「ピーターラビット展」訪問記
はじめに
このような観点で出かけました。
先月の下旬に「ピーターラビット展」が開催間近なことを知りました。そこで八王子の東京富士美術館で開始間近な「旅路の風景 北斎 広重 川瀬巴水 吉田博展」と併せて線スケッチ教室の生徒さんに勧めました。(下記ご覧ください)
実はビアトリクス・ポターの原画は見たことはありません。けれども以前図書館で彼女の伝記を読んだ時にその絵を見て、直感的に「線スケッチ」に役立つのではと思ったのです。
どのような観点で役に立ちそうか、以下に挙げます。
線の肥痩、スピード感(線の表情)
遠近の表現方法(線描、彩色)
彩色の特徴(色選び、配色)
樹木の遠景表現(線描、彩色)
植物の葉の彩色
というわけで、推薦したのは良いのですが、本当に役に立つのか心配になり確かめに出かけたのでした。
観察結果
結論から言うと予想した以上に役に立ちそうなことがわかりホッと安堵しました。実物を見た結果をそれぞれの項目ごとにまとめてみます。(絵の技術の部分を見たので見出しは「鑑賞」ではなく「観察」としました。)
線の肥痩、スピード感(線の表情)
はじめて原画をみて驚きました。もともと出版された本も大変小さくて、その結果挿絵の原図も予想していたのとは違いハガキの半分くらいの大きさでした。描かれた絵は細密画のような趣です。
とはいえ、ペンと黒インクで描かれた線描はよどみなく、細い線から一転して幅広い線に変化しまた細くなるというように表情豊かです。また、運筆の速度さへ感じ取ることが出来ます。(冒頭の、パンフレットのウサギの線描をご覧ください)
なので先の丸いペンで線に表情を付けて描く線スケッチに役立つはずだと確信しました。
しかし、注意しなければいけないのは、出版物の挿絵は最終採択される前に絵柄について様々な検討を経ているはずなので、いきなり下書きなしで線描する「線スケッチ」と違い、事前に描いた下絵の線の上に描かれたに違いないことです。
けれども原画を子細に見ましたが、どこにもなぞったようなおどおどした線は見られず、まるで下書きなしで思い切りよく決断して描かれた線のように見えます。いったいどのように描いたのでしょうか?
なお美術展では、ピーターラビットの絵本が出来るきっかけになった、親戚の女の子に当てた絵入りの手紙が展示されていました。 手紙の中に描かれた物語の絵は下書きなしに描かれたはずで、その闊達な線を見ると出版された挿絵の線描は、手紙の中の線描を反映しているものと思います。(下に絵本の中のウサギの描写と、手紙の中のウサギの描写を示します。)
もう一つ強調したいのはポターの線描は、輪郭線や模様を必要最小限にとどめており、通常西洋では線の描き込みが強く黒い印象になるまで描き込まれるのに対し、ポッターの絵はまるで東洋、いや日本の絵画に特徴の余白さへ感じられます。
この辺が、もしかするとピーターラビットの絵を日本人が好む理由かもしれません。
遠近の表現方法(線描、彩色)
線描による遠近表現は次のような方法が代表的なものでしょう。
近くのものは大きく、遠くのものは小さく
線遠近法(透視図法)
ピーターラビットの原図の中に容易にその例を見つけることが出来ます。(Fig.1)
彩色の特徴(色選び、配色)
「線スケッチ」の場合、現場では線描のみにとどめ、色塗りは家に帰ってから行います。
それは現場で塗ると、実物そっくりに塗りたい気持ちが起こり、その人の感性ではなく、カラー写真で撮影したのと変わらない色合いの絵になりがちだからです。
むしろ現実の色から離れて、その人が好きな色、配色を中心に彩色を続けていくと、遠くからでも「あの人の絵だ!」と分かる絵作りが可能になります。
そのような観点でピーターラビットの絵を思い浮かべると、どなたもこれまで見かけた印刷物やキャラクターグッヅなどのピーターラビットの絵に対し、すでに共通の印象をお持ちなのではないでしょうか。
そう、遠目から「あっ! ピーターラビットの絵だ」と分かる共通の印象があると思うのです。
ということで、どのような色や配色でピーターラビットの絵の印象が出来上がっているのかと思いながら原図をよく見てみました。
結論を先に言います。
茶色を基調に青、白(余白も含む)を取りあわせた配色が中心。
場面(衣服、樹木、植物)により、赤や緑が加わる。
以上は、原図のほぼすべてに当てはまりますが、下にその例を選んでみました。(Fi2.)
樹木の遠景表現(線描、彩色)
さて「線スケッチ」を習う生徒さんが風景を描く時に出会う難しさは、中景、遠景の樹木の描き方です。
中でも葉をどのように描くかが初心者の方に共通の悩みとなります。
というのも、人間の眼はかなり優秀で、遠い木でも一枚一枚の葉が見えてしまうので、見える葉をすべて描いてしまおうという気持ちが起こるからです。
目の前の葉は、多くても数十枚程度描けばよいのですが、5m、10m、数十mと木が遠くなるにつれ、葉の数は膨大になり、とても一枚一枚描ききれるものではありません。
答えは、葉の一枚の輪郭ではなく、枝についた葉の一群、すなわち樹冠の輪郭の特徴を線描するだけでよいのです。
ですから、ピーターラビットではどのように遠い樹木を線描しているかが気になります。
さらに、彩色でも、遠近を表すことができます。具体的には次のようなものです。
近いものは濃く、遠いものは薄く
空気遠近法(遠い山や森は青く)
以上の観点からピーターラビットの原図を見ると、上に述べた遠近の描き方で描かれていることがわかります。
実際、すでに示したFig.1の遠くの生垣や樹木がそうですし、Fig.2の右の絵の樹木の幹と枝葉の描写がそれにあたります。
植物の葉の彩色
最後に「植物の葉の彩色」について原図を観察しました。
一般に、「葉の色は緑」と思っているので単純に絵の具の緑を塗り絵のように塗りがちです。
しかし、緑の絵具そのままでは人工的な色合いになるので、葉を塗るときに次のような方法を勧めています。
最初に黄色を下地に塗った後緑色を重ね塗りする。
あるいは、パレット上で緑の色を作るときに、僅かな量の茶や赤を混ぜて色を落ち着かせた後に葉の色を塗る。
さらに一枚一枚の葉の塗り方については次のような工夫をするようにお願いしています。
植物の種類が違う時には違う色で塗り分ける(例:針葉樹と広葉樹の色の違いなど)
同じ植物であっても、微妙に葉の色に差をつけたり、葉の裏表を異なる色にする。
太陽が降り注ぐ戸外の場合は反射(白抜き、または不透明の白絵具彩色)及び濃い陰影を付けるとよい。
それでは、ピーターラビットの原図ではどのように塗られているでしょうか?
Fi.1の左の絵の葉っぱの彩色(薄黄色のベースまたは茶色が一部見える緑の彩色、葉の裏表の違い、葉の反射)や、右の絵の生垣の反射など、上に述べた方法で彩色されていることが分かります。
それ以外の葉の彩色の例をFig.3に示します。
最後に
線スケッチの線描法および彩色法に役立つかどうか確かめるために「ピーターラビット展」を見に行ってきました。
原図の小ささに驚きましたが、線描、彩色共に大いに役立つことがわかりました。