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消えていった天才少年たちと久保建英の違い

 2015年からブラインドサッカー男子日本代表監督を務める高田敏志氏は、かつては育成年代の指導にも携わり、あの久保建英の幼稚園時代を目撃している。その後、自身が指揮を執るクラブチームでは小学生時代の久保とも対戦し、そのときから彼の才能に一目を置いていたという。

 その後、永里優季を通じて中西哲生の個人トレーニングに参加した高田氏は、久保と思いがけない再会を果たす。久保が、休暇を使ってバルセロナから一時帰国していた際に中西の個人トレーニングを受けていたことで、両者はつながった。

 幼い頃の久保を知る高田の目には、N14中西メソッドで研鑽を積む彼がどのように映っていたのか。また、自身はGKとして久保のシュートを受け続けてきたという。その技術、シュートを体感して、何を感じてきたのか。

 高田氏が、久保建英の知られざるエピソードと、N14中西メソッドを語る。

久保建英を幼稚園時代から見てきたからこそ感じること

──今日は中西メソッドや、高田さんが久保建英選手と一緒にトレーニングしていた当時の話など、今までメディアでは取り上げられていない話をお聞きしていきます。高田さん現在、ブラインドサッカー男子日本代表監督を務めていますが、指導者や選手における「言語化の重要性」もテーマにできればと思っています。まず、高田さんと中西哲生さんとの出会いですが、実はすごく前なんですよね?

そうですね。僕が18歳で、彼が16歳のとき。高1と高3で、中西さんが愛知FC、僕が大阪の交野フットボールクラブでプレーしていました。当時はクラブユースの全国大会をよみうりランドでやっていたんですよ。全小(全日本U-12サッカー選手権大会)が終わった後に大会が開催されていましたが、たしかそこが最初だったと思います。

──それ以降、どこで今のように関わるようになったのでしょうか。

7、8年前くらいに、永里優季選手と練習をしていたときに「今、中西さんに教わっているんですよ」という話をしていて、「中西さんはよく知っているよ」と。そこで優季が「GKがいないので一度、来てもらえませんか」と言うので、彼女の話を聞く限り面白そうだなと思って行ったのが最初ですね。ただ見ていても仕方がないのでスパイクやGKグローブなどの用具を全部持っていって、3人で練習していました。そこに建英がいました。当時、建英は小学校4、5年生くらいで、まだバルセロナの下部組織に在籍していました。お休みのときに帰ってきて、建英と哲生さんと僕と、あるいは優季と練習をしていました。

──コーチとしての中西さんはどう映りましたか?

普通、サッカーのコーチは、ボールを触るところや戦術から始めますけど、ボールと体の関係を指導していました。たとえば体がちゃんと動かないとサッカーはできないですし、体を動かすためには神経を全部張り巡らせて、シナプスから脳に命令を発して指先を動かせるようにしなければいけない。力を入れてはダメとか、関節を伸ばしてはダメとか。なぜダメなのか? どうすれば良いのか? という論理が明確で、動作の結果に対して理由の裏付けある。適当にやっていてもうまい子はゴールを決めて指導者はそれを自分の手柄にすることがありますが(笑)。だけど彼はなぜそうなるのか、そうしてはいけないのかとか、体と神経の仕組みを根拠に体のポテンシャル、能力を考えて、そのときに選手が持っている能力をフットボールのアクションとして明確に引き出せる指導をしているなと思いました。

──実際にどんな指導をしていたのでしょうか?

とにかく細かいですね。ボールを触る前に、上を向いて目をぐるーっと回すとか、舌を使ったり。セレッソ大阪の都倉(賢)とかアメリカに行く前のさめちゃん(鮫島彩)とも一緒に練習していて「高田さん、いつボール蹴るんですかね?」と聞かれたこともありました。でもその後に「これはここに繋がっているから間接視野に影響するんだよ」とか、体の仕組みを含めたロジックを考えた指導をちゃんとする。僕もドイツ、イタリア、スペインなどと、いろいろな人に会いに行ったり、勉強をするために練習を見に行きましたが、欧州のトップレベルの指導者と比べても、ここまで細かく指導する人はいない。素直に「この人、すごいな」と思いましたね。

──久保選手と最初にトレーニングしたのは何年ぐらい前のことですか?

建英が2001年生まれで、5年生ぐらいの頃だったから2012年だったかな。ロンドンオリンピックが終わって、中西さんが「優季はリオに向けてさらに進化するよ!」と話していた頃なので、オリンピックの終わりから2013年にかけてですね。小学生ですでに大人のゴールキーパーを手玉に取るような駆け引きをしてきたり、プレーキャンセルしてバンバンとシュートを決めてきたりするんですよ。私も何度もゴールを決められたから、本気で駆け引きしていました(笑)。

──小学生の久保選手と対峙しているのは貴重ですよね。

自分は町田にある高ヶ坂サッカークラブで建英の一つ上の年代を指導していたのですが、川崎フロンターレの下部組織に入る前、FCパーシモンにいた幼稚園時代の建英のことを知っていました。彼が小学2年生くらいのときにJ:COM杯で建英が率いるパーシモンにやられてしまったこともありましたね。仕事のパートナーである高司(裕也)さんがジョアン・ビラを日本に連れてきて、限られた人だけが呼ばれるジョアン・ビラのセレクションが開催されたのですが、そこに建英が選ばれていたんです。セレクションには僕も呼んでもらって見に行きましたが「ああ、やっぱり建英は選ばれるんだな」と思いましたね。

──実際にどんな印象を受けましたか?

3年生になりフロンターレに入って高崎(康嗣)さんが見ていて、建英のことはいろいろ聞いていました。彼はみんな特別扱いするけど、しっかりしている子どもなので普通に扱うと言ってましたね。高崎さん建英の会話を聞いていても、大人と会話している感じ。質疑応答が子どもの会話ではなかった。そこからバルサに行ってすごいなと思いましたね。父親の『おれ、バルサに入る!』の本に「建英はいろいろな人に育てられたけど強豪チームに育てられた」という章があるんです。横浜のバディーSCやフロンターレとか、全国出場するようなそうそうたるチーム名が並ぶ中に、字も読めないような僕の町クラブのチーム名があったんです。

──なぜ高田さんのチームの名前も?

「建英には負けるな!」と言って、小学2年生くらいから大人気もなく、プレッシングのやり方などを教えて対策していたので(笑)。そういうこともあってお父さんが覚えてくれていたんです。建英はとにかくうまかった。足の速さは普通だけど、緩急のあるドリブルで切り裂いて、相手が食いつくとドリブラーの割には球離れもいいので簡単にはがされてしまう。そしてシュートを落ち着いて打てる。それが何年後かに中西さんと練習していて、バルサに行ってこう成長しているのかっていうのが彼との思い出のスタートですね。

久保建英の何が飛び抜けていたのか?

──高田さんは少年サッカーで何人ものうまい子を見てきたと思いますが、その中でも違いを感じた。

感じました。率直に言うと、何千人という子どもを見ていますけど、当時の建英よりもうまい子はたくさんいたと思いますし、彼より点を決めている子もいました。ただステージが上がると壁が高くなるので、そこで折れてしまった元天才少年が多いと感じています。ですが建英の場合は、ステージが上がれば上がるほど、上の環境でまた成長する方法を自分で探す才能がある。コーチの指導のやり方によっては、小学生の才能はつぶされてしまいます。ある程度個人の戦術メモリーを蓄えて技術と体を高めて成長していきますが、監督たちが「自分のやりたいサッカーはこうだ」と縛ってしまうこともある。どことは言わないですけど、建英も同じような指導者に教えられていたこともありました。ですがその中でちゃんと成長して、トップチームに昇格している。クセのある監督や、日本人、スペイン人、誰とやってもやらなければいけないことをしながら自分のやり方を出せる人間性がある。ただうまいだけではない。海外で戻ってきてダメになることも多い中で今もうまくなり続けている。そこにすごく違いを感じていますね。

──近くで見ていて、久保選手がオリジナルで持っている精神的なところと技術が、より中西さんの個人指導で伸びたのでしょうか?

いろんな意見があると思います。僕は中西さんがいなければ建英はあそこまでいけなかったと思う。優季も他の選手もそうですが、自分のうまくいかないシーンをめちゃくちゃ見ている。サッカーって、建英クラスになるとボールを足で触るだけなんですよ。足の裏、インサイド、アウトサイド、インフロントとか、リフティングでもボールと足がどう接地するかだけ。だから多少やり方を変えさせてもできてしまう。ところが体の仕組みを考えてやってみるとできないんですよ。たとえば、アウトサイドの持ち出しの型があるじゃないですか。右で蹴るのではなく左で押して、のれんを押すように触れるだけの練習でも、左はできるけど右ではできないとか。体が離れたってそこに体を入れられる。それはサッカーのゲームでスピードを出しながらやっていると実際にボールが離れていても気づかない。その理由は体重がこうだとか、右で蹴っているとか、そういう動作の要因をすべて細かく解析して説明しながら教えているんです。

──なるほど。

あとはプレーキャンセルのところもそうですが、考え方をなかなか整理できないし、落とし込めない。それを中西さんは「毎回よくこんなことを考えているな」というくらい手を抜かずに指導していました。それは思いつきではなくて、サッカーとは全然関係のないピアノ演奏だとか統計学だとか、とにかく様々な分野の本を読んで体の仕組みを考えて、どうすれば選手が成長できるかを考えている。そういう人と、何かを与えれば与えるほど成長できるセンスを持っている人が出会ってしまったからあそこまで成長した。

──久保選手が危惧されていたのは、海外から帰ってきてつぶれてしまう前例があったこと。3年、4年という貴重な期間を、FC東京の体育会系的なノリのサッカーに馴染んでしまうとさすがの久保建英もしぼんでしまうのではないかと。ですが中西さんの個人練習を同時進行でやっていたことで、消してはいけないところを支えていたんじゃないかなと、高田さんの話を聞いていて思いました。

建英は14歳になる前に帰ってきて、中学3年になった年に高校3年の選手とプレーするようになりましたが、レギュラーでは使われなかった。ピッチの22人で一番うまいのに、最後の15分しか使われないんですよ。ルヴァンカップで初ゴールを決めた試合でももっと早く使えばいいのにと感じていました。あのなかでも建英が一番うまかったですし、一番周りの状況が見えていた。だけど試合ではスタメンじゃない。普通なら嫌になりますよ。でも建英は一切悪口を言わないで「監督にも考えがあるんじゃないですかね」とネガティブなことを一切言わない。クラブユースの試合を見に行った時に、建英を途中からしか出さないのを見ていて、大人の自分がイライラしているのに、14、15歳の少年が冷静に状況を受け止め、しっかり自分の考えを持っていることに感心させられたことを覚えています。

GKとして感じた久保建英の「見る力」

──高田さんがGKとして対峙した際に感じた久保選手の特徴は何ですか?

当時は軸足を飛ばすことができるようになったことともう一つ、インカーブのシュートをものすごく練習していました。右から中にカットインしてGKを動かして、GKからすると右に飛んで来るボールを練習していた。とにかくヘソを向けないようにしようと真横を向いて、間接視野で見て、軸足の回転で蹴る感じです。そういう練習のときはみんな絶対に顔が少し動くんですよ。ゴールを見ないとなかなか決められない。(ルイス・)スアレスとかならできるかもしれないですけど、育成年代ですから。何人もの選手のシュートを受けてきましたが、多少は顔が動いたり、肩が開いたりして、コースを予測できてしまうのですが、建英はそれを右でやっても左でやっても全く動かないんです。

──すごいですね……。

GKの視点だと、ずっとボールを見ているように見えるからいつ蹴るかわからない。間接視野で見られているので、GKが構えるともう一回持ち出すんです。もう一回持ち出されたらGKはポジションを修正するんですけど、その動いている間に、巻いて打ってくる。(ジャンルイジ・)ブッフォンも楢﨑(正剛)さんもそんなに動かないじゃないですか。最後まで予測しようとギリギリまで見れるGKがいいGKだと思いますけど、それをしようとすればするほど、動かされてしまう。プレジャンプした瞬間にもう一回持ち出して打たれるんです。あと、GKが面を作って移動する際に開きがあるのですが、開いたらそこに打ち込まれてしまう。キックはもともとうまかったのですが、人(GK)を見れるので、「この子やっぱり天才なんだな」って思いました(笑)。

──それ以外にも何かありますか?

右からカットインして左足でインカーブのシュートを打つ話をしましたけど、逆に、左サイドから右にカットインして左足でニアに打つんですよ。

──左肩を相手に入れて先手を取って、その後、天井を狙うような感じですよね。

それが半身でこちらを見ないので、クロスなのかニアに打つのかわからない。ただコースを消しているので、クロスなら前に手を出せば取れるというポジショニングをしても、インステップでゴロのボールを思いっきり打って股を抜くとかをしてくるんです。あえて股を開いて立っていると、やはり狙うんですよ。動くとやられるし、動かなければズドンと速いボールを打たれる。それを小学5、6年生のときに重い5号球でやっていましたね。

──今では右でも蹴れますよね。

当時はまだ右足は今ほどではなかったですが、最近は左からカットインして右足で打っていますね。建英は縦にも抜けるようになったのでニアポストの外から巻いて打つのも狙っています。あれはまだ力みがあるからボールが速すぎたりしますけど、感覚をつかめたら、バンバン決まるようになりますよ。あとは、左で蹴って蹴り足着地のやり方があるじゃないですか。それは足首とか膝とかが伸びてしまっていたので、当時はそんなにきれいではありませんでしたね。

──ですが今はどちらも同じくらいの精度ですよね。

とにかく見れるからこそ、キックも落ち着いて正確に蹴れていると思います。(中西さんには)前に腕を広げていって、どっちに利き目があるかとか、見えなくなった瞬間のココを見るとか、ケータイを左で持って見る練習とか僕らもいろいろ教わりました。そういうことをやりながらポストをこういうふうに見るとか、相手を見るとかをやりながら、首の角度だったり骨盤の傾斜だったり膝の角度やそういう触る前の動きのところをずっとやっていますけど、見える前提でやっているんです。GKが予測できない姿勢で、目線は絶対に簡単に出さない。見てしまったらまっすぐ見て、インステップでクロスを蹴るとか。相手があるスポーツなので、もっともっと見ることができれば日本の選手はテクニックがありますし、すごくよくなると思うんです。建英はそこが抜きん出ている。

──なるほど。

ドリブルもうまいけど、これを言うと語弊があるかもしれませんが個人的にはやっているベースは昔から同じなのでなぜかあまり驚かないんですよ。プレーキャンセルも簡単に言えば右か左ですけど、その判断が超巧み。滑り込んできた相手選手がかわいそうになるくらいです。それができるのは見えているからなんですよね。首を振っているだけではなく、どの方向からどのスピードで来るのか。そこで体を当てて来るのかゴールにいかせないようにするのか、足を出してくるのかとすべてプログラムが働いている。ボールと自分とディフェンダー、味方の状況、後ろの状況も含めて、どの方向にパスをすればもう一度受けられるかとか、見ることがすごくできると思うんです。本人の努力と才能はもちろんですが、中西さんの練習で培ったものでもあり、気がつけばできるようになっていたんじゃないかなと思います。

N14中西メソッドを続けられる人、続けられない人

──中西さんの指導をいろいろな人が受けていますが、続いている人と続けられない人の違いはどこにありますか?

あくまで僕個人の意見ですけど、建英は世界で一番うまいサッカー選手を目指しているんだと思います。たぶん優季もそうだと思う。一番うまくなりたいし、心から楽しみたいと思っているはずです。バルサとかレアル・マドリードでプレーしたいとかじゃなくて。中にはJリーグで活躍できることを目指す人もいる。プロになると、中西さんだけではなく、いろいろな指導者や周りの選手を含めてインプットがありますよね。そのインプットやトレーニングのなかで毎回違うメニューを用意するとか、レベルを引き上げようとするインプットは、みんな一定のところまではすごい、すごいと見にくる。でも、だんだんついていけなくなる。そこで選手の限界が来たときにもう来なくなる。ラ・リーガでトップレベルの選手を目指している建英とその選手の目指しているものが違うのは明確です。良い悪いではなく、要するに目指しているものの違いで継続できるかできないかだと個人的には見ています。10人以上と一緒に練習していますけどそう感じますね。

──たとえば曺貴裁さんはいつもブンデスリーガのトップクラブの話ばかりをしています。湘南ベルマーレとライプツィヒを比較して「こんなに差があるんだよ」と。日本のサッカーでそういう考えで指導されている人が少ないじゃないですか。ですが中西さんは世界に勝ちにいこうという気持ちで取り組んでいますよね。

「世界基準」という言葉を使うけど、そのディティールを考えている人は少ないように感じます。世界で一番強いチーム、レベルの高いゲームで相手がどういうサッカー、局面、個人とグループの戦術を見て、裏付けのデータを見て比較することが早いですけど、指導者が何を見るかが曖昧なんです。例えばブラインドサッカー男子日本代表は、4大会連続王者のブラジルを基準に強化プランを立てて実行しています。トップ4のブラジル、アルゼンチン、中国とイラン。この4カ国をどうやって倒すか、そのためにどういう数字を出しているか、どういう戦術を実行しているか、どういうミスをしているかを全部調べています。それらを分析しアクションプランを立てて、我々ができることをしていくと差は埋まっていきます。「ブラジルはこれができるけど、中国はこれができないから負ける」というのはわかりやすいですよね。だからこの練習をしようと言うと選手は頑張るんです。

──そのほうが漠然とせず、明確に選手にも伝わりますね。

海外に行きたいと言っている選手にも世界基準の映像を見せて「これが世界基準だから自分と比較して、今はできていなくてもいいけど、できることを探して自分のチームでやっていけ」ということを言っています。そういうと「自分は世界に行きたい、プレミアに行きたいと言っていたけど、こんなこと考えていなかった」と気がつく。曺さんも一人でドイツに勉強に行かれて、そこを基準にやっていると、数年であんなに変わるわけじゃないですか。それが湘南のスタイルにもなってベースとしてクラブに文化が残りますよね。世界基準を落とし込んで、未完成だけどやり続ける。

──指導者が意識づけないと選手も意識できないのでしょうか?

中西さんのロジックは、これを実行すれば世界で勝てることが大前提。建英は、それをわかっているんだと思います。ジョアンも世界では(N14中西メソッドにおける「決まるシュートの論理」を実践するためのシュートコースのイメージである)四角錐をどう止めるかというポジショニングを作る。それを打ち破るのが(アンドレス・)イニエスタのシュートとか、角度がなければストレートでも速いボールを蹴るとか。その裏付けのデータを中西さんはエクセルでまとめていたんです。そこが責任を持った指導者なんですよね。あと、デモンストレーションできる指導者が今はどんどん減っている中、彼はちゃんと自分で練習している。僕はもう51歳で、それこそ反応とかは速くはないですけど、デモンストレーションはやっています。形のきれいさだけは現役選手よりもうまいと思ってやっているので、それを見せるとみんな一生懸命やるんです。中西さんのプレー映像を見せて「さっきの形はこうで、この順番に動いているから」と説明すると、一発で説得力が出ますね。

──対人じゃなければ建英より中西さんのほうがうまいとよく言われてますよね。

中西さん自身も「フリーであれば僕がうまい」と言ってますね(笑)。責任を持って自分で練習しているところは本当に尊敬しています。指導者の責任、建英の努力と才能、そして2人のもつ圧倒的なフットボールに対する熱量、いろいろな要素を含めて2人がぴったり合ったと思う。だから今も変化しながら進化している。中西さんも頑固なようでいろいろなところをちょっとずつ直しながらやっているんです。例えばある技術を7ステップで習得させていたところから5ステップにして、新しい2つを足したり、5ステップでもできないので、4と5の間に4.5を入れて全部で6ステップにしたりとか。そういうのをずっと考えている。でも結果的にできるアクションは同じだとか。そういうのを自分でやっているから、建英も来る。あのクラスの選手であれば、指導者の本質を見抜いてしまいますからね。(久保建英も中井卓大も)ラ・リーガに行くのが目標ではなくもっと上を目指している。だからまだまだできることがあると思ってやっているはずです。この先、2人ともにさらなる進化があると僕は確信しています。

高田敏志インタビュー、次回は15日(火)に「目が見えないからこそ到達した超言語化、ベースはN14中西メソッドにあり」を公開します。

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