、政府や国民が望む右肩上がりのGDPや国際競争力の向上は達成しえないだろう。

 高齢世帯が増え、若い世代を中心に「結婚をしない」「子どもを産まない」といった選択肢が尊重される現代の日本だからこそ、子育て支援の拡充によって直接的な利益を得られない人たちにも、その必要性や将来得られる便益について、ビジョンとともにしっかりと説明をした上で、税負担などの協力を求める必要がある。

 「年金制度は100年大丈夫」と語るだけでは説明責任を果たしているとは言えない。その制度を維持しているのは現役世代であり、次世代を含め、そういった人たちを支えていくことこそが自らの将来の生活安定につながるのだ、という納得感を醸成していくことが国や政治に求められている。

 さらにいえば、国民が広く便益を享受できる子ども・子育て支援において、その給付先世帯を所得制限などによって限定すべきではない。今年10月からは高所得者世帯(年収1200万円以上)に対する児童手当が廃止される予定だが、「もらえる人」と「もらえない人」の違いが、子育て世帯間での分断を深めるおそれがある。納税額が多い高所得者層も児童手当の対象とすることで、子育て支援策に対する支持を幅広く社会の中で得ることができる。

 少子化対策に対する予算と子育て世代全般に対する確かな給付を確保したうえで、次に重要となるのが「質」の充実、つまり、「予算(給付)を何(どの分野)に投じるべきか」という問題である。これまでの経済学研究を踏まえると、同規模の予算を投じた場合、手当や給付金といった直接的な「現金給付」よりも、保育所や幼稚園などの幼児教育やそれ以外の子育て支援サービスといった間接的な「現物給付」の方が、出生率の向上により効果をもたらす可能性が高い。

 「現金給付」と「現物給付」における費用対効果の差について、2つの理由から紐解くことができる。1つ目は「現金給付は教育コストの増に吸収されてしまう」という点だ。所得が増えて、子どもにかけられるお金の総額が増えた場合、子どもの数を増やすこともできる一方、当然ながら、子ども1人当たりに、より教育費を投じることもできる。特に塾通いや幼少期の受験など、若年期からの教育を重視する家庭が増えた現代日本においては、後者の教育の「質」向上を選びがちだ。

 2つ目は、「現金給付による所得の増加が必ずしも子育て負担を軽減するわけではない」という点だ。OECDのデータによれば、日本は女性就業率(25~54歳)が海外よりも高いにもかかわらず、母親就業率や男性の育児休暇取得率は低水準のまま、というアンバランスな結果が出ている(下図版参照)。つまり、日本における女性活躍、社会進出はある程度達成されたものの、いまだ幼児期をはじめとした育児全般を女性に頼る家庭が多く、結果、労働と育児の二重負担を強いられ、育児を理由に就業を諦める女性も多い。

日本の女性就業率が急上昇したにもかかわらず、
子育て環境にある女性の就業率はいまだ低水準だ

(注)女性就業率(25歳~54歳)
(出所)OECD statistics(2022年5月3日時点)
(注)母親就業率(末子年齢別、2019年)
(出所)OECD Family Database (2022年3月3日時点)

 このような家庭においては金銭的な余裕よりも、時間的な余裕の不足により子育てや第2子以降の出産を諦めるケースが多いため、世帯所得を上げるよりもむしろ、保育所の整備やベビーシッターなどの支援サービス拡充など、子育てに対する実質的な負担感を減らすことが求められる。併せて、男性の育児休暇取得を促すなど、男性の子育て・家事への参加を後押しする施策も重要だ。

保育を「福祉」ではなく
「幼児教育」として捉えよ

 子育ての負担軽減のためには、保育について「福祉」ではなく「幼児教育」として捉え直し、制度を再構築する必要がある。現行制度では、例えば、0~2歳児を保育所に預ける場合、両親ともにフルタイムで働く家庭が優先され、専業主婦や自営業の家庭は優先度が下げられる傾向にある。コロナ禍では「親が家にいる」という理由で、テレワークに就く家庭の申請が却下されるといった事態も起こった。この根底にあるのは、本来「保育」は親が家庭で行うべきものであり、何らかの事情でそれがかなわない世帯に手を差し伸べることは「福祉」だという考え方だ。

 一方、幼児期において、家庭よりも、同年代や保育士など複数の人たちと会話ができる環境に身を置くことで、幼児の言語能力がより発達するというデータもある。保育を「家で親が子どもの面倒をみれれば不要」とするのではなく、そういった家庭においても、週に数日でも「プロに預けることが教育上必要」といったものに位置付けることで、幼児の高い教育効果を生み、さらに育児者の家庭内孤立(育児ノイローゼなど)も防ぐことができる。

岸田文雄首相の目に、次世代を担う子どもたちはどのように映っているのだろうか(2022年5月12日、東京都中央区立新川児童館)(THE MAINICHI NEWSPAPERS/AFLO)

 このように、少子化対策においてはまず、国全体として「出産・子育て」に関する従来の慣習や常識から脱却することが重要だ。社会の形が変化すれば、その中で営まれる子育てのあり方も変化する。客観的なデータや事実によってさまざまな価値感を持つ人たちの〝目線〟を合わせた上で、エビデンスに沿った子育て政策のビジョンを示し、国民の理解と協力を得ることが重要である。

(聞き手/構成・編集部 川崎隆司)

出典:Wedge 2022年8月号

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