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七夕に風邪を引いた話。

やべぇ。声が出ない。

木曜の夜寝た時は寒かったのに、金曜朝に目が覚めたら猛烈に暑い。目の奥がズキズキするような頭痛。寝起きでとりあえず飲んでみたスポーツドリンクが喉にめちゃくちゃ染みる。熱を測ると37.5℃。

えぇ、風邪ですね間違いない。

脳内看護婦と脳内医師がドヤ顔で頷き合っている。そうですね、私もそう思います――と投げやりに脳内患者に喋らせておいて、朝のルーチンワークをこなす。自分では食べないトーストを用意し、回らない頭で雑に選んだ冷凍食品をレンジで解凍しては、夫の弁当箱に詰め込む。やがて家の中をバタバタ行き交う足音が消え、無人の静寂が訪れれば、ミッションコンプリートである。

牛乳に砂糖とインスタントコーヒーをぶちこんだ、朝食代わりのカフェオレのマグカップと共にPCの前に座って、はぁぁぁぁ、と息をつく。だるい。暑い。気温のせいか熱のせいかも判然としないが、今日はとりあえずダメそうである。あ、あ、と試しに声を出してみると、他人のような声が出てくる。

息子の風邪が、完全に伝染っている。

3,4日前に「喉が痛いんだポヨ!」と主張していた息子は、それ以上は悪化せずにやり過ごせたらしく、今日も元気に学校に行った。一昨日あたりから「俺も喉が痛い気がする」とルルA錠をせっせと飲んでいた夫も無事。
一方で私は昨夜からこの体たらくだ。言っちゃなんだが、毎回こうである。息子が幼稚園に行き始めてからというもの、息子が隔月ぐらいのペースで「ちょっと風邪引いたかも」というレベルで済ませている風邪のことごとくを、私の体は律儀に拾っては、毎回毎回、息子の数倍は重症化させている。

うあー。ダメだ。
完全にダメである。頭が回らないしゲームをする気もしない。こうやって文章を書いていても、自分が何を書いているのかイマイチよく分からない。

しかも、今日は午後には二者面談がある。息子の学校に行って担任の先生とお話を……出来るの?この声で?
っていうか発熱中の保護者が行くって、ごく普通に迷惑なのでは?

しかし、リスケを頼むのも迷惑な気がする。どっちが迷惑度合いが高いのか分からない。
うー、ダメだ。とりあえず目覚ましだけかけて寝よう。いや、その前に朝食兼昼食を食べておこう。

私の体はしょっちゅう熱を出すが、割と高熱でも食事は取れるというのが特技である。食欲はないのだが、いざ食べ始めると意外と食べられるし、別にお腹も壊さない。こんな時こそそうめんだ。そうめんしかない。

私は揖保乃糸信者である。揖保乃糸は美味い。間違いない。いつかその内、お高い贈答用の揖保乃糸を食べてやろうと思っているのだが、オンシーズンはスーパーで安売りされている安価バージョンの揖保乃糸を見つけると喜んで買ってしまうし、オフシーズンにはすっかり忘れてしまうので、「高級バージョンの揖保乃糸を食べる」はまだ達成したことがない。この戦争が終わったら、俺…揖保乃糸の一番高い奴食べるんだ…!とフラグを立ててみたがどうもスケール小さいな、これ。

最近のマイブームは「鶏がらスープそうめん」である。料理研究家リュウジさんのこのレシピをさらに自分で簡略化しているのだが、単なる「鶏ガラスープ」大さじ1を250ccの水に溶かしただけのつゆに、そうめんをぶちこんで終わりにする超ズボラ飯。だが美味い。マジオススメ。

雑に水で戻したワカメとゆで卵も一緒にぶち込んだので、栄養価的にもそこそこいける感じである。食べるとマジ美味い。塩分と水分が足りなくなっているのか、スープ飲むと生き返った気分になる。ぷはー。そうめんは神。もちろん白米も美味いけど、夏の体調不良はマジでそうめんさえあればしのげる。これ、冬はにうめんにしても美味いだろうな。寒くなったらやってみよう。

そんなこんなで仮眠を取り、何とかかんとか気合を入れて、二者面談に向かい、「声がガラガラですみません」と謝りながら面談を終え、スーパーで食料品を調達して帰宅。
自分頑張った。マジで頑張った。これで向こう4,5日買い物に行けなくても何とかなるだろう。本日の戦利品、半額値引きシールの貼られた肉のパックを冷凍庫に詰め込…みきれなかったので、パックから出してジップロックに放り込むという余計な作業が発生したが、まぁいい。

ぜーはーしながらそんな作業をしていたら、近寄ってきた息子が「ごめんなさいポヨ…」と言い出した。何を言っているのかと思いきや、私に息子の風邪が伝染った件について、母が「息子がちゃんと手を洗わないからママに風邪が伝染ったんだ」という訳の分からない叱り方をしたらしい。
うえぇ、、、、なんという余計なことを、とゲンナリする。

確かに手を洗わないのは良くないから、ちゃんと手は洗おうね。でも、息子だって好きで風邪引いちゃったわけじゃないんだし、ましてママに移ったのは誰のせいでもないと思うし、何より息子は熱が出なかったのに、ママが熱を出しちゃってるのは、全然息子のせいじゃないじゃない?ママの体のせいでしょ。だから心配かけてるのはママがごめんだけど、そんなに気にしなくて大丈夫だよ。

そんな風に息子の背中を撫でつつ言っておくと、息子は納得したようで、いくらか元気そうに立ち去ったが、こういうところが毒なんだよな、と母については実感する。息子は誰に似たのか、生まれつき優しい性質の子で、何もなくても私が風邪を引いたりすると心配してくれるのだが、誰に言われなくてもそういう心配を出来るタイプの子を、わざわざ責める必要はないだろうに。
おおかた、母としては「ワタリが風邪を引いた」件を母なりに心配した結果として、「息子のせいだ、息子が悪い」という思考に至ったのだろうが、その思考の時点で性格が悪いし、それをそのまま小学生にぶつけて罪悪感を煽るというのは大人げないにも程がある。が、そんな大人げを母が持ち合わせていたら、そもそも私を育てる過程で毒親になどなっていないわけで、その意味では当然の帰結でもあるのだが。

私のフォローが息子に効いて、「おばあちゃんの毒」が問題にならない程度に薄まっていればいいのだが、もしこの先こういう事態が頻発し、母に注意をしても改善されず、息子への影響が無視できないようであれば、きちんと別居をした方が良いのかもしれない。と、そんな風にも思いつつ、後ほど登場した母に「さっき息子がごめんなさいって謝ってきたんだけど?私の風邪を息子のせいだって言ったの?」と言ってみると、「毎日ガミガミ言わないと、帰ってきても手を洗わないからだ」という趣旨の言い訳が返ってきた。あー、とそれを聞いて納得する。

確かに息子は学校から帰ってくると、即座に物凄い勢いであれやこれやと喋り出し、玄関に放り出したランドセルを片付けるのも、制服から部屋着に着替えるのも、手を洗うのもそっちのけで喋り続けるので、それらのルーチンワークをこなさせるのが大変である。が、私としては頭ごなしに「終わってから喋りなさい」と言い放ってその場を立ち去ってしまえば、息子は曲がりなりにもそれらを終わらせてからお喋りを再開するので、まぁまぁ何とかはなるのである。
だが、母にはそれが出来ない。「学校から帰ってきた息子を放置する」ことが。
何に寄らず「関わる量を増やす」方向でしか相手を操作できず、「自分の目の前で言う事を聞かせる」ことにこだわる母は、なんだかんだ文句を言いながら息子に付き合ってしまい、息子の無駄話を聞かされ続け、しかも「早く手を洗え」という母の主張が通らない……という状況に陥ってストレスを溜めているのである。
娘としてコメントさせて貰えば「ざまぁみろ」という案件だが、その報復として、私の風邪をダシに「だから手を洗わないといけないんだぞ」という息子への教材に使おうとしたわけだ。なるほどー、である。

まぁまぁ、私の予想よりも母本体の方が一段階も二段階も、私の風邪そのものを心配してくれているわけではない、というあたりがいっそ清々しい。流石毒親、ブレない。だが、息子に余計な罪悪感を植え付けるのは頂けない。

「息子はただでさえ私の風邪を心配してるんだから、風邪の責任まで負わせたら可哀想でしょ」と母には釘を刺した上で、また夕食のタイミングで母が登場したので、母の目の前で息子に「手はちゃんと洗わないといけないけど、ママの風邪は息子のせいってわけじゃないからね」と再度話をしておいた。とりあえず息子がその話で笑える程度には持ち上がったようなので、今回はいったん良しとする。

息子の世界が広がって、家族の果たす役割が小さくなれば、その中に「たまに毒っ気のある祖母」がいても、影響度合いは低くなる。
だが、今はまだ息子にとって家族は大きい。母との相性が悪くなさそうだったので様子見していたが、息子と母の関係性はちょっと気をつけておく必要がありそうだ。

これは単なる予想だが、息子と夫の関係も、あと数年もすれば悪くなっていくだろうという、確信にも近い予感が私にはある。単純に、息子の成長に夫が追い付いていないからだ。アスペルガー傾向が強い(と私が思っている)夫は、精神年齢も対人コミュニケーション能力も非常に幼い。今はまだ、夫は息子に対して兄のようなポジションでいられているが、ここ1,2年は持て余し気味になってきている。恐らくあと数年で息子の精神年齢が夫を上回り、パワーバランスがひっくり返るだろうし、息子もそれに気付くだろう。息子が夫を見下すようになった時、私が息子を注意するのは当然として、夫が正しく対処できるか。出来ないとして、私に夫と息子の制御が出来るか、それが問題だ。

今小4の息子が、中学生になったあたりの頃。精神年齢の幼い母が、息子にどう接するようになるか。同じく幼い夫はどうか。息子自身の反抗期も来るだろうが、その時息子は私とどの程度、コミュニケーションを取ってくれるか。
その時、私が息子を適度に御しながら、息子にとって害のない環境を維持できるか。今の体制でそれが叶わない場合、新たに構築できるか。例えば、息子と二人で暮らすようにする、などの対応策で。

あるいは、今の時点で家族を、構成人員の中で誰よりも一番愛しているであろう息子が、その家族の維持のために、自分の言動を制御する努力を出来るか。それをやれるほどの余裕が、思春期の息子に存在するか。

それとも、中高生になった息子が外の世界に目を向けて、家庭そのものがホテルに毛の生えたような役割で足りるようになるか。

どうあれ、注視し続けねばならない。
何かと悲観に寄りすぎる私自身の予測より、フラットな目線で現状を認識し続ける努力を怠らないように、気をつけて。


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