<ゴッホの手紙 上中下、硲 伊之助訳、岩波文庫>(補遺)日本絵画の影響はここにも! 平原(畑)への愛、すだれ効果、雨、余白について。
(2)ゴッホの樹木描写に日本の「すだれ効果」を見る
「ゴッホの手紙」を読みその素描に興味を抱いてゴッホの全作品を見直したときに、「線スケッチ」の立場で気になったのは彼の樹木表現です。
前回の(補遺)の記事で、絵の初心者がつまづくのは、中景、近景の樹木表現だということをお話ししました。
ここでは、そういう意味ではなく、樹木の日本式構図をゴッホが取り入れているかどうかという観点です。果たして構図への影響があったのか。
前回の記事の冒頭で示した結論を下に示します。
広重や北斎の版画で樹木を真ん中に大きく据えて描く構図がゴッホにも見られるが、以前モネの感想文で紹介した「すだれ効果」も多用していることが分かった。
以下、具体例を使って説明していきます。
樹木を真ん中に大きく据えて描く:北斎と広重の作品
「広重や北斎の版画で樹木を真ん中に大きく据えて描く構図」とは何か、下に示す例を見れば大方の人は思い出されることでしょう。
いかがでしょうか。「巨木を真ん真ん中に据える」、北斎が始めたのか、広重が始めたのか、いずれにしてもこのような大胆な構図はそれまで西洋絵画ではおそらくなかったはずです。
樹木を真ん中に大きく据えて描く:ゴッホの作品
それでは、改めてゴッホの作品を「真ん中手前に樹木を据える」構図という観点で見直すと、次のような作品が見つかりました。
ゴッホが模写した広重の「亀戸梅屋舗」の作品を除けば、いずれも中央に樹木をゴッホが意識的に置いた絵のように思います。
「ゴッホの手紙」の中で、ゴッホは繰り返し「日本の絵画(素描)を目指す」と述べていますが、モチーフや素早く生き生きと描くといった技術面の言及があっても「構図」については触れていません。
上に示したゴッホの絵と北斎、広重の絵を比べると、意図的にこの構図を使おうとしたとしか思えません。
浮世絵の模写作品のように、日本の影響が分かりやすい作品に目が奪われがちですが、日本独自の構図という観点まで地道に研究を重ねて試行錯誤していたと思われます。
以上は、北斎、広重の版画とゴッホの作品を調べれば、どなたも気が付くことなので、ことさら私が取り上げなくても多くの人が指摘しているのではないかと思います。
ただ、構図の問題は「線スケッチ」を習う方にとっても大事なことなので取り上げました。もう少し続けますのでご辛抱ください。
もう一つの構図「すだれ効果」:北斎と広重の作品
さて、もう一つの日本ならではの構図、「すだれ効果」について話を移します。
「すだれ効果」とは聞きなれない言葉だと思います。私自身、馬渕明子氏の著書「ジャポニスム 幻想の日本」を読むまでは知りませんでした。
要約すると「対象の前に覆い隠すように簾や草を置くことで、その向こう側に描かれたものを一層引き立てる効果」で、田中英二氏が日本独自の伝統表現だと指摘したものだそうです。
この概念を用いて馬渕氏は、これまで日本の絵画を集め、日本庭園まで作ったにも関わらず、作画技法的にはまったく日本絵画の影響が認められなかったモネが実は「すだれ効果」を用いていたことを著書で明らかにしています。
「すだれ効果」については下記の二つの記事の中で書きましたので、詳しい内容を知りたい方はお読みください。
まずは「すだれ効果」については、百聞は一見にしかず、ゴッホが見たであろう北斎と広重の作品例を示します。
以上の例から「すだれ効果」を感じ取っていただけると思います。特に、広重はこの効果を駆使して名作を生んでいます。
もう一つの構図「すだれ効果」:ゴッホの作品
それでは、この「すだれ効果」を念頭において、ゴッホの絵を見てみましょう。
最初の広重の版画の模写を除けば、いずれも樹木の幹や枝、花や葉が手前に配置され、それらの奥に風景が見える構図を採用しています。
ここでも、ゴッホは日本独自の構図「すだれ効果」について自作への応用の試行錯誤をしていることが伺えます。
「線スケッチ」と構図について
以上、「ゴッホの手紙」の中の素描に触発されて、構図の問題に踏み込むことになりました。
「線スケッチ」の教室で話している、初心者は構図についてどのよう考えたらよいかの内容は、「すだれ効果」に関する馬渕氏の「ジャポニスム 幻想の日本」の、先に紹介した二つのnoteの記事の中で詳しく書きましたので、ここでは繰り返しません。
ただ一つだけ言いたいことがあります。
それは、今回紹介した「真ん中手前に樹木を配する構図」、「すだれ効果」の北斎と広重の実作例のどこをとっても西欧流の「線遠近法」「透視図法」は使っていないことです。
にも拘わらずこれだけの傑作を生みだしているのです。(念のため付け加えますが、両者ともに西欧流の遠近法は習得しており作品にも応用しています。)
要は、近いものは大きく(しかも極端に大きく)、遠いものは小さく描くだけで十分ともいえるのです。
現代は写真が満ち溢れており、現代人は写真が示す機械的、数学的な遠近画像を見慣れているので、それから外れた遠近表現は間違いだと感じがちです。
しかし、人は機械と違います。せっかく先人が見出したわが国独自の構図を利用しない手はありません。
写真のように「正確に描く」のではなく、「近くのものは大きく、遠くのものは小さく」とおおらかに考えて描いてみてはいかがでしょうか。
おまけ:私の線スケッチ作品
構図のことはまったく意識せず、あるがまま現場でスケッチした作品が期せずして「樹木を真ん中に大きく据えて描く」「すだれ効果」の構図になっていました。その例を示します。もしかしたら、先人のDNAがなせる業だったのでしょうか。
(次回の記事に続く)
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