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物語『極上人生・・・ミラクル・ハッピーになる!』

「3つのメソッドで、ミラクル・ハッピーになる!」
「生きづらさ」に悩んでいる人達に、「最も自分らしい人生の道に進む、
一番の方法」をお伝えする物語。
 ストレス・フリーでミラクル・ハッピーになれる「3つのメソッド」を学ぶことができる、自己啓発の物語。
 「3つのメソッド」とは、以下の3つです。
①自分はどうなりたいのか、はっきりさせる。
②なりたい自分になるための戦略を立てる。
③結果を考えずに、戦略を実行する。
 以上の3つのメソッドを単語で表現すると、
次のようになります。すなはち、
①       パッション
②       ミッション
③       アクション
 
 物語の中では、『オレはガンジーの生まれ変わりだ』という少年・青空ガンジが、入院した少年・荒木アキラと対話します。
 アキラは「生き方のモデル」も見いだせず、「理想とする生き方」も「尊敬する人物」も見いだせずに、なんとなく漂流しています。そんなアキラに対して、ガンジは「なりたい自分になれる、3つのメソッド」を示します。また、ガンジは、前世でガンジーだった時の教訓をアキラに語ります。
アキラはガンジの教えを学び、実践して、「極上人生」を創造していきます

第1章 転入生はガンジーの生まれ変わり?

 早朝。ボクは布団から飛び起きて、トレーニングウェアに着替えて、家を飛び出した。誰もいない南房総の海岸通りをボクは走る。次第にスピードをあげていく。周囲には誰もいない。ボクは大声で叫ぶ。
「ボクはキューピーなんかじゃない。バカにするな!」
 やがて空は真っ黒い雲に覆われ、雨がポツリポツリと降り始めた。すぐに雨脚は激しくなり、風はボクを後方へ吹き飛ばすほど強くなった。
 横殴りの雨の中を走りながら、ボクは何度も叫んだ。
「バカヤロー! くそったれ! なんで! なんで! なんで!」
 叫んでも叫んでも、スッキリしない。目に流れ込む雨を何度も何度もぬぐったけれど、それは止まらず、あふれ出てきた。

 ボクの名前は荒木アキラ。中学3年生だ。
 なぜ僕が毎朝、早起きして、走るのか? それは、イライラした気分を吹き飛ばすためだ。と言うより、走って走って走り続けて、もうこれ以上走れないところまで追い込んで、ストレス解消しなくては、生きていけそうにない。怒りの原因の一つは、ボクにつけられたあだ名だ。
 クラスの連中がボクにつけたあだ名は「キューピー」だ。なぜ「キューピー」なのか。 それは、ボクの顔や体がキューピー人形に似ているからだ。ボクの頭頂部の髪の毛は尖がっていて、頭の形は野菜のカブのようになっている。それから、目が丸くて大きいし、眉毛は小さくて、頬はピンク色で、少し膨らんでいる。それに、頭が大きくて、よく「四頭身だな」なんて言われる。
 自分でも「キューピー人形に似ているな」と思うけど、でも、「キューピーちゃん」なんて呼ばれるのは死んでも嫌だ。
 ボクにこのあだ名を付けた犯人は、「辰巳ツトム」だ。ボクは思う、「辰巳は死ぬべきだ」と。辰巳を嫌っているのは、ボクだけじゃないと思う。あいつは弱者いじめをする。それは、陰湿で、先生のいないところでネチネチとやる。辰巳は先生がいるところではいい子ちゃんぶるから、先生たちは辰巳のことを「明るくて、勉強も運動もできて、模範生徒」と思っているけれど、とんでもない。陰であいつに泣かされている奴がどれだけいることか! 残念ながら、ボクも、その一人だけど。
 辰巳は時々、ボクの頭の毛を触りながら、「キューピーちゃん。今日もマヨーネーズをなめましょうね」と言いながら、ポケットからチューブ入りマヨネーズを取りだす。そして、指の上に絞り出して、それをボクの髪や頬に塗りたくる。情けないけど、ボクはそれを黙ってじっと耐えている。友達からよく言われる、「荒木君。我慢なんかする必要ない。辰巳を殴り飛ばせ。そして、先生や親にちゃんと相談しろ」って。ボクだって、そうしたい。でも、ボクはそれができずにいる。
そして、辰巳からいじめられることよりもっと嫌なことがある。それは、ボクがいじめられている姿を宮崎ミドリさんに見られることだ。辰巳にいじめられても何もできないボクを見て、宮崎さんはボクのことをきっと「なさけない奴だ」と思っているだろう。
 ボクだって本当は強くなって、辰巳をやっつけたい。勉強も運動も頑張って、辰巳を見返したい。しかし、残念ながら、ボクは力もなければ、頭も悪くて、運動神経もなく、顔も体もカッコよくない。性格も暗くて、ボクみたいに恵まれていない奴はいないと思う。
 そんな虐げられた生活を毎日乗り越えていくためには、ボクに残された方法は走ることしかない。ボクは夕方と朝、大声で叫んだり涙を流したりしながら海岸通りを走って自己嫌悪を吹き飛ばすしかなかった。
 ランニングを終えて、ボクは自宅に戻り、朝食を食べてから、学校に向かった。歩きながら、ボクは思った、「学校、行きたくないな」って。
 でも、その日からボクの人生は変わった。なぜって、ボクのクラスに転入生が入ってきたから。
 朝の学級活動の時、担任の千葉先生と一緒に男子生徒が入って来た。そいつは丸メガネをかけていた。髪の毛をバリカンで短く刈り上げて、坊主頭にしていた。メガネの奥の目は垂れていて、口角を上げてニコニコと笑っている。肌の色は黒くて、耳と口が大きい。背は低くて、痩せている。足がヒョロヒョロと細長い。
 担任の千葉先生がチョークを手に取り、黒板に書いた。
「青空ガンジ」
 そして、先生は僕らの方に向き直って、言った。
「佐賀県から転入してきた、青空ガンジ君だ。みんな、仲良くしてやってくれ」
 転入生は目を細めて、大きな声で叫んだ。
「青空ガンジです。よろしくお願いします」
 それから千葉先生は右手を上げて、ボクの横に置いてある空き机を指差して言った。
「それじゃあ、青空君は荒木君の横に座って下さい」
 青空君はツカツカとボクの方へ歩いて来て、ボクに向かって頭をチョコンと下げた。そして、白い歯を見せて、言った。
「荒木君。よろしくお願いしますね」
 ボクは「うん」と答えた。
 給食を終えて、ボクは青空君に言った。
「よかったら、学校の中を案内するけど、どうだい?」
 青空君は垂れ目を細めて、言った。
「ありがとう。ぜひ、おねがいします。オレ、うれしいよ」
 それから、ボクは青空君を連れて学校の中を回り、どこに何があるかを教えた。
 教室に戻る途中、青空君は言った。
「荒木君。どうもありがとう。本当に助かったよ」
 ボクは手を上げて左右に振った。
「お礼なんか言わなくていいよ。たいしたことをしたわけじゃないし」
「いや。そんなこと、ないよ。君みたいに思いやりのある人はいないよ」
「そうかい?」
「うん。荒木君。これからもよろしくね」
「うん。青空君。こちらこそ、よろしくね」
 ボクがそう言うと、青空君はボクの目をジッと見つめてから言った。
「荒木君。オレのことを呼ぶ時は『青空君』ではなくて、『ガンジ』と呼んでくれよ」
「ガンジ? なぜ?」
「うん。特に理由はないけれど、そう呼ばれた方がしっくりくるんだ」
「わかったよ。これから君のことは『ガンジ』って呼ぶよ。それじゃあ、ボクのことも『アキラ』って呼んでくれよ。いいかい?」
 ガンジは右手を上げ、親指の先と人差し指の先をくっつけて、「OK」のサインを作った。
「わかったよ、アキラ。それから、もう一つ、しゃべっていいかい? それは・・・」
 そう言って、ガンジは口淀んだ。
「ガンジ。言いたいことがあったら言ってよ」
「うん。こんなこと言ったら、君は信じないかもしれないけれど、実はオレは『ガンジー』
の生まれ変りなんだ」
 心臓をギュッと掴まれたような感じがした。ボクは思わず立ち止まり、ガンジの目をのぞき込んだ。ガンジは笑っていない。冗談ではないようだった。
 ボクは舌で下唇と舐めてから、言った。
「ガンジーって、あの・・・、インドを独立に導いた、あの、ガンジー?」
 ガンジは大きくうなずいた。
「生まれ変わりだなんて言って、びっくりさせてしまったね。ごめんね。でも、本当なんだ。そして、君にはそのことを知っていてもらいたいと思ったんだ」
「なぜ?」
「なぜだか、わからない。でも、そう直感したんだ」
「うん。だけど、尋ねていいかい? 君は自分がガンジーの生まれ変りであるって、どうしてわかったんだい?」
 ガンジは「ハハハ」と声を出して笑った。
「なぜだろうね。わかんない。でも、オレは百パーセント確信しているんだ、『オレはガンジーだったんだ』って」
「ふーん。『生まれ変わり』って、そんなものなのかなあ」
「とにかく、オレはガンジーの生まれ変りなんだ。今日はどうもありがとう。君の親切は忘れないよ。何か、オレにできることがあれば、言ってくれよ」
「うん」
 そうして、ボクとガンジは教室に戻って、午後の授業を受けた。
 それから帰りの会が終わって、ボクはガンジに向かって手を振りながら言った。
「それじゃあ、ガンジ。また、明日」
 ガンジは軽くうなずいた。
「そうだね、アキラ。君もオレも明日、生きていたらね」
 そう言うと、ガンジは教室を出て行った。
 ボクはガンジの背中を見ながら、思った、「変な奴だな」と。
 

第2章 緊急入院

 翌日、九月二十日。ボクはいつも通りに朝五時に目が覚めた。そして、思った、「よし。今日もランニングに行くぞ」と。
 しかし、その時、お腹がゴロゴロとなった。と思った瞬間、吐き気が襲ってきて、胃から何かが上昇し、ボクの口から液状のものが飛び出してきた。手で口を押さえたけど、止められない。口から溢れた液体をボクは布団の上にまき散らした。
「母さん! 母さん! 来てよ!」
 ボクは叫んだ。
 母がバタバタと走って来て、ボクの部屋のドアを開けた。
「キャーツ」
 母が口に手を当て、叫び声をあげた。そして、ボクに近寄ってきた。
「どうしたの!」
 ボクは左手で口を押さえながら言った。
「もどしてしまったんだ」
 母さんは金切り声で叫んだ。
「父さん! 父さん! 来てちょうだい!」
 足音がバタバタと聞こえ、父さんが部屋に入って来た。父さんはボクを抱きかかえてから言った。
「救急車を呼ぶから」
 それからしばらくして、救急車がやって来た。ボクは町の総合病院まで搬送され、そして、すぐにレントゲン検査や便検査が行われた。
 検査の後、ボクは個室に運ばれ、ベッドに横になっているように言われた。母が医者の話を聞いてから、ボクの横に座った。
「アキラ。検査の結果は、胃腸炎っていうことよ」
「いちょうえん?」
「胃の粘膜に炎症ができているみたい。それで、今日から入院しなければいけないって」
「入院? 一体、どれくらい?」
「十日くらい」
「十日! 長い!」
体中から力が抜けていくような気がした。ボクはベッドに横になって、目を閉じて、ため息をついた。
 母が追い打ちをかけるように言った。
「アキラ。あんたは十五歳を過ぎているから、大部屋に入らないといけないって」
「大部屋?」
「そう。大人の人たちと一緒の部屋で、六人部屋よ」
 しばらくして、看護婦さんがやって来て、ボクのベッドを大部屋に動かしていった。
 大部屋には五人の大人の患者さんがいた。
 ボクは頭を下げて、言った。
「荒木アキラといいます。中学三年生です。どうぞよろしくお願いします」
 ボクの右横のベッドには四十台くらいの患者さんがいた。お相撲さんかと思うくらい、太っていた。その患者さんはニコニコと笑いながら、ボクに向かって言った。
「大変だね。私の名前は島巡シンスケ。よろしくね。ところで、尋ねていいかい? 君は何の病気で入院することになったの?」
「はい。胃腸炎って言われました」
 島巡さんが目を細めて、言った。
「胃腸炎? それなら、すぐに退院できそうね。いいね」
「はい。十日ほど入院しなければいけないそうです」
「十日間か。いいねえ。私なんか、もう二年も入院しているからね。私はね、実は大腸ガンなんだ。胃はすでに全部摘出しているんだけどねえ」
「そうですか・・・」
「荒木君。君はベッドから出て、動いていいのかい?」
「はい。『車椅子に乗ってなら、移動していいよ』って、言われています」
「そうかい。それじゃあ、おじさんが車いすを押して、この病院を案内してあげる。さあ、車いすに乗って!」
 ボクは車椅子に乗り、島巡りさんは車椅子を押して、病院の中を案内してくれた。そして、ボクに言った。
「私は妻と一緒に喫茶店を経営していたんだけど、私が入院してしまったから、店をたたんでしまったんだ。一日も早く退院して、またお店を二人で再開するのが夢なんだ」
「そうですか。夢が早く実現するといいですね」
「ありがとう。私も頑張るから、君も一緒に入院生活、頑張ろうね!」
「はい!」
 ボクは大きな声で答えた。ボクは内心、思った、「この病室で良かったな」と。
 しかし、その夜、事態は急変した。
 就寝時間が来て、病室のライトは消され、ボクはベッドに横になっていた。なかなか寝付くことができなくて、ボクはウトウトしていた。夜中の一時を過ぎた頃だろうか、「ボコッ、ボコッ」という音が聞こえた。ボクの右手から聞こえてくる。ボクは島巡さんに向かって言った。
「島巡さん。大丈夫ですか?」
 返事はない。しかし、「ボコッ、ボコッ」という音は続いたままだ。ボクはベッドから立ち上がり、島巡さんの横に立った。薄明りの中でベッドのシーツが真っ赤に染まっているのが見えた。全身がゾワゾワゾワと震え始めた。ボクは叫んだ。
「看護婦さん! 来て下さい! 早く!」
 ボクの悲鳴を聞きつけて、看護婦さん達が病室に走り込んできた。そして、病室のライトを点けた。ボクの目に飛び込んできたのは、
血の塊だった。島巡りさんの口からソフトボールほどの大きさの血の塊が次から次へと飛び出してくる。そして、ベッドの上の布団も床も一面、真っ赤に染まっていた。「ボコッ、ボコッ」という音が絶え間なく続く。島巡さんの目はまっ白になっていた。体が硬直して、動けなかった。ただただ、ボクはその場に立ち尽くしていた。
 一人の看護婦さんが叫んだ。
「ベッドを処置室へ移動するわよ」
 他の看護婦さんがうなずき、ベッドごと島巡さんを病室から出していく。
 病室に残っていた看護婦さんがボクを見て言った。
「荒木君。この病室は今から片づけをするから、今晩は別の病室で寝てちょうだい。お願いします」
 ボクはうなずいた。
 看護婦さんは頭をかしげた。
「荒木君。大丈夫?・・・なわけ、ないか。気持ちが落ち着かなかったら、いつでも看護婦さんに言ってね」
 そう言って、看護婦さんはボクを他の病室へ誘導してくれた。個室だった。
 ボクはベッドに横になったけど、朝まで寝付くことはできなかった。「ボコッ、ボコッ」という音が耳の中でこだましつづけた。体が時々、「ビクッ」と震えた。

第3章 極上の人生を創るメソッド

九月二十一日の朝が来た。ボクの病室に看護婦さんがやってきた。ボクは思い切って、尋ねた。
「看護婦さん。あの~、島巡さん、今、どんな具合ですか」
 看護婦さんはパッと振り返って、ボクを見た。その目は視線が定まらず、死んだ魚のようにうつろだった。
「あ。島巡さん? ええっと。だ、だ、大丈夫よ。今、別の部屋で休んでいるから」
「良かった。良くなったんですね?」
「え? そ、そうね。荒木君は心配しないでいいからね」
「看護婦さん。ボク、島巡さんに会いに行きたいんですけど、どこの病室か、教えてもらえませんか?」
 返事がなかった。看護婦さんはしばらく目を閉じてから、目を開き、そして、小さな声で言った。
「島巡さんはね、今、集中治療室にいるから、面会謝絶なの。誰にも会えないのよ」
「集中治療室って、どこにあるんですか?」
「それはね、残念だけど、教えられないの」
 そう言うと、看護婦さんはそそくさと病室から出て行った。
 ボクは午前中、車いすに乗って、病院中をウロウロと駆け巡った。しかし、集中治療室は見つからなかった。
 昼食後、ボクは車椅子に乗って、また病院内を探検してまわった。その時、同じ病室だった入院患者さんとばったりと会った。ボクは頭を下げてから、言った。
「島巡さんの新しい病室はどこか・・・」
 そうボクが言いかけた時、その患者さんは
ボクの言葉をさえぎって、しゃべり始めた。
「島巡さんの昨日の吐血、すごかったね。血の塊が次から次に口から出て来るんだもの。『ボゲッ、ボゲッ』という音がずっと続いていたもんね。あれだけ血を吐いたら、生きていられないよね。島巡さん、まだ四十二歳だったのにねえ。いつも言ってたんだけどね、『奥さんと一緒に店をまた開きたい』って。残念だけど、夢物語になっちゃったね」
 その瞬間、目の前が黄色くなった。全身から力が抜けて、ボクは車椅子にぐったりと倒れ込んだ。「島巡さん、亡くなったんだ」と、その時やっとボクは気づいた。考えてみると、看護婦さんの受け答えもおかしかった。その時になってやっとボクは気づくことができた、「看護婦さんは心遣いをしてくれて、島巡さんが亡くなったことを隠してくれたんだ」と。
 しかし、ボクの体と心はズタズタになった。「夕方まで元気に笑っていた人が、その晩には死んでしまう」という事実にボクは打ちのめされた。
ボクは屋上に上がり、柵に寄りかかって、町を見下ろした。ボクは思った、「今、この柵を飛び越えて、屋上から飛び降りたら、ボクは死んでしまうんだろうな。頭をコンクリートにぶつけて、頭が割れて、真っ赤な血が地面に広がっていくんだ」と。そう考えるだけで、体がゾワゾワと小刻みに震えた。冷たい風がボクの心を吹き抜けていった。
 その時、ボクの背後から声が聞こえた。
「アキラ!」
 その声は聞き覚えのある、甲高い声だった。
ボクは声のした方を振り返った。丸メガネで坊主の中学生が立っていた。
「アキラ。大丈夫かい?」
 ガンジだった。小さな火が灯ったように体の中が温かくなった。
「ガンジ。どうしたんだい?」
「千葉先生が教えてくれたんだ。今朝から君が緊急入院したっていうことを。それで、お見舞いにやって来たんだ」
「ありがとう」
 そう言うと、なぜか涙が勝手に溢れてきた。ボクは指で目を押さえて、涙を止めようとしたけど、無理だった。涙が次から次にあふれてきて、屋上の床に点々と落ちていった。
 ガンジがボクの肩をさすりながら、言った。
「何があったんだ?」
 ボクはガンジ君に島巡さんが急死した次第を説明した。そして、言った。
「人って、こんなに簡単に死んでしまうものなのか? ボクも島巡さんのように今晩死んでしまうかもしれない。今のまま死んでしまうなんて、ボクは嫌だ。ボクは一体、どんなふうに生きていったらいいのか、知りたいよ」
「アキラ。君は死ぬのが怖いのか?」
「怖いよ。死にたくない。ガンジ。君は死ぬのが怖くないのか? 君だって、死にたくないだろう?」
 ガンジは目を閉じた。そして、しばらくして目を開いて、答えた。
「死にたくなくても、すべての人はいつか必ず死ぬ。オレも死ぬ。そして、君も死ぬ。だから、死ぬことを受け入れなければならない。オレは『死が怖い』と言うより、『十分に生きないまま死んでしまうことが怖い』と言いたい。もし君が自分に与えられたイノチの力を完全に発展させて、自己を完成させたら、君は後悔することなく、毎日を生きていけるし、死が訪れたとしても、満足して死んでいけると思う。だけど、そのためには何をすればいいんだろうか?」
 ボクは内心、思った、「こいつは一体、どういう奴なんだ?」と。
 ガンジはボクの目をジッと見てから言った。
「オレの話を聞いて、君はオレのことを『変わっている奴だな』と思っているかもしれない。確かに、オレは他の人とはかなり異なった考えをする人間だろう。すでに君には言ったはずだ、『オレはガンジーの生まれ変りだ』って。君は信じないかもしれないけれど、これは本当のことなんだ。そして、オレはオレが信じる生き方を君に話したい。君がオレの話を聞いて、『取り入れたいと思うところがあれば取り入れてくれたらいいな』と思う」
「うん」
「君は今、『死』というものに初めて触れて、参っていると思う。そして、君は思っているのではないか、『人はいつ死ぬか、わからない。人生をどう生きていったらいいんだろうか?』と。違うかい?」
 ボクはうなずいた。
「ガンジ。その通りだよ。君の話を聞かせてよ」
「わかったよ。何度も繰り返すけど、オレはガンジーの生まれ変わりなんだ。そして、オレがガンジーとして生きていた時、オレは3つのことを基本方針・原理原則として生きてきたんだ。それを君に話したい」
「ありがとう。ぜひ聞かせてよ」
「そう言ってもらえると、うれしいよ。それじゃあ、話をさせてもらうよ、『極上の人生を創る、三つのメソッド』を」
「極上の人生を創る、三つのメソッド?」
「うん。言葉を換えて言うなら、『最も自分らしい人生の道に進む、一番の方法』だ。それは、ストレス・フリーになれるし、ミラクル・ハッピーになれる生き方。それには、三つのメソッドがあるんだ」
 心臓がバクバクと音を立てて波打っている。ボクは思った、「続きを早く聞きたい」と。
「早く教えてよ、ガンジ!」
 ボクは叫んでいた。ガンジは下唇を噛んで大きくうなずいた。
「よし。じゃあ、話すよ。まず、知っておいてほしいことは、『三つのメソッド』には、名称というか、呼称があるんだ」
「名称? 呼称?」
「うん。三つのメソッドのそれぞれを、短い言葉で表現したものなんだ」
 ボクは軽くうなずいて、言った。
「つまり、三つのメソッドを簡単に理解するための『呼び名』なんだね」
 ガンジはニコッと笑った。
「ありがとう。その通り。そして、実際に三つのメソッドの呼び名は、次のようになっているんだ。すなわち、『パッション』、『ミッション』、『アクション』だ」
 その言葉を聞いた時、なぜだか鳥肌が立った。ボクは、ガンジの顔を見つめた。
 ガンジはボクの目を見据えて、大きくうなずいてから、しゃべり始めた。
「一つ目のメソッドは、『パッション』、つまり、『情熱』だ。二つ目のメソッドは、『ミッション』、つまり、『使命』だ。そして、三つ目のメソッドは、『アクション』、つまり、『遂行』だ」
 そう言うと、ガンジは「フーッ」と長く息を吐き出した。
 ボクは「ゴクン」と唾を飲み込んだ。ガンジは再びしゃべり続けた。
「いいかい? ここからが大切だ。一つ目の『パッション』は『自分が人生で一番求めるものをはっきりさせる』ということだ」
「うん」
「続いて、二つ目の『ミッション』は、『自分が為すべきことに目覚める』ということだ。ここで言う『自分が為すべきこと』っていうのは、『人生で一番求めるものを得るために必要な行為』っていう意味だよ」
「うん」
「さらに、三つ目の『アクション』とは『結果を求めずに、自分が為すべきことを遂行する』ということだ」
「うん」
 ガンジは右手で自分の鼻先をさわってから、言った。
「三つのメソッドについて簡単に説明させてもらったけど、これだけじゃあ何のことなのか、よくわからないと思う。もっと詳しく離したいけど、それは明日以降、お見舞いに来た時に話したいと思うけど、いいかな?」
 ボクは何度もうなずいた。
「ありがとう。でも、この病院までお見舞いに来るのは、大変だろう?」
 ガンジはかぶりを振って、ニコリと笑った。
「いや。オレは自らここに来たいと願っている。だから、来るんだよ。君の方こそ、迷惑じゃないか?」
「ちっとも!」
 ボクらは声を出して笑った。
 ガンジは右手を上げて、左右に振った。
「それじゃあ、今日はこれで帰るよ。お大事に。さようなら」
「ガンジ。今日はありがとう。さようなら」
 ガンジはクルリと反転し、ボクに背を向けて帰っていった。

第4章 自分が死ぬことを忘れない

 九月二十二日、土曜日。入院して、三日目。
 朝十時。病室のドアを「トントン」とノックする音が聞こえた。ボクが音のした方を見ると、ガンジが花束を右手で持ち上げて、笑っていた。
「おはよう、アキラ。これ、持って来たよ」
 そう言って、ガンジはボクの花束を差し出した。
「ありがとう。きれいだね」
「へへへ。本当は、食べ物の方がいいだろうと思ったけど、胃腸炎だから、医者の許可なしに何でも食べられないだろうと思って、花を持ってきたんだ」
「そうなんだ。まだ、何でも食べていいというわけではないんだ」
 ガンジは椅子を引き寄せて、座った。
「調子はどうだい?」
「うん。ぼちぼちだよ」
「そうか。早く良くなるといいね」
「ガンジ。それより、昨日の話の続きを教えてくれないか。君は言っただろう、『極上の人生を創る、三つのメソッドについて詳しく教えてくれる』って」
 ガンジは背筋を伸ばして、「ゴホン」と咳をした。
「『極上の人生を創る、三つのメソッド』は、別名、『最も自分らしい人生の道に進む、一番の方法』とも言われるんだけど、その三つのメソッドにはそれぞれ呼び名があたえられているって、言ったよね。覚えているかい?」
「うん。『パッション』と『ミッション』と『アクション』だったよね」
 ガンジは目を大きく開いて、両手の手の平を合わせて「パチパチ」と拍手した。
「すごいね。よく覚えてるね。この三つについて詳しく話をしていきたい。だけど、その前に話しておきたいことがあるんだ。それは『変化のことわりを忘れない』ということなんだ。変化のことわりを納得して飲み込んでから、三つのメソッドを実行してもらいたいんだ」
 ボクは頭をかしげた。
「変化のことわり・・・を忘れない? 何、『変化のことわり』って?」
「『ことわり』って、漢字で書くと、『理科』の『り』という字になるんだけど、『ことわり』っていうのは、『道理』とか『法則』とか『原理』とかいった意味がある。つまり、『変化の理』とは、『世の中の万物は変化する』という、物の道理のことなんだ」
「ガンジ。お願いだから、もう少しわかりやすく説明してほしい」
 ガンジは微笑んで、うなずいた。
「そうだね。簡単に言ってしまうと、『変化の理』というのは、『時が過ぎ、自分はやがて死ぬんだ』ということだ。つまり、『変化の理を忘れない』ということは、オレも君も他の人もみんな、時が過ぎて、じきに死んでいくということを忘れてはいけない・・・ということなんだ」
「三つのメソッドを実行する前に、『自分は死ぬことを忘れない』ということを理解しておいた方がいいのは、なぜなんだい?」
 ガンジは右手で坊主頭をゴシゴシと掻いた。
「世の中には『自分は永遠に死なない』と考えているように生きている奴が多くないか。そして、大切なことは何かということを考えず、重要なことを後回しにして、どうでもいいことに時間とエネルギーとお金をかけて、人生というかけがえのない時間をドブに捨てている人が数えきれないほどいる。そうした奴らに限って死が目の前に迫ってきた時に、あたふたして、『死にたくない』と泣くんだ。そんなことしても遅すぎるのに。そうではなく、自分がやがて死ぬということにきちんと目覚めて、自分にとって何が重要なのかを考え、残された時間を有効活用していかなくてはいけない。そのためには、『変化の理』を、『生きていく前提条件』『人生の真理』『正しい論理』として受け入れていかなくてはいけないと思うんだ。そういう理解がある人だけが『三つのメソッド』を実践してその真価を受け取ることができる。もし、ある人が自分の人生の有限性を自覚できないでいるのなら、『三つのメソッド』を実行したとしても、得るものはないと思う。人生のはかなさを理解できない者は、最も自分らしい人生の道に進むこともできないし、極上人生を創ることもできない」
 ボクは思った、「自分の人生がいつ終わるかわからないという緊張感や逼迫感を持ってないと、自己の人生に真剣に向き合うことができないのだろう」と。例えば、永遠に死なない人間が仮にいたとしたら、その人は毎日を真剣に生きることはしないだろうから。
 ボクはガンジの目を見て、質問した。
「『変化の理』について、もう少し詳しく教えてよ」
「『変化の理』とは、『時の理』と言ってもいい。『時間が過ぎれば、すべて変化し、すべて滅んでいく』ということだ。これって人生の真実だろう? 永遠に生きる人間なんていないんだ」
「そうだね」
「それなのに、多くの人は自分が死ぬという、間違いのない事実を忘れがちだ。そうじゃないか?」
「確かに。ボクは自分が死ぬことなんて普段、の生活では全く考えない。今はまだボクは十五歳だし、自分はこれから先、まだまだずっと生き続けるって思い込んでいる」
 ガンジは「うん」と軽くうなずいた。
「そうだよね。ほとんどの人は自分の死の事を考えない。自分の死を見つめるのって、きついことだからね。でも、死なない人間なんていないんだ。すべての人間がいつか必ず死ぬ。いつ死ぬか、それはわからないけれど、いつか必ず死ぬ日が来る。だけど、多くの人は思い込んでいる、『自分は平均寿命くらいまでは生きるだろう』なんて。でも、それは確かではない。単なる、希望的観測でしかない。実際には、人間は自分がいつ死ぬかを予測することはできない。もっときちんと言ってしまうと、人は今晩にでも死んでしまう可能性があるんだ。交通事故や心臓発作や災害や殺人によって自分が急死することだってあるんだ。その可能性を直視して深く受け止める必要がある。そうすることによって、人生という時間を有効に使うことができる。人生という旅を満喫することができる」
 ボクは「うん、うん」と言って、首を縦に振った。
「それはつまり、死は百歳の時にやって来るかもしれないし、今晩やって来るかもしれないから、いつ死がやってきてもいいように備えておく必要があるっていうことだね?」
「そうだね。ところで、アキラ。君は自分がいつどこでどんな理由で死ぬと思う?」
「えっ!」
 心臓がビクッと痙攣して、止まった。喉が乾燥して、ヒリヒリした感じ。こめかみの血管がドクドクと振動していた。
「そ・・・そ・・・そんなこと、言われてもわからないよ。そんなこと、考えたことないよ」
「それじゃあ、今、考えてよ。君はいつか必ず死ぬ。じゃあ、いつどこで死ぬんだろう?」
「うーん」
 ボクは目を閉じて、腕を胸の前で組んで、頭をグルグル回しながら考えた、「ボクはいつ、どこで死ぬのか? 日本人男性の平均寿命は約八十歳だから、八十歳くらいだろう。そして死因は統計では、ガンが一位だから、ガンだろうか。そして、病院で死ぬ?」と。
 ボクはガンジを見つめながら言った。
「八十歳くらいでガンで病院で死ぬかも?」
 ガンジが大きな声で笑った。
「それじゃあ、統計通りじゃないか。君は本当に自分がそうやって死ぬと思っているのかい?」
「そう言われると、そうだな。ボクがいつどこでどんな理由で死ぬかはわからない」
「それじゃあ、次の質問。君の希望を聞きたい。君はいつどこで、そして、どんな原因で死にたい?」
「え~?」
 思わず叫んだ。そして、思い浮かんだ言葉は「ピンピンコロリ」だった。
「うん。つきなみだけど・・・、病気に苦しむことなく、に長生きして、最後はコロリと死にたい。病院に長く入院するなんていやだ」
「健康寿命を長くして、要介護状態にならずに寿命をまっとうしたいということだね」
「ベッドに寝て生活し続けたくないよね」
「そうか。晩年を苦しむより、健康体で旅行に行ったり、家族とのんびり過ごしたりしたいっていうことだね」
 ボクは「うん」と言って、うなずいた。
「一般的だけどね」
「アキラ。オレがガンジーだった時、オレがいつどこでどんな理由で死んだか、知っているかい?」
 ボクはバッと顔を上げて、ガンジを見た。
「いや、知らない」
「そうか。オレは七十九歳の時、鉄砲で撃たれたんだ。一九四八年一月三十日の夕方、デリーでヒンズー教徒の若い男が拳銃を取りだして、オレを何回か撃ったんだ。つまり、オレは暗殺された。オレは『へー・ラーム』、つまり、『おお、神よ』とつぶやいてから死んだんだ」
 ボクは息を飲み込んで、黙ったまま、ガンジを見つめた。
「ガンジ。聞いていいかい? 今回の人生では君は青空ガンジとして生まれて来たわけだけど、今回、君はいつどこでどんな理由で死ぬか、わかっているのかい?」
 ガンジは腹を抱えて、「ガハハ」と笑った。
そして、ニコニコしながら言った。
「そんなこと、わかるはずないだろう? いつどこで何の理由で死ぬか、わかっている人間なんていない。しかし、わかっていることは、みんないつか間違いなく死ぬということだ。一切、例外なしだ」
「うん」
「そうしてその事実を踏まえると、オレ達は『今日が人生最後の日』だと考えて生きていくべきだと、オレは信じている。今日一日を精一杯生き抜いて充実した時を過ごす。そして、毎晩、眠りに着く度に死に、翌朝、新しく生まれ変わる。それを死ぬまで繰り返す。『生きる』とは、『その日その日を懸命に生きていくことを、死ぬまで繰り返す』ということだと思うんだ。今日という一日を摘み取ること、一瞬一瞬に注意を傾けて今という時に集中することが大切じゃないだろうか?」
「つまり、ボクたちが生きていく上で、『時』の大切さを深く認識しなければならない」っていうことだね」
 ガンジは上目づかいにボクをチラリと見て言った。
「うん。『今晩死ぬかも』と考えても、刹那主義的に生きない方がいいと思う。『どうせ今晩死ぬのだからと考えて、一時的な快楽だけを求める』のは、良くない。そうではなく、一日一日を積み重ねていくんだ。今晩死ぬ可能性もあるし、ずっと先に死ぬ可能性もある。ならば、今日一日を楽しみつつ、同時に未来に良く生きられる原因づくりをする。そうしたバランスの良さが必要だと思うんだ」
「なるほど。バランスの良さか・・・」
 ガンジは右手の人差し指をボクの胸の前に差し出した。
「ただ、人生は短い。『ずっと先に死ぬかも』と言ったけど、それは『アッという間に死がやってくる』と言ってもいんだ。死がやってきてから後悔しても遅いんだ。それなのに、過去のことをくよくよ悩んだり、未来の事を心配したりして、今という時を十分に生きていない人があまりに多すぎる。過去の後悔や未来の不安に対するこだわりから自らを解放するんだ」
 ボクは大きく息を吸い込んだ。
「今日が人生最後の日だと思って生きる。明日を当てにせず、今日という日を摘み取る。このことが、『三つのメソッド』を実行する前に確かめておくべき道理なんだね」
 ガンジが口角を上げて、白い歯を見せた。
「そうだよ。生きるということのはかなさ、『変化の理』を深く自覚して、『自分が今晩にでも死ぬかもしれない』と覚悟することで、君は生きることに真剣に取り組み、深く有意義に生きることができる」
 ボクは思った、「島巡さんは死ぬ前に思っただろうか、『今この瞬間、死が訪れたとしても後悔しない』」と。
 ガンジがボクの目をのぞき込んで、静かに言った。
「もし君が今晩死ぬことになったら、君はいえるだろうか、『ボクは今、死んでも何の後悔もない。喜んで死を受け入れる』と」
 ボクはガンジを見た。その目は澄み渡っていた。ボクは目を閉じ、考えた、「ボクは今晩、死を受け入れることができるだろうか」と。
 ボクは目を開いて、ゆっくりと頭を左右に振った。
「ガンジ。ボクは今日が人生最後の日だということを受け入れられないな」
 ガンジはコクンと深くうなずいた。
「今は無理だっていいんだ。大事なのは、いつか本当に人生最後の日がやって来る日に君が『よし。今日がオレの人生最後の日だな。すべてを受け入れて、オレは笑って静かに死んでいけるぞ』と言えるようになることだ」
 ボクはさけんだ。
「そのためには、ボクは何をどうやればいいんだ!」
 ガンジが深くうなずいた。
「それを明日から詳しく話そうと思っている。人生最後の日に慌てたって駄目なんだ。遅いんだ。平穏な死を迎えることができるのは、十分に良い人生をしっかりと送った者だけなんだ」
 ボクは静かにゆっくりとうなずいた。
 ガンジが言った。
「それじゃあ、今日はこれまで。続きはまた明日」
 そう言って、ガンジは立ち上がり、病室から出ていった。

第5章 メソッドその1:パッション

 九月二十三日。入院して、四日目。
 今日は日曜日。朝食を終えて、ボーッとしていたら、十時頃、ガンジがやって来た。
「おはよう、アキラ」
「おはよう、ガンジ」
「調子はどうだい?」
「うん。まだ少し吐き気があるんだ」
「そうか。それじゃあ、まだお菓子の差し入れなんかできないな」
「そうだね」
 ボクもガンジも笑った。
 ボクはガンジに向かって言った。
「椅子に座ってよ。そして、三つのメソッドの話の続きを聞かせてほしいんだ」
 ガンジが上目づかいにボクを見た。
「そうかい。そう言ってもらえると、うれしいな」
 ガンジが「フフフ」と白い歯を見せた。
「それじゃあ、今日は一つ目のメソッドについて話しをさせてもらうよ」
「一つ目のメソッドの呼び名は『パッション』だったね。日本語で言うと、『情熱』」
「うん。きちんと言うと、『自分が人生に一番求めるものをはっきりさせる』ということ、それが最も自分らしい人生に進む方法の一つ目のメソッドだよ」
「極上人生を送るためにまず必要なことなんだね」
「そうだよ」
「ガンジ。一つ目のメソッドについて、もっと詳しく説明してくれないか?」
 ガンジは右手の人差し指をボクの胸に向けて突きあげた。
「おっと。その前に質問だ。君のパッションは何? 教えてよ。君が人生で一番求めるものは何なの?」
 胃がキュッと縮まった。ボクは舌先で上唇を舐めながら考えてみた、「ボクが生きていく上で一番求めているものは?」と。しかし、答えはパッと出て来ない。
 ボクは考えてみる、「ボクの求めているものは、 いじめられないで楽しく過ごせる学校生活? 良い成績を取って良い高校へ進学すること? 良い大学に行って良い会社へ就職すること? お金? おいしいものを食べてカッコいい服を着てカッコいい車を運転すること? 海外旅行? 一軒家? 結婚? 子ども? 有名になって皆からチヤホヤされること?」というように・・・。
 ガンジが低い声で言った。
「おい、アキラ。黙ってないで、何か言えよ。君が人生で一番求めているものって、何なんだい? 一番じゃなくてもいいから、君の求めていることを全部あげてみてよ」
 ボクはしばらく考えてから言った。
「ボクが求めているもの、それは、いじめられないで楽しく過ごせる学校生活。もっと顔や体がカッコよくなりたい。頭が良くなって、良い成績を取って良い高校へ進学したい。良い大学に行って良い会社へ就職したい。出世したい。良い職業につきたい。生きがいを感じられる 仕事がしたい。お金がたくさんほしい。 おいしいものを食べてカッコいい服を着てカッコいい車を運転したい。 温泉や海外旅行に行きたい。 立派な一軒家を持ちたい。 愛するパートナーを得て、結婚をして、子どもが生まれる? 有名になって皆からチヤホヤされたいかな?」
 ガンジはうなずいてから、目をガッと大きく開いた。
「一番欲しいものは、どれ?」
ボクは頭を左右に振った。
「一番欲しいもの? 急に言われてもわからないよ」
「じゃあ、質問を変えよう。もし君が病気であと半年後に死ぬとわかったら、半年の間にやっておきたいことって、何?」
「海外旅行に行って、いろんな人に会いたい」
「ふーん。それじゃあ、もし君があと一か月後に死ぬとわかったら、何をやりたい?」
「一ヶ月か。一ヶ月あったら、日本中を回りたい」
「よし。それじゃあ、君があと一週間しか生きられないとしたら、君は何をしたい?」
「一週間しかないのなら、ボクは自分らしくゆったりと時間を過ごしたい。家で好きな本を読んで・・・」
「なるほど。それじゃあ、今晩、命が尽きるとわかったら?」
 こめかみの血管がビクンと痙攣した。喉が異様に乾いていてヒリヒリする。
「今晩死ぬとわかったら、ボクは・・・父さんと母さんに『ありがとう』と言いたい。それから、たぶんきっとボクは後悔しながら死を待つんじゃないだろうか、『なぜもっと自分のやりたかったことを明確にしなかったのか、そして、自分のやりたかったことを実行しなかったのか』と・・・」
 ガンジがニコリともせずにボクを見つめていた。そして、口をゆっくりと開いた。
「オレが昨日、言ったこと、憶えてるかい?」
「『変化の理』だね?」
 ガンジは深くうなずいた。
「そうだ。時は過ぎ、何事も変化し、オレ達はアッという間に死んでいくんだ。『人生百年』なんて言われるけれど、百年なんかアッという間だ。それに、百年間も生きれれる人は少ない。いつ死ぬか、わかないんだ、オレ達は。人生の短さとはかなさを身に染みて感じるんだ。そして、自分が本当に求めるものを明確にすることの重要性・必要性に目覚めるんだ」
「うん」
「アキラ。一つ目のメソッドは『自分の人生で一番求めるものをはっきりさせる』ということだけど、言葉を換えて言うと、それはこんなふうになる。つまり、『自分の人生で何が最も大切か』、あるいは、『自分の人生で最も優先したいことは何か』、あるいは、『自分は何を成し遂げたいのか』、『自分の夢は何か』、『やっておかないまま死ぬと後悔することは何か』、『自分は人生に何を望むのか』、『自分はどんな人生を求めるのか』、『生きている間に自分が望むもの、手に入れたいものやほしいものは何か』、『人生の中で追及する様々な目標のうち、一番価値があると思うものは何か』、『自分はどんな人間になりたいのか』、『なぜ自分は生きているのか』、『自分は死ぬまでにどうなりたいのか』、『なぜ自分は自殺しないのか』、『生きる目的』、『自分が生きている意味』、『日々の細々した目標ではなく、人生全体の遠大な目標』、『様々な生きる目的があるけれど、それらの目的を成し遂げることによって、最終的に達成したい目的は何か』、『自分にとって最高善とは何なのか』『自分にとって幸福とは何なのか』・・・」
 ボクはガンジの言うことを黙って聞きながら、自問自答していた、「ボクは一体、何を最も求めているんだろう? ボクが一番ほしいものは何なのか?」と。
 ガンジが口を開いて、再びしゃべり始めた。
「とにかく、オレは思う、『自分が本当に求めるものを自分なりにはっきりさせることが大切だ』と」
「うん。ボクもそう思うよ」
「話を進めて、次は『自分が一番求めるものをはっきりさせることが、なぜ重要か』ということについて話したい。いいかい?」
 ボクはうなずいた。
「もちろん」
「子どもの時、人は飼い慣らされる。幼少期、に、・・・自分の考えや自分の夢を持てないでいた時に、オレ達は親や教師たちによって世間の価値観を刷り込まれた・・・ということに気づかなければいけない。そして、刷り込まれた価値観から自らを解放し、自由にならなければいけないと思うんだ。オレ達は幼い時に言われ続けた、『素直に、大人しく、みんなから嫌われないように、無謀なことはしないように』と。そして、『勉強ができた方がいい』、『お金がたくさんあれば幸せになれる』、『見た目や学歴や評判が大切』という固定観念を注入されてきたんだ」
 ボクは下唇を軽く噛んでから言った。
「確かに。ボク達は幼い時、身近な大人から社会に適応できる人になるよう躾けられた。でも、それって必要なことじゃないか?」
 ガンジは右手の人差し指を突き出し、上下に振った。
「確かに、社会化されることは必要だ。その上で、自分の人生を生きてかなければいけないんだ。間違った人生を生きる人は、自意識を持てる齢になっても、誰かの独断的な考えに縛られたまま、お金や地位や評判を死ぬまで追い求めるんだ。人生は短いんだ。誰か他の人の人生を無駄に生きている暇なんか、ないんだ」
「他人の考え方と共に生きていたら、自分が満足できる人生を送ることができなくなるんだね」
「そうだと思う。自分が納得できる人生を創るためには、誰か他の人の考え・ドグマに捕らわれてはいけない。そして、そうならないためには、人は『自分が人生に一番求めるもの』を明確にしなければいけないんだ。年老いて、次のように思ったら、最悪だ、『自分は間違ったものを求めて、人生を無駄にした』って」
「なるほどね。自分の人生を生きるためには、
他人の意見に従わず、自分の意見に従って生きていくことが大切なんだね。そこで、質問だ。ガンジ。自分が人生で一番求めるものを明確にするためには、どうすればいいんだ? ボクは自分が何を欲しているかということがわからない」
「本当に価値があると自分が思えるものが何であるかをわかるためには、自分の心や直観に従うんだ。君の内なる声は、君が本当になりたいものを知っているから」
「自分の心や直感に従う?」
「うん。自分の体の声に耳を傾けるんだ。生活の中で自分が『気分がいいな』とか『気持ちがいいな』と感じる瞬間に出会ったら『この気持ちの良さをもっと良くするためには何をすればいいのか』と問うんだ。そして、思いついたことを実行してみるんだ。自分の心と体にピッタリするものを見つけるんだ。自分を観察するんだ。内なる声が『やりたい』と言ったことをどんどんやってみるんだ。そうしてやってみた時の自分を見つめ、自分の体が何を感じているのかに気づくんだ。そうすれば、『自分はどんな人間なのか、自分は何をすると気持ちいのか』を知ることができる」
「自分を見つめる。自分でやってみる。自分を知る」
「他人に『これをやれ』と言われたからそれを何も考えずにやっていっても、生きていくことはできるだろう。しかし、それでは『オレは生きている』という実感・充実感を感じることはできない。自分の中にある『自分の存在を維持・拡大しようとする力』に突き動かされて、自分に意識を向けて、自分がこの上ない喜びを感じられるものを見つけていくんだ。より小さな完全性から、より大きな完全性に移行し、幸せを感じるんだ」
「なるほど」
「自分の中にある、衝動・原動力・性向・自然本性をあるがままに奏でる時、オレ達はこの上なく清く純粋な至福に満たされる」
 ガンジはそう言うと、目を閉じた。
 ボクは目を閉じたガンジを静かに見続けた。
 ガンジが目をカッと開いた。
「アキラ。改めて尋ねるよ。君が人生に一番求めるものは何だい?」
 ボクは「フーッ」とため息をついた。
「さっきからずっとそのことを考えているんだ。だけど、まだ答えは出てこない。さっき君が教えてくれたように、やりたいと思ったことにチャレンジして、自分を観察して、自分の心や体が『気持ちいい』と感じるものを見つけていきたい。そうしているうちに、自分が人生に一番求めるものがはっきりしてくるんじゃないかと思ってる。ところで、ボクから質問だ。ガンジ。君が人生に一番願うものは何なのか、教えてくれないか?」
 ガンジは口をすぼめて、目を細めて、遠くを見た。しばらくして、ボクの目をじっと見てから、言った。
「前世でオレがガンジーだった時、一番願ったものをわかりやすく言うと、『心の平和』だ。悲しみも苦しみも怒りもない、穏やかな心だ。両親が信じていたヒンズー教の影響を受けたままで、そこから自由になれてなかったのかもしれないけれど」
「心の平和?」
「そうだ。オレは君に言ったね、『自分が人生に一番求めるものをはっきりさせろ』って。人生に一番求めるものって、人それぞれ違うんだ。生まれた時代や生まれた場所や親の宗教によって影響を受けて、人は各自異なったものを求めるようになるんだ。他人にとってではなく、世界で一人きりの自分にとっての幸せを定義しないといけないんだ。わかるかい? 他人は他人の幸せの定義がある。自分は自分の幸せの定義をしなくてはならないんだ。自分の生まれた時、場所、宗教などの影響を受けつつも、自分にぴったりの夢をはっきりさせるんだ」
「なるほど」
「オレがガンジーだった頃の人生目標は『解脱』だ。ヒンズー教の言葉で言えば、『モクシャ』。『解脱』とは、『悩みや迷いなど、煩悩の束縛から解き放たれて、自由の境地に到達すること』だ。自分を縛るもの、苦しみや怒りから解放され、自由になることだ」
「ふーん。それがヒンズー教徒の求めるものなのかあ」
「もう少ししゃべっていいかい? オレにとって理想とは、『真理の探究』だ。そして、『真理』とはヒンズー教で言うと『サッティヤー』という語になるんだけど、『真理』は『神』であり、『愛』であるとオレは思う。『真理への忠誠心』を持つ者は、『神への忠誠心』『愛への忠誠心』を持つ。真理・神・愛への忠誠心を持つ者は激高も憤慨も殺人もしないんだ。つまり、心を平静に保ち、解脱できるんだ」
「なんとなく、わかるよ、ガンジ」
「うん。わかりやすく言うと、ガンジーの人生は『真理の実験』だったんだ。神を真理として現実化させることに努めるというものだ。あらゆる執着から自由になることに努めるということ。自己の内の臆病や不安を乗り越えることに努めること。ガンジーの一挙手一投足は真理・神・愛をめぐって行われなければならなかったんだ。わかるかい? だからこそ、ガンジーは『非暴力』を主張したんだ。自分の思念にも言葉にも行為にも、すべてに真理・神・愛が宿っていなければならなかったんだ。わかるかい? ガンジーにとって重要なことは、自己の内の臆病や不安を乗り越えることだったんだ」
「ガンジ。ちょっとわからない部分もある」
 ガンジは笑った。
「わからなくてもいいよ。とにかく、聞いてくれよ。今はしゃべりたいんだ。『サッティヤー』つまり、『真実』という語は、『存在している状態』を意味するんだ。『真理』以外には何一つ存在しない。存在するのは『真理』だけ、『神』だけ、『愛』だけなんだ。真理に献身すること、神に献身すること、愛に献身すること、それこそがガンジーにとって、人生で一番求めるものだったんだ」
 ボクはただ黙って聞いていた。ガンジが言っていることはあまり理解できなかったけど。
 ボクは手を上げて、質問した。
「君が前世でガンジーだった時の夢、人生目標は『真理の探究』『真理への献身』だったんだね。それじゃあ、今、君は『青空ガンジ』として生きているけど、今、君が人生に一番求めるものは何なんだい?」
 ガンジが人差し指を右耳の横に持ち上げて、指先をクルクルと回し始めた。集中して、考えているようだった。しばらくして、ガンジが顔を上げて、ボクを見た。
「今のオレのパッション、人生に一番求めるものについて述べるのは、ちょっと後回しにさせてくれ。その前に、まだガンジーの人生目標、夢、パッションについてしゃべりたい。
それはつまり、ヒンズー教徒の『人生の四つの目標』についてだ」
「四つの人生目標?」
「うん。ヒンズー教徒が求めるものは、『プルシャアルタ』と呼ばれる。その言葉の意味は、『人生の目的、人間のゴール』っていう意味なんだ。そして、これには人間が求める『四つの目標』があるんだ。そして一つ目は、『アルタ』。二つ目は『カーマ』。三つ目は『ダルマ』。四つ目は『モクシャ』だ」
「うん」
「一つ目の『アルタ』とは、『自分に安全・安心をくれるもの』ということ。食べ物・衣服・住居・健康など、肉体が生き残るための安全・安心のために獲得するすべてのものだ。アルタは『財を築く』と言ってもいい」
「うん。それから?」
「二つ目の『カーマ』は、自分を喜ばす心地良さ・快適さ・快楽だ。テレビ・映画・ダンス・音楽など、楽しめるもの、快適さ、娯楽のこと。特に無くても大丈夫だけど、それがあれば、ベターなもの」
「うん。じゃあ、三つ目は?」
「三つ目の目標『ダルマ』は、自分も周囲も心地良いことに喜びを感じること。周囲とは地球全体・宇宙全体も含まれていて、『宇宙の法則』に沿った行いをすることに気持ち良さを感じるということ。『ダルマ』は『法則』『自然の摂理』『調和』とも言われる。自分に与えられている役割・使命を果たし自分と周囲の間に調和を育んでいくことだ」
「うん。それじゃあ、最後の人生目標は?」
「四つ目の目標は『モクシャ』で、苦しみから解放された心のこと。何かを外に追い求める必要はなくて、すでに自分は幸せであるということを完全に理解している状態。つまり、追い求めることから自由になっている状態のことだ。幸せを求めるということは今が幸せでないということだからね」
「以上が『四つの目標』なんだね。これらすべてを求めるの?」
「人が求めるものは、その人の成長段階や境遇に合わせて、変わっていく。まず人はアルタを求め、アルタが確保され始めると、次にカーマを求める。さらに、人は成長とともに自分だけのためでなく、誰かの役に自分の能力が役立つことに喜びを感じる喜びが訪れるようになる。つまり、ダルマを求めるようになる。そして、最後にモクシャ、追い求めることからの解放、本当の幸せを求めるようになる」
 ボクは思った、「なるほどな」と。
「それで、ガンジ。今の君が人生に一番求めるものは、何なの?」
「うん。ヒンズー教の四つの人生目標を参考にしているんだけど、やはりバランスの良い幸福を求めたい。そして、最終的にはモクシャ、心の平静を求めたい。もっと現代的に言うなら、次の5つのものをバランスよく求めたいと思っているんだ。一つ目は『心と体の健康』、そして、二つ目は『経済的豊かさ』、三つ目は『良好な人間関係』、四つ目は『やりがいのある仕事』、五つ目は『自己実現』。五つのどれも程々に満たされているというのが理想だ。そして、最も求めるのが、精神的な幸せである『自己実現』だ。つまり、自分の資質を生かして十分にそれを発揮し、自分にピッタリ向いていることをやって活躍して、自分の中でズレのない気持ちいい状態を保ちたい。それが、今のオレの一番求めるものかな」
「なるほどね」
「自分の心と体を観察し、自分の心身が求めているものに注意を向けて、『ワクワクドキドキできる』って感じたことを素直にやっていきたい。毎日・・・」
「なんか、うらやましいな。君は自分が求めるものがはっきりしていて・・・」
 ガンジが目玉が飛び出すほど、目を大きく開いた。
「今度は君の番。アキラ。君が自分の目標をはっきりさせていく番だよ」
 ボクは黙ったまま、うなずいた。
 ガンジが左腕を胸まで上げて、腕時計を見た。
「それじゃあ、今日はそろそろ失礼するよ。また、明日、来てもいいかい」
「もちろん。待ってるよ」
 体の中心がホカホカに温かくなった。
 僕は右手を上げて、左右に振った。
 ガンジも手を振り、病室から出て行った。

第6章 運命を愛する

 九月二十四日、月曜日。入院して五日目。
 夕方、ガンジがやって来た。
「こんにちは。元気かい、アキラ?」
 ガンジは右手を上げて、ニコニコ笑顔で病室に入って来た。
 ボクも元気よく返事した。
「ガンジ。今日も来てくれて、ありがとう」
「どういたしまして。毎日、退屈だろうと思って来てるけど、迷惑じゃない?」
 ボクは両手の手のひらを突き出して、左右に振った。
「とんでもない。助かってるよ、いろいろ教えてもらえて。ところで、今日は『極上の人生を創る、三つのメソッド』の、二つ目のメソッドについて教えてくれるんだよね?」
 ガンジは鼻をピクピクウさせてから、言った。
「その前に、今日は『運命を愛する』という話をさせてもらえないか」
「運命を愛する? 何だい、それは?」
「うん。自分が努力しても変えられないものは、受け入れる・・・ということだ」
「変えられないものを受け入れる? それって、詳しく言うと、どういうこと?」
「例えば、君が男に生まれたこと。日本人として、千葉で、今の両親の元に生まれたこと。君の顔や体、生まれながらに持っている身体能力や脳の力、そうしたものは自分では変えられない。そうしたことを変えたいと思っても、変えることはできない。ならば、変えられないものは『変えたい』なんて望まずに、そのまま受け入れた方がいいということさ」
「確かに。ボクの場合、周りの同級生に比べると、顔も悪いし、頭も悪いし、運動神経も悪いし、性格だって良いとは言えない。ボクは思う、『ボクって、なんて恵まれていないんだ』と。周りにいる恵まれた奴がうらやましい。背は高くて、足が速くて、顔はイケメンで、勉強はできて、女の子にモテモテ。ボクは思う、『これって不平等だ』って」
 ガンジは目を細めて「クスッ」と笑った。
「そう思うよね。だけど、そんなことしても無意味だということに早く目覚めなければいけない。と言うより、そんなことしたら自分を惨めにするし、時間がもったいないということに気づかなくてはいけないと思うんだ。そして、他人と自分を比較することをやめて、自分に与えられた運命を『変えられないもの』として諦めて、受け入れていって、『変えたい』と願うことを止めるんだ」
「それって、口で言うほど簡単じゃないかもね」
「そうかもね。でも、不可能じゃない。まず、変えられるものと変えられないものとの識別をすることが大事だ。自分が変えたいと望んでいるものが、変更可能なことなのか、変更不可能なことなのかを識別するんだ。これには、賢さ、知恵が必要だ。次に、変えられないものについては、冷静に無視する。気に欠けないようにするんだ。さらに、変えられるものの中でも、自分が優先的に変えたいと願うものは何かを判断し、それに集中的に取り組んでいくんだ。なんたって、人生は短いし、いつ死ぬか、わからないからね」
 ボクはフーッと息を長く吐き出した。
「だから、君は二つ目のメソッドについて話をする前に『運命を愛する』という話をしたんだね」
 ガンジは大きくうなずいた。
「自分で変えられるものは数多くある。だけど、そのすべてを変えていく時間はオレ達にはない。変えられるものの中で自分が絶対に変えたいと思うものに今日、取り組んでいくんだ。自分が人生に一番求めるものをはっきりさせた後は、その求めるものを得るための行為を何にするか決めることはこの上なく重要なんだ。変えられないものをミッションに選ぶほど、無意味なことはない」
 ボクは何度かうなずいた。
「自分の欲望が数多くある中で、何が自分でコントロールできるか、そして、何をコントロールしたいのかを賢明に識別していくことの重要性を忘れてはいけない、っていうことだね」
「自分の欲望の中でコントロールできるもの、そして、コントロールして変えたいものを、自分のミッションにしていくんだ。そうすることによって、満足を手に入れることができるんだ」
「なるほど。ところで、自分で変えられるものって、例えば、どんなことがある?」
「そうだな。例えば、今、この瞬間、何をするかを考えて決定するとか、入学試験やスポーツの試合に備えて練習するとか。しかし、変えたい目標によって、コントロールの及ぶ程度は異なる。一つは努力して、結果を完全にコントロールできること。もう一つは努力して、ある程度しかコントロールできないこと。・・・そして、前者・・・努力の結果を自分で完全にコントロールできることは、例えば、『今から三十分間、受験勉強をする』という欲望・目標。そして、後者・・・努力の結果をある程度しかコントロールできないことは、例えば、『県立高校に合格する』という欲望・目標。前者の、自分の内的な欲望、目標はコントロールできるんだから、そういう目標を設定した方がいい。後者の、結果をある程度しかコントロールできないことは、いろんな条件によって結果が決まってくるから、そういう目標はあまり設定しない方がいい。もしそういう欲望、目標を設定するとしても、『結果を期待せずに努力すること』が大切なんじゃないかと、オレは思うんだ」
「なるほど。ところで、話は少し変わるけど、君が受け入れたこと、そして、変えたいと望んだことは、何だい? 教えてくれないか?」
 ガンジは右手で頭の後ろをボリボリと掻いてから、言った。
「オレがガンジーとして生まれて、変えられないものとして受け入れたのは、自分がインド人として生まれたこと。それから、ヒンズー社会の四つあるカーストのうち、三番目のヴァイシャ、商人の家系に生まれたこと。それから、まだ十三歳だった時に、両親が結婚を決め、結婚したということなどだ。つまり、自分の生まれや自分が生まれた家庭、それから幼少期の親や教師の教育などは、自分の力が及ばないものなんだ。だけど、ある程度成長して自我意識を持てるようになった時、自分の内面の目標や価値感や意見などについては自分がコントロールし、決断するようにしていった。例えば、十九歳の時にイギリスに渡り、法律を学んで弁護士を目指したり、二十四歳の時に南アフリカに渡ることを決意したりしたんだ」
「なるほど」
 ガンジは右手の手のひらを空に向けて広げて、ボクの胸の前に差し出した。
「アキラ。君はどうなんだい? 君はコントロールできるものとコントロールできないものを識別しているかい? それから、コントロールできることは何で、コントロールできないこととは何だと思う? それから、自分がコンロロールできて、なおかつ、是非コントロールしたいと思うことは、何だい?」
「そうだな。そう言われるとボクはきちんと識別できてなくて、むしろ変えられないものを変えたいと望んでいるような気がする。常に周りのうらやましい奴と自分を比較して、自分が劣っている能力の欠如にイライラしている。そんな無駄なことをするよりも、自分の力が及ぶことで、自分が是非変えたいと思うことを明確にした方がいいんだろうな」
 ガンジは両手を合わせてパチパチと拍手した。
「アキラ。すごいよ、そんな風に考えらえるなんて。でも、今後は、より進化してほしい。具体的には、自分が置かれている現実をしっかり見据えつつ、同時に、自分を制限するリミッターを取り外して、今よりも高いレベルにいる自分をイメージして、さらに大きな自分を創り上げていくんだ」
「自分の可能性を信じることが大切なんだね」
 ガンジはゆっくりと大きくうなずいた。
「とにかくこれで、メソッドその1の話は完了。明日は、二つ目のメソッドについて話そう」
 ボクもうなずいた。
 ガンジは手を振って、病室を出て行った。

第7章 メソッドその2:ミッション

 今日は九月二十五日、火曜日。入院して六日目。
 夕食前にガンジがやって来てくれた。
 ボクは手を上げてから、言った。
「ガンジ。毎日毎日、お見舞いに来てくれて、ありがとう。君の負担になってるんじゃないかって、心配なんだけど」
 ガンジは笑いながら、手を左右に振った。
「何、言ってるんだい? オレは喜んで来てるんだよ。全然、迷惑じゃない」
「そうか。それじゃあ、ボクのお見舞いに来ることは、君のパッションになっているっていうこと?」
 ガンジは「ハハハ」と高い声を出して笑った。
「パッションか・・・。いいこと言うね! オレ達はさっそくメソッドの一つ目を積極的に実行しているということになるのかな。つまり、自分が人生に求めるものを明確にしているというわけだ。そこで、アキラ。質問だ。二つ目のメソッドは何だったか憶えている?」
「もちろん。『ミッション』だよね?」
「そうだね。日本語で言うと、『使命』だ。じゃあ、『ミッション』って、具体的に言うと、何だった?」
 ボクは「ええっと・・・」と唸って、考え込んだ。しかし、きちんと言葉にできない。ボクは顔を上げて、ガンジを見た。
 ガンジは軽くうなずいた。
「極上の人生を創る二つ目のメソッドは、きちんと言うと、『自分がやるべきことに目覚める』というものだ。だけど、これだけじゃあ、言葉足らずだ。この言葉の前に付け足さなければいけない言葉が必要なんだ。何だったか、憶えてる?」  
 ボクは頭の中を高速回転させて考えてみたけど、わからない。黙ったまま、視線を上げてガンジを見た。
 ガンジはゆっくりうなずいてから、言った。「『自分がやるべきことに目覚める』の前に必要な言葉は、『人生に自分が一番求めるものを得るために必要な』という言葉だ。わかるかい? 自分が求めるものを手に入れるために役に立つ戦略、タスク、使命を明確にしなければいけないんだ。つまり、自分がやるべきことは、自分の人生目標を達成するためのものでなければならないんだ。自分がやるべき使命を決めて、その使命をやり続けても、もし全く目標を達成できる見込みがなければ、そんな使命は意味がないんだ」
「ガンジ。つまり、自分の使命を決める時は、目標をきちんと達成できる、効果的な方法を設定しなければいけないということだね?」
 ガンジは目を閉じて、顎をコクンと下げた。
そして、目を開いた。
「なぜ一つ目のメソッドだけでは、不足なのか、わかっただろう? 自分の人生目標を明確にしただけでは、極上の人生を創造することはできない。自分の人生目標を達成する実効的な戦略・使命がなければ、めざす生き方は実現できない。わかるか? 最も自分らしい人生の道に進むためには、まず『自分が求めるものをはっきりさせること』が必要だけど、それだけじゃあ、望む人生を創ることはできないんだ。自分が求めるものを明確にした次に、『日々活動していくなかで自分の人生目標を達成するために具体的に何をしていかなくてはいけないのか』を明確にしなければならないんだ」
 ボクは鼻をヒクヒクとさせてから、言った。
「例えば、ボクが毎日、何かの行為や使命にやっきになって取り組んでも、それが優先する目標を達成しない行為なら、そんなことしても、馬鹿げているということだね」
「自分の人生目標以外の他の目標を達成しても、何の意味もない。無駄だ。行為の選択を間違ってはいけないんだ。言ってること、わかるかい? 自分のやる行為は、自分の目標の達成に合致したものじゃなければならないんだ。例えば、君がAという山に歩いて登りたいという目標を設定したとする。その時、君が飛行機の操縦免許を取る練習をして、目標を達成できるだろうか?」
 ボクはかぶりを振った。
「そんなことしても、時間の無駄だ。山に登るためには、山に登るという目的を達するためにピッタリ合った方法を定めなければならない」
「うん。そうだね。だけど、多くの人が的外れなミッションを設定している。自分の人生の遠大な目標を設定できた場合でも、その目標を達成する実効的な方法を設定できなければ、夢は実現できない。気がついたら、死が目の前に押し寄せてきていて、時間やエネルギーを無駄に浪費したことに愕然とするんだ。それでは、遅い」
 胸の中で、何か冷たいものが吹き抜けて行く。ボクは「スーッ」と大きく息を吸い込んだ。
「ガンジ。質問だ。自分が人生に一番求めるものを達成するために必要な戦略・使命を明確にするためには、何をすればいいんだ?」
 ガンジは右眼をギョロッと大きく開いて、ボクをチラリと見た。
「良き人生をおくるために、人は何をしなければならないか? 自分のパッションを実現するための具体的な使命を何に設定するかを、どうやって決める?」
 ボクは内心、思った、「質問したのは、ボクの方なのに」と。しかし、「フッ」と息を吐き出して、答えた。
「そうだな。夢や目標を実現するためには、その夢・目標を叶えるために必要な行動を明確にすることが必要だろうな。例えば、ボクがAという山に登りたいと思ったら、地図を手に入れるとか、必要な道具を揃えるとか、体力をつけるとか」
「その通り、自分の目標の実現に必要な行為を具体的にはっきりさせるんだ。君がもし副業で毎月に十万円稼ぎたいと思ったら、まずどんな仕事があるのか、ピックアップする。そして、副業をやってみて、適性を確認する。次に、スキルを学ぶ。さらに、採用面接を受けまくる。そんなふうに『目標達成のためには何をすればいいのか』というステップをはっきりさせることが重要」
「それを自分で考えるんだね?」
 ガンジは人差し指を突き立てて、言った。
「自分で考えることはもちろん必要。だけど、それだけでは不足だ。専門家に頼るんだ」
「専門家?」
「山登りなら、登山ガイドに聞く。資産経営なら、ファイナンシャル・アドバイザーに尋ねる。人生の遠大な目標なら・・・」
 そう言ってから、ガンジはボクをジッと見た。
 ボクは息をグッと飲み込んだ。
「一体、誰に尋ねるんだ?」
「さて、誰だろう?」
 ボクはしばらく考えてから、言った。
「周りにいる大人。その中でも、自分が信頼し、頼りにできる人に相談してみるのがいいんじゃないか?」
「そうだね。自分がどんな目標を設定したかということを考慮して、そのパッションに適合した人を選ぶことが必要だね。だけど、周りの人だけでいいんだろうか?」
 その時、頭の中で何かがパッと光った。
「自分の周りにいない人。遠くに住んでいる人や外国人。それから、過去に生きていた人たち!」
「そういう人たちのアドバイスを得るためには、どうすればいい?」
「本を読む?」
「そうだね。本を読んだり、ネットで情報を得たりするんだ。そうして、自分の人生目標を達成するために必要な戦略・使命を教えてもらったり、収集したりして、決定していくんだ。特に、重要なのは『古典』だ。無くなることなく現代にまで伝わってきた『古典』には、揺るぎのない力があるから、それを読まなくては。すぐに消えていくような本を読んでいる暇はオレ達にはない」
 ボクは両手を合わせて、パシンと音を立てた。
「なるほど」
 そう言ったあと、ボクはしばらく考えてから、言った。
「ガンジ。君がガンジーだった時、自分のパッションを実現するための戦略は何だったんだい?」
「ガンジーとして生きていた時、ヒンズー教徒としてガンジーが人生に一番求めたものは、『神にまみえること、人間解脱、モクシャ』だ。それは、わかりやすく言うなら、『真理への忠誠心』『神への忠誠心』『愛への忠誠心』であって、神・愛を真理として現実化させることだったんだ。わかるかい? 『神の激励を受けながら、心の平和に達すること』。そして、その目標を達成するための戦略は、ヒンズー教が守るべき5つの行動だったんだ。それを、ヒンズーの言葉で『ヤマ』、日本語に直すと『禁戒』というんだ」
「5つの行動?」
「それらを全部、名前だけ言ってしまうと、次のようになるんだ。一つ目は『アヒムサ』、非暴力。二つ目は『サティア』、真実・正直。三つ目は『アスティヤ』、不盗。四つ目は『ブラフマチャリア』、禁欲。五つ目は『アパリグラハ』、不貪。これら五つのことについては、ここではふれない」
「どうして?」
 ガンジは目を一瞬閉じて、息を吸い込んだ。
「オレは思っている、『ガンジーが人生に言一番求めた目標を達成するための戦略は、何と言っても、バクチだった』と・・・」
「『バクチ』? それは、何?」
「『バクチ』は『神への献身』だ。『神に対して肉親愛のような感情を込めて絶対帰依すること』だ」
 僕は頭をかしげた。ガンジはそれを見て、言葉を付け加えた。
「『バクチ』は、自己の能力の精進努力によって解脱を得ようとするものではないし、知識や行為によって解脱しようとするものでもない。『バクチ』は『神を信愛すること』なんだ。自己の一切を放棄して神に帰依してかみにきえし、その恩寵にあずかって解脱を得ようとするものなんだ。ガンジーは一身を神に捧げ、尽くすことによって、目標を達成しようとした・・・とオレは思う。人生など、宇宙の歴史から見れば、本の一瞬に過ぎない。だから、他の一切を排して神のみを想うことことがガンジーにとってのミッションだったんだ。刹那的な快楽など求めていられるはずはなかったんだ」
 ボクはうなずいた。
 ガンジは目玉をギョロリと動かして、ボクを見た。
「ガンジーはガンジーの生きた時代や場所や宗教の影響を受けて、戦略を設定したんだ。さて、今は君の番だ。アキラ。君は君のパッションを実現するために、どんな戦略を取るんだい?」
 ボクはそう尋ねられて、目を閉じ、頭を下げて考え始めた。そして、目を開けていった。
「今の時点ではボクのパッション、人生目標は『心の平和』・・・ということだと思う。だけど、この目標も歳と共に変わっていくかもしれない。そして、『心の平和』ということを達成するための方法としては・・・? さて、どうしたらいいんだろう?」
 ボクは顔を上げて、ガンジを見た。
 ガンジは指先で鼻の下をゴシゴシとこすった。
「『心の平和』とは真逆の状態の時、君はどうやって穏やかになる? つまり、イライラした時、悲しくて泣きたい時、ビクビクと怯えてしまう時、不安で心が潰れそうになる時、君はどうする?」
「そうだなあ。イヤな気持ちになった時は、とりあえずそのイヤな人や物から離れる。食べたり飲んだり走ったり買い物したりして、イヤな気持ちを一旦忘れようとする。それから、深呼吸する!」
 ガンジが右手の親指を立てて、ボクの胸の前に突き出した。
「それ、イイね! 他にも効果的な戦略を学んで、いろいろは方法を知っておくって、大事だ。もしそうした方法を知らなければ、君の人生目標は達成できないんだから」
 ボクは「うん」とつぶやいた。
「自分のパッションを実現するための方法論について本を読んだり話を聞いたりすることって、大切なんだね」
「間違った薬を飲めば病気は悪化する。間違った戦略を取れば目標は達成できない。目標地点に到達しようと思ったら、正しい地図を見て正しい道を通っていかなくてはね」
「そうだね」
 ガンジは左腕を上げて、腕時計を見た。そして、右手を上げた。
「それじゃあ、また明日来るよ」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、さようなら」
「うん。さようなら。今日はどうもありがとう。また、明日、話を聞かせてね」
 ガンジは目を細め、白い歯を見せた。
「そう言ってくれるとうれしいね」
「明日はメソッドその3について教えてくれるのかい?」
 ガンジは両目を強く閉じてから、言った。
「うーん。それは秘密。楽しみは明日まで取っておかなくては!」
「そうか。それじゃあ、明日を楽しみにしてうるよ」
「アキラ。さよなら、また明日」
 そう言うと、ガンジは病室をあとにした。

第8章 ミッションの注意点その1

 今日は九月二十六日、水曜日。入院して七日目。
 ガンジは夕方、やって来た。
「こんにちは。元気かい?」
「うん。元気だよ。今日も来てくれてありがとう。君が来てくれると嬉しいよ」
「早く学校に行きたい?」
 そう尋ねられて、頭の中に真っ先に浮かんだのは宮崎ミドリさんの笑顔だった。その時、ボクは思った、「学校に行ってミドリさんの顔を見たい」と。でも、その後、ボクの脳に辰巳ツトムの憎たらしい顔が浮かんできた。
 ガンジはボクの顔を見て、言った。
「その様子じゃあ、微妙みたいだね」
 ボクはため息をついた。
「学校に行きたいような、生きたくないような・・・そんな感じだよ」
「そうだね。世の中、いいことばかりじゃないもんな」
 ボクはガンジを見た。ガンジは物思いにふけっているようだった。ボクはガンジに向かって言った。
「ガンジ。今日は何について話してくれるんだい?」
 ガンジは我に返って、ボクを見て言った。
「昨日は『極上人生を創るためのメソッドその2:ミッション』について話したよね」
「うん。自分が人生で一番求めるものをはっきりさせた後は、その目標を達成させるための戦略をたてないといけない・・・という話だったよね。でないと、めざす生き方はできない」
「その通り」
「今日はいよいよ、『メソッドその3:アクション』について話をしてくれるのか?」
 ガンジは両手を突き出して、左右に振った。
「ちょっと待ってよ。早くメソッドその3について話を聞きたいのはわかるけど、その前に別の話があるんだ」
 ボクは胃がキリリと痛むような感じを覚えつつ、言った。
「何だい、それは?」
「それは、『メソッドその2:ミッション』を実行していく上での注意点だ。目標を実現するための戦略を立てていく上で気をつけなければいけないことが三つあるんだ」
「三つも?」
「うん。一つ目は、『頭の中を空っぽにする』っていうこと。二つ目は『本当の自分に目覚めていく』っていうこと。そして、三つ目は『自分の使命を見い出す』っていうこと」
 ボクは三つの注意点がどんなものか、少し考えてみたけれど、よくわからなかった。
「ガンジ。詳しく教えてよ」
「うん。今日は一つ目の注意点について話をさせてもらうよ。自分の戦略を立てていく上で大切なことは、『頭の中を空っぽにする』っていうことだ。これはどういうことかというと、『余計なことは考えない』ということだ。人間は脳が発達しているから、考える。と言うより、考えて過ぎてしまう。過去の経験から学んで、未来に悪い状況が起こることを想定し、そうならないためにはどうすればいいかとか、そうなった時にどう対応するかとかいったことを前もって考えて、オロオロと心配してしまうんだ」
 ボクは黙ったまま、ガンジの顔を見つめた。
ガンジは「フーッ」と息を吐き出してから言った。
「わかるかな? 『頭の中を空っぽにする』っていうことは、『頭の中にある余計な考えを手放す』ということなんだ。余計な考えとは焦り・悩み・怒り・不安・悲しみ・後悔・欲望・憂鬱といったイヤな気持ちだ。君もあるだろう? 気がふさいで仕方なかったり、何もかもがつまらなくなったり、落ち着かなくてイライラしたり、人生が無意味に思えたり・・・。そうしたイヤな気分は、外の世界のせいじゃなくて、自分の心に振り回されて生まれたものなんだ」
「それはつまり、自分で自分を苦しめているっていうことか?」
「そうだとオレは思う。自分の心を自分でコントロールすることが大切なんだ」
「それは違うだろ! イヤな気分の原因は周りの状況のせいであって、自分の心のせいじゃないだろ。ボクがイライラしたり落ち込んだりするのは、周りの人間が悪いせいだ。ボクの思い通りになっていかない状況が原因だ」
 ガンジがゴクンと唾を飲み込む音が聞こえた。
「自分の心そのものが、自分の経験を形作るんだ。自分の置かれている状況が自分の思い通りにならなくても、それをどう見ているか、どんな視点で見ているかによって、自分の心は変わってくるんだ。『こんなはずじゃない、こんな欲求不満の状況はおかしい』と考えている限り、イライラは消えていかないんだ。世界に対する見方を変えれば、実質的に自分の周りの世界が変わるんだ。だからこそ、心のトレーニングが大切なんだ」
「だったら、どうしたらいいんだい?」
「頭の中にある『思い通りにならないなんて不幸で、あってはならない状況だ』といった思考・感情を全部頭の中から追い出して、空っぽにするんだ。何も考えずに、ただ目の前の瞬間に注意して生きるんだ。一つ一つの瞬間に十分注意することによって、良い事でも悪い事でも自分が体験していることを自分のものにできるんだ。イヤな気分に陥ることなく、思い通りいかない人生を切り抜けていくことができるんだ。わかるか? これは心を手なずけることだ。集中とリラックスの微妙なバランスを保つんだ。ちょうど綱渡りをするように一瞬一瞬の肉体の動きに意識を向けて人生を生きるんだ。余計な考えが頭の中に浮かんで来てもそれを追いかけていかなければ、それは自然に消えていくものなんだ。ちょうど、月夜の晩に月にかかった雲が風に流されて消えていくように」
 ボクは叫んだ。
「考えない方が悪いんじゃないのか? 何も考えずに未来に備えなければ、変化に対応できないじゃないか。それに、自分の思い通りにならない状況を変えていく作戦を考えて実行していかなければ、ストレスは消えていかないんじゃないのか? 『何も考えない』っていうのは良くないことだろう?」
 ガンジはゆっくりと頭を左右に振った。
「何事もバランスが大切なんだ。考え過ぎるのも良くないし、考えが足りなさ過ぎるのも
良くないんだ。程々に考えるっていうことが重要なんだ。君が怒りで不満だらけになるのは自分の心に振り回されて、余計なことを考えすぎるのを自分に許してしまっているからだ。自分の心という暴れ馬を自分で調教するんだ。自分の心を飼い馴らすんだ。自らの心を調教して鍛えれば、君は幸福を達成できる。心を穏やかな状況に維持できる」
「幸福って、外部の状況だろ? いじめられないで楽しい学校生活が送れたり、十分はお金があったり、希望する学校や会社に合格したり、好きな人とデートできたり、希望する役職に昇進できたり・・・」
「自分が置かれている状況を自分の思い通りに変えていくことは、できない場合が多い。だが、現在の状況を幸福と感じるか不幸と感じるかは、外の状況がどうであるかより、オレ達の人生観がどんなものであるかによって決定される・・・と思う。オレ達が『状況をどのように理解しているか』『今、自分が所有しているものにどれだけ満足しているか』によって大きく影響されるんだ。確かに外の状況に働きかけて、より良く変えていくことは大切だ。そして、同じ状況に置かれても、ある人は『幸福』と感じ、別のある人は『不幸』と感じる・・・そうじゃないか?」
「つまり、君が言いたいことは、幸福とはボク達の今の心の状況であって、外部の状況ではないということだね。幸福とはボク達の心に生じ、心と共にあるということだね」
「外部の状況が好ましいに越したことはないと思うし、外部の状況をより好ましいものに変えていく努力は大切だと思う。けど、外部の状況がどんなに好ましいものであれ、どんなに忌まわしいものであれ、それが幸福の原因であると考えて、外部の状況の改善だけを求めても、幸福になることはできないんじゃないかな。自分の受け取り方、心を変えていくことも大切だと思うんだ」
 ボクはしばらく考えてから言った。
「質問だ。ボクが自分の人生目標を達成する戦略を立てていく上で、『頭を空っぽにすること』がなぜ必要なんだ?」
「人生とは『思い通りにならないもの』なんだ。不合格、失恋、ケガ、交通事故、失業、破産、病気、老齢、貧困、死など、人生はやっかいごとだらけなんだ。そうした避けられない変化に直面しても、頭を空っぽにすることによって人間は乗り越えていくことができるんだ。自分の心を鍛えることによって、自らを癒すことができるんだ。今この瞬間に集中することによって、自らを救うことができるんだ。『自分の中にある、穏やかで安らかな全体性』を感じ取ることができるようになるんだ。つまり、『大いなるイノチの力』に覚醒できるようになるんだ」
「自分の中にある、穏やかで安らかな全体性って何? 大いなるイノチの力? 何だ、それは?」
「『自分に本来備わっている全体性』や『大いなるイノチの力』・・・これについては、いつか詳しく話したい。今日はそれについては触れない。とにかく、、やっかいごとに直面した時に『大いなるイノチの力』を呼び覚ますことができれば、オレ達は癒され、知恵・救いがもたらされる」
 ボクはガンジの言っていることがよくわからなかったので頭をかしげてから、こう言った。
「君の言っていることが理解不能だけど、次の質問だ。ボク達が頭を空っぽにしていくためには、どうすればいいんだい?」
 ガンジは手のひらで頬っぺをゴシゴシとこすってから言った。
「座って、目を閉じて、ゆっくりと呼吸を繰り返し、呼吸にすべての注意を集中させる。そうすることによって、自らの心を整えていくことができる」
「瞑想?」
 ガンジはうなずいた。
「本来、人間の脳は勝手に考えてしまう性質を持っている。そして、脳の中に浮かんで来た思考や感情を追いかけて増幅させてしまう。君が姿勢を正し、何回かゆっくりと呼吸を繰り返すと、君の注意力はさまよい始めてしまう。例えば、身体の感覚に気づいたり、周囲で起こっていることが気になったり、過去や未来について夢想したり、自分や他者について判断を下し始めるだろう。それでも、姿勢を正し、息をゆっくりと吐き続けるんだ。そして、頭の中に浮かんできた思考・感情など、自分の注意を逸らしているものに気づき、それを認識し、手放すんだ。注意を、穏やかな呼吸に戻すんだ!」
「それを繰り返していたら、ボクは自分の心を手なずけることができるようになる?」
 ガンジは頭をゆっくりと大きく縦に振った。
「注意力を失っても、自分の注意力をコントロールする力を回復するんだ。何度も何度も。そうすることによって、やがて莫大な見返りがもたらされる」
「莫大な見返り?」
「心の安らぎ・・・。スッと気持ちが落ち着き、心が洗われ、かつて感じたことのないさわやかさを感じることができる」
「余計なものが頭から消え去って、心が軽くなる?」
 ガンジが目を閉じ、黙ったままうなずいた。
 ボクは思っていた、「森の木々を飛び跳ねる猿のような、ひっきりなしの心のおしゃべりを止めることなんて、できるのだろうか?」と。
 そして、ボクはガンジに向かって質問した。
「ガンジ。君が前世でガンジーだった時、君は頭を空っぽにすることができたのかい?」
 ガンジは口をすぼませて、とがらせた。それから、ボクを見て言った。
「ガンジーは『苦しみにも楽しみにも心を乱されてはならない』という信念を持っていたんだ。これは、ヒンズー教経典『バガヴァッド・ギーター』にある『サマカーヴァ』と呼ばれる根本原則だ」
「心を乱されないように努めたんだね?」
「例えば、『バガヴァッド・ギーター』には次のようにある、『あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。また、無為に朱着してはならぬ』と・・・。つまり、ガンジーは結果よりも結果に至るプロセス・方法を重視したんだね。結果的に失敗するとか成功するとかいったことを考えて悩み苦しむよりも、ただ正義のために働かなくてはいけないと思っていた」
「結果が大切だと、ボク達は思うけどね」
「実際、ガンジーは瞑想を行ったから、常に心を平静に保つことができたんだ。ガンジーは人に会う時はいつも快活で、笑顔を絶やさず、冗談を飛ばすことができたんだ。厳しい闘争の中で、一日四時間しか眠れないような時でも・・・」
「自分の精神を鍛えたんだね」
 ガンジはうなずいた。
「アキラ。君はどうだい? 自分の心を手なずけることができているかい?」
 そう尋ねられて、ボクの心臓はドキンと震えた。ボクは考えた、「ボクは頭を空っぽにすることができているか?」と。答えは明らかだった。状況が自分の思い通りにならなければ、爪を噛んでイライラし、物や人に当たっていた。
 ボクが顔を上げてガンジを見ると、ガンジは言った。
「自分の人生目標を達成するための戦略を立てる時、『頭を空っぽにして、完全に今ここに存在すること』は大切だ。過去の思いに捕らわれたり未来を夢見たりしていては、良い戦略を立てることはできない。心が興奮して暴走するのを許してはならない。自分の心をコントロールしなければならないんだ」
 そう言うと、ガンジは立ち上がった。
 ボクはガンジを見上げて、言った。
「もう帰るのか?」
 ガンジはニコッとほほ笑み、そして、手を振った。
「うん。とりあえず、今日話したかったことは言い終えたから。それじゃあ、また明日。と言っても、明日が来るかどうか、わからないけれど」
 そう言うと、ガンジは右手を上げて、左右に振ると、病室から出ていった。

第9章 ミッションの注意点その2

 今日は九月二十七日、木曜日。入院して、八日目。
 ボクは病室の時計を見た。ちょうど午後五時だった。その時、病室のドアをノックする音が聞こえた。ボクは振り向いた。
「こんにちは。お邪魔します」
 ガンジ君がニコニコ笑って、そこに立っていた。
 ガンジ君はボクのベッドの横にある椅子に座ると、言った。
「どうだい、調子は?」
「うん。おかげさまでいい感じだよ。お医者さんもあと一週間位で退院できるだろうと言っているよ」
「良かったね」
「うん。入院中も君が来てくれるから、助かるよ」
「そうかい? そう言ってもらえると、うれしいね」
「ガンジ。今日は『極上の人生を創る、二つ目のメソッド』の注意点その2についての話をしてくれるんだったね」
「うん。何だったか、憶えてる?」
「ええっと、たしか、『本当の自分を知る』とか何とかだったよね?」
 ガンジは両手を合わせてパチパチと叩いた。「よく覚えているね。すごい。まあ、できたら正確に『本当の自分に目覚める』って覚えてほしいけど」
「『知る』と『目覚める』で、そんなに違いはないと思うけど」
 ガンジはうなずいた。
「そうだ。あまり違いはないね。でも、オレが『目覚める』っていう言葉を使いたい理由は、『もともと自分の中に潜在している本当の自分の力を覚醒させる』っていうことを強調したいからなんだ。ただ『知る』だけでは、『新しい知識を得る』っていう感じになってしまう。オレは思うんだ、『本当の自分は、生まれた時からすでに自分の中に与えられているものだから、幼少時からオレ達はその存在を自覚してもいいはずだ』と。だけど、ほとんどの人は自分の中に眠っている本当の自分に気づくことができないでいる。それは悲しい。だから、オレは願っているんだ、『本当の自分に気づいてほしい』『本当の自分を自覚してほしい』『今まで眠ったまま気づかないできたけれど、そろそろ目を覚まして、本当の自分を意識し、その存在を自覚してほしい』と」
 ガンジは眼を輝かせて言った。ボクは何度かうなずいてから、言った。
「ガンジ。君の願いはわかったけど、『本当の自分』って一体、何なんだい?」
 ガンジはニコッと笑って、頭を横に倒して両手を上げながら言った。
「さあ、何だろう? アキラ。君は何だと思う? 本当の君って、何なんだ?」
 ガンジは軽く言い放ったが、その瞬間、ボクのこめかみの血管がドクンと波打った。ボクは思った、「本当の自分って何? 『本当の』っていう言葉が『自分』の上に着くってことは、『真の自分』を意味しているんだろうけれど、それではガンジは『真の自分』と『嘘の自分』っていうものがあるって言いたいんだろうか?」と。
 ボクは口を閉じたまま、顔を上げてガンジを見つめた。
 ガンジは舌で上唇をペロリと舐めた。
「オレが『本当の自分』と言うってことは、『偽りの自分』って言うものがあるのかって君は思っているかもしれない。 この場合、『本当の』というのは、君が真実を見ているということを意味していて、『偽りの』というのは、思い込みや勘違いで、本来君が備えている叡智の力を曇らせて、真実の自分を見ることができないでいることを意味しているんだ」
 ボクは少し考えてから、言った。
「つまり、君はこう考えているんだね、『ボクが自分というものを見る時、真実の自分を見ていない。思い込みや勘違いで自分というものを捉えている』って・・・」
 ガンジはうなずいた。
「残念ながら、たぶんそうだと思う。と言うか、ほとんどの人間が自分というものに対して誤った認識を持っているとオレは思う」
「そんなこと、ないだろう!」
 勝手に大声が口から飛び出てきた。
 ガンジは片目だけ大きく開いて、ボクを見た。
「それじゃあ、答えてくれ、君は何者だ?」
 その時、胃がキリリと痛んた。ボクの右手は勝手にお腹を押さえた。そして、肺が深呼吸を始めた
 ボクは答えた。
「ボクは荒木アキラだ」
 ガンジが笑った。
「それは、君の名前だろう? 名前は君じゃない」
 ボクは大きく息を吸ってから、言った。
「ボクは人間で、男で、日本人で、今は中学三年生で、荒木家の長男で、それからプラモデル作りが趣味で・・・」
 ガンジが目を細めて、うなずいた。
「アキラ。それが『本当の自分』と言えるかい?」
 ボクはゴクンと唾を飲み込んだ。ボクは思った、「どんなに言葉で説明しても、本当のボクを表現できない」って。
 しかし、ボクは右手の手のひらを胸に当てて言った。
「ガンジ。ボクはこの肉体だ。『本当の自分』とは、身体だ」
 ガンジが悲しそうな目をして言った。
「君の身体が君なのか? 君が死んでしまった時、君の身体が横たわっている姿をイメージしてみて。君の死体は『本当の自分』なのか?」
 ボクはかぶりを振って、言った。
「生きている時のボクの身体、それが『本当の自分』だ。うーん。そして、身体だけじゃない。目に見えない活動、思考や感情や感覚などの精神活動も全部含めて、『本当の自分』なんだ!」
 ガンジはうなずいた。
「オレは思う、それは錯覚だと」
 右手が勝手にワナワナと震えだした。ボクは左手で右腕を掴んで震えを止めようとした。しかし、右腕は言うことを聞いてくれなかった。
 ボクはその時、わかった、「ボクは自分が何者であるか、実はわかっていないんだ」と。
 ボクは「ハアー」と大きき息を吐き出した。
「じゃあ、ガンジ。教えてくれよ。『本当のボク』って何?」
 ガンジは真っ直ぐにボクを見た。
「それはオレが教えるもんじゃなくて、それは君が時間をかけて理解していくものじゃないだろうか。あるいは、君が一生かけて努力を続け、感じ取ることじゃないだろうか? と言うより、君が自分の意識を高めていくことで、いつか真実が見えてくる時が来るんじゃないだろうか」
「そんな・・・」
「そんなこと言ったって、しょうがないかもな。それでは、ヒントを。誤った認識を抱いてしまう無知の状態から解放されて、真実を見る能力を働かせることができるようになるためのヒント」
「ヒント?」
 ガンジはうなずいた。
「『本当の自分』と関係する言葉をオレは昨日君に言ったんだけど、憶えているかい?」
 ボクは頭をかたむけてから、ガンジを見た。
 ガンジは一瞬、目を大きく開いた。
「オレは昨日、君に言った、『自分の中にある、穏やかで安らかな全体性』って。あるいは、『大いなるイノチの力』って・・・」
 ボクはうなずいた。
「そうだったね。君は昨日、その言葉を使ったね。そして、その言葉についてはいつか詳しく話すって言ったよね」
「うん。オレは思う、『自分とは他の生物や地球と分離された、個別的存在ではない』と」
「皮膚の内側が自分で、皮膚の外側が自分以外の存在・・・と認識するのは、間違っているっていうこと?」
 ガンジは「うん」と答えた。
「人間は、たぶん・・・『全体の一部』なんだ。自分というものが他者や地球と切り離されていると認識するのは、たぶん、幻想なんだ。人間はあらゆる生命、そして地球と見えないもので結びつき、全体性を持っていると思うんだ。それぞれの生物が別個のものでありながら、同時に見えないもので結ばれ、全体性を持っていると思うんだ。普段の生活でオレ達が『自分』と思ってしまっている個別的存在は、あらゆる生き物や自然全体の一部だと思うんだ。君は全体性の中にある・・・と思うんだ。他者と分離した個別的存在だと認識してしまいがちだけど、そうではなく、君の本質は、すべての生物や自然全体の中に流れ込んでいる『目に見えないエネルギー』ではないだろうか。オレ達が『イノチ』という名詞を与えて呼んでいるものがオレ達の中に流れ込んで、オレ達は生きていられる。『人間は、自己統制力をもった地球全体の一部であり、自然全体と結びつきをもっているんだ』と・・・知覚した方がいいのではないだろうか」
 頭の中に何かの渦があって、それがグルグルと巻いているような気がした。
 ガンジがしゃべり続けた。
「オレが言おうとしていることがうまく君に伝わっているだろうか? オレ達は幼少時からの教育や飼い慣らしのせいで、思い込みや勘違いを刷り込まれ、本来備えている叡智の光を曇らせてしまい、真実が見えない状況になってしまっている・・・」
「無知。ボク達の知恵が覆い隠され、誤った認識を出してしまっている・・・ということだね?」
 ガンジはうなずいた。
 ボクは手を上げた。
「ガンジ。『本当の自分』というものが君の言う通り、『全体性の一部』『大いなるイノチの力の一部』であり、見えない結びつきがボク達に本来備わっているとしよう。そういった本当の自分に目覚めることがなぜ必要なんだい?」
「全体性や結びつきに覚醒することで、オレ達は自分の可能性に気づくことができるんだ。オレ達はよく言ってしまう、『私にはできない』と。しかし、自分の本当の限界などわからないものなのだ。君の物事に対する見方、自分の能力に対する信念、人生に対する認識が、困難な状況にある時、大きな役割を果たすんだ。わかるか? 思い違い・認識間違いに気づくと、君が可能性を追求せずにチャレンジを止めてしまうことから君を救ってくれる。君は自分の中に潜在している素晴らしい力に目覚め、それを発揮しようと努めることができるんだ」
 胸の中にカッと火が付いたように熱くなった。
「全体性という新しい意識に覚醒できれば、『できない』と思っていたことが『自分にもできる』というように思えるというわけか?」
「極上人生を創るため、人生目標を達成する戦略を立てる際に注意した方がいい点として、『本当の自分に目覚める』ということが大切だと言った意味がわかったかい? 人は本当の自分、全体性、見えないイノチの力を感じ取ることによって、より深い力を養うことができるんだ。君の中の潜在力によって、人生の荒波を乗り越えていくことができる」
「それは『自分を好きになることができる』ということでもあるのか? あるいは、『強固な自信、自分に対する信頼を持てる』ということか?」
「そう言ってもいい。あるいは、『自分の背後に自分を支えてくれる何か大きなものの存在とのつながりを感じる』と言ってもいいかもしれない。そして、さらにいいことがある。『自分の全体性、他者との結びつき』に目覚めることによって、自分が他者と結びついているという『他者との一体感』『仲間感覚』を持てるんだ」
「他者との一体感? 仲間感覚?」
「普段、オレ達は思っている、『それぞれの人間は別々の存在で、それぞれ孤立しているのだ』と。確かに、見た目ではオレ達は個別で、バラバラに離れているように見える。しかし、オレ達は『イノチ』と呼ばれている透明なエネルギーの一部なんだ。すべての動植物の中に見えないエネルギーが流れ込み、生きて動いている。オレ達は全体の一部であり、相互につながっている。オレ達は外見は違っても、肉体の中にある本質は同じものであり、
自分と他者は結び付いているんだ。自分も他者も同じもの、イノチであるのなら、そのイノチの全体に貢献していくことができる。他者を蹴落とすのではなく、他者に貢献していくことができるようになる」
「なるほど。それはともかく、本当の自分に目覚めるためにはどうしたらいいんだい?」
 ガンジは黙り込んだ。そして、上目づかいにボクを見た。
 僕は「ハアー」と息を吐き出した。
「その目つきじゃあ、『自分で考えろ』って言いたいみたいだな」
 ガンジは両腕を胸の前で組み、「クスッ」と笑ってうなずいた。
 ボクは目を閉じて考えてみる、「本当の自分、自分の全体性に目覚めるためにはどうしたらいいんだろう?」と。ボクはさらに考えを進める、「ボク達は無知であるため、つまり、知恵が覆い隠されて誤った認識を抱いてしまうから、本当の自分を知覚できないでいる。幼少時に刷り込まれた見方から解放されるためには、どうしたらいいのか? 自分の勘違い、認識間違いに気づくためには、自分の思い・認識を疑い、思い違いに気づいていかなくてはいけないのかも」と。
 そうして、ボクは目を開いてガンジを見て言った。
「ボク達は自分の見方や認識の常識を疑って、それが間違っていないか、点検する・・・と言うか、自分の囚われ・固定観念・植え付けられた飼い慣らしを観察し、それから自由にならなければならないんじゃないか?」
 ガンジが口をすぼめて、目を丸くした。
「アキラ。すばらしい。それをもっときちんと言ってしまうと、『座って、目を閉じて、呼吸をし、心を整えること』だ」
「それって、頭を空っぽにすることと同じじゃないか!」
 ガンジが大声で笑った。
「その通りだ、アキラ。頭の中に浮かんで来る思考にしがみ付くのではなく、観察する。流れ出て来る感情に何ら判断を加えることなく注意を向ける。そうすることで、オレ達はすべての物事が相互につながっていることに気づくことができる」
「自分の心、意識をトレーニングすることによって、自分の全体性を感じ取ることができるんだ」
 ガンジはうなずいた。
「アキラ。『何もしないで、ただ存在する』っていうことによって、全体性、大いなるイノチのはたらきという感じを掴むことができるんだ。しかし、重要なのは、言葉の理解ではなく、体験だ。実際に座って目を閉じ、呼吸に注意を向けてみることを繰り返し繰り返し行うんだ。自転車に乗ることと同じだ。いくら知識として自転車の乗り方を知ったからといって、自転車に乗れるわけではない。自転車にまたがり、こいで、何度もこけて、人は自転車に乗れるようになる」
「習うより慣れろ・・・っていう感じだね」
 ガンジはうなずいた。
「そうだ。自分で体験して、自分の素晴らしさ・不思議さに覚醒することができる」
「そうかあ。ボクの中にも素晴らしい可能性が秘められているのかあ。やれば、できるかもしれない。いろいろなことにチャレンジしてみるか」
 ガンジはニコッと笑った。
「人は自己肯定感を持てるようになる。例えば、『自分には望みがあるんだ。自分は可能性に満ちているんだ。全ての生物に流れ込んでいるイノチの力が自分の中にも流れて込んでいるんだから』と思えるようになる。君は困難な状況に挑戦し、あえてリスクを冒すことができるようになる。だって、君は勇気ある英雄なのだから」
 体の中のマグマがジワリと移動していく感じがした。
 ボクは言った。
「ガンジ。君がガンジーとして生きていた時には、自分の中にある穏やかで安らかな全体性を感じていたのかい?」
 ガンジーは大きく頭を上下に振った。
「もちろん。大いなる自然すべての中に神がいらっしゃるんだから」 
 ボクは内心、思った、「ボクも本当の自分に目覚めたい」と。
 ガンジはビクッと頭を動かした。
 そして、時計を見て、言った。
「それじゃあ、今日はこれで失礼するよ。また、明日。さようなら」
「今日は、どうもありがとう」
 ガンジは手を上げて左右に振り、そそくさと病室から出て行った。

第10章 ミッションの注意点その3

 九月二十八日、金曜日。入院して、九日目。
 夕方五時、いつも通り、ガンジがやって来た。
 ガンジはいつも通り穏やかな笑顔を浮かべながら、病室に入って来た。
「やあ、アキラ。どうだい、調子は?」
 ボクはガッツポーズしながら答えた。
「いい感じだよ。このままじゃ、予定通りもうすぐ退院できそうだ」
「良かったね」
「ありがとう。ガンジ。退院するまでに君の話を全部聞かせてほしい。今日のトピックは『ミッションの注意点その3』だったよね?」
「うん。自分の人生目標を実現するための戦略を立てていく際の注意点の三つ目。何だったか、憶えているかい?」
 ボクは天井を見上げて、「ええっと」と唱えながら考えた。しかし、浮かんで来ない。ボクはガンジの顔を見た。
 ガンジは「フーッ」とため息をついてから言った。
「『自己の使命を見い出す』ということだよ」
「そう、そう。そうだったね。そこで、質問だ。『自己の使命を見い出す』って、わかりやすく言うと、どういうことだい?」
 ガンジは「ハアー」とため息をついた。
「君はいつも他人に質問するばかりだ。他の人の意見を聞くことは大切だけど、自分で考えることも大切だ。ということで、君の考えを聞きたい。『自分の使命を見い出す』ってどういうことだと、君は思うんだい? そもそも『使命』って何だろう? それに、アキラ。『君自身の使命』は何なんだ?」
 そう言われて、釘を胸に刺されたような痛みを感じた。ボクは考えてみた、「ボクの使命は何なんだ? それから、そもそも『使命』って何なんだ? そんなもの、あるのか? もし『使命』というものがあるとしたら、それって『見い出すもの』なのか? 『見い出す』って、一体、どういう意味なのか? なぜガンジは『見い出す』っていう言葉を使うのだろう?」と・・・
 ボクは一度大きく深呼吸してから、言った。
「『使命』という言葉は、『他人から命ぜられた任務』っていう気がする。つまり、『イヤイヤやらされる辛い仕事』っていう感じ。だから、『使命』というイヤなものに対して『見い出す』という語を使うのは、適当でない気がする。『見い出す』って『発見する』っていう意味だろう? 自分にとって辛いことをわざわざ『見い出す』という言葉を使うのは、なんかおかしい気がする。『見い出す』っていう言葉は、例えば、『生きがいを見い出す』とかいった時に使われるんじゃないのかい。『見つけ出す』、『発見する』という意味で・・・。『使命』って『発見するもの』なのか?」
 ガンジは「クスッ」と笑った。
 ボクは口先をとがらせながら言った。
「なぜ、笑うんだい?」
「いや、『いいこと言うな』と思って」
「いいこと、言ったかい?」
「言ったよ。『生きがいを見いだす』って。『自分の使命を見い出す』っていうのは、まさしく『自分の生きがいを見いだす』ことなんだから」
「ヘーッ。なぜ?」
「それはあとで話すとして、アキラ。『君自身の使命』は何だと思うんだい?」
「ボクの使命か・・・。うーん。さっきから考えているんだけど、自分が何をしなければいけないのか、自分でもわからない。それに自分が何をしたいかも、よくわからないし」
 ガンジは「うん、うん」と唸りながら、うなずいた。
「それってよくあることだよね。でも、だからこそ、人は『自分の使命』を『見い出す』ために時間とエネルギーをかけなければいけないんじゃないかと思う」
「なるほど。それで、ガンジ。君の考えを聞かせてよ。そもそも、『自分の使命』って何なのか、そして、『自分の使命を見い出す』って、どういうことなのかを」 
 ガンジは左手で顎の先を何度かこすってから言った。
「アキラ。『自己の使命』とは、『人が一生を通して、自分のイノチを楽しみ、他のイノチを育むための活動』だ。言葉を換えて言えば、『自分を含む全体のために、自分のイノチが果たすべき役割』だ」
 ボクは手を上げて質問した。
「『使命』って言う以上は、『絶対にやらなければならない義務』・・・『果たすべき任務』という面があるんじゃないか?」
 ガンジはチラリとボクを見てから、しゃべり続けた。
「『使命』と言うと、多くの人は思うはずだ、『使命』って『いやでもやらなければいけないタスク』で、『自由』や『権利』と反対のものだ・・・と・・」
「違うのかい?」
 ガンジは頭を左右に振った。
「オレがここで言う『自分の使命』とはそんなものじゃない。『自分の使命』とは『何月何日の何時までにやり遂げなければならない嫌な仕事・務め・義務』ではないんだ。そうではなく・・・、『自分の使命』とは、『自分でそれを果たしたいと願う任務』なんだ。でもそれは、自分のためだけに果たすものじゃない。それは、『自分を含む全体を育むために、自分に与えられた任務』なんだ。『自分のためだけでなく他者のためにも貢献できる、自分に定められた行為』なんだ。なぜ人は『自分の使命』を果たしたいと願うのか? なぜなら『自分の使命』を果たすことにはいいことがあるから。それは、人は『自分の使命』を遂行することで自分が成長し、幸福が拡大していくから。つまり、『自分の使命』は自分のイノチを育む活動なんだ。だけどそれは、自分のイノチだけでなく、同時に他者のイノチも育む行為なんだ。だから、『自分の使命を』と言うよりは、『自分のイノチも他の人のイノチも育むような活動を』と言った方がいい。そちらの方がわかりやすいから」
 ボクはうなずいた。
「つまり、君が言う『自分の使命』とは、イヤイヤやらされるべきものではなく、自分にとっても他者のとっても益のあるもの、善なるものであり、自ら喜んで遂行できるものなんだね?」
 ガンジは頭をかしげた。
「必ずしも『喜んで遂行できるもの』とは言えない。いや、むしろ、人が『自分の使命』を遂行する時、自らに課せられた過酷な運命に耐えなければいけない場合もある。また、激しい情熱と強い意志をもって行為を遂行していかなければならないことも多い。それでも、『自分の使命』を見い出し、自らに定められた行為に専心することで、人は自分のイノチも他人のイノチも育むことができる。つまり、人は『自己の使命』を果たすことにより、全体性、自然のバランスに貢献することができるんだ」
 ボクは右手で鼻の先をボリボリと掻きながら質問した。
「地球上には、八十億だか九十億だか知らないけれど、数えきれないほど多くの人間が生きている。子どもから老人まで、その一人一人の全てが『自分の使命』を与えられているというのかい? 中には、こんな風に言う人もいるんじゃないのか、つまり、『ボクには自分の使命なんか与えられていない』って」
 ガンジは一度、下唇をキッと噛んだ。
「『自分の使命』は、君が生まれた時に誰かがその内容を決めて与えたものなんかじゃない。生まれつき決まっているもので、変えられないものなんかじゃないないんだ。そうではなく、『自己の使命』とは一人一人の人間が自分で創造するものなんだ。『自分の使命』は、『他者から与えられたものを確認する』といったものじゃない。だからオレは『見い出す』という言葉を使ったんだ。わかるか? 『自分の使命』とは、自分のためだけじゃない。自分のためにもなるけれども、むしろ、自分を含む全体に貢献するためのものだ。そして、『自分の使命』は、自分が周りに貢献できるものは何かを考えて、自己決定していくもの。人は一人で生きていくことはできないし、実際に地球上には多くの人々が生きていて、協力して生きていっている。オレ達はイノチある限り、他の誰かとの関わりの中にいるんだ。つまり、ギブ・アンド・テイクしながら、生きている。君もオレもすべての人が何かを他者に与えて生きているんだ。量が多いとか少ないとか、目立つとか目立たないいとかいった違いはあるだろう。しかし、何も貢献していない人なんていない。赤ちゃんは微笑むことで両親に幸福を与えていると思うし。オレ達の住む地球は、すべての人の小さな貢献の積み重ねによって成立しているんだ。オレにも、君にも、小さな貢献をする『チャンス』『使命』が与えられているんだ。と言うより、自らには他者に貢献できる『使命』を行うチャンスがあるんだから、自分にできる『貢献』をさせていただく機会を利用させていただくのだ・・・と考えた方がいいんじゃないだろうか? それが『生まれてきた意味』『地球に存在する理由』『生きがい』といったものなのかもしれない」
 そう言うと、ガンジは「ハアハア」と荒い呼吸を繰り返した。
 ボクは「なるほど」と言って、うなずいた。
「『自分の使命』を果たしていくことは大変で辛いことではあるけれど、それを果たすことで、自分の生きている意味を感じることができるし、それを果たすことによって自分のイノチも他人のイノチも生き生きとさせて満足できるっていうわけか。それじゃあ、質問だ、ガンジ。『自分の使命』には、例えばどんなものがあるんだい?」
「そうだな。人様々だと思う。『使命』と言うと、非日常的なことだと思いがちだけど、そうとも限らない。例えば、『世界平和のために立ち上がる』とか『世界の貧困や環境問題を解決する』とかいった使命を抱く人もいるだろうけれど、『使命』を日常的なこと、身近な関係の中に見つける人もいる。例えば、『世の中を美しくしていこう』とか『人々の健康を守っていこう』とかいった使命だ」
「ガンジ。『使命』って、なぜ人様々なんだろう?」
「うん。『使命』って、言葉を換えて言えば、
『人生の目的』『生きる意味』『生きがい』と言えるかもしれない。つまり、『自分の使命』を見い出すことは、与えられた人生の時間を、何をしてどのように生きるのかを自分で決定するということなんだ。だから、自分にふさわしい行為、自分にぴったり合った貢献なんだ。わかるかい? オレ達は自分の感性や自分の得意なものにピッタリ合った『自分の使命』を見つけた方がいいんだ。人間って、同じ奴はいない。人種も性格も価値観も考えも好みも、人それぞれだ。自分に合わない服を着たら気持ち悪いように、自分にしっくりこない使命を果たそうとしても満足感や幸福感を感じることはできないだろう」
 ボクは手で顎をゴシゴシとこすりながら、言った。
「ガンジ。それじゃあ、『自分の使命』を見い出すためにはどうすればいいんだ?」
 ガンジは「スーッ」と大きく息を吸い込んだ。
「『自分の使命』は自分の心が知っている。他人が教えてくれるものじゃない。自分の歩みを振り返って、心の声を聴くんだ。『今後、お前はコレコレをすることを期待されている』というささやきを聞き取るんだ。自分の持ち味、自分の経験してきたこと、心に感じて来たこと、自分の願っていることなどをふりかえってみるんだ。そうして、自分の心に尋ねてみるんだ、『何をやっていたら気持ちいいんだ?』『何をしたら心がドキドキワクワクウキウキできるんだ?』『どうやったら自分のユニークさを生かせるのか?』『何をやれば、自分のイノチが楽しいと言う?』『自分はどのようにして人の役に立っていきたい?』と・・・」
 ボクは人差し指の先を耳の辺りに近づけて、指先をグルグルと回した。こうすると、頭の中の思考もグルグルと回って、よく考えられる気がするからだ。
「ガンジ。君がガンジーとして生きていた時は、自分の使命が何だと見い出したんだい?」
 ガンジは横目でボクを「チラリ」と見て、「コホン」と咳をしてから言った。
「ガンジーが自分の使命を見い出したのは、二十四歳の時、南アフリカにいた時だ。その時、ガンジーは決断したんだ、『自分は虐げられた人々のために戦うことが自分の務めだ』と。ガンジーが二十四歳の時、それが人生の変わり目、岐路だったんだ」
「その時、何があったんだい?」
「ガンジは、インド人が世界中で味わっていた困難・屈辱を体験したんだ。彼はイギリスで弁護士の資格を取り、一旦インドに戻ったけれど、二十四歳の時に弁護士の仕事で南アフリカに渡ったんだ。そして、その時、彼は鉄道に乗った」
「鉄道に乗った? そんなことで彼は自分の使命を見い出したのかい?」
 ガンジは笑いながら頭を左右に振った。
「ガンジーは差別を受けたんだ。ガンジーは鉄道の一等客車から無理矢理降ろされたんだ。白人の乗客が警察官に頼んだんだ、『黒い肌のインド人と一緒のコンパートメントにいるのは嫌だ』と。彼はきちんと切符を持っていたのに、列車から無理矢理追い出され、そして、寒い待合室で震えながら一夜を明かさなければならなかったんだ」
「当時は、南アフリカでは白人がインド人など有色人種を差別していたんだね」
 ガンジはうなずいた。
「ガンジーはその時、決めたんだ、『自分の法律の知識を生かして、黒い肌の人のために戦うことが自分の使命だ』と。そしてそれ以後、彼は暴力を使わない、サティヤグラハと呼ばれる不服従運動を進めたんだ」
「のちに、ガンジーはインドに戻り、非暴力によってインドを独立に導いたんだね」
 ガンジが「うん」と言った。
「ガンジーは不正と戦う勇気をもっていた。それに彼はいろんな本を読んだんだ。キリスト教の聖書、ヒンズー教の『バガヴァッド・ギーター』、トルストイやソローなど。彼はいろんな宗教や哲学の教えを学び、取り入れていたんだ。そうした努力があって、他者を魅了する思考や行動が生まれて来たんだと思う。とにかく、ガンジーは不正を憎み、非暴力で不正と戦い、真理を求めることが『自分の使命』だと見い出し、それを遂行したんだ。自分のために、そして、他の人のために・・・」
ボクはうなずいた。
「ボクも『自分の使命』を見い出していきたい!」
「アキラ。世の中にはいろんな奴がいて、こんな風に言う奴もいる、すなはち、『使命だなんて甘っちょろいこと言って、どうするんだ。食っていくためには働いて金もうけしなければいけない。自分探しなんて意味ない』
と・・・。だけど、それは違う。『自分の使命』を見い出し、それを遂行していけば、金銭を得ることができるだけでなく、自分のイノチも他人のイノチもイキイキと輝かせることができるんだ」
「うん」
「アキラ。これまで『自分の使命を見い出すこと』について話してきたけれど、これは自分の人生目標を達成するための戦略を立てる際の注意点の三つ目だ。これが重要な理由がわかったかい? 自分が人生に一番求めるものを得るために自分が何をすべきかを決める時、『自分の使命』『生きがい』を自分で見い出していくことが大切だということ、忘れないでほしい」
 ボクはうなずいた。
「そうだね」
 ボクは心の中で思った、「自分の人生目標を達成するための戦略を立てていく際、三つの注意点があるんだった。一つ目は『自分の頭を空っぽにすること』。二つ目は『本当の自分に目覚める』。そして、三つ目は『自分の使命を見い出す』。この三つに注意しながら、人生目標を達成する行為・使命を決めていかなくてはいけないんだ」と・・・。
 その時、ガンジが高い声で言った。
「ところで、アキラ。君は、自分の人生目標を達成するための行動・活動を決定したのかい? 君は自分が求める人生を創造していくために、何をしていくんだ?」
 ボクは眉を寄せて、考え始めた、「ボクは心の平和を求めている。心の平和を獲得していくためには、何をしていけばいいのか?」と。
 その時、ボクの頭の中でピカッと何かが光った。ボクは思った、「そうだ! 心の平和を感じるためには、とりあえずガンジの教えてくれた三つの注意点をそのまま戦略にすればいいんじゃないか」と。つまり、ボクは考えた、「『頭を空っぽにする』、『本当の自分に目覚める』、『自分の使命を見い出す』・・・という三つのことをとりあえず使命にしておこう。そうすれば、ボクは心の平安を得ることができるんじゃないだろうか。もっと適切な戦略や使命を思いつくことができるまで、とりあえずこの三つを使命にしておこう」と。
 ボクはそう思いつくと、自然にニタニタと笑った。
 ガンジはボクの顔を見て、「ハハハ」って笑った。
「どうしたんだい、そんなニコニコして」
「いいや、別に」
「黙ってないで、教えろよ」
 ボクは手を振った。
「君が素敵なことを教えてくれたから、うれしかっただけだよ」
「そうかい?」
 ガンジは頭をかたむけて、ボクを見つめた。
 ボクは言った。
「そろそろ夕食の時間だ。今日もいろいろ教えてくれて、ありがとう。また、明日、お願いします」
「うん。明日はいよいよ、『最も自分らしい人生を歩む三つのメソッド』の三番目について話をさせてもらうからね」
「楽しみしてるよ」
「明日は土曜日で、学校が休みだから、朝の十時くらいに来ていいかい?」
「オッケー」
「じゃあ、また、明日」
 ガンジは手を振って、病室から出て行った。

第11章 メソッドその3:アクション

 九月二十九日、土曜日。入院して、十日目。
 朝十時。ガンジが病室に入って来た。
「おはよう、アキラ。元気かい?」
「うん。元気だよ。せっかくの休みなのにお見舞いに来てくれて、ありがとう。毎日、毎日、来てくれて、ありがとう」
 ガンジは目を細めて、頭を左右に振った。
「お礼なんて言わなくていいよ。オレは忙しくなんてないし。それに、ここに来ると、オレも楽しいし・・・」
「そうかい? そう言ってもらうと、こっちもうれしいな」
 ガンジが目を閉じたまま、「うん、うん」とうなずいた。
 ボクは椅子を指差してから言った。
「それじゃあ、その椅子に座って。そして、さっそくだけど、昨日の話の続きを教えてよ。今日はいよいよ、『極上人生を創る三つのメソッド』のうちの三つ目のメソッドについておしえてくれるんだったね?」
「うん。『最も自分らしい人生を創るメソッドの三つ目』は、『結果を求めずに、自分の使命を遂行する』というものだ」
 ボクはガンジの目をチラリと見てから、ゴクリと唾を飲み込み、そして、考えた、「何と言っても気になるのは、『結果を求めずに』
という言葉だ。なぜ結果を求めてはいけないのだろう?」と。
 ボクはゆっくりと口を開いた。
「この言葉の中で一番気になるのは、何と言っても、『結果を期待しないで』という言葉だ。なぜ結果を期待してはいけないのか、とボクは考えてしまう。それでも君が『結果を期待しないで自分の使命を遂行しろ』と言うのはなぜかと考えみると、期待していたことが達成できなかった場合、失望が大きいからではないか? 最初から期待せずにいれば、たとえ思い通りの結果が得られなくても、落ち込まないで済むからじゃないだろうか?」
 ガンジは「うん、うん」と声を出しながら、うなずいた。
「結果が思い通りのものではなくて、失敗した時でも落ち込まなくて済むように、最初から期待しないで、要求水準を下げておくということだね。それって、いい線行っているよ。  良い意味で『あきらめる』ということだね」
「良い意味であきらめる? それ、どういう意味だい?」
「アキラ。『あきらめる』って、二つの意味があるって知っていた?」
 ボクは頭を左右に振った。
「ううん」
「そうか。『あきらめる』って二つの意味、と言うか、二つの使い方があるんだよ。その一つは、『真実をはっきりさせる』『あるがままの姿を受け入れる』ということなんだ。さっきオレが言った『あきらめる』というのは、そういう意味で使ったんだ」
 ボクは頭をかしげ、口をポカンと開けた。
「ガンジ。『あきらめる』って、そういう意味なのかな?」
 ガンジは右手の人差し指と中指を立てて、ピースサインを作った。
「何度も繰り返すけど、『あきらめる』という言葉には、二つの意味がある。一つは『諦観』の『てい』の漢字で表現する『諦める』。こちらの意味は、『希望を捨てる』というもの。そして、もう一つの『あきらめる』は『明るい』という漢字で表現する『明らめる』というもの。こちらは、『真実をはっきりさせる』とか、『心を明るくする』とか、『真理に達する』とかいった意味があるんだ。アキラ。君が言ったことは、二番目の『明らめる』に近いと思う。自分の行為の結果について最初からあまり多くを期待せずにいれば、傷つくこともないということだから」
 ボクは頭を振った。
「ガンジ。君はボクを買いかぶり過ぎている。ボクが言ったことは、二番目の『明らめる』より、むしろ一番目の『諦める』に当たると思う。最初から『うまくいくことを期待しない』『結果を最初から求めない』という感じだ。行為の前から失敗することを見越していて、失敗に備えて心の準備をしているという感じだよ」
 ガンジは目を閉じ、頭を左右に振った。
「そうかあ。オレが『結果を求めずに』と言った真の意味は、『結果をコントロールすることは自分には出来ないことだから、行為を行う時、結果については考えない』ということなんだ」
「考えない? 思考作用を停止するっていうことかい?」
 ガンジは「うむ」と力強くうなずいた。
「結果は自分の思い通りできないものなんだ。結果は自分ではコントロールできないもの。なぜって、結果は色々な条件や原因が元になって生じるものだから。自分の努力だけで結果を決めることはできない。結果は自分の力では変えられないものなんだ」
「そうなのか?」
「例えば、君がAという高校の入学試験を受けたとする。君が合格を目指してどんなに努力したとしても、合格できるとは限らない。もしかすると、他の受験生がたまたま優秀な奴ばかり集まってしまったとか、入試当日、君の不得意な問題ばかり出題されてしまったとか、君が風邪をひいてしまって実力が発揮できなかったとか、様々な条件や原因が入り混じって合格者が決まるものなんだ。だから、結果は一人の人間が変えられるものではないんだ。人智を超えている。だが、人は結果に幾分かの影響を与えることはできる」
「そう言えば、そうだね」
 ガンジは「エヘン、エヘン」と咳を繰り返した。
「大事なのは、結果ではなく、そこに至るまでの行為なんだ。結果はどうであれ、無心で行為を行うこと。それが大切なんだ。無心になれずに、結果を期待してしまうと、達成できそうにないという兆候が見え始めたら、諦めて努力を止めてしまう。 まだ結果は出ていない状況であっても形勢不利であれば、逆転なんて無理だと・・・諦めてしまって努力を止めてしまう。あるいは、反対に、良い結果が得られそうな状況になった時、俄然、がんばり始める。結果の良し悪しに執着してしまうと、人は行為のプロセスを大切にできなくなってしまう」
 ボクはしばらく口先をとがらせながら考えてから、言った。
「つまり、『結果を期待せずに自分の使命を遂行する』ということは、思い通りの結果が得られない時の補償や準備のためではないということだね?」 
 ガンジは「うん」と答えた。
「『結果に拘泥しないで、自分の使命に専心する』ということは、『自分の願望・自分の目標のために行為を行わない』ということなんだ。そうではなく、『自分を含む全体のため、ただ自分のやるべきことを遂行する』ということなんだ」
「ということは、なぜ『結果にこだわってはいけない』ということになるの?」
「自分の都合や自分の欲望にこだわりつつ行為を行ってしまえば、自ら苦しむことになってしまうから。結果がよければ喜び、結果が悪ければ悲しむということになってしまう。そうではなく、自分が見い出した『自分の使命』を、何も考えず何も期待せずにただ淡々と行う。自分一人のためではなく、自分のイノチを生き生きとさせるためにも、他者のイノチを生き生きとさせるためにも、黙々と行為を実行するんだ。自分の行為が生んだ事態がどのようなものであれ・・・、喜びもしないし、悲しみもしない。行為のプロセスを行うことに意味や価値があるんだ。良い事態が生まれても、喜ばない。そうすることで、心の平安を保つことができる。悪い結果が生じても、悲しまない。良い結果を期待してその結果が得られないから、人は苦しむことになるから。悪い結果を嫌がってその結果がでてしまうと、人は結果を嫌悪することになるから」
 ボクは「フッ」と思いついて言った。
「それって、中国の言葉に似ているな。つまり、『人事を尽くして、天命を待つ』っていう言葉に」
 ガンジは「クックックッ」って声を出して笑った。
「そうだね、その通りだね。受験勉強でもスポーツでも『人間の力としてできるだけの努力をし、その結果は運命にまかせる』って、大事なんだろうね」
「そうだね」
 その時、ガンジは右手で拳骨を作って、左手の手のひらに叩きつけた。
「それで、思い出した。アキラ。なぜ、三つ目の『アクション』というメソッドが大切だと思う?」
 ボクは考えてみるけれど、パッと答えが思いつかない。黙って、ガンジの目を見つめた。
ガンジは言った。
「もし、メソッドその3がなくて、メソッドその2で終了したとしたら、オレ達は最も自分らしい人生の道に進むことができるだろうか?」
「できない」
「そうだ。いくら、メソッドその1とその2を進めても、メソッドその3を実践しなければ、オレ達は極上人生を創ることができない。いいかい? 第一に『自分が人生に一番求めるものをはっきりさせる』を終了したとする。そして、続いて第二番目に『自分が人生に一番求めるものを得るために自分が為すべきことに目覚める』を終了したとする。しかし、それで終わってしまったら、オレ達は『自分が人生に一番求めるもの』を得ることはできるだろうか? そこで終了してしまって、オレ達は『極上人生を創造する』を実現することができるだろうか?」
 ボクは大声で叫んだ。
「できない。理想の人生目標を達成するための戦略を実行していかなければ、ボク達は極上人生を創っていくことはできないんだ。頭の中で夢や理想を描いているばかりじゃあ、夢や理想は実現できない。それを実現するための具体的な行為がなければ、何も変わらない。掛け声ばかりじゃあ、目標は現実にならない」
 ガンジは目をカッと開いた。
「そうなんだ。パッションとミッションだけでは完成しないんだ。パッションとミッションとアクションと・・・三つのメソッドがかみ合って連動して実行されていかなければ、極上人生は現実化しないんだ」
 ボクはつぶやいた。
「なんか、山登りに似てない? 登りたい山
を決める。そして、どの道を通るかを選択する。さらに、決めたルートをコツコツと足を運んで一歩一歩歩き進める。三つともすべてを進めて初めて、昇りたい山に登ることができる」
「そうだね。そういう意味では、『人生』は『旅』にも似ているかもしれないね。まず、行きたい場所を決める。次に、行きたい場所に到達するための戦略を決める。そして、決めた戦略を実際に実行に移していく。そうして、一歩一歩、目標地点に近づいていく。そして、大事なのは最終的に目標地点に着くことではないんだ。途中で息絶えて、死んでしまい、目標地点に到達できないにしても、旅人は自分の旅に満足を見い出すことができるんだ。生きている間に自分の目指した目標地点に到達できるかどうか、わからない。しかし、旅人にはわかっている、『自分は今、確かに自分が行きたかった場所に向かっているのだ』と。『自分が歩いている道は他人や社会に強制されて無理矢理に歩かされている道ではないんだ』と、確信をもって旅人は言えるんだ」
 ボクはうなずいた。
「結果を考えずに、自分が目指す目標を実現するための戦略を実行していくっていうことは、とても大切なことなんだね」
「たとえ理想は実現しなくても、理想の実現のために、そして、自己を含む全体のために奉仕するっていうことは、自己にとっても他者にとっても意味も価値もあることだと、オレは思う」
「確かに」
 ボクは両腕を胸の前で組んで、うなずいた。
そして、目を上げて、チラリとガンジを見た。
「ガンジ。君がガンジーだった時は、理想の実現に向けて努力を実行していったのかい?」
 ガンジは大きくうなずいた。
「もちろん。自分ではそのつもりだ。ガンジーは二十四歳の時に南アフリカに行き、人種差別反対運動を進めた。そして、一九一四年にガンジーは白人リーダーと『インド人救済法』という公平な契約を結んだんだ。翌年、四十五歳の時、ガンジーはインドに戻り、インドがイギリスから独立する運動を進めていったんだ。そうしたガンジーの活動はすべて、ガンジーの理想を実現するための戦略を実施したものだったんだ。そうして、一九四七年、インドはイギリスから独立することができたんだ」
「ガンジーは実行力があったんだね」
「そうだね。しかし、ガンジーにとってインドとパキスタンが分離独立することは本当の独立とは言えないものだったんだ。ガンジーはヒンズー教徒とイスラム教徒が殺し合わないように断食をした。しかし、その後、ヒンズー教過激派の青年によって暗殺されたんだ。七十九歳の時だった」
「ガンジーにとっては、インドとパキスタンが分離したままで、残念だったろう」
「そうだね。自分の行いがどんな結果を生じるか、それはわからない。しかし、ガンジーは間違いなく、自分の理想を実現しようと行為を継続したんだ。結果のことなど考えもせずに」
「すごいね。ボクにはまねできない」
「できるかどうかなんて考えないのがいいかもね。それじゃあ、明日の日曜日、また来るよ。じゃあね」
「うん。ありがとう。でも・・・」
「でも? それから、何だい? アキラ?」
「お見舞いに来てくれるのはありがたいんだけど、ボクは近いうちに退院できる予定なんだ」
「それは良かったね。いつ退院できそうなんだい?」
「うん。たぶん、あさっての火曜日」
「そうかい。それじゃあ、まだ明日はお見舞いに来てもいいんだ」
 ボクは何度かうなずいた。
「うん。来てもいいんだけど、でも、君の話は今日で終わり・・・じゃないのかい? つまり、『極上人生を創るメソッド』の三つについて全部語り終わったんじゃないのか?」
 ガンジは笑った。
「ヘヘヘ。話がなけりゃあ、来ちゃいけないのかい?」
「そんなことないけど」
 ガンジは片目をパチリとつむった。
「実はね、もう一つだけ話があるんだ。それは、三つ目のメソッド『アクション』を実施していく際に注意してもらいたい点なんだ」
「そうなんだ!」
 ボクは思った、「明日もガンジが来てくれるんだ」と。
 ガンジは右手を上げて、左右に振った。
「それじゃあ、アキラ。また、明日。さよなら」
 ボクが手を振る暇もなく、ガンジはサッサと病室から出て行った。

第12章 自分を忘れて奉仕に没頭する

 九月三十日、日曜日。入院十一日目
 午後五時。ガンジが病室のドアをコンコンとノックした。
「こんにちは。アキラ」
「やあ、ガンジ。今日もありがとう」
 ガンジは頭を横に振って、椅子を取りだして、座った。
「いよいよ明日は退院なんだね。もう準備はできてるの?」
「うん。ただ荷物をまとめるだけだから」
「そうかあ」
「入院生活はどうだった?」
「今日で入院して十日目だけど、『アッ』と言う間だったよ」
「そうかい。体の方はもういいのかい?」
 ボクは「うん」と答えた。
「下痢はこの三日間全くない。それに、お腹の痛みもないんだ」
「胃腸炎、大変だったね」
「うん。大変だったけど、いいこともあったよ」
「いいこと?」
「うん。ガンジがお見舞いに来てくれて、そして、役に立つ話を聞くことができたから」
 ガンジが口をポカンと開けて、白い歯を見せた。
「そう言ってもらうと、うれしいね。それじゃあ、今日は最後の話をさせてもらうよ」
「うん。今日の話は、メソッドのその3『アクション』の注意点だったね。簡単に言うとどういうことなの?」
「簡単に言うと、『自分を忘れて、他者への奉仕に没頭する』だ」
「それって、どういうこと?」
「個別的存在としての自分というものを忘れ去って、エゴイスティックな欲望を捨て去り、自分以外の他者の利益のために尽くすことだ」
「それはつまり、自分の損得を考えずに、一身を投げ打って他者のために献身する、という感じなの?」
 ガンジは右手の人差し指を立てて天井に向けた。
「大事なことは、『個別的存在としての自分のことを考えない』ということだ。自分の損失や利益のことなど全く考慮せず、ただただ己に与えられた資質を生かし、それを十分に発揮して、他者のために役立つんだ。オレが『結果を求めずに自分の為すべきことを遂行しろ』と言う時、大切なことは・・・これだ。つまり、他者と分離した自分のことなど考えに入れないで、全体の利益のために尽くすということだ」
 喉が異様に乾いて、ヒリヒリした。ガンジの体から熱い熱が出ている感じがした。ガンジは何かに取りつかれているようにしゃべり続ける。
 ボクは大きく息を吸ってから、ほっぺを膨らませてゆっくりと息を吐き出した。
「君の話は今日で最後だと思うけど、最後の最後に君がそういうことを言う以上、それは重大な意味を持つんだろうね?」
 ガンジは目を閉じて、しゃべり始めた。
「オレは今まで三つのメソッドをしゃべってきたけれど、最初は個人的な自分だけの幸福を求めるという形で話を始めたと思う。でも、個的な自分の幸福だけを求めては、欲望は満足させることはできない。人は、自分だけの利益を求めるのを次第に止めて、他者のために尽くすことで全体が幸福になる結果、全体の一部である自分も幸せになれることに気づいていくんだ。だから、自分の使命を遂行する時、エゴイスティックな利益を求めず、他者のために奉仕することを求めていく方がいいんだ」
 ガンジが今まで話してきてくれたことを思い出して、ボクは言った。
「確かに君は言った、『メソッドその1は、自分が人生に一番求めるものをはっきりさせろ』って。最初は自分だけのことを考えていけばいいんだって、思っていたよ」
「アキラ。その通りだ。オレはそのように言った。その時オレが言った『自分』という言葉が意味するものは、『個別的な自分』『他者と分離した自分』というものだった。人間は若いうちは自分のことだけしか考えられない奴が多い。しかし、次第に人は『本当の自分』に目覚めることができるようになり、自分を含む全体のために・・・、他者のために尽くすことができるようになる。つまり、人は成長するにつれ、『自分が求めるもの』というものは『自分を含む全体が求めるもの』を意味するようになっていくんだ」
「ガンジ。なぜ、若い人は自分のことだけしか考えられないのだろう?」
「なぜって、幼少期に人は親や教師から『自分というものは他者と分離したものもの』いうか社会通念を刷り込まれ、飼い慣らされてしまうから。しかし、人は歳を取って色々な経験をし、色々な事を学び、色々な事を考える過程で進化していくことができる。自分が教育されて無理に注入された固定観念から自由になっていくことができる。人はそんなふうに進化する方がいいと、オレは思うんだ。そして、『自分』に対する意識、捉え方を変えていくんだ。青年期、人は『自分』のことを『他者と分離した肉体的な側面だけだ』と考えがちだろう。しかし、成長するにつれ、人は『自分という言葉の意味するもの』を広げていくことができる。『自分に対する捉え方』をふくらませていくことができる。つまり、『自分』の持つ色々な側面に気づくことができるようになる。幼少期までは『自分は肉体だ』としか考えられなかったけれど、成長につれ、次のように認識できるようになることもできる。つまり、『自分には他者と分離した肉体という性質もあるけれど、見えないもので他者と結び付いていて全体性という側面もある』っていうように捉えることができるようになるんだ。これって、まさに『意識の進化』だ」
 ボクは頭の中でガンジの言ったことを繰り返した。そして、言った。
「君はこんなふうに言いたいのか? つまり、人は若い時は『個人的な利益だけ』を求めてエゴイスティックな願いを持つけれど、意識が進化するにつれ、自分というものを拡大させて、『自分を含む全体性』『人類』のための利益を考えて、己の求めるものを決定できるようになる、と・・・」
 ガンジが手を叩いた。「ピシャッ」という音がした。
「まさにそれだ! 君はオレが言いたいと思うことを的確に言葉にしてくれる。ありがたい」
 ボクは右手で頭をボリボリと掻いた。
「それほどでも・・・」
「子どもの頃は自分のことだけ考えて人生設計をするものだ。個別的な自分が『気持ち良い』と感じることができるものを求め、その人生目標を実現できる戦略を設定し、そしてその戦略を遂行して、自分の望み・欲望・夢を実現させようとする。生まれながら自分に与えられた資質を最大限に生かして発揮して活躍できれば、自尊感情は刺激され、快感や満足感を感じることができる。しかし・・・」
「しかし?」
「しかし、人は成長するにつれ、意識を拡大させ、進化させた方がいいと思うんだ。自分のことだけ考えるのではなく、『自分を含む人類全体』のことを『自分』だと認識して、全体の利益のために奉仕していく方がいいと思うんだ。だから、オレは『極上人生を創るメソッドその2』の注意点三つを挙げたんだ。覚えてるかい? 『メソッドその2:パッションの3つの注意点』とは・・・」
 ボクはガンジの言葉を引き継いだ。
「注意点の一つ目は、『頭の中を空っぽにする』。注意点の2つ目は、『本当の自分に目覚める』。そして、注意点の3つ目は『自分の使命を見い出す』だったよね」
 ガンジは深くゆっくりとうなずいた。
「その通り。注意点3つでオレが言いたかったことは、『エゴイズムという籠、透明な檻から自らを解き放つこと』だ。自由になることだ。自らの心・意識を『自己に執着する煩悩の牢獄』から解放するんだ。ちょうど、鳥が鳥籠から解放されて、大空に飛びたっていくように。わかるか? 他者のための奉仕に没頭すれば、エゴイズムに囚われないで、自分のことを全く考慮に入れずに過ごすことができるようになっていく。逆に言えば、自分のことだけを心配するのを止めることができるようになるためにも、他者のために奉仕しようと努めた方がいい。だから、自分の使命を遂行する時、『己のことを忘れて、他者の奉仕のために使命を果たす』んだ」
「そんなこと、できるのか?」
「できるさ。と言うより、正確に言うなら、努力を続けて行けば、可能になる」
「本当にできるのか?」
 ガンジはうなずいた。
「できるさ。それに、『できる』と信じて、努力を続けるべきだ。結果がどうなるかなんて、考えないで、ただ努力するんだ」
「うーん」
「アキラ。人はなぜ苦しむか、知っているかい?」
「うーん。なぜなんだろう。わからない」
「人間だけが苦しむ。猫や蝉は苦しんだりしない」
「動物や昆虫は苦しまないのか?」
「動物や昆虫は病気やケガによって肉体に苦痛を感じることはあるだろう。しかし、人間のように精神的な苦しみ・悲しみ・悩み・怒りはないだろう。そう思わないか? なぜ、人間だけが精神的に悩み、苦しみ、落ち込むのか?」
 ボクは頭をひねって考えた。
「なぜだろう?」
 ガンジが目を大きく開いた。
「それは、人間は脳が発達しているからだ。人間が考え過ぎるからだ。理想や完全を求めて、欲望を持つからだ」
「それって、いいことじゃないのか? 脳が発達し、考えて、理想や完全を求めて努力するということは良いことで、別に悪いことではないと思う」
「確かに、脳が発達し、思考力が増したことはプラス点もある。しかし、マイナス点もあるんだ」
「マイナス点?」
「考えすぎることは苦しみを生む。人は将来に起こるかもしれない危機に備えようとする。
起こってもいない最悪の事態を想定し、それに怯えてしまう。他者が自分のことをどう評価しているのかを勝手に妄想し、自分のことを卑下したり悪評価を与えてしまう。理想に到達できない自分に、ダメだという烙印を押していまう。過去の失敗をいつまでも引きずり、思い出し、自分の無能や失態を口汚く罵る。人は自分で自分を苦しめている。それに比べて、脳が発達していない動物や虫たちは余計なことで苦しんだりしない。彼らは本能のまま行動し、『あるべき理想が実現しないから』とか『他人から拒絶された』とか言って、鬱病になったりしない」
「そう言えば、そうかもね。適度に程よく考えることは大切なことだけど、必要以上に考えすぎることは苦しみを生むのかもしれない」
「考え過ぎず、バランスよく思考するということは大切なことなんだ。もし、人が適度に思考することを実践し、必要以上に考えなかったら、どうだろう? あるいは、理想や過剰な欲望や完全主義に囚われずにいることができたら、どうなるだろう?」
 ボクは「うん」と答えてから、言った。
「考えなさ過ぎず、かつ、考え過ぎずに、程よく考えることができたら、どんなに素晴らしいだろう。そうしたら、人は苦しむことがなくなるかもしれない。しかし、それって、むつかしいことじゃないだろうか? と言うより、無理なんじゃないか? 人って、『考えすぎると苦しむとわかっていても、考えてしまうもの』ではないだろうか?」
「そうだな」
「アキラ。話を元に戻すと、人は脳が発達し、未来の危機に備えて考えすぎるから、苦しむことになる。だが、人は自分の心を手なずけることができるんだ。姿勢を正して、目を閉じ、ゆっくりと呼吸を繰り返すことで、頭の中を空っぽのすることができるし、本当の自分に目覚めることもできる。そうして、余計な思考作用を停止させ、自分は全体の一部だということに目覚め、全体のために奉仕することで、人はエゴイスティックな欲望を無くし、逆に幸福になることができる」
「そうだな。時々、聞くよね、『幸福になりたかったら、幸福を求めるのをやめなさい』って」
 ガンジはうなずいた。
「幸福を求めるということは、『今のままの自分の状態ではダメだ、満足できない』と思っていることと同じだね。今のままの自分をそのまま受け入れ、ありのままの現状に満足するっていうことが、幸せなのかもしれない」
「心が波一つ立たない湖面のようになり、平穏でいられるのかもね。『考えない』・・・『余計な思考を停止させる』っていうことは大事なことなんだね」
その時、何かがボクの近くを通り過ぎて行った。何が通り過ぎていったのか、それはわからなかったけど、何か風のようなものがサッと音も立てずに通り過ぎて行った。
「我を忘れて、そして、結果がどうなるかということなど何一つ考えずに、ただ他者のために奉仕に集中する・・・そうすることで、人は生来の平安の内に休むことができるようになるんだ」 
 ガンジはニッコリ笑って、静かにうなずいた。
「終わりだよ。これでオレの話は終わりだよ。オレの言いたいことはこれですべてだ」
「これで、終わり?」
「そう。オレが言いたかったことは言いつくしたよ」
「そうなのか」
「明日は退院だな」
「うん。学校に行くのは、あさってか、それ以降になりそうだ」
「待ってるよ」
 ガンジはそう言うと、病室から出て行った。

第13章 退院

 今日は十月一日、月曜日。入院して十二日目。
 十月になったせいか、陽が暮れるのが幾分か早くなり、朝晩少し肌寒くなった気がする。
 病院の朝食を食べ終えて、ボクはパジャマを脱いで、普段着に着替えた。
 朝、十時。母さんが迎えに来てくれた。
 看護婦さんにお礼を言い、会計で入院費用の支払いを済ませ、ボクは病院の玄関に向かった。
 ボクは病院の門を通り過ぎる時、立ち止まって後ろを振り返った。
 ボクはなぜか、瞼をパチリと閉じた。そして、心のカメラのシャッターを切った。「この瞬間を忘れるまい」と、なぜかその時、思った。
 母さんが言った。
「アキラ。行くわよ。明日からまた学校が始まるわよ」
 ボクは思った、「そうか。終わりがあって、始まりがあるんだな」と。
ボクは白い病棟に向かって一礼して、バス停に向かった。

第14章 事件

 十月二日、火曜日。
 朝起きて、ボクは思った、「ありがたい。今日も目覚めることができた」と。そして、考えた、「今日は人生の最後の日かもしれない。いいや。『今日が人生最後の日だ』と考えて、今日一を充実した日にするんだ。今日一日を摘み取るんだ。自分が人生で一番望むことを明確にし、それを実現するための戦略を立て、そして、自分の為すべき使命を遂行するんだ」と・・・。

久しぶりの学校。なぜだかわからないけれど、校舎も、そして先生もクラスメートも依然と違って見える。どのように違うかというと、『みんなが同じように見える』のだった。『全ての人が同じように見える』と表現するのはおかしなことだと自分でも思うけれど、でも、本当にそんな気がした。うまく説明できないが、世の中には多くの人達がいて、そして確かに見た目は異なっているけれど、中身はさして変わりがない。確かに外見だけ見ると、人間って様々だ。男もいれば女もいる。老人もいれば、子どももいる。太っちょがいれば、ガリガリに痩せている人もいる。身なりが良くて金持ちそうな日がいれば、貧相な格好をして生活に困っているような人もいる。外見は様々だけど、ボクは思っていた、「自分の中に流れている透明なエネルギーと同じものが、すべての人にも流れているのだな」と。
ボクは思っていた、「外見や能力の違いは『運命的』と言うか、生まれつき与えられて自分のコントロールがあまり及ばないものだ。大切なのはそうした見た目よりもその人の内面ではないだろうか」と。・・・つまり、眼には見えない性格とか感じ方・考え方といったものの違いが重要ではないか。いくら顔がきれいで、体がかっこよくて、着ている服が高くておしゃれでも、その人がすぐに怒ったり自己中心的で他者に対して威圧的であったりするなら、ボクはイヤだ。だから、ボクは他の人を見る時、その人の外側よりも内側がどうなっているのかを観察するようになっていた。
 
事件は放課後に起こった。場所は学校の校門だった。
帰りの会の後、ボクは昇降口の下足センターで靴を履きかえて、校門に向かって歩いていった。見ると、校門には辰巳ツトムとその取り巻き連中五人が立っていた。
ボクは黙って校門を通り過ぎようとした。しかし、辰巳がボクの肩をつかんだ。そして二ヤニヤしながら言った。
「よう、荒木。久しぶりじゃねえか。挨拶もなしで帰る気かよ?」
 不思議と恐怖心は湧いて来なかった。それよりもボクの心に湧いてきたのは、憐れみだった。ボクは思った、「こいつはなぜこんな形でしか他人と関われないんだろうか。何か困っている事情があるんだろうか」と。
 ボクは大きく息を吐いた。
「昨日まで入院していたんだ」
 ボクを見た辰巳の目がわずかに震えた。
「そうかい? だけどなあ、オレはお前にちょっと話があるんだよ。ちょっと付き合ってくれよ。一緒に来てくれ」
「辰巳君、何の話?」
「うるせえ。とにかくついて来い」
 そう言うと、辰巳はボクの腕をつかんで引っ張っていく。辰巳の取り巻き連中もボクを取り囲み、ボクをせきたてた。
 しばらくして、公園に着いた。トイレの影にボクは連れていかれ、六人に囲まれた。
 辰巳が言った。
「お前に聞きたいことがあるんだ。噂によると、お前、宮崎みどりのことが好きだって言うじゃないか? 本当なのか?」
 ボクの頭の中に宮崎ミドリさんの顔が浮かんで来た。髪が長くて、目を細めてニコニコの明るい笑顔。ボクは思った、「ああ。ボクはやっぱり宮崎さんが好きなんだな」と。でも、次の瞬間、ボクは思った、「でも、一体全体、ボクは宮崎さんの何を知っているっていうんだ? 確かに宮崎さんのふるまいを見て彼女の素敵な雰囲気を感じてはいる。しかし、それはボクの勝手な思い込みじゃないのか? ボクは彼女とほとんど話したこともないし、ボクが彼女の内面について何も知らないじゃないか」と・・・
 辰巳が大声で怒鳴った。
「黙ってないで、何とか言え! お前、宮崎のこと、好きなのか?」
 ボクは乾いた唇を舐めてから言った。
「わからない」
 それがその時のボクの正直な気持ちだった。
 だが、辰巳はそんな答えでは満足しなかったようだった。
「わからないだと? ふざけるな。うわさじゃあ、お前はいつも宮崎のことをジッと見つめているっていう話じゃないか! どうなんだ?」
 ボクは黙っていた。
 辰巳の顔が真っ赤になって、握りしめた右手がワナワナと震えていた。
「宮崎さんみたいな可愛い子がお前みたいなとろい奴を好きになるわけないだろう? えらそうにすんな! これから宮崎さんのことを見つめたりすんじゃねえ! わかったか?」
 そう言って、辰巳はボクを睨みつけた。
 ボクは黙ったまま、右手で口を拭った。
 辰巳が目をカッと開いた。
「こいつ! 黙ってないで、『はい、わかりました』と言え!」
 ボクは黙ったまま、辰巳の顔を見つめた。 
 辰巳の顔が歪んでいく。
「ふざけやがって!」
辰巳は左手でボクの学生服の襟首を掴んで締め上げた。そして、右手で拳を作って、高く振り上げた。
 その時、ボクの口から出た。
「叩くのか?」
 辰巳が一瞬、口をポカンと開けた。しかし、次の瞬間、カッと両目を開き、右の拳を振り下ろした。ボクは顔を強打され、地面に倒れていった。手で頬を抑える。左の耳がズキズキを痛んだ。
「ううう」
 ボクはペッと口から唾を吐き出した。赤い血が混じった唾が地面に広がった。ボクは右手で唇をぬぐって、立ち上がった。辰巳が一歩、後ろへ後退した。足が少し震えているようだった。しかし、頭を左右に振った。
「こいつ。まだ、足りねえのかよ」
 そう叫んで、右手を振り上げた。ボクは顔を下げ、両手で頭を押さえた。その時、声が聞こえた。
「やめろ!」
 聞きなれた、甲高い声。 
 ボクは顔を上げて、声がした方を向いた。
 坊主頭で、丸メガネをかけ、痩せこけた少年が立っていた。
 ガンジだった。
 ガンジはツカツカとボク達の方へ歩いてきた。ボクは立ち上がり、ガンジの傍らに立った。
 ガンジは右手でボクをかばい、ボクを後方へ押しやった。そして、辰巳の目を正面から見据えて、はっきりと言った。
「暴力はいけない。どんな事情があったのか知らないけれど、暴力は良くない。何があったんだ?」
 辰巳がギョロッと目を開き、叫んだ。
「う・・・。うる・・・うるせえ!」
 辰巳は右腕を振り上げ、ガンジに向かって振り下ろした。
「グシッ」
 骨が折れたような、気持ちの悪い音がした。
辰ガンジが地面に倒れていく。ガンジの丸めが吹っ飛んで行く。ガンジは顔を上げて、辰巳を見た。そして、左手で自分の頬をさすってから、静かに立ち上がった。そして、一歩前に出て、辰巳に近づいていった。
「人を殴って、それで「気がすんだかい?」
 辰巳は目をまん丸にして、ガンジを見つめていた。
 ガンジはゆっくりと小さな声で言った。
「辰巳君。暴力はいけない」
 辰巳の目と鼻から液体が流れ出ていた。
「ウォーツ」
 野獣の雄叫びのような唸り声が辰巳の口から発せられた。辰巳は頭に血が昇っていた。両手を振り回し、ガンジを顔や体を殴りつけていく。ガンジは両手を頭に当ててガードしていたが、お腹を叩かれて、地面に倒れ、その場にうずくまった。しかし、しばらくしてガンジはゆっくりと立ち上がった。そして、顔を上げて辰巳を見た。
 辰巳の体がブルブルッと震えた。
「くそったれ!」
 辰巳は右手を振り上げて、ガンジに向かっていく。そして、容赦なくパンチの雨を降らせた。ガンジは頭を下げ、両手で頭を覆ったまま、殴られ続けた。辰巳が右手を深く下げ、そして、力任せに突き上げて、ガンジの顎を打った。ガンジが顎を突き上げ、後ろ向きにゆっくりと倒れていく。
ガンジは地面に仰向けに倒れたまま、動かない。
「やめろ!」
 ボクは叫んだ。そして、ガンジに走り寄り、ガンジの肩を揺すりながら叫んだ。
「ガンジ。大丈夫か?」
 ガンジが目をカッと開いた。そして、上半身をお越し、右手でボクの手を払いのけた。そして、手を膝に当てて、立ち上がった。そして、顔を上げて、辰巳を見た。
ガンジの顔はボコボコに膨れ上がり、青黒い痣ができていた。目は腫れあがり、口からは赤い血がタラリと流れ出ていた。
ガンジが左手の甲で口元の血をぬぐった。
「辰巳君。もう気が済んだだろう? わかるかい? オレは叩かれると痛いんだ。もう叩くのは止めてほしい。それは君も同じだろう。君だって叩かれたら痛いだろうし、いじめられたら嫌だろう?」
辰巳の膝が一瞬、ブルッと震えた。
「何、言ってるんだ? まだ、パンチが足りないのか? 俺はお前を叩きのめさないと、スッキリだきねえ」
 辰巳は息を吸い込み、右手で拳骨を作って、顎の近くで構え、脇を締め、ガンジを睨みつけた。
 ボクは叫んだ。
「もうやめろ! やめてくれ!」
 辰巳がガンジの方ににじり寄っていく。
 その時、風が吹いた。
ガンジが両膝を曲げ、腰を落として構えた。そして左足をスッと前に出した。そして、同時に左手の手のひらを天に向けたまま、辰巳の方へ突き出した。右手も手のひらを上に向けたまま、右脇腹に当たりに構えた。ガンジの目がキラリと光った。ガンジの口が動いた。何か言っているようだった。
「さあ、かかかってこ・・・」
声が小さくて聞き取れない。
 辰巳が一歩、後ろへ退いた。しかし、次の瞬間、辰巳は「ギャーッ」と叫び、右手を振り上げたままガンジに詰め寄っていく。
 辰巳がガンジにぶつかった次の瞬間、ガンジが左手の甲で辰巳の右手を払った。そして、ガンジは右手で辰巳の襟首をつかみ、左の方へ払った。辰巳の体が吹っ飛んで行く。そして、辰巳は地面にうつ伏せに倒れた。
 辰巳は動かない。
「う、う、・・・」
 うめき声が聞こえた。辰巳がビクッと痙攣して、頭を左右に振って、立ち上がった。そして、辰巳はガンジを見た。その目はキツネに追い詰められたウサギのような目だった。
 ガンジは「ふーっ」と大きく息を吐き出した。そして、再び膝を曲げ、左足を地面の上を滑らせて、左手を空に向けたまま突き出した。右手も同じように構えていた。
 ガンジは頭を少しだけ左側に「カクン」と⑦折り曲げ、そして、右手の人差し指をゆっくりと曲げて、伸ばした。そして、再び同じ動作を繰り返して、小さい声でつぶやいた。
「さあ、かかっておいで」
 辰巳は両手を上げた。
「ウォー」
 大きな口を開けて、辰巳はガンジに走り寄っていった。そして、右腕を力任せに突き出した。
 ガンジが左手で辰巳の右腕を掴んで、自分の右手に引っ張った。辰巳が体重を取られ、ガンジの右手に倒れていく。辰巳の顔面が地面に突き刺さる。
 辰巳は動かない。
 ガンジが両手の掌を「パンパン」と合わせてから、汗をぬぐった。
 辰巳は地面に横になり、ピクリとも動かない。
周りにいた取り巻き連中が辰巳に近寄って行き、辰巳を取り囲んだ。
「辰巳! 大丈夫か?」
「しっかりしろ!」
 仲間に抱き抱えられ、辰巳は仰向けにされた。辰巳は仲間の腕の中でぐったりして、目を閉じていた。
 辰巳の仲間の一人がつぶやいた。
「病院に連れて行った方がいいかも・・・」
 他の仲間がうなずき、全員で辰巳の体を抱きかかえた。
 ガンジが声をかけた。
「ちょっと待ってくれ」
 彼らが足を止め、ガンジの方を振り返った。
 ガンジは頭をチョコンと下げた。
「辰巳君が気がついたら、伝えてくれ、『お互い、許し合おう』って・・・」
 辰巳の仲間の一人が頭をかしげた。
「それ、どういう意味だ?」
 ガンジも軽くうなずいた。
「とにかく、そう伝えてくれ。伝えてくれたら、辰巳君ならわかるだろうから」
辰巳の仲間は黙ったまま後ろを向き、公園から出て行った。
 ボクはガンジを見た。
「どういうこと?」
「どういうことって、オレも辰巳も君も、そして、その他の人たちもすべて、『大いなる全体の一部』っていうことさ。みんな、見えないもので繋がっていて、相互依存しているんだから、思いやりをもって助け合わなければ・・・」
そう言ってから、口を拭った。そして、顔を上げてボクを見た。ガンジはそれから「ニコリ」と笑った。
 ボクはガンジの顔を見て言った。
「ガンジ。ケガは大丈夫かい?」
「もちろんさ。これくらい、なんてことないさ」
「ガンジ。君って、強いんだね。辰巳をやっつけたよ。すごいよ!」
「オレ、合気道を習っているんだ。でも、合気道は他者を倒すためのものじゃない」
「カッコよかったよ」
「オレより君の方がカッコよかったよ」
「どこが?」
「暴力に対して暴力で答えなかった。君は冷静に対処し、そして話し合おうとしていたじゃないか」
 ボクは頭を掻いて言った。
「そう言えば、そうだね。でも、今日はなぜか不思議な気分だった。辰巳に対してビビッていない自分が居たんだ」
「ふーん。今までと何が違うんだろう?」
 ボクは考えていった。
「そうだな。一つは人を見た目だけで判断しないようになったのかもしれない。それに、なぜか、辰巳のことを『敵』だと捉えなかった」
「敵だと捉えなかった?」
「うん。辰巳の事をこんなふうに思ったんだ、『自分が属する人類の一部だ。そして、世の中には色んな奴がいるんだ』と・・・」
「オレと同じだよ」
「そうなのかい?」
「そうだよ」
 なぜだかわからないけれど、口元が緩み、「ハハハ」という笑い声が口から出て来た。ガンジも大声を出して「ハッハッハッ」と笑った。
 ガンジはボクの顔を見た。
「穏やかなやり方でもオレ達は世界を揺るがすことができるんだ、きっと」
 ボクはうなずいた。
「そうだね」
「うん」
 そう言うと、ガンジは歩き始めた。公園の出入り口までガンジは右足を引きずりながら歩いた。
「痛い」
 ガンジが小さな声でつぶやいた。
 ボクは立ち止まって、ガンジに向かって言った。
「今から病院に行こうよ。それか、学校に戻って保健室の先生に診てもらおうよ」
 ガンジは笑って、頭を横に振った。
「今日はボクの誕生日なんだよ。だから今日は急いで家に帰りたいんだ」
「ケガの処置をしないといけないよ」
「うん。自分の家で手当てしてもらうから大丈夫だよ。それじゃあ、ここで別れよう」
「一人で帰れるかい?」
「もちろんさ。オレを誰だと思ってる? オレはガンジなんだよ」
 思わず笑ってしまった。
「そうだったな。君はガンジだったな。それじゃあ、気をつけてね。さようなら」
 ガンジが何も言わない。
 ボクはガンジーの目を見つめた。
「ガンジ?」
 ガンジは黙り続けたままだった。
「ガンジ? どうしたんだい? 大丈夫か?」
ガンジが目を細めて、ボクを見た。
「それじゃあ、アキラ。さようなら」
「うん。また、明日」
 ガンジが口を開いた。そして、そのまま口をポカンと開けたまま、時間が凍りついた。ボクは頭をかしげて、ガンジを見た。
ガンジが口と目を閉じて、開いた。その目は夕陽を受けてキラリと光った。
ガンジは右手を上げて、左右に振った。そして、白い歯を見せた。
「さようなら。元気で」
ガンジはサッと回転して、ボクに背中をいせると、スタスタと歩き始めた。

第15章 ガンジの手紙

 十月三日。ボクは学校へ行った。
 教室に入って、ガンジを探した。しかし、ガンジはまだ学校に来ていなかった。
 朝の学級活動の時間になっても、ガンジは登校しない。ボクは思った、「今日はおやすみかな」と。
 だが、千葉先生が学級活動の時に言った。
「青空君は急に転校することになりました」
 体が固まった。目を大きく開いて、千葉先生を見る。千葉先生もこちらを見て、コクンと小さくうなずいた。
 朝の学活が終わって、千葉先生がボクのところへ歩いてきた。そして、ポケットから手紙を取りだして、ボクの胸の前に差し出した。
「青空君が君宛てに置いていった手紙だ」
 ボクは手紙を受け取ると、走って教室を出た。そして、体育館に走っていった。体育館の裏の誰もいない所で、ボクは手紙の封を破って、手紙を取りだした。
手紙には、次のように書かれていた。

「アキラ。オレは急に転校することになりました。君に最後にお別れの挨拶ができないことが残念です。それから、これからのことも心配です。君は・・・昨日の事件の彼と今後、トラブルなくやっていくことができるでしょうか? しかし、オレは信じています、『これからはオレがいなくっても、アキラは一人でやっていける』って。
 話は変わりますが、今から二週間前のことがオレは忘れられません。オレがこの学校に転校して来た日、君がおれに『学校の中を案内しようか』と言ってくれたことが本当にうれしかったです。
 君が入院している時、オレは君にいろいろと話をさせてもらいました。オレは君に言いました、『オレはガンジーの生まれ変りだ』なんて。正直に言うと、オレが本当にガンジーの生まれ変りなのかどうか、本当はよくわかりません。ただ親がオレに『ガンジ』という名前をつけたせいで、オレが自分で勝手に『オレはガンジーの生まれ変りだ』って思い込んでいるだけかもしれない。けれど、そんなことはどうでもいいことなんです。オレはガンジーの生き方がたまらなく好きです。なぜオレがガンジーの生き方が好きなのか、考えてみました。それは、ガンジーが自分の内なる声に従う勇気を持っていたからです。ガンジーが『自分が本当になりたいもの』になろうと行動したからです。
 オレも、ガンジーのように生きたいと思っています。親や教師や他人の信条に囚われないで生きていきたいです。自分の心や直観に従って生きていきたい。真実を求めて生きていきたい。一度限りの人生だから。いつ死ぬかわからない人生だから。
 アキラ。オレ達に残された時間は限られています。いつか君に言ったように、『今日が人生最後の日』かもしれません。そして『人生最後の日』はいつか必ずやって来ます。だから、オレは『今日が人生最後の日』だと思って、現状に満足することなく、リスクを恐れず、挑戦し続けたい。これまでの前例や常識に縛られず、たとえ周りから奇異に思われても、自分の心の声に従ってでっかい夢に向かって進んでいきたい。
 アキラ。やることなすこと、すべてうまく行かない時もあると思います。それでも、大丈夫。君が君自身であるのなら」

手紙を読み終えて、ボクは空を見上げた。雲一つなく、真っ青な空が広がっていた。そして、飛行機が西の空に向かって飛んでいた。飛行機からまっ白な一筋の雲がグングンを伸びていった。
 ボクは「フッ」と息を吐いて、右手のこぶしを握りしめて、胸に当てた。胸のドクドク言う鼓動を感じた。
 ボクは青空に向かって、顔を上げた。
「大丈夫だよ」
 その時、風が後ろから吹いてきた。ボクは後ろを振り返って、微笑んで、うなずいた。そして、前を向いて教室に向かってゆっくりと歩き始めた。

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