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努力は実る…といいな、という話。【#虎吉の交流部屋プチ企画】

こちらの企画に参加しています。
お題:「実(みのり)」



久しぶりに友人のリオンに会った。
彼はシステムエンジニア時代の後輩で、昔から非常に「出来る男」である。仕事からプライベートまで、常にダルい嫌だ面倒くさいと言っている癖に、ムカつくほど論理的に隙のないアプローチで確実に結果にコミットしてくる、実に可愛げのない奴だ。

このリオンについては、以前この記事に書いた。

少なくとも元彼ではないので「ざっくり15年来ぐらいの男友達」と呼ぶべき相手……なのだが、現状では「ネットゲーム内の友人」と表現すべき関係性かもしれない。ここ数年はネットゲーム以外での連絡手段がない気がするし、今回の「会った」というのも、ネットゲーム内でキャラクター同士がたまたま遭遇したという話だったりする。

私は元々リオンに誘われる形で、彼と同時期にこのネットゲームを始めた。最初は初心者同士で一緒に遊んでいたのだが、いつの間にかリオンはハイレベルなガチ勢に成長してしまい、シビアなバトルが今一つ苦手な私は完全についていけなくなった。純粋にゲームのセンスに差がありすぎたのである。最後の頃は私が彼と2時間一緒に遊ぼうとすると、予め6時間は練習しておかねばならない状態で、それは流石に無理だった。「出来る男」はゲームまで隙なく出来るのだ。ケッ、やっぱりムカつく。

その後、私に安全基地が出来たこともあって、彼とは徐々に疎遠になった。今は大体年に一度ぐらいのペースで、今回のように遭遇した時にしばらくテキストチャットで雑談する、という程度の関係で落ち着いている。

そんなリオンは、非常に出来る男ではあるのだが、色々と面倒くさい性格もしている。
その一つが、自分の情報を中々明かしてくれない所だ。ゲームの話ならいくらでもしてくれるのだが、彼のリアルの近況を聞くためには、長年の友人の(つもりでいる)私でも、かなり面倒臭い手順を踏む必要がある。
迂闊に初手から「久しぶり!最近どうよ?」なんて聞こうものなら、確実にいい加減な回答ではぐらかされてしまうのだ。かといってこちらの話をしているだけでは何一つ情報はもらえない。
しばらく無難な会話を進めた上で、彼の舌が程よく温まってきたタイミングを見極め、「そういえばアレってどうなの?」とさりげなく切り出す必要があるのである。

そしてこの日も、彼が最近クリアした様々なバトルの内容や、入手したレアなアイテムの話などを一通り「すっげー!流石ww」と聞いてから、ようやく彼の近況を教えてもらうことが出来た。

「そういえば、一人暮らしは継続中なの?ご飯ちゃんと食べてる?」

「あ、そっか言ってなかったっけ。家売ったw」

「お?マジかw……ということは単身赴任終了?」

「そうそう。ローンとはおさらばよww 良いお値段で売れました^^」

サラッと言われたが、これは大事件である。

リオンは私とほぼ同時期に結婚していて、私の息子と同じ年の子が一人いる。そして6,7年前の事だが、彼は職場にかなり近い、ガッツリ都会と呼ぶべき地域に持ち家を買った。
「収入がある奴は違うなw流石ww」と私が冷やかすと、「35年ローンよwwマジで怖いww」と笑っていた彼だったが、その2,3年後に問題が起きた。
奥さんが「ここから引っ越して、実家の近くで子育てをしたい」と言い出した、というのだ。

リオンと奥さんは同郷なので実家同士の位置は近いが、その辺りから彼の職場までは片道2時間弱かかる。通勤不可能とまでは言えないが、元々「通勤時間ほど人生に無駄な時間はない」と言って職場近くの家を購入したリオンにとって、奥さんの主張は到底聞き入れられないものだった。

当時のリオンは多忙でもあった。連日の残業で帰宅が23時台、その後深夜2時3時までネットゲーム、という彼の生活パターンは、私から見ても「大丈夫?ヤバくね??」というレベルだった。家事育児に関しては、土日に「奥さんの休日」を作るなどしてフォローしているという話ではあったが、どうあれ平日は奥さんの完全ワンオペであることは間違いなかったし、家事育児のストレスは万人が耐えられるものではない。

一人でいるのが辛い、実家を頼りたい、そのために引っ越したいという奥さんの主張。
残業が減らない以上は通勤時間を増やしたくない、そういう主張はせめて家を買う前にして欲しかった、買ってしまった家をどうするのか、というリオンの主張。

両者の主張は相容れず、最終的に「現在の家にリオンが一人で住み続け、奥さんは子供を連れて実家に帰る」という別居婚――単身赴任とでも言うべきスタイルを選択したのが、今からざっと4年前の話である。

その後のコロナ禍で、リオンはそれなりの割合で在宅ワークが可能になった。更に去年には異動願いが通り、残業もかなり減ったらしい。
そしてこの日聞いたのは、とうとう半年ほど前に、ネックだった家を売却し、奥さんと子供と一緒に住むため地元の賃貸物件に引っ越した、という重大情報だった。週の半分ほどある出社日には、片道2時間弱の通勤にきちんと耐えているとのことだ。

えらい。控えめに言って快挙である。

正直なところ、別居すると聞いた時点で、私はリオン一家の未来に悲観的な展望しか持てていなかった。別居はなるべく避けるべきだ、将来的に妻子を失いかねないぞ――という忠告も散々した。当時、私に理路整然と反論を述べつつ「一人暮らし快適すぎるww」と単身赴任生活を謳歌しているように見えた彼は、それでも3年半かけて地道に努力を重ね、彼の必要とする条件を着々と整えていたのだろう。家族と離れて暮らす内に、彼自身も何らかの心境の変化があったのかもしれない。
どうあれ彼は、私の勝手な予想など見事に覆して、再び家族が揃った生活をその手に取り戻したのだ。素晴らしい。

持ち家の売却に当たって、見学に来る顧客候補のためにせっせと家を掃除したり、周囲に似た条件の家がないことを知って強気の交渉を行ったりした結果、購入金額よりも高く売ることが出来て、ローンを完済しただけでなく最終的にプラスになった――というのだから、持ち家を売る挙動だけでも、小憎らしいほどの戦果だ。

くっそ有能だなオイ。爪の垢でも貰って私の旦那に飲ませれば、小遣いの値上げ交渉以外にも頭を使うようになってくれるだろうか。いや、交渉内容が小賢しくなるだけのような気がする、止めておこう。むしろ私が飲んで、部屋の掃除スキルでも上げた方がマシかもしれない――と、そんな思考がよぎったが、とにかく今はリオンを純粋に誉めたい所である。

「おめでとー!努力が実ったじゃん!!流石、出来る男は違うww」

「ありがとうwでもそこまで誉められると何か恥ずかしいわww」

グッジョブ!!という気持ちをありったけ込めたのだが、少々誉め過ぎだったらしい。
彼の「恥ずかしい」ゲージを上げすぎると逃げられかねないので、若干テンションを抑えるか、と「でも一人暮らしから久々に家族と住むってなると、それはそれでストレスもあったりする?w」と話を振ると、「マジでそれよww」とリオンが食いついてきた。

「嫁にハッキリ、『居るのがストレス』って言われてるからね……」

うわぁ。

「ま、まぁ嫁さんの方も、リオン抜きでの生活スタイルが出来上がっちゃってるだろうしな……ある意味、そこはお互い様なんじゃない?w」

「まぁそうね。でも何のために家売ってこっち来たのかって話よw」

互いに語尾に「w」をつけてはいるが、これが本当に対面での会話だったら、めちゃくちゃ引きつってしまう所である。これを聞いたのがゲーム内で良かった。笑えない。マジで笑えない。
単身赴任生活を謳歌していると散々言っていたリオンの側の、例えば「ゲームの時間が取れない・細かい文句を言われる」のような不満が出るかと思いきや、奥さんの方から、リオンがストレスと言われているとは予想外だった。
こう……何と言うか、辛い。奥さんもなかなかハッキリ言うタイプの人のようである。

しかし我が身を顧みれば、奥さんの気持ちも非常によく分かる。私だって、夫が家にいる日といない日なら間違いなく居ない日の方が嬉しいし、「居ない日」が何年も続いてから、ずっと「居る日」が続いたら耐えられないと思う。今だって夫の連休があるとそれだけで気が滅入る。分かる、超分かる。
そうだよなー!!そりゃそうなるよなー!!という奥さん目線の感情と、いやでも流石にそれはないでしょ……というリオン目線の感情の両方に打ちのめされながら、ひとまず何とかして彼を励まそうと、言葉を探す。

「えっとほら、古来から『亭主は元気で留守がいい』って言い伝えもあるから。ある意味、世の主婦の共通見解ではあると思うよwうちも完全にそうだし、まぁそういうもんだと思うしかw」

「それ、完全にATMじゃんww報われなさすぎるww」

そうでない夫婦もいる事は百も承知だが、ちょっと主語をデカくして誤魔化してみよう……という私の試みは粉砕された。正しい。主語をデカくしたところで救われる論法にはならなかった。

だが、そうじゃないはずだ。多分。
離れて暮らした4年間の間に、完全に夫婦の心が離れてしまっていたならば、再び同居しようという話にもならないか、途中で頓挫するはずだ。ストレスが発生すると予想が出来ていても、同居を再開するまでの課題が多くても、それでももう一度一緒に暮らしたいと願ってリオンは努力をしたし、奥さんだって努力をしたからこそ、今の状態があるはずだ。そうあって欲しい!

「でもさ、リオンが家に居るのがストレスだって奥さんがハッキリ言えてるのは良いことだと思うよ。うちみたいに勝手に抱え込んで潰れちゃうより絶対良いし、少なくとも言えてる分だけ、ストレスが発散出来てるってことだからさw」

「まぁ、そうねw」

リオンに響いたかどうかは分からないが、これは私の本音だ。「お前がいるのがストレスだ」と正面切って言える関係性――というのはちょっと私にはレベルが高すぎて想像がつかない。私は夫に「死ね」とまで言ったことがあるが、よほど怒りに我を忘れていなければ、そこまでは言えないのである。
だが、言えて、それでも離婚という話にならずに済むだけの信頼関係があるならば、少なくとも奥さん側のストレスは軽減出来ているはずだし、リオンとしても解決策を考える余地が出来るはずである。

言わなければ――問題を検知できなければ、解決することは難しい。「エラーメッセージが正しく出力されている」ことは、障害対応の前提なのだ。システムエンジニア的に。
そして、彼は「出来る」システムエンジニアのはずである。エラーが正しく出力されているならば、きっと暫定対処、根本対処、再発防止を考えられるはずだ。大丈夫だ、きっとやれる。っていうか、やれ。お前ならできる、頑張れ。

自分の問題を棚どころか屋根の上までぶん投げ、内心でそんな声援を送りながら、私は15年来の友人の努力が実ることを、物理的な成果だけでなく精神的にも彼が報われることを、切に天に祈った。

「何にしても、ただ逃げずにそこに居るだけで偉いよwそういう時期だと割り切るしかないんじゃないかなw少なくとも息子君には良い環境のはずだしw」

「そだねwめっちゃうるさいぐらい元気だわー」

「何にしてもよくやったと思うよマジでw落ち着くまでは擦り合わせるのも大変だろうけど……リオンがそこに居るだけで偉いのは間違いないから、開き直って頑張れww」

「おう。ありがとww」

逃避の一種か、「猫いいよな、俺も猫飼いたい」と言い始めたリオンを、「猫は良いぞ猫は。是非飼え、その辺に落ちてる奴探して拾って来い」と無責任に煽ってから「またその内駄弁ろうぜー」と雑な約束を交わしてゲームをログアウトした私は、PCの電源を落とし、深夜の天井を仰いで、脱力した。

――報われてほしい。

家族のために家を購入した。それから間もない時期に、奥さんの希望を叶えるために別居を選択し、専業主婦の奥さんに生活費を送りながら残業三昧の一人暮らし生活に耐え、休日には妻子の元に通った。
ハード過ぎる仕事に限界を感じていた時期にも、収入減を心配して渋った奥さんのためにも転職はせず、落ち着いた頃に異動願いを出す形で、残業の少ない部署に移った。そして奥さんのサポートなしで、一人で掃除や交渉を重ねて持ち家を売り、奥さんと子供と再び一緒に暮らせるように、通勤に不便な場所に引っ越した。

家族のために、奥さんのために、そこまで努力した男が、報われる世界であって欲しい。頼む。

夫婦関係の、しかも感情の話など、外野からはただ祈ることしか出来ない。
私の得られる情報はリオン側だけだし、彼から見て都合の悪い話は聞けていないだろう。奥さんには奥さんで、リオンに「ストレスだ」とは言えても、具体的には言えない感情や、わだかまりや、離れて暮らしたこと自体への不満もあるはずだ。彼が実際に家庭の中でどんな父親や夫をしているのかは、私には知りようがない。
そもそもを言えば、今のリオンの愚痴からして、彼がどのぐらいのダメージを受けているのか、あるいは逆に全然平気で謙遜し過ぎただけなのかさえ、テキストチャット上では――いや面と向かって話したとしても、私にはどのみち判別も出来ない。

しかしそれでもリオンが、物理的には一旦努力を実らせたように見える友人が、「報われない」と冗談でも言わずに済む日が来て欲しい、と思った。

努力は、実るとは限らない。
だからこそ実った時の喜びは大きいのだろうけれど、特に他者が絡むことは実らない確率も高いし、実るまで時間がかかることも多いし、最後まで実らなかったときの無力感ややるせなさも大きい。
そういうものだ、と割り切るしかないけれど、実に世知辛いことである。

ぐでっと椅子に寄りかかって見上げていると、リビングの天井の隅に、結構なサイズ感のクモの巣が垂れ下がっているのが目に入った。
祖父が建てた田舎の家。家賃ゼロ円で住んでいる変な作りの一戸建てのリビングはやたらと天井が高くて、普通に掃除機を伸ばしたぐらいではクモの巣になど届かないし、そもそも私の目線では日頃、視界にすら入らないので、ちょっと油断するとこうなるのである。

リオンの、持ち家を購入金額より高く売るような掃除レベルにはどう頑張っても及ばないが、クモの巣ぐらいは掃除しよう。

脚立か何かを持ち出しさえすれば簡単に実る努力を、ひとまずの目標に据えて。
先程リオンに繰り返したばかりの、「ただそこに居るだけで偉い」を自分にも言い聞かせながら。

彼の努力がどうか、ちゃんと実りますように――と私はもう一度、深夜の天井のクモの巣に向けて祈った。

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