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研究者は冒険家であり探検家。名古屋大学 別所 学 先生

小藪先生からご紹介いただいた別所先生にインタビューさせていただきました。
別所先生のHP:https://besshomanabulumi.wixsite.com/manabuhome

発光生物に魅了された別所先生。
常に新しいことに出会える研究者は、探検家であり冒険家であるとのことでした。
深海の見たこともないような生き物をたくさん見たことで、見えるものはほんの僅か、誰も見ないところを切り開いていかないといけないと思ったそうです。
見えない部分を追い求めることは果てしなく、恐怖を感じることもあるかもしれませんが、自分が面白いと思い、やると決めたことは貫きたいと感じました。

発光生物が食べる餌から酵素を盗み利用する「盗タンパク質」の研究。

ー今、どんな研究をされていますか?

別所先生:生物が餌を食べることにより、自分にない遺伝子やその餌の持つ特殊能力を獲得する生命現象について研究しています。

発光する魚として知られるキンメモドキは、実は自分では光れなくて、餌であるウミホタルから発光酵素を獲得していることが分かりました。
例えば人間は、お肉を食べたら消化するように、タンパク質は体内で分解されてしまいますが、キンメモドキはタンパク質の機能を保ったまま利用しているんです。

別所先生の記事を拝見し、驚きでした。そういった生き物は他にもたくさんいるのですか?

別所先生:餌から酵素を盗んで利用する「盗タンパク質」と言われる現象は、キンメモドキから見つかりました。発光生物に限らず全ての生命現象において初めてです。ですが、他にもたくさんいていいと考えています。

遺伝子の水平伝播という現象をご存知でしょうか?微生物の世界で、他の生き物の遺伝子を自分の中に取り込んでいる生き物が発見された当時、それは特殊な例だと言われていました。
今はゲノム研究が進み、色んな生き物のゲノムが解読され、以前はありえないと思われていた現象が実は普遍的であるとわかりつつあるんです。

このように新たに見つかった現象が珍しい現象であるとは限りません。盗タンパク質という概念をもって改めて生物を見直すことで、ほかの例がもっと見つかってくると考えています。

キンメモドキがどのような物質を使って発光しているのか、進化の起源の解明や詳しいメカニズムを知りたいです。また、キンメモドキ以外にも、似たようなメカニズムで光っている生物がいるんじゃないかなと思い、研究を続けています。

それに、生物発光に限らず他の色んな生物も、盗タンパク質を使って様々な能力を獲得していたら面白いなと思っています。

別所先生にオンラインでインタビューさせていただきました。

生き物の進化はきっとおもしろい。ウミホタルに出会い、研究の道へ。

ー研究職に興味を持つきっかけは何だったのでしょうか。幼い頃から自然や虫がお好きだったのですか?

別所先生:僕は、インタビューでお話されてる他の研究者のみなさんのように、幼い頃から自然や虫が大好き、というところから始まってないんですよね〜。名古屋市生まれで身近な自然がなかったし、虫にも詳しくない。学位研究が蛍で、その頃ようやく蛍を触れるようになりました(笑)。

子どもの頃、両親が大河ドラマをよく観ていて、どこがおもしろいのかな、と子どもながらに考えていました。戦い生き残っていく、というのを突き詰めていくと「生き物の進化」に辿り着きました。
進化の研究はきっと面白いに違いない。でも虫や生き物のことは知らないし、よくわからないなと、特に明確な目標もなく過ごしていました。

大学3年生の研究室配属の時に、蛍や発光生物の研究をされている大場裕一先生のラボのドアを叩き、ウミホタルを見せてもらいました。すごいな、きれいだなと魅せられました。そして、こんなに光ってたらすぐ見つかって食べられるだろうになぜ進化し得るんだろう、と疑問を持ちました。

そこから発光生物の研究にのめり込んで行きました。

キンメモドキ

常に新しいことに出会える研究者は、探検家であり冒険家である。

ー研究の一番の魅力は、何でしょうか。

別所先生:ドラクエ世代の僕としては、新しいことを発見する探検家や冒険家って憧れます。かっこよくないですか(笑)!

知恵や知識を宝物だとすると、考えようによっては研究者は冒険者であり探検者なんじゃないかって思いますよね。世界でこれまで分かってなかった事を明らかにしたり発見をするという意味でもですね。

僕は飽きっぽい性格なので、常に新しいことに出会えるような仕事がしたいな、と考えていて、そうすると研究者はいいのかな、と思いました。何を研究するのかは、理詰めで考えてたのかもしれません。

ーなるほどです。ご自身は飽きっぽい性格だとおっしゃられました。研究は、対象やテーマが変わるので飽きずに続けられるのでしょうか?

別所先生:僕は、他の研究者に比べると相当浮気者です(笑)。光るものなら手当たり次第対象を変えて研究を続けています。
蛍の研究から始まり、キンメモドキ、深海生物のサンゴやクシクラゲ、今はクラゲ、ウロコムシやキノコを研究しています。

専門的な話になりますが、進化の研究をする場合、分類系統という生き物のグループごとの研究が大事になります。
光る生物は100グループくらいで、そのうち陸上生物2〜3割のうち、ほとんどが蛍です。蛍については既に多くの研究者がいます。
また、蛍以外の光る陸上生物は、研究材料が取れない等の理由で誰も研究していないので、そこで戦っても仕方ないなと思っています。

一方で深海、海の生き物は、ウミホタルのような取りやすい材料は研究されていますが、他の生き物はほとんど誰も研究していません。
僕は競争が好きじゃないんです。ゆっくりマイペースでやりたいと思っています(笑)。

発光するウミホタル

妻の後押しが決め手で海外へ。研究とライフイベントの兼ね合いは考えず動く。

ーポスドクで海外に行かれた経緯をお聞きしたいです。

別所先生:決め手になったのは、研究者の妻がアメリカ行きたいって言ったことですね(笑)。
日本で結婚して定職につくと、その後海外に行って研究するのは勇気がいるしなかなか難しいと思うんです。できるだけ若い時に海外に経験しに行きたいなと思っていました。

妻は計画的でアクティブです。
ちょうど僕が学会で深海の研究者に会っていたタイミングで、「あなたはそこに応募して、私はその近くでポストを探すから。」と背中を押された感じですね。
2年間のポスドクが終わって、妻が東北大学でポジションをとったので、僕もどこかに応募しないとな、と思って日本に帰ってきた感じですね。

ーおぉ、奥さんありきだったんですね!

別所先生:もちろん自分の研究者人生も考えてますよ(笑)!
研究したい生き物がいる場所へ、職を探しに行くスタンスです。
キンメモドキを始め、日本にしかいない生き物もたくさんいるので、しばらくは腰を据えて研究をしたいなと思っています。

他の国の生き物を使おうとすると、政府の契約、大学間の協定、個人間の協定を結ぶ等、色々大変なんです。正当な手続きを踏んでやろうとするとものすごく時間と労力がかかります。

その結果、なにも成果が出ない事もあり得えます。だったらその国へ行ってその国で手に入れられる生き物を徹底的に研究し尽くすほうが面白いかなと思っています。

ー何年かしたらご夫婦で再度海外に行くことになるかもしれないですね。
研究者同士の結婚についてお話をお聞きしたいです。

別所先生:妻とは同じ大学で同じ学部でした。学生結婚して、今子どももいます。不安定で人生設計できない研究者という職業をしていて結婚してくれる人なんてなかなかいないと思ってました。
他の研究者の方々は、ライフイベントと研究の兼ね合いを計画してると聞きますが、僕はあまり考えていません。研究はいつポジションがとれるかわからないので、その時々で考えようって感じです。

ー奥さんは計画的だとのことでしたが、そこは大丈夫だったんですね。

別所先生:妻の女性としてのライフ設計に合ったんですね。
僕は、生き物の生殖能力的にも、子どもは早いほうがいいと思っていました。夫婦共働きだと両親に子育てを手伝ってもらわなければいけないので両親が若いうちにとも考えました。トータルとして夫婦で価値観が一致していました。

発光するウミエラ目の一種

深海の多様性はオープンワールド。誰も見たことのない世界を切り開く。

ー印象的なエピソードはありますか?

アメリカでの深海の研究では、価値観が大きく変わりました。
サイエンティスト10人くらいで船に乗り、海に研究調査に行きました。実際に潜るわけではなく、ROVというリモートの潜水艦を沈めて調査します。

20〜30個ついているサンプルバケツや、大きなプランクトンネットという網を沈めたりして生き物を捕ってみると、どこを調べても記載されてない、見たこともないような生き物がものすごくたくさんいました。海、特に深海の多様性って本当にオープンワールドだって感じました。

ー自分達の知ってるものってほんの僅かなんだなって思いますね。

別所先生:またある時、アメリカの研究室のボスのプレゼントークを聞き、衝撃でした。
地球上で生き物が生息できる環境の割合は、地球の表面の約30%に過ぎません。地球は球体なので体積で考えたとすると、0.5%の部分にしか陸上生物はいません。99.5%は海なんです。
 
僕たちは、陸に住んでるから、陸が地球のメインだと思っているけど違うんですよね。その0.5%で考えていると知った時に、これはもう海に行かなきゃダメだなと思いました(笑)。

見える所ばかり見てしまうのが人の性だと思いますが、誰も見ないところを切り開いていかないといけないと思っています。

発光するクシクラゲの一種

後世に残したい。100年後まで残る論文執筆と生態系保全。

ー未来のことについてお聞きしたいです。どこを目指していますか?

別所先生:研究者になったひとつの動機として「死にたくない、不老不死の身体を手に入れたい」というのがあります。

もちろん体は滅んでしまい、その夢は叶わないのですが、研究成果は残ります。私が見つけて考えたことを後世に伝えたい、研究成果を世に残したいという野望があります。
未来は今より更に技術革新が起こってると思いますが、後世の研究者が読んでも新しい気付きがあるような、100年後も引用される論文を書きたいなと思っています。

ー別所先生を紹介してくださった小薮先生(小薮先生note)も、自分を標本として後世に残したい、とおっしゃっておられました。

別所先生:僕も標本にしてほしいって思ったことあります(笑)。ゲノムくらいは読んどいて欲しいなと思います(笑)。

あとは、生態系の保全が大事だと思っています。
進化の研究をしていると、三葉虫やアンモナイトが光ってたという人もいて...調べようがないけど、そう言われたら、見てみたくなるじゃないですか(笑)。

未来の人が現代の論文を見たときに、この生き物の話を調べてみよう!と思ってくれたときに、「論文に書いてる生き物はとっくに絶滅してます」だと寂しすぎると思いませんか?そうならないように、今いる生き物を後世に残していかなきゃならないと感じています。

若手研究者に知ってほしい尊敬する先輩研究者の言葉。

ー最後に、若手研究者に一言お願いします。

別所先生:一言ですか〜。たくさん伝えたいことがありますね(笑)。3人の先生の言葉を紹介します。

まず、お1人目は京大の助教の大出高弘先生
「若いうちに与えられた仕事は断らない、イエスマンになる。」と言われました。
時には分野が違ったり興味がないことをやることになりますが、後々繋がったり、力になったり、より成長できると思っています。ずっと心がけてこれまでもやってきたし、これからも続けていきたいです。

お2人目は産総研におられる大御所の深津武馬先生
日本で光る生き物を生物学の分野で研究してるのは、僕を含め、5人程です。
光る生き物自体はポピュラーですが、研究の世界ではやっても意味ないんじゃないって思われてるマイナーな分野なんです。学問分野として確立してない所で自分を出していく事が難しく、悩んでいたことがありました。

深津先生に研究の方向性の不安を相談すると「難しいこと考えてないで、面白ければいいんだよ」と聞いて気が楽になりました。次に、面白いって何だろう、と思いました。じっくり考えて、今まで突破してきました。

3人目はGFPの発見でノーベル賞をとられた下村脩先生
下村先生の集大成が詰まった本の中に、若い研究者へのアドバイスがあります。

「If you persist and manage to solve a difficult problem, you will build confidence in yourself, which will empower you to solve further difficulties. Therefore, it is important to solve the first difficult problem that you encounter. If you give up once, you will probably give up the next time.

(一度取り組んだ課題は、どんなに困難でも完成するまで絶対に諦めてはいけない。一度達成したらそれはあなたの自信になります。しかし、一度諦めたらあなたはまた諦めてしまうでしょう)」と書かれています。僕自身、肝に銘じておきたい言葉です。

下村先生は、僕が現在いる名古屋大学でウミホタルの発光物質の結晶化に世界で初めて成功し学位を取得しました。当時、アメリカの大規模な研究グループが何年もかけて達成できなかった成果です。これが彼の自信の源になったと思います。

下村先生は、渡米後にクラゲの発光物質の解明に挑むのですが、当時の常識であった仮説とは違う作業仮説にしたがって研究を進めたことで、上司と衝突していたそうです。それでも自分の信じた道を行き、最終的に成果を上げた経緯があるので、重みのある言葉だな、と思っています。

どれも若者やこれから研究者を目指す人達に知っておいて欲しい言葉です。


先輩研究者の皆様の悩んだこと、どうやって乗り越えたか、成功の裏側などをどんどん発信していきます。
次回もお楽しみにしていてください。



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