【小説】夜を編ム 1.赤い目-1
1、 赤い目
彼のあだ名は死神博士。誰がそんな物騒な名前をつけたのだろう。ともかく骨張った細身に丸坊主で丸メガネ。少し変わり者だったが、仲間からは愛されていた。
一階のおでん屋に入り、挨拶だけして、すぐ外のエレベーターへ。8階のボタンを押すと。一度大きくガタンといい、エレベーターが上昇する。時計を見る。夜の9時。そろそろか。彼は特段期待を寄せるでもなく、その光景を受け入れる準備をした。
二月――沖縄は本格的な寒さの中にあった。その島には短い冬。けれどどこにいたって冬はしばれるもんだ。この島に海風を遮るものなどない。それは窓や人と人との隙間から吹き抜け体温を下げる。地面も日がささなければ、街角のように冷たい。
エレベーターが頂上につく。ドアが開くとそこには彼女がいた。滑らかな金色の髪がビル風になびいている。彼女立っているのは手すりの向こう側。
「イタチ」
彼女のあだ名だ。イタチは手すりを掴んだまま一回転した。
「博士、今日もきたの?」
黒目がちで、弱そうな白い肌。イタチは手すりを超えて博士にズンズン近寄る。博士はコンビニのバイト終わりにもらった廃棄の食料をビニール2つ分渡した。
「明太子はぁ?」
「売り切れたんだ」
死神博士が、ラークに火をつける。すると、イタチは勝手にラークのタバコ三本に火をつけて、ロールケーキに刺した。
「なに? それ」
「今日はー、博士と出会えて3ヶ月目だから」
そう、この不思議な関係は3ヶ月にもなる。たまたま、手すりの外側でゆらゆら立つイタチを見つけて、博士は自殺志願者と思い、慌てて説得しにきた、というのがこの仲松ビルの屋上での出会いである。不思議な少女は、ホームレスで、その手すりでする変わった踊り、それは“遊び”らしかった。それから彼は彼女を気づかい食料を渡しにきているのだ。
彼は最近になってこの街に出入りするようになったので知らなかったが、その子は「イタチ」と呼ばれていて、その街の顔であった。
「今日もゲンコー書きに?」
「ああ」
「こーえん?」
「公園行く?」
博士はとりあえずロールケーキからタバコを取り出し、そのまま吸った。少しフィルターについた生クリームが甘かった。三本吸いなんて中学以来だ。すこしむせた。
「ごほっ。――じゃ、早く食事済ませて」
「はーい」
イタチは適当にビニールを破り、おにぎりをぼろぼろにしてしまった。彼女にはコンビニのおにぎりのセロファンの開け方はわからなかった。それが悲劇的か喜劇的かなんて火を見るより明らかだった。
「貸して」
死神博士はいつもそうするように、はがし方がわかるように、手元を見せながら、おにぎりを差し出した。イタチは礼も言わずそれを口に運ぶ。きっと今日は何も食べていなかったのだろう。幸せそうな顔が彼にはほほえましかった。
ぽつり。博士の頭に空から一しずくおちてきた。
「雨、か。こりゃ公園はだめだ。イタチ、食事、終わり」
イタチの目がきらきら光る。
「おでん?」
「今日は【井口】」
わーい! イタチは両手を空に広げ喜んでいる。彼女には恵みの雨だ。スキップしそうな勢いでイタチはエレベーターに向かう。そして春の風のように振り返った。
「ケーキもたべていい?」
「……今日だけ」
そうしてふたりは夜の街に繰り出していった。
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