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東日本大震災の教訓を生かして。災害に強い社会づくりと衛星データ【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#23】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

第23弾となる今回は、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の白坂成功教授をお迎えして、人工衛星の防災活用や災害に強い社会システムについてうかがいました。

ポスト3.11時代の宇宙開発

©︎小山宙哉/講談社

せりか:関東大震災の発生から100年となる今日は、自然災害の緊急対応に詳しい白坂成功先生にゲストとしてお越しいただきました。

白坂先生は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の教授としてご活躍されている傍ら、地球観測スタートアップの創業にも携わられました。白坂先生がスタートアップでビジネスとして地球観測事業に取り組もうと考えたのはなぜですか。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科
白坂成功教授

白坂教授:内閣府のプログラム「革新的研究開発推進プログラム(通称ImPACT)」のプログラムマネージャに2015年に就任しました。これは実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす革新的な科学技術イノベーションの創出を目指すプログラムです。このImPACTで我々がテーマとしたのが防災だったのです。プログラムが始まったのは、東日本大震災の発生から4年後のことでした。

震災における人命救助では、どれだけ早く被災者を見つけ出し、救出できるかが重要となります。しかし、東日本大震災では、日本の地球観測衛星はタイミングの都合で初動の人命救助には貢献できませんでした。というのも、地球低軌道を周回している衛星が同じ場所にもどってくるには1週間から10日かかります。SARセンサを搭載した日本の陸域観測技術衛星「だいち」は、東北の上空を通過した直後に震災が起きたので、発災直後観測ができず、観測に時間がかかってしまったわけです。

政府主導の宇宙開発には多額の税金が使われてきました。その理由のひとつは災害対応です。「発災時に備えて宇宙の技術を開発しなければならない、人工衛星を打ち上げなければならない」と散々言われていたのにも関わらず、いざ大きな災害が起きたときに初期の人命救助に役立てられなかったことは、やはり悔しかったですね。

せりか:光学センサを搭載した陸域観測技術衛星「だいち」は、震災の翌日午前中に緊急観測を行い、福島第一原子力発電所の事故の影響で航空機やヘリコプターの飛行が禁止されていたエリアを含む被災地全域の状況把握に貢献しました。ただし、光学センサはSAR(合成会合レーダー)センサとは異なり、雲に覆われている場所の様子は観測できません。沿岸地域の雲が晴れ、津波による被害の全貌を観測できるようになるまでには数日かかったと聞いています。

白坂教授:そうですね。ImPACTでは、災害時に本当に役立つシステムを作ろうと議論を重ねました。衛星は物理法則の通りに地球を回っているので、1機の衛星だと10日に1回しか同一地点を観測できませんが、10機打ち上げれば1日に1回観測できるようになります。つまり、撮影頻度をあげるためには衛星の機数を増やすことが重要です。

機数を増やそうとすると、ロケットで打ち上げる輸送費や開発費がかかります。この費用を抑えるためには、小さくて軽い衛星をとにかく安い費用で開発する技術が必要です。さらには、昼夜や天候も関係なく観測できなければならないので、やはりSAR衛星の開発を目指必要があります。こういう経緯でImPACTでは、夜間や悪天候でも数十分~数時間で観測可能な小型SAR衛星システムの開発に取り組みました。

©︎革新的研究開発推進プログラム

では、この小型SAR衛星システムの技術をどう社会実装しようかと考えたときに、話に挙がったのが、2025年から2045年にかけて高い確率で発生すると予測されている南海トラフ地震です。防災科学技術研究所によると、東海、近畿、四国、九州の太平洋沿岸地域が被災します。政府がこの全域の被災状況を把握しようとすると、飛行機やドローンでは全く対処できず、もう衛星で観測するしか手段がないのです。

さらに政府はおよそ2時間で首相官邸に災害対策本部を立ち上げ、初動を決定すると言われています。南海トラフ地震のように広域な災害の場合は、いち早く被災状況を把握して、どのエリアにどれだけの救助隊を送り込むかを決めなければなりません。本当に首相官邸に発災後2時間以内に情報を届けようとするなら、時々しか飛んでいない衛星ではどうしようもありません。数十機の衛星を打ち上げて、いつでも情報を届けられる仕組みを構築する必要があるのです。

この仕組みを2025年までに実現するにはスピード感が必要でした。そこで創業したのが、自ら小型SAR衛星を開発して、衛星データのソリューションを提供するスタートアップSynspectiveです。

SAR衛星画像で発災時の人命救助を支援

せりか:発災時に被災地の衛星画像を他国から提供してもらうことは、難しいのでしょうか。やはり衛星は自国で持つべきなのでしょうか?

白坂教授:もちろん、国際災害チャータという枠組みがあり、被災時には世界が協力する仕組みがあります。しかし、現状は世界中の衛星を使っても機数が足りないので、2時間には間に合わないでしょう。最近は海外のスタートアップ企業も活躍していますが、それでも足りない状況です。世界で50機あれば足りるようになるかもしれませんが、地震や津波など、高い自然災害リスクにさらされている日本が、危機感を持って衛星システムを構築していくことはおかしいことではないでしょう。

せりか:確かにそうですね。日本が災害対応における衛星利活用を促進していけるといいですね。発災後すぐに被災地を衛星で観測することができたら、どんな情報を得られるのでしょうか?

白坂教授:地震や津波の被害状況を把握できれば、救助隊の車両が通れる道や橋がわかるので、被災地へ向かう経路を決められます。東日本大震災では、車メーカーが走行実績データを活用した通行実績情報を公開し、これが役立てられました。

せりか:なるほど!でもやはり2時間以内に情報を提供しようと考えると、衛星による広域観測が有効ですね。衛星画像はどのくらいの精度があれば、車両が通れる道や橋の情報が得られますか?

白坂教授:1m分解能(画像の1ピクセルが1mに相当)です。そのため、ImPACTでも1m分解能のSAR衛星の開発を目標としていました。防衛用途では特定の場所を細かく観察したいというニーズがあるのに対して、災害対応では幅広いエリアを細かく観察したいというニーズがあるのが大きな違いです。そのため、ImPACTでは世界に先駆けて、高分解能かつ広範囲な観測ができる小型SAR衛星を開発したのです。

通常の地球観測衛星は大きく2軸、地表をどれだけ細かく観測できるかを示す空間分解能と、どのくらいの頻度で観測できるかを示す時間分解能で評価されます。しかし、災害対応に取り組む私たちはそのどちらかではなく、「レスポンシブネス(即応性)」で評価します。これは災害が起きてから、情報を取得して提供するまでにかかる時間をいかに短縮できるかが重要だという考え方です。

せりか:1m分解能のSAR衛星画像となると、データ容量が大きく、地上で受信できるまでには時間がかかってしまうのではないかと思えます。

白坂教授:せりかさんがおっしゃるように、高解像度のSAR衛星画像はデータ容量が大きいので、ImPACTでは高速通信機の開発をおこないました。また、衛星が地表を観測した後に軌道上でデータを処理して、必要な情報だけを地上に送信する「オンボードディープラーニング」の導入も検討していました。

例えば、発災時に通れる道路の情報を軌道上で抽出して、地上に送ることはできます。しかし、あらかじめ設定している情報しか得られないので、同じ場所の階段はどんな状況かと聞かれてもわからず、もう一度衛星で画像を観測しなければならないのです。本質的な課題を解決するには、元のデータ容量が大きいSAR衛星画像であっても、すぐに地上に送信できる仕組みを開発することが重要になっていくでしょう。

せりか:台風が引き起こす洪水や土砂崩れなどの自然災害の場合は、あらかじめ台風の進路から危険性が高い場所を特定して、衛星による観測ができるのではないかと思います。一方、地震のようにいつどこで起きるかわからない自然災害において、情報提供にかかる時間を短縮していくのは難しそうですね。

白坂教授:災害が起きたときに、被災した場所を見つけ出すことが難しいという問題があります。

そこで私たちは、例えば海や川にセンサを取り付けて、水位が変化したら、人の手を介さずに衛星に直接観測の指示を出せるようなシステムもImPACTで検討しました。現在は、災害が起きると、自治体の職員が現地に確認に行っているので、被災地の状況把握に時間がかかっていますが、衛星に自動で観測指示を出せる仕組みが実現すれば人が介在することでかかる時間を短縮できるのです。ただし、いまの日本の法制度では、こうした取り組みは許可が得られない状況です。

このようにレスポンシブネスを考えるには、全体を設計しなければならないので、技術だけではなく法制度の課題なども見えてきます。局所最適ではなく全体最適を考えることで、テクノロジーの活用により目的を実現できるような仕組み作りの可能性を、ImPACTでの活動を通じて実感しました。

せりか:白坂先生がご専門とされているシステムデザイン・マネジメントに繋がってくるわけですね!

相互作用を研究する学問、システムデザイン・マネジメント

せりか:システムデザイン・マネジメントの「システム」とは、どのようなものを指しますか?

白坂教授:日本ではシステムというとITのイメージが強いと思います。日本に限らず、実は世界の多くの国で同じような認識が持たれています。システムは大きく二つ、人が作り出した「エンジニアードシステム」と、自然界に元々存在している「ナチュラルシステム」に分かれます。どちらも、複数の要素があり、それらが相互に作用することで、何かが生まれていることが共通しています。

こう言ってしまうと、世の中のほとんど全てのものはシステムになってしまいますが(笑)。コミュニティは人と人との作用があるのでシステムだと言えますし、法律も複数のルールでできているのでシステムだと言えますね。慶應義塾大学大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科には幸福学を研究している先生もいらっしゃいます!

せりか:文理関係なく、幅広いテーマを扱う学問なんですね!白坂先生はどういう経緯で、システムデザイン・マネジメントを研究されるようになったのでしょうか?

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科
白坂成功教授

白坂先生:私は大学院で航空宇宙工学を専攻して、卒業後は電気メーカーで衛星の開発に携わっていました。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科は、日本初のシステムデザイン・マネジメントに特化した研究科として2008年に開設されました。

開設前の2004年から2006年にかけて、システムデザインのサマースクールが開講され、そこで非常勤講師として大規模複雑システム開発の方法論を教えていたのが、私が本校に着任したきっかけです。このサマースクールの参加者の多くは宇宙開発関係者だったんですよ。このサマースクールをベースとしてつくられたのがシステムデザイン・マネジメント研究科です。

せりか:海外にはシステムデザイン・マネジメントに特化した大学院はあるのでしょうか?

白坂教授:マサチューセッツ工科大学に設置されていますね。実は弊学の開設が決まった後に知ったそうです(笑)。そのほか、シンガポールにも2校あります。

せりか:世界的に見ても、システムデザイン・マネジメント研究科がある大学は少ないんですね。

白坂教授:そうですね。システムデザイン・マネジメントは、アカデミアと馴染みが悪い分野なんですよ。大学は、専門性を追求する場です。一般的には、テーマを深く追求しすることをおこないます。システムデザイン・マネジメントのような複合的な学問分野は広がりづらいのではないかと思います。その一方で、社会実装に近いので、企業との連携は図りやすいと言えます。

せりか:世界から見て、日本のシステムデザイン・マネジメントはどのような立ち位置にあるのでしょうか?海外の潮流から日本が学べることはありますか?

白坂教授:システム的に考える、つまり全体最適を考えたシステム設計は、アメリカがリードしているかと思います。最新のシステム開発の世界では、今もアメリカから学んでいるところが多いですよ。とはいえ、全てがアメリカ発かというと、そんなに単純な世界ではありません。アメリカのやり方がいいときもあれば、日本のやり方をアメリカが取り入れるときもあります。この往復を繰り返すことで、より高度な社会システムが作られてきています。

システムエンジニアリングは、1960年代に進み、アポロ計画で使用された宇宙機の開発などがベースになっていると言われています。そして、1969年にシステムエンジニアリングブームが起きました。

その次の動きは1994年。日本がバブルで、世界的な競争力を持っている時代でした。アメリカは日本の競争力の源泉を研究して、それはやっぱりいわゆるトヨタ自動車の「カイゼン(現場の従業員が中心となって意見やアイデアを出し合い、効率化を図る取り組み)」に目を付けました。それまでのシステムエンジニアリングでは、オペレーションリサーチと呼ばれる数学を用いた最適化手法をマネジメントに取り入れるものが注目されていました。しかし、1994年に改定された際に、オペレーションリサーチではなくカイゼンを実施するための標準プロセスが提唱されたのです。日本が現場の作業工程に取り入れていたカイゼンを、アメリカはシステムエンジニアリングに応用したのです。

やはりアメリカは進んでいますが、世界中の良いものを取り入れながら進化しています。今は、日本がアメリカのいいところを導入しようとしているときですね。

災害対応から災害を起こさない社会づくりへ

せりか:システムデザイン・マネジメントの観点から、災害に強い社会システムを作るために必要なものは何だと考えますか?

白坂教授:本来は、災害が起こりにくい社会がいいんです。もしかすると、自然災害を起こりやすくしてしまっている原因が、実は私たちにあるかもしれないわけです。私たちは今、災害が起きたときにいかに対応しやすくするかを考えていますが、そもそもなぜこれだけ多くの災害が起きるのかという問題にはまだ立ち向かえていないのです。災害が発生する原因を追及するにはデータが必要ですし、何が起きているのかを解析する必要もあります。私たちは地球環境に対して、何をやって良くて、何をやってはいけないのか(プラネタリーバウンダリー)を見つけ出していく必要があると考えています。ただ、それを見つけ出し、対策をうつまでは災害は起きてしまうので、まず、災害が起きたときの人命救助に手を打っているところです。

そして、いま私が気になっているのは、プラネタリーバウンダリーの月版をどうするかということです。地球環境がここまで悪化して初めて、私たちはプラネタリーバウンダリーを意識し始めました。月のバウンダリーはこれから私たちが壊していくわけですよね。

©︎小山宙哉/講談社

月には洪水はないかもしれませんが、未知の災害が起こる可能性もあります。将来、月面に人類が住み始めたときに、災害対策をやらないといけなくなる日が来るかもしれません。地球ではもう自然災害が多発していますが、人類の活動が地球環境の悪化を招いているのであれば、月面では同じことを繰り返さないように、あらかじめ月のプラネタリーバウンダリーを考えておくことも重要です。

せりか:なるほど。では、地球や月のプラネタリーバウンダリーを見つけるために、私たちはどんなことに取り組んでいくべきでしょうか?

白坂教授:地球の環境システムをはじめ、今はまだわかっていないことが多くあります。答えがわかっている問いが与えられて、それをいかに効率的に解けるかという学校教育を多くの方が受けてこられたと思います。でも、もうこの時代は終わっているんです。何をやるべきかを見つける人材を育成すべきです。また専門性が狭い分野だけに閉じてしまったら駄目なのですが、だからといって専門家がいらないわけではなく、「専門家を束ねる専門性」を持った人材が必要になってきています。弊研究科が育成しているのは、まさにそんな人材です。最近は、小中学生向けのアントレプレナーシップ教育が推奨され始めていますよね。

日本は社会人教育が弱い国です。世界的に見て大学進学率は高いのに、修士号取得率と博士号取得率は先進国のなかでもかなり低いです。これは大学の学部レベルで学びが止まっているということなんですよ。研修を受けられる企業もあるかもしれませんが、その多くは業務効率化のためのものです。これだけ社会環境の変化が激しく人生100年時代と言われるなか、学部卒業時の知識で、残りの80年間をカバーするのは難しいですよね。だからこそ、日本は社会として、働きながら学べる時代を作っていかないと。だって世界はみんな学んでいるんですから。

それから、新しい視点は専門性の外にあるにもかかわらず、専門家は自分の専門性の中でしか考えが及びません。では、どうすれば外に出ていけるのかというと、やはり多様性を活かすことが大切です。とはいえ、ただ異分野の人材が集まるコミュニティがあるだけでは駄目なんですよね。上手く相互作用が生まれる仕組みをシステムデザイン・マネジメント研究科では研究しています。多様性のあるコミュニティが機能するメカニズムを用意してあげると、今までにはない考えが生まれる可能性が高まります。

©︎小山宙哉/講談社

せりか:地球規模の社会課題の解決には、教育環境の改革と専門性の壁を超えて多様な人材が議論できる仕組みづくりが大切だということですね。白坂先生、ありがとうございました!

関東大震災の発生から100年を迎える今月は、せりか宇宙飛行士と慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の白坂成功教授の対談をお届けしました。災害に強い社会づくりのために何ができるのか、この機会にぜひ考えてみてはいかがでしょうか。

協力:井上榛香


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