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キュウリに味噌と醤油は合わないのか?

料理をするのは苦手だが、料理について考えることは好きだったりする。
本屋さんや図書館で、小説の棚を一通り眺めたあとで料理関係の本を見る。
食にまつわるエッセイ、三ツ星レストランのシェフの自伝、海外のお洒落なお菓子の作り方、発酵食品の歴史、美味しさを科学的に分析した本。
背表紙だけでもワクワクするけれど、やっぱり料理関係の本は平積みされた表紙を眺めるのが一番だ。どれも煌びやかで、しきりにこちらを誘惑してくる。

『フレーバー・マトリックス 風味の組み合わせから特別なひと皿を作る技法と科学』(ジェイムズ・ブリシオーネ、ブルック・パーカースト著/ SBクリエイティブ)は、表紙の美しさも内容も、洗練されていて実にゴージャスな一冊だ。
ある食材に別の食材を組み合わせることで新しい「風味」作り出す。
料理界ではそれを「ペアリング」と呼ぶそうだ。
天才シェフの舌とAIを駆使して、徹底的に考え抜いた「ペアリング」の科学的料理本である。

ページを開くたびに、驚く。
家禽類(ニワトリ、七面鳥、鴨など)に、バナナが合う!?
アボカドのベストマッチングは、なんとココア!!
サーモンをコーヒー粉で漬けちゃうという、天才すぎてよくわからんレシピ!!

しかし、もっとも驚いたのはキュウリのペアリングだ。
我が家のキュウリ調理法は、ほぼ味噌か醤油である。
ゴマと味噌で和えたもの、半分に切ったキュウリに味噌をのっけたもの、油と味噌で軽く炒めたもの、みりんと醤油で漬けたもの・・・。
ド田舎に住む人間にとって、キュウリのベストペアリングは「ミソ」or「ショウユ」以外考えられない。
まあ、百歩譲って海外の人相手だとしても、こんなに日本人(田舎の)に愛される組み合わせなんだもの、マッチング率は60%は超えるんじゃないかと思っていた。

ところが。なんとなんと、キュウリ×ミソorショウユのマッチング率は100項目中93位。(数字で書かれていないので、率は分からなかった)
ベストペアリングは柑橘類、ヨーグルト、チーズなどであった。
・・・そ、そんな馬鹿な!  美味しいと思ってるのは私だけなのか??

いやいや、待て。この本は「味」を追求しているわけではない。
「フレーバー」の「マトリックス」なんだから。
では、タイトルにもある「フレーバー」、風味とは一体何なんだろう?
『風味は不思議 多感覚とおいしいの科学』(ボブ・ホルムズ著  /原書房)によると、「風味とは食物を口にしたときに感じるものの総体」であるという。つまり、食べるときに働かせる五感のすべて。
『フレーバー・マトリックス』では、とくに「匂い」(嗅覚)に重きを置いているようだ。

日本人(とくに田舎の)にとって、味噌や醤油の匂いは馴染み深い。
学校や仕事の帰り道、家々から漂ってくる味噌汁や肉じゃがの匂いは郷愁をさそうものである。
その匂いを実物と馴染みがない人に説明するとしたら、ものすごく難しい。
「どんな匂いですか?」と問われても、「・・・ミソですね」としか私には答えられそうにない。「しいて言えば懐かしい匂いですかね」と、祖母の作ってくれた焼きおにぎりの思い出を語ってみたところで、相手は困惑するだけだろう。
むむむ、「匂い」の言語化は何故こんなに難しいのか。
プルーストの『失われた時を求めて』ではないが、言葉にしようとすると匂いそのものではなく、思い出ばかりが紐解かれていく・・・。

『美味しさの脳科学 においが味わいを決めている』(ゴードン・М・シェファード著 /インターシフト)によると、
「嗅覚はにおいを知覚するだけでなく、そのにおいに関連した記憶や、記憶と結びついた情動までも引き起こす」。
匂いを言葉にしようと模索するとき、人は誰もがプルースト状態になってしまうというのだ!!!

では、私がキュウリ×ミソorショウユを「めっちゃいい匂い」と思うということは、その調理法で食べたときのことをいい記憶として脳に刻んでいるということになる。
うわあ、なんだか素敵。
「良い匂い=良い記憶」なんだとしたら、初めての匂いを「良いな」と思うとき、人は無意識に良い記憶を脳内で蘇らせているということにもなるのではないか??
なんとロマンチックな器官なんだ、鼻!!!!!

そうか、わかったぞ。『フレーバー・マトリックス』でキュウリにミソとショウユが合わないと判定された理由が。
この本をお書きになられた方々、西洋にお住みのシェフの方々は、ミソとショウユの良い記憶をお持ちではないのである。(たぶん)
公正に判定をして頂くためには、彼らを日本にお招きして、無茶苦茶素晴らしい接待をする。その席でちょこちょこキュウリ×ミソorショウユの料理を出す。彼らにミソとショウユの良い記憶ができる。
しからば、キュウリのベストペアリングとしてミソとショウユが挙げられることになるだろう!!!

 ・・・いやはや。
『フレーバー・マトリックス』内の「キュウリに味噌と醤油は合わない」というグラフから、変に妄想が膨らんでしまった。

読書は恐ろしい。底なしの沼である。
一冊読んで気になる部分があれば、手がかりを求めて別の本に手が伸びる。
その伸びた先にも謎が潜んでいる。
また別の本に手が伸びる。
もちろんそこにも謎が待っている。
本がある限り、このループは永遠に終わることがないのだ。


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最後までお付き合いいただきありがとうございます。 新しい本との出会いのきっかけになれればいいな。