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「父の日」に釈然としない思いを抱きつつ、夫の座椅子を買い換えた話。

夫の使っている座椅子がヘタった。
結婚前の同棲開始のタイミングで買った、軽く10年は経過している物体である。クッション部分がぺしゃんこになり、上に座ると中の金属の感触が当たって痛い、というコメントを聞いたのが1年ほど前。その後、座面に座布団を敷くという運用回避を試みていたが、夫の座椅子使用率は下がり、ほとんど猫の寝床と化していた。

まぁ、しゃーない。買い替え時だろう。

そう考えて、夫の誕生日やクリスマスなどの時期に「そういえば座椅子は?」と買い替えを提案していたのだが、夫の返事は「別にいい」。どうも本人としては、新しいガンプラや、ガンプラ作りのための各種用品を充実させる方が重要らしい。
そんなもんか、とスルーしていたものの、家計を預かる身としては、自宅の設備品に不備がある状態を見過ごしているのは引っかかる。

といって、座椅子の買い替えはそこまで簡単な話ではない。買うのは買えばいいのだが、「古い座椅子を捨てる」のが面倒なのである。自治体が回収してくれる粗大ごみサイズを微妙に超えているがために、回収センターまで持ち込まねばならず、それがまた車で30分ぐらいかかる、絶妙に遠い場所なのだ。しかもザ・田舎!という風景のど真ん中で、行きも帰りも、スーパーに寄ることも出来そうにない感じの。

正直、めっちゃめんどい。

夫に行かせるか?とも思うが、これまた微妙に躊躇してしまう。本人が「別にいい」と言っている座椅子を、新しく買い替えて「あげた」からと、休日に回収に持って行かせるというのも、何だかなぁ、と思ってしまうのだ。ごみ処理は専業主婦の仕事のような気もするし、だけどやっぱり自分では行きたくないし。
まぁいいか、「別にいい」って言ってるんだから不便はないという事で、すぐには買い替えなくても……いや、でもヘタってるよなぁ……と、グダグダ考えていたところ。

『父の日キャンペーン!座椅子をご購入のお客様に、古い座椅子の無料引き取りサービス実施中!6/20まで!』

そんなポスターを近所のホームセンターで見かけたのが、つい先日のことである。
渡りに船だ。そうか、これで買い換えれば良いのか!
確かにもうすぐ父の日だし、丁度……
丁度いい……か……?

一瞬喜んだ私は、次の瞬間にまたモヤモヤに飲み込まれた。

父の日、か……。

座椅子の値段はピンキリではあるが、今回買おうとしているタイプなら4~8千円程度。父の日のプレゼントとしては、まぁまぁ許容範囲である。

だが。
私は今まで一度も、夫から「母の日」に何かを自発的に貰ったことはないのだ。

そもそも夫は小遣い制で、専業主婦の私の小遣い相当分はいい加減に家計から出していることが多いから、夫の小遣いからプレゼントを貰うというのは、それ自体がちょっとフェアではない。
それは分かっていて、なので私はずっと誕生日であれクリスマスであれ、夫に特にプレゼントを要求することはなく過ごしてきた。「これを買うね」と夫に申告した上で、家計から購入するパターンを時々やるだけだ。それも、欲しいものがなければ「今回はいいや」とスルーしている。

対して、物欲が旺盛な夫はといえば、そういったイベントの一か月前あたりから「俺は今度はこれが欲しい」と言い始め、予算上限を私に確認した後、amazonカートに詰め込んだ商品群を提示して「今回はこれで!」と言ってくる。それもプラモの塗料のような100円台の商品まで組み合わせて、予算5000円なら送料込み4930円!ぐらいのギリッギリを攻めてくるのだ。
夫にとってプレゼントとは「小遣いを減らさずに欲しいものを現物支給してもらえるチャンス」であり、それ以上でも以下でもない。算数レベルが高くなっているだけで、小学生の息子と完全に同じ概念である。

そんな夫に、「自腹で私にプレゼントをする」という発想は基本的に存在しないわけなのだが、それはそういう人もいるよね、と私も長年流してきた。特に母の日・父の日はやるやらないも家庭ごとに差があるし、そもそも私は夫の母ではないのだから、夫が「母の日」を私に適用しなくても、それはそれで仕方がない。

だが、私は息子を産んだ後、欠かさず父の日の度に、夫にケーキを買ってくるとか、Tシャツを買うレベルのことはしてきた。同居していた父に対して酒を贈ったりする以上、夫のことも、赤ん坊である息子に代わり、何らかの形で労う必要があるのでは、と思ってやっていたのだが、父の日に私がちょっとしたものを用意しても、翌年の母の日はスルーされ続ける。前年の父の日から11か月が経過しているし、忘れても無理はないと分かってはいるが、モヤモヤする。
予算の出所が違うし、そもそも夫の稼いだ給料だし、仮に思いついてくれるようなら家計から予算を出す必要があるかなと思うレベルの話だし、私もハッキリ母の日に「これが欲しい」という訳ではないし、と自分に言い聞かせながら、私は長年グダグダモヤモヤし続けていた。やがて夫婦関係が冷め切り、私は夫との議論を諦めて、夫に勝手な期待をしないよう努力をし始めたわけなのだが、それでもなお私は母の日・父の日が来るたびにグダグダモヤモヤし続け、息子が小学生に上がったあたりで、ふと気づいた。

私が夫にモヤモヤしているのはともかく。
この状態を息子が学習したらマズいのでは?

母の日・父の日イベントは、幼稚園では「お父さんお母さんの似顔絵を描きましょう!」という形で、息子に対する働きかけがなされた。だが小学校はそうではない。
夫が「母の日だから、ママに何かプレゼントしようね」と言わない限り、息子は自発的に母の日のプレゼントをするなどとは思いつかないだろう。

そして、私がもらえないのは一旦いいとして。
「父の日は、ママと一緒にパパにちょっとしたものをプレゼントする。母の日は……したことないなぁ。ママには別にいらないんじゃない?」という学習をしたまま息子が将来結婚し、そして子供を持ったとしたら、一体何が起こり得るか。
自分が父の日にプレゼントを貰ったとしても、翌年のお嫁さんへの「母の日」はスルーし、苦情が出ても「俺の家はそうだったから」と言って憚らない、息子がそんな夫になってしまったら――

場合によっては離婚の危機である。

そこに思い当たった次の5月、私は夫に言い渡した。

「(息子)とイオンに出かけるなら、1000円渡すから、これで母の日用に何かちょっとしたもの買ってきて。贈答品用のお菓子のちっちゃいのとか、探すのが面倒だったら食料品売り場でケーキとか、極論プッチンプリンでも良いから、とりあえず(息子)に何か選ばせて」と。

もう完全な八百長というか、ヤラセというか、単なる「おつかい」になっているが、目的は息子の教育である。この会話を聞いていない息子から見れば、大した差ではない、と思う。うん。そのはずだ。きっと。

夫は承諾し、息子と選んだという、化粧箱入りの小さな焼き菓子を買ってきた。800円少々だったとのことで、お釣りもきちんと戻ってきた。
そして父の日、私は例年通り、息子と一緒にちょっと普段よりお高めのスイーツを調達し、息子の解説を添えて、夫に夕食時に食べさせた。
一件落着である。よし、今後もこれで行こう。

そしてこのパターンをここ2年ほどは繰り返し、これで良かろうと安堵していたのだが……

今年の座椅子問題である。

先月の母の日(息子が風邪を引いていたために一週間遅れとなったが)、夫と息子は私の手渡した1000円で、美味そうではあるがどう見ても贈答品ではない、ファミリーパックのクッキーを一袋購入してきた。450円ほどだったそうで、そこは構わない。実際美味かったし、お釣りもまた戻ってきている。

で。座椅子はといえば。
どう考えてもクッキーの、10倍から20倍近くはするのだ。

うーん。
うーーーん。

……まぁ、いいか。

今年度から息子には小遣いを支給し始めたが、まだ息子にはお金の価値は今一つピンと来ていないようだし、「座椅子を家計から買う」こと自体は、父の日でなくてもするつもりだった。そうだそうだ、これは家の設備品であって、壊れた電子レンジを買い換えるのと同じ種類の話である。古い座椅子の引き取りをしてもらえるキャンペーンが今だから、今買おうと思っただけだ。そう、父の日というのは本質ではない。だから、金額が母の日と公平である必要はないのだ。息子が万一気にするようだったら、そこを説明すればいいだろう。

で。どの座椅子が良いか、だが。
この際息子に決めさせてしまおう。金額で2択か3択まで絞って、最後に息子に選ばせれば、座り心地が悪かろうが何だろうが私の責任ではなくなる。よし、問題ない。

そう決めて、私は土日に息子を連れ、ヘタった座椅子を担いでホームセンターに行った。
息子に趣旨を説明し、「今の座椅子と同じようなのはこの辺かな~」と安めの座椅子の方へ息子を誘導しようとしたところ……

「これとかカッコいいね!これにしようよ!」

息子がまっすぐに指さしたのは、ごっついひざ掛けまでついた、黒い革っぽい雰囲気の、堂々たる座椅子。お値段、1万5千円を超えている。

あー、うん。先月の母の日に450円のクッキー買ったことなんて覚えてないね。大丈夫分かってたよ、おーけーおーけー。でもとにかく予算オーバーだし、設置場所に対してサイズもオーバーだからそれは止めとこうか。

「えー?カッコいいのにー」と渋る息子を黒い高級座椅子から引きはがし、お安い座椅子の前まで移動。グレー・濃い目のブルー・明るめのブルーの3択だと言い聞かせて、リトライ。

「うーん、なんか違うなぁ。…じゃあこれは?これなら良いんじゃない?」

息子がそう言って選んだのは、第4の選択肢。
値段はそうは変わらない、のだが。何と言ったらいいだろうか。

こんなにカラフルな座椅子がこの世に存在してたのか。カーチャン、アラフォーまで生きてきて初めて見たぜ……!!

としか感想の浮かばない、座椅子のリクライニング可能な箇所ごとに色が切り替わる、なんともまぁ目にも鮮やかな、ピンク・青・緑・黄色・茶色・グレーの全6色で構成された、存在感溢れるレインボーな一品であった。

そう。息子は、カラフルなもの――特に虹色の配色が大好きなのである。
おそらく息子の価値観では、辛うじて「家具感」を出しているこの茶色とグレー部分が、オレンジや紫だったら満点だったのだろうなぁ。

よし、分かった。じゃあそれにしよう。
値段が大きく違わないなら、座り心地が良いかどうか、耐久性があるかどうか、そんなのは些細な問題だ。私だったら間違いなく一生選ばないであろう、この息子セレクトのレインボー座椅子を採用してみようじゃないか……!!

ともあれ、私の懸案事項だった、座椅子の買い替え問題はこれで無事にクローズした。
地味なベージュのヘタった座椅子が新品のレインボー座椅子に変わっているのを見て、帰宅した夫の顔が若干引きつっていたように見えたのは、きっと気のせいだろう。
息子と私にきちんと「ありがとう」が言えたことを、評価したいと思う。


さて、既婚かつ子持ちの男性方、特に小さな子を持つパパさん方にお伝えしたい。
賢明なnoter諸兄には不要かとは思うが、念のためである。

明日の「父の日」において、もし奥様主導と思われる何らかのプレゼントを受け取り、かつ直前の「母の日」をスルーしてしまっていた場合は、可及的速やかに謝罪の上、奥様へのフォローをすべきである。
また、来年の「母の日」には、今年の「父の日」で受け取ったプレゼントと同等以上の金額および労力を払った何かを奥様に用意することを、強く推奨する。

たかがイベント、されどイベント。
何事も、チリツモなのだ。

皆様の夫婦関係が、末永く良きものであることをお祈りしつつ。

Happy Father’s Day!

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