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ブラインドサッカー男子日本代表が活用するN14中西メソッドとは「超言語化」

 2015年からブラインドサッカー男子日本代表監督を務める高田敏志氏は、かつて育成年代の指導にも携わり、あの久保建英の幼稚園時代を目撃している。その後、自身が指揮を執るクラブチームでは小学生時代の久保とも対戦し、そのときから彼の才能に一目を置いていたという。

 その後、永里優季を通じて中西哲生の個人トレーニングに参加した高田氏は、久保と思いがけない再会を果たす。久保が、休暇を使ってバルセロナから一時帰国していた際に中西の個人トレーニングを受けていたことで、両者はつながったのだ。前回のインタビューでは、GKとして久保のシュートを受け続けてきた視点から、久保建英の技術を解き明かしてもらった。

 今回は、高田監督がずっと体感してきたN14中西メソッドそのものを語る。自身は、代表チームのトレーニングで実践するなかで、このメソッドの価値を再認識し、なおかつさらに進化させる必要に迫られてきた。「世界に誇れるメソッド」と絶賛するN14中西メソッドの何がすごいのか。そして、日本サッカーに関わる全ての選手や指導者(そこには、お父さんコーチも含まれる)は、このメソッドをどのように扱うべきなのか。

 高田氏が、中西哲生が体系化したN14中西メソッドを“超言語化”する。

高田敏志インタビュー第1弾「消えていった天才少年たちと久保建英の違い」はこちらよりご覧いただけます。

N14中西メソッドとはアクションの分解と言語化

──高田さんは「目が見えない選手」に指導をするにあたって、N14中西メソッドをどのように生かしたのでしょうか?

中西さんと建英と練習し始めた時はまだ監督ではなく、リオ・パラリンピックを目指すブラインドサッカー男子日本代表チームのGKコーチでした。監督になってからは、指導の際には体の仕組みや、N14中西メソッドをものすごく参考にしていました。ソフトボールを握らせてドリブルやパス、シュートをしたり、軸足を飛ばす練習やGKにコースを予測されないよう、ヘソを見せずにシュートを打つなど、全盲の選手でもボールと自分の体の関係、身体操作ができれば同じアクションができるという前提で積極的にメソッドを取り入れました。ただ難しかったのは、N14中西メソッドをさらに言語化しないといけなかった。ちゃんと言葉で伝えて、言葉でもわからないときは体を触って「肩からこう開いて、軸の回転で頭からお尻の穴に棒が刺さっているような感じで、回転させて足首を曲げたまま遅れて出すとGKが予測しにくくて動きが遅くなるから」と言葉とボディコンタクトで伝えました。

──すごく細かいですね。

「ガツンといけ!」というような抽象的な表現では、目が見えない選手には理解してもらえないから、中西さんに教わったことを参考にしながら「足首を曲げて膝を曲げて、骨盤の角度をこうして、このときに猫背になっていてもいいけど手の力が抜けていて肩から開いていく。肩を開いたときに反るのではなく中心をぐるっと回したしなりで跳んで蹴ります。蹴った瞬間にスケートのジャンプみたいに回転させて蹴った足で着いてください」と順番に伝え、それをボールを蹴らない状態でスローでやるわけです。中西さんの練習は、一つひとつのアクションを分解し、説明してくれますが、その表現の仕方をとても参考にしています。あと、日本代表チームのフィジカルコーチの中野(崇)さんが身体操作の先生なのですが、実は中西さんに紹介してもらったんです。中野さんに入ってもらったことで、プレーに必要な体の動きを選手ができるようになった。プレーのアクションを細分化し、分解して一つひとつのアクションに対して体の部位が曲がっているとか、部位のどこで地面を触るとか。

──どういうことでしょう?

GKの動作の例を挙げると、構えている立ち位置はいいですが、体重移動をどう考えているか。それを聞くと「左から右に……」と言うわけですけど、最初に動き出すのにかかとが上がって、母指球に体重が乗って、左に跳ぶときに右足の地面を押して左足がステップするんだよと、細分化して伝えています。開始姿勢から最初のアクションをするときに体重移動のためのアクションをしないで、いきなり左足でステップしようとするからプレジャンプが必要なんだよと。右足で着地しているほうに、足の裏の接地を変えることで体重移動できる。右足の母指球で地面を押すことによって自然に左に動き出せるから、その時に左足を一歩出します。爪先をボールの方向に向かってステップすると、体重が乗ってきてそのままセービングの体勢が取れますとか。今、そこまで言う人はあまりいないと思います。他にも、シュートを打つ時に足首を曲げると言われても何度曲げたらいいかわからないですよね。

──選手もそこまで意識してできるわけではないですよね。

膝を曲げろと言われても、どこまで曲げたらいいかわからない。膝も骨盤も足首もすべて曲げると言われても、バランスが良いところまでしか曲げられない。アクションに対する言語化はものすごく学びました。それはサッカー以外の仕事でも役に立つ。理屈っぽいとよく言われますけど、物事って全部理屈じゃないですか。

言語化に必要なロジカルな思考はあらゆることに役立つ

──仕事のやり方を伝えるにしても「考えてやれよ」と伝えるのではなくて、どういうふうに物事を捉えさせるかですよね。

そうです。「考えてやれ」って言われてできる人は、できるのならすでに考えてやっていると思うんです。ブラインドサッカーの監督をしているから言語化ができるとは思っていません。中西さんはもちろんですが、日本サッカー界においても「言語化」のキーワードはずっと出ていますよね。だけど具体的な解説は、指導者養成にはありません。それを自分で見つけるしかないと思っています。自分の体を使ってボールに触るわけですから。だからまずは自分の体を分解して伝えることで、スムーズにプレーできると考えています。だから今「言語化」を口を酸っぱく言っています。そうすると、プレー以外の戦術などもすべて言語化できる。

──言語化することで見えてくることがありますよね。

そうです。むしろ、そうしないと立ち位置が見えない。言語化にこだわると「なぜこうなのか」と思考の習慣ができるんですよね。思考の方法が、瞬時に考えられるようになる。見たことをそのままやってもダメだから、見て考えて、思考を整理して言葉にして説明する。それをスタッフも含めて実践しています。この先、N14中西メソッドを学んだ人が課題に感じるのは、メソッドを伝える際に、その場ですぐに直せるか、違いに気付けるかというところです。コーチたちは、そういう過程で言語化する練習をしていけば、間違いなくできるようになるはずです。

──ある意味では、N14中西メソッドには続きがある。

そうですね。講習会では第3回までですが、第4回をするのであれば、言語化の練習をするのがいいかもしれません。「お父さんコーチ」であっても、学べばできるものだと思いますからね。こうやればいいんだということをコーチが分かっていたとしても、結局はそれを説明できないと難しい。言語化+思考。言語化を支えるには、ものすごくロジカルに思考できないといけない。

──ロジカルな思考。

ロジカルというのは、基準があるということ。人間は骨と肉でできているので、骨に肉がついて、肉が地面を触っているわけですから、そういうところをイメージしながらやると割とスムーズにできるようになります。そうやって言語化して行くと、ロジックのないことをあまり言わなくなります。すごく難しいかもしれないですけど、コーチをしている人には役に立つと思います。

ブラインドサッカーが最も進化した練習をしている

──ブラインドサッカー男子日本代表は、日本サッカーの中で一番進化したことをしているかもしれないですね。幸か不幸か、オリパラも1年後に延びましたが、今はどんなことをされているのでしょうか?

6月10日にトレーニングを再開して、とにかく筋肉系のケガをさせないように練習しています。最初はヨーヨーテストをして、動ける選手も3割くらい数字が落ちましたけど、ピリオダイゼーションのトレーニングで負荷をかけながら、8月にキャンプをしました。運動量は過去の夏と冬の国際大会の走行数と比べても遜色ないくらい戻ってきています。この1年をうまくやっていこうと思っているので、ディティールにN14中西メソッドの要素を入れていきます。最終的にはゴールを決めないと勝てないので、最後はフィニッシュのトレーニングをしようと思っています。

──どれくらいのペースで練習をしているのでしょうか。

平日は週2回練習をして、合宿は月1、2回は実施しています。座学も取り入れ、夜は他国のプレー分析や戦術の勉強などのミーティングをしています。あとは、本番のシミュレーションもしました。ホテルから90分前に会場入りして、準備してウォーミングアップするという流れですね。9時、11時半、15時半、17時半、19時半と、試合時間も様々なのですが、9時キックオフの場合は5時には起きないといけない。だから前日は早くご飯を食べて早く寝るとか、オフに何をするかとか。

──そこまでイメージして取り組んでいるんですね。

準決勝で勝てばメダルが確定するわけですから、そこはおそらく、選手も我々も、人生で一番緊張すると思うんです。まずは寝なければいけないですが、みんな緊張して寝れなくなる。だからヨガを取り入れてみました。1時間はサッカーのことを一切考えない時間を作って、アロマも使うと、長い選手では9時間半くらい眠れるんですよ。いろんなシミュレーションをしてみましたね。

日本人が体系化したN14中西メソッドは世界に誇れるもの

──では改めて、N14中西メソッドとはどんなものでしょうか。

このメソッドに関わった人みんなが進化していますよね。僕も指導者として進化させてもらったと思っています。自分なりに中西さんから学んだことを取り入れて、必ずメダルを獲得して、日本代表の地位を確固たるものにしたい。N14中西メソッドを続けている人はみんながハイレベルですし、理論として間違いないわけですよ。とにかくこれを浸透させるために、たとえば指導者向けの学校ができるといいですね。JFAのライセンスだけではなく、あらゆる方法があっていいと思います。

──久保選手もそうですし、長友佑都選手や永里優季選手など、あらゆるトップ選手が取り入れていますし、そうした選手が結果を残すことが何よりの証明になる。

世の中に、「うまくしたメソッド」はあるようでそんなにない。そこをとにかくわかりやすく伝えて、普通のお父さんコーチでも夢が広がるようにしたいですよね。世界を目指すのは誰でも自由じゃないですか。そういう可能性を秘めたメソッドになかなか出会えるものではないんです。でも、N14中西メソッドは世界に誇れる。その真の価値は建英がCLに出たら証明されますし、時間の問題だと思います。

──そうなると一気に説得力が増しますね。

良くも悪くも結果が証明しますけど、結果を出せる人がそろっている。僕自身、結果を出せば、障がい者スポーツの分野でドリブルやパスなどのサッカーのスキルはもちろん、言語化の分野でも、他の指導者の役に立てると思います。もしこうしたメソッドが出なくなったら本当に損失だと思うので、広げていきたいです。

──高田さんは、N14中西メソッドの価値を実体験としても理解されていますね。

そもそも、日本人がこのメソッドを体系化したことが僕はすごいと感じています。外国から輸入したものではない全てがオリジナルなもの。サッカーはイングランドで生まれ、ヨーロッパのスポーツですが、そのスポーツの真髄を理解した上で、ここまで突き詰められたメソッドを作る日本人がいることは本当にすごい。時間がかかってもいいので、僕はもっともっと広がってほしいと考えています。

高田敏志インタビュー第1弾「消えていった天才少年たちと久保建英の違い」はこちらよりご覧いただけます。



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