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アイデアの源泉はSF的発想 千葉大学 深野 祐也 先生

佐賀先生にご紹介いただきました深野先生にインタビューさせていただきました。

研究内容が幅広くSF(サイエンス・フィクション)愛がすごい深野先生。
未発見の面白い研究テーマは掛け合わせることで生まれるとのことでした。
そのアイデアの源泉はSF的発想、思考のタガをはずすことが鍵だそうです。
既成概念を壊すために固定観念を手放す。まずSF小説を読もうと思いました。

生き物と人間の相互作用。基礎科学でも、実は役に立つ応用が生態学にはある。

ーどんな研究をされていますか?

深野先生:植物や昆虫の都市や農地での急速な変化、ICTと持続的な農業、進化心理と自然観など、幅広く研究しています。
基本的に、あらゆる生物の進化と生態についてや、生き物と人間の相互作用に興味があります。

学位では、その地域にいなかったのに、人為的に他の地域から入ってきた生物、いわゆる「外来生物や外来種」がどのように急速に進化しているのかを研究しました。
進化のプロセスを野外で見れることが魅力でした。

もともとは、何かの役に立つことを考えて始めた研究ではありませんでした。
外来種に注目し研究していくうちに、進化の理解、ペース、プロセスがわかるという基礎科学の面白さに加え、実際に役に立つ応用へのフィードバックができることに気がつきました。

何かの役に立つことを目標としていない基礎科学であっても、実は役に立つようなテーマが生態学には結構あるなと思っています。進化の観点を応用し、人間の生活を向上させるような手法を提案したり、社会に貢献できたらいいなと思っています。

「最も基礎的な学問は、最も応用的である。」伊藤嘉昭先生の言葉です。この観点でやってる人はいないので、自分のキャリアとしてもいいと思っています。

生態学×○○の世界。掛け合わせることで生まれる未発見の研究。

ーどうやって実は役に立つものを見つけているのですか?

深野先生:私は理学部出身で、学生の頃から生態学、基本的には生き物の不思議を解明する研究をしていて、周りもその分野の人ばかりでした。
2016年に東京大学の農場に就職しました。農学は全く学んでおらず新しい分野で、学生と一緒に実習に参加し学んでいくと、進化生態学から見ても面白いなと感じました。

果物の中で、収穫した後に成熟が進むものと進まないものがあります。果樹園経営をされてたら誰でも知っている基礎的なことを、私は全く知りませんでした。面白いな、と思うと同時に、私は生態学者なので、なぜ違いが生まれたんだろうと思いました。
文研調査で80種類くらいの果物を対象に古今東西あらゆる文献を調査、仮説検証をしました。

この果物の追熟の研究は、農作物を対象とする園芸学と、野生の動植物を対象とする生態学が交流したことで新しい研究が生まれました。
多くの人が知っている身近な現象でも、進化の光を当てることで、未発見の面白い研究テーマが見つかることがあります。

ーなるほど。ご自分の分野と掛け合わさったんですね。

深野先生にオンラインでインタビューさせていただきました。

「全ての人に見えるものを見ながら、誰も気づいていないようなことを考える」そんな研究がしたい。

ー深野先生にとって、研究の魅力は何ですか?

深野先生:研究に対しては、とても利己的で、人の役に立つことでテンションが上がる人間ではないです。

都市や農地での植物の進化の研究もしています。都市と農地は、全く違う環境なのに、共通して同じ種類の雑草が生えていることが面白いなと思っています。それぞれの環境で、どう適応進化してるのかを研究しています。

東京大学の記事を拝見しました。
同じ雑草でも、農地だと背丈が高くなり、都市では競合性がないので背丈が低い事を知りました。面白いですね。

深野先生:人為的な除草剤によって、時として抵抗性や進化が起こることは知られていますが、生き物同士がやりあってる中でも進化が起きているんですよね。
「進化」を皆さんに伝える身近な例としても、すごくわかりやすいです。実際、私たちのすぐ足元で進化は起こっています。メディアにも取り上げてもらいました。

雑草の研究者はいつも地面を見て研究しています。何となくわかっていたようでわかっていなかったことだ、考えてもみなかったと言われることがあります。

ー視点ですよね。どうやって、どんな角度から伝えるのかの問題、見つけたもん勝ち、言ったもん勝ちと。目の付けどころがすごいなと思いました。

ノーベル経済学賞をとった心理学者で行動経済学者のダニエルカーネマンの著書、ファストアンドスロー中の言葉で、「すべての人に見えるものを見ながら、他の誰も言ってないことを考えることが、いい科学だ。」という一節があります。好きな言葉で、目指しているところです。

よく高校生にもアドバイスを求められますが、私がやっている研究は、野外調査で種を採ったりするのが大変なくらいで、予算もかからない。論文は、小学生や中高生でもできるような実験を書いています。
そういう意味でも、すごいことをやってる気は全くしていません(笑)。

研究者は漠然とした憧れだった。フラットなコミュニティも魅力。

ー研究者になろうと思ったきっかけはありますか?

深野先生:小さい時から漠然と憧れていました。
中学生の時、授業中にナショナルジオグラフィックを本がボロボロになるまで読んでいました。
当時の伝説的な記者、ルイス・マーデンさんの特集が心に残っています。
探検家で飛行機も操縦できる、スーパージェネラリストです。色んな分野を体験するっていいなと憧れていました。

ー探検家、パイロット、様々な選択肢や可能性のある中で、なぜ研究者だったんですか?

深野先生:なぜでしょうかね...。
高校生の時から、大学に入ったら何か研究したいな、と思っていました。
僕の出身は福岡の進学校で、周りはみんな九州大学を目指していました。同じように進学したら、友達ばかりで遊ぶだろうなと思い、東京農工大学に進学しました。

東京農工大学は、昔ながらのゆるい大学で、一年生の時から、特に何をするわけでもなく、研究室に自由に出入りし、研究っぽいこともさせてもらいました。時間があれば、研究内容に限らずひたすら本を読んでました。

何となく研究者になりたいなと思って、いろんな分野を勉強し、ここに落ち着いたという感じですかね(笑)。研究者のコミュニティは、博士でも学部生でもフラットに会話するし、フラットだからこそ意見を言い合える。そんなコミュニティっていいな、研究者っていいなって思いました。

変わった生態学者は多いが、自分は普通(笑)。特別なエピソードは、ない??

ー生態学者のエピソードをお聞きすると、幼い頃から部屋中に食虫植物を置いてました、一日中釣りしてました、など結構極端な話が多いです。幼い頃から生物好きや、実験好きだったんですか?

深野先生:生態学者はちょっと変わった人が多いと思われがちですが、自分は普通の人だったと思います。
普通の公立高校行って、ちょっといたずらしたりもしながら普通に勉強もして、大学に進学して...特別なエピソードはないです(笑)。

家に顕微鏡があって、覗いてたり、火薬を集めて爆弾を作ろうとして、血が出て親父に殴られて、血がもったいないなと思って、顕微鏡で赤血球を見てたらまた親父に殴られて...それくらいですよ。

ーめっちゃ失礼なこと言ってもいいですか?だいぶ変わってると思います!!(笑)。

緩やかな刺激の中で、「気持ちのいい人」との出会いがあった。

ー印象的な出来事はありますか?

深野先生:高校の時の当時の理科の先生が、研究もされていた方で論文を見せてもらいました。何かになりたいとか特別な話をしたわけではありませんが、「君はこれ読んだらいいよ」って利根川進さんの著書、「精神と物質」を貸してもらって読みました。とても心に残っています。
とてもフラットな先生で、「なぜ生物学者は優しいのか。それは多様性が好きだからだよ、いろんな人がいることが当然と考えてるから」と話された記憶があります。

ー色んな刺激の中に「人」が多いと思います。探検家のルイスマーデンさんであったり、コミュニティであったり、先生であったり。惹かれる人に共通点はありますか?

深野先生:気持ちのいい人達なんですかね~。私自身、特に社交的というわけではありません。
都内の研究者が集まる社会性昆虫勉強会というマニアックな会に連れてってもらい、佐藤俊幸先生にはお世話になりました。
ひとりひとりが、本に出てくるような個性的な生物学者でした。みなさん変な人過ぎて自分がなりたいとは思わなかったですが、とても面白かったです(笑)。

人生のターニングポイントとまではいきませんが、緩やかにいろんな刺激がある中の一つのエピソードですね。

研究のアイデアの源泉はSF的発想

ー佐賀先生からもSF好きとご紹介いただいたのでSFのお話もお聞きしたいです。

深野先生:高校生向けの講演会等で、「どんな風に研究のアイデアを発想するのか?」と質問を受けることがあります。
私の場合、普段からSF小説を読んでいることが関係してるかもしれないなと思っています。SF小説を読むことは「思考の箍(タガ」を緩める」という表現がしっくりきます。生きていく為に制約している思考の枠を意図的に緩めるんです。

普通に生きてたら考えない事を一生懸命考えてる人がいるっていうのは、とてもいいエクササイズになります。

ーおすすめのSF小説はありますか?

深野先生:「神々自身」は、伝説的なSF作家、アイザック・アシモフの作です。ハル・クレメント作の「重力の使命」、ロバート・L・フォワード作の「竜の卵」も面白いです。

SF小説の大御所の早川文庫ファンすぎて株主になろうとしたんですが...上場していませんでした(笑)。それくらいSFが大好きです。

SFでは、モラルに反したこともテーマになり得ます。例えば、「銀河ヒッチハイクガイド」には、「これから自分は食べられます」と喋る牛が出てきます。
牛は、育種によって食べられることに幸福を感じるように改良されているんです。近年、人道的に動物の福祉を考えた飼育方法を考える動物福祉の流れがあります。

感じ方自体の遺伝子を変えて、飼育状態で幸福を感じるようにしてしまえば、実はみんなハッピーなんじゃないかと。モラルに反していますが、ありえる話だなと思いました(笑)。

SF小説を読むことで、自分の発想の幅が広がるかもしれません。それに、現実ですごく奇抜なアイデアに出会った時も、ぎょっとしないで思考停止に陥りにくいかもしれないなと思います。

ー面白いです。これからSF読もうと思います!

深野先生:他にもまだまだ研究者におすすめのSF小説がたくさんあります(笑)。

研究において、対象が人間ではないものは、奇想が大事です。一方、人間を対象にした研究では、実際に自分が経験してないことを研究していきます。いかに営みを実感しておくかが大事なのかもしれないと思っています。

SFは、普段絶対経験できないようなことを本を通して経験し、共感でき、それが研究の役に立つかもしれないなと思っています。「DOOMS DAY BOOK」、「ねじまき少女」もすごくいいですよ。

百田尚樹さんの「風の中のマリア」はスズメバチのワーカー、働き蜂が主人公で、一生を淡々とスズメバチになって描くという話なんです。スズメバチの気持ちを描けるのか、と衝撃でしたね。

愛はさだめ、さだめは死」も、人間が全く出てこない古典的で有名な小説です。人間でも思春期前後、子どもが生まれる前後で心が変わるじゃないですか。この小説に出てくる動物の、葛藤や衝動、喜びを強い熱量で書いてるんです。
人間の営みの想像もできるし、かつ人間じゃない生き物の営みも想像できるので、生物学者にとって直接的にすごくいいと思っています。

若くして亡くなられた伊藤計劃さんの小説「虐殺器官」の文章がかっこいいんです。「殺人や強奪が生存のためのニーズから発生したものだとすれば、他人を思いやり、他人を愛し、他人のために人生を犠牲にすることもまた、進化のニーズによって生まれたものなのだ」と。

モラルに反する言葉ですが、人間の心理的な発想も、進化の影響を受けて形成されたものなのだという前提に立つ心理学の学問、進化心理学があります。このエッセンスを強い言葉、明快なメッセージで示していますよね。
作家さんは、SFに限らず論文では伝わらない心に響くメッセージをたった一文で書けるのがすごいなと思います。

ーなるほどです。思考のタガをはずすには、SFに限りますか?ミステリー、偉人物、歴史物、ジャンルはいろいろありますよね。

深野先生:SFのSはサイエンスです。ファンタジーとは少し違います。科学にベースがあるのがSFです。
SFはアイデアが体系化されていています。アイデアが蓄積されてバージョンアップしていったり、参照できるところも研究と似ています。私自身、SF的な発想が、研究のアイデアの源泉になっている気がします。

軽さを信条とし、とことん軽薄に。広く色んな分野を勉強し、面白いことがあれば身軽に飛びつく。

ーこれから目指すところをお聞かせください。

深野先生:ずっと任期なしの仕事をしたいなと思っていました。これは、ひとつの目標というより強迫観念でした。ふとした時に辛いですよね。今は念願叶い、土日もしっかり精神的に休めるようになったので、長期的に物事が考えられるようになりました。
ただ、大きな目標に対して熱意を持って突き進む、みたいな研究者ではなく、あくまで軽薄に研究していったほうがいいのかな、と思っています。

―「軽薄に」とはどういうことでしょうか。

将棋を題材とした漫画、三月のライオンをご存知ですか?
駒が軽い戦法をとる若い棋士がいて、重い戦法を取る棋士と対戦し、こてんぱんにやられるんです。若い棋士は、自分の戦法が軽いことにコンプレックスを持っていて、先輩騎士に、軽すぎる、と一言言われてめちゃくちゃショックを受けるんです。続けて先輩騎士は、でも少し重さがあった、みたいなことを言うんです。

つまり、軽さを信条とするならもっと軽くいけ、みたいなことを逆にアドバイスされるというエピソードです。軽薄というと語弊がありますが...。

私もそういう感じで、軽さを信条とするならとことん軽薄に行こうと思っています。と言っても論文はちゃんと書くんですけど(笑)。
面白いことがあればすぐに飛びつけるように色んな分野を勉強して、広く、浅く知っておきたいし、身軽にいたいな、と思っています。

ーめちゃめちゃいいですね!従来のやり方しかできず遅れていってしまう方もいる中で、その考えは大事ですよね。ICTと農業の研究も、今時と言いますか、面白くて実用性もある、すごくいいな、と思いました。

深野先生:特に東大の時は、作物学や農業ICT等周りに全く違う分野の人たちがいました。研究者は議論が好きなので、色々話はするのですが、余裕がなくてそこで終わっちゃうことが多くて。なるべく余白を作ることを意識しています。

違う分野でも研究できる。良き水先案内人をみつけること。

ー最後に、若手研究者に一言お願いします。

深野先生:先程お話した果物の追熟や、種子散布という確立した分野、最近ではICTや心理学の論文等、今まで一度もやってなかった分野の論文を書いています。色んな分野に土足で乗り込んで論文を書いているイメージです。

異なる分野で論文を書いていいのかなと躊躇するだろうけど、「ある分野できちんと書けるようになっていれば、違う分野でも書けるようになる」というのが私の感想です。

一番大事なのは、良い水先案内人を見つけることです。
違う分野の研究をする時、自分ひとりではできませんが、その分野に詳しい人、パートナーと会話し議論すれば、研究はできるし論文も書けると感じています。

キャリアの事を考えると、ある分野で業績を積んだスペシャリストのほうが若手の就職には有利なのかもしれません。私は、向こう見ずで何も考えていなかったんだと思います。

ー世の中の流れとしては、共創・イノベーションが言われていますよね。
「向こう見ず」を裏返しにすると、新しいことに飛びつけたり挑戦できるということだと思います。

深野先生:論文を読んで、深野だったのか、やっぱりか、と思われるような「深野ブランド」を確立できたらいいなと思います。


先輩研究者の皆様の悩んだこと、どうやって乗り越えたか、成功の裏側などをどんどん発信していきます。
次回もお楽しみにしていてください。


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