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「彼氏じゃなかった彼」に懺悔したい、という話。(1)

タカさんは、私の上司だった。
初めて見た時からめちゃくちゃタイプな人だった。やや大柄で、スポーツマンで、ちょっとハリウッド俳優っぽいイケメンなのだ。

父を見て育った影響なのか、私は「黙っているとそれだけで威圧感が出てしまう年上の男性」にめっぽう弱いのだが、タカさんはまさにそういう雰囲気の人でもあった。低血圧な方なのか、午前中の不機嫌そうなオーラをまとったタカさんは正直どストライクで、何なら一生不機嫌なままでいてくれて構わないとさえ思っていた。
会社に電話をかけたとき、電話口で私が名乗ると「あぁ、ワタリちゃんか」と、「よそいき」の声から1オクターブ下がった「素」の声になるのも毎回ゾクゾクしたし、たまにスーツを着ている日など、もう自分の一挙手一投足に下心が垂れ流されてしまう気がして、なるべく見ないように、無駄に話しかけないように、全神経を集中させねばならなかった。
と、こういうエピソードを並べればキリがないぐらい、とにかくめちゃくちゃカッコ良かったのである。

その頃私には彼氏がいて、タカさんの方にも彼女がいると聞いていた。
だが目の保養は別腹だ。私は、色恋というよりひたすら『推し』を愛でる目線で、タカさんを見るたびに「今日もカッコいい、あ、あそこ寝ぐせ付いてる可愛い!きゃーこっち向いた!」「寝不足かな、機嫌悪そうだけどそこもいい!」「ありがとうって言われた!ありがとうだって、どうしよどうしよ、また言われたいぃ!」と内心大騒ぎしながらも、業務には支障を出さないように細心の注意を払い、幼少期から鍛え上げてきた鉄壁の無表情で、タカさんへの『推し』心を隠し通した。隠せていたと思う。たぶん。頼むからそうであって欲しい。

やがてプロジェクトの終了とともに私の上司は別の人に代わり、私とタカさんが直接交流を持つ機会はなくなった。
個人的に連絡を取るようになったのは、それから1年後ぐらいだっただろうか。SNSでのやり取りをきっかけに、私はタカさんとプライベートで会うことになった。

久しぶりの『推し』との対面、しかも1:1で、プライベートで、デートとも呼べる「飲み」の約束である。下心を隠さなくてもいい状況を手に入れた私は、なけなしの女子力を振り絞り、これ以上は盛れないというところまで盛って、その日に臨んだ。欲しい評価はズバリ、「しばらく見てない間にちょっと大人っぽくなったな」。待ち合わせ場所はタカさんの住所の最寄駅で、つまり、あわよくば『推し』のお部屋も拝見できるかもしれない。そのために需要があるなら体を提供するのも全然やぶさかではなかったし、むしろご褒美!という心境だった。見たい、嗅ぎたい、『推し』の部屋。

このあたり、目的と手段が逆というか、ゴール設定が間違っているというか、思考回路が奥手なのかビッチなのか分からない感じにズレているのだが、この時点での私は何の疑問も持っていなかった。当時の私の中では、これはちゃんと筋が通った考えだったのである。残念なことに。

さて、ふり絞った女子力の成果かどうかは定かでないが、一度目のデート(!)で、私はミッションをオールクリアした。つまり、飲みの後にタカさんの部屋に連れて行ってもらい、そのまま一晩泊めてもらったのだ。

タカさんの部屋は綺麗に片付いていて、でも程よく生活感もあって、びっくりするほど居心地が良くて、めちゃくちゃいい匂いだった。本がたくさんあって、タカさんは風車が好きだと風力発電の本を見せながら話してくれた。風車か、私も一度見てみたいなぁ。と思ったが、口に出すのは慎んだ。今日の僥倖にありつけた身で、更に休日を日中から潰させるようなデートを要求する、というのは流石に図々しすぎると思ったのである。
タカさんは結構酔っぱらっていて、にもかかわらず驚くほど優しかった。部屋に入ってから出るまでずっと、私を精一杯大切に扱ってくれようとしているのが分かった。タカさんを冷たい人だと思っていたわけでは決してないが、私に対してそれほど温かさを発揮してくれるとは予想外で、私は少なからず動揺した。
冷たくされる覚悟はあっても、温かくされる覚悟はなく、ましてタカさんが私に本当に好意を持ってくれる可能性など、微塵も考えていなかったのだ。

翌日の朝、タカさんは私を駅まで送ってくれた。名残惜しかった。が、帰宅して徐々に『推し』へのミーハー心や、浮かれて舞い上がっていた心が落ち着いてくると、恐怖と呼んでもいいほどの、強烈な罪悪感に苛まれた。

毒親育ちなら標準搭載している人も多いであろう、「私にそんな資格はない」症候群である。



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